第八話 異世界に落ちた日は、運も落ちる。
遂に始まる本章!
つい、長くしてしまった(^^;;
アトランティス法廷の床底から古典的な罠により(物理的に)落とされ、雲をすり抜けていく。
しかし、魔力の吸収と排出を繰り返して、十分に魔力が身体に馴染んだ所為で、私の身体はランクアップしたのか。
とんでもない高さから落下しているだろうに気絶せず、酸欠にもならず、身体が燃え出すこともない。
「うーん…やっぱり、神様だって怒るんだね」
だから、私は天地も分からないままビュンビュンと高速回転しながら、胡座をかいて腕を組み、頭の中を整理できていた。
「でも、ちょっと…いや、かなり、早まっちゃったなぁ……」
あっ……最近の私、涙脆いかも…
また情けなさと涙が込み上げてくると同時に、胸元ポケットの中で、小さな親友が身動ぎする。
《蘭…泣くでない…わらわでは力不足か…?》
その小さな手で、目元を拭ってくれる。
……それが、異世界に放り出されることになった私にとって、どれだけ心強い事か。
私には、ティアラが居てくれるんだ。
「大丈夫になったよ!…ありがとう、ティアラ」
《分かればよい……ところで、下に見える緑の丸っこいのはなんじゃ?》
一見すると、大きなブロッコリーだけど…そんな訳はない。
日の出前なのか辺り一帯が薄暗く、灯りが点々と疎らに集まっている集落らしき場所を見るに、ラノベの定番で、王道ストーリーなら避けて通らぬものは少ないであろう、あの世界樹だろう。
そして、パーゴスさんは私を見て「藍華の守護者」と言った。
「多分、あの人でなしは私を将来統治する領地ーー藍華って場所に落とすって言ってたし、ネーミング的に植物関連で考えるなら世界樹だろうね」
《聞いておいてなんじゃが、衝撃に備えなくてよいのか?》
「…へ?」
下を見る。
眼前を占める、エメラルドとペリドットの神秘的な絶景。
そして、万有引力ーー
「ぴゃぁあああ?!!」
ーーバキャッ!!
「ぐぁッ?!!」
ーーボキッ!!
「くッ…!!」
ーーベキッ!!
《蘭ッ!!》
ーーボフッッ!!!
世界樹の枝をクッション材にして、ピンボール球にされて、まるで世界樹に守られるように跳ねて、最後は落ち葉の山に右半身を埋めた。
最初こそ痛みに顔を歪めていたが、暫くすると、身体をすっぽりと包んでくれている落ち葉から、魔力が流れ込んでくる事に気付く。
「ふぉおお…!」
不思議と打ち身の痛みが引いていく…
優しい魔力に気を緩めていると、睡魔に蝕まれていく……
「……」
しかし、ティアラは途中で服から出てしまったようで、夢の中に片足を入れた状態の私を見つけたのか、頬に小さな拳(デコピンぐらいの威力)が飛んでくる。
《死んでは嫌なのじゃッ!!わらわを置いていくな、蘭ッ!!》
「……ティ、ア…ラ…」
《なにも知らなかったわらわにッ!全てを与え、奪って、お主すら死に行くのかッ?!》
「……」
《わらわはッ、蘭が望むならなんでも捧げるッ!!此の身も、魔力も、命も、名も捨てよう!!》
「…うるさい。一緒に、寝よ…」
《……は…?》
ティアラを抱き締めて、おやすみなさい、ぐぅ。
*****
なんだか私を囲うように此の周辺の魔力濃度が高くなってきてるんだけど……落ち葉の安眠ベッドは女神をも駄目にする。
《おいッ!!起きろ、穢れッ!!》
「ティアラ…うるさい…!」
寝ぼけていた所為で腕に抱いている事も忘れ、適当に片腕を声のした方に振る。
《うわぁっ!?結界が破壊された!?》
《一時撤退だっ!》
耳に届くは阿鼻叫喚。
フッフーン!
まぁ昨日は、絨毯が敷いてあるとはいえ、石の床に直で寝たからね!
よっぽどのことじゃ無い限り、私は此処を動きません。
「おやすみなさい」
《大魔導師様をお呼びしろっ!!》
しかし、私の言葉を完全に無視する不穏な発言。
「うぅ〜ん…?」
伸びをして、緑の天井を見上げる。
すると、座った私と同じぐらいの背丈の妖精に近しい何かが、武装して私とティアラを包囲していた。
「……」
もしかして、夢じゃないっぽい?
寝返りうったら夢にならない?
《蘭っ!!おなごがはしたないのじゃっ!!》
ティアラの行動は早かった。
腕の中からモゾモゾと抜け出ると、捲れていたらしいワンピースの裾を思いっきり下に引っ張る。
「ティアラッ?!!やッ、やめてッ!!」
だが私も抵抗する。
そこには乙女の恥じらいなんて微塵も無い。
現存する、アイリス様との唯一の繋がりを失ってしまうかも知れないから。
その思いが無意識のうちに私を支配して、ティアラにばかり集中していた。
《…何者じゃ》
必死に破れないよう抵抗していた私は、ティアラの声を聞くまで気付かなかった。
背後に佇む、強大な生命力を持つ精霊にーー
《お前達が、妖精族のハグレと穢れだな?》
ーー振り返った私の喉元に剣の刃が当てられる。
その一振りを持つのは、見惚れるほどの美少年だった。
抹茶色の髪を長く伸ばし下の方で一つに結い、焦げ茶のつり目で特に私を睨む。
背丈は多分私より少し小さいくらいで、声変わり前なのか、どちらかと言えば中性的な雰囲気だった。
しかし、その身に纏う覇気は只者ならぬ強者独特のものそのもの。
「……なっ…!」
《穢れの末路を知っているだろうが、それでも今回のお前のした所業には、生温い処罰だ》
…私は一目で悟り、手刀で剣を叩き落としてーー
「生意気ショタ属性、キター!!!」
《グハァア?!!》
ーー勢いよく抱き着いた。
《蘭…》
《《《王子様ッー?!!!》》》
*****
《…蘭。わらわが昔、なんと言ったか覚えておるか?》
「…可愛くても…抱き締めない、追い込まない、泣かせない、です……」
《おい》
《ならばこそ、わらわという者がいながらッ、何故、そんな小童に抱き着いたッ?!!》
《先程から聞いていればッ!無礼だぞッ!!》
「でも、さっきおばば様が言ってたでしょ?」
《うぅっ、ぐぬぬぬ…!!!》
時を遡る事、数分前。
今は立派な来賓客用の宴の間に通されておもてなしされているけど、おばば様がいなかったら、ティアラはともかく私は精霊達に捕まっていたかも知れないーー
《皆の者ッ!その御方に手を出すで無いッ!!》
凛とした声が森の中で木霊する。
《…おばば様だ》
《私、初めてお姿を見たわ…》
《確か…千歳以上じゃ無いのか?》
散々な酷い言われ様の、美少年と髪色も瞳の色も同じ配色のつり目美少女が、黒樫らしき枝の杖を持って近付いて来ると。
《此度の我が精霊族の不敬。如何か、此の老いぼれの首と、世界樹の魔力半年分で、目を瞑ってはくれませんでしょうか》
片膝をつき、許しを乞う罪人のセリフみたいなことを言ってきた。
もちろん周りの精霊さん達は騒然としてるし、さっきのショタは驚き過ぎておばば様と呼ばれた少女の後ろで開いた口が閉じないご様子。
ただ、私が気になるのはその中のどれでもなく。
「精霊王さんって、一番偉い人なんですよね?」
人間の大人ぐらいの背丈の精霊がゴールドアーマーで全身を包み、顔までも隠した人物を囲うようにして守る、これまた人間の大人の背丈の近衛兵の格好をした青年に声を掛ける。
《…何故、私に聞くのでしょうか?》
パチパチと瞬きをして、もう一度青年の顔を見て、魔力痕を見る。
「精霊王のあなたが目の前にいるからです」
《……》
真顔で返すと、今度は青年ーーに化けた精霊王が黙りこくった。
でも外野はそうは問屋が下ろさないらしく、説明を求められている様なので、一応答えるように口に出して簡潔に言うと。
「世界樹の現在の精霊が精霊王ならあなたのことだし、私が降ってきた時に護るように枝でカバーして、世界樹の落ち葉で治癒を早めたのもあなた。その証拠に、私の魔力が傷口に触れたから、応急処置をしてはあるもの、一度に大量の魔力を放出した所為で魔力切れにも近い状態になっている」
《おい穢れッ!!父上がその様な事態に陥る訳が無いだろうッ!!》
《…その通りに御座います》
《ほらッ!父上もこう、言っ…て……?》
あ。意外とあっさり認めるんだ。
なんて、暢気に惚けていると、精霊王さんがおばば様を背後霊のように連れてくると、目の前で片膝をついて目線を合わしてくる。
そして、スン…と、さり気なく両手を脇の辺りに向けて伸ばしてきたので、腕を上げると両脇の下に触れるかどうかギリギリのラインで腕が入ってくる。
《御身体を持ち上げてもよろしいでしょうか?》
「…いいですよ?」
《では、遠慮無く》
《蘭になにをするつもりじゃッ!!》
「ティアラ、大丈夫だよ。精霊王さんは私の命の恩人なんだから」
《ラン様の有り難き御言葉、一生涯忘れることはないでしょう》
そして、では、と精霊王さんは言うと、周りの精霊さん達全員に私が見えるよう掲げ、宣言する。
《今、此処にいらっしゃる御方こそが、今代のルラキトピアリーの女神様だッ!!》
精霊達の間に響めきが走る。
あ。此処、ルラキトピアリーって言うんですね。
《皆知っていると思うが、我らの領地で生まれ藍色の瞳を持つのは代々女神様のみ。そして、精霊王の魔力すら自己修復への魔力にしようと無意識下で吸収できる者など、少なくとも魔族以外では有り得ないッ!!》
わぁあ…
みんな固唾を飲んで聞いてるぅ…
まあ精霊王が言ってるもんね。
王、だもんね。
反論できる精霊さんいらっしゃらないですよねー。
《父上!他の可能性もあるのでは無いでしょうかッ!!》
ハイ、フラグ回収秒で乙。
《…ハネデュー。言ってみなさい》
《はいっ!……ですがその前に、もう降ろしても良いのでは?》
《そうだな…おばば様の【身体補強】も、長くは持たない》
精霊王さんが降ろしてくれると、こっちに向かって真っ直ぐに飛んで来る銀の光りが一筋。
《蘭っ〜!わらわもギューなのじゃ〜!……周囲には聞こえないフリをして聞くのじゃ》
「わっ!?…もう、仕方ないなぁ〜」
《のじゃぁ〜!》
突然左頬にしがみ付いてきたティアラに驚きつつも、言う通りにして、あやす真似を続ける。
《小童のハネデューは精霊王でもある父親を尊敬し、承認欲求の塊と化しておるから、否定ばかりしなければ簡単じゃ。精霊王は…恐らく蘭を利用してくるじゃろうが、女神と分かっている以上、悪い様にはせんじゃろう。最後に、おばばという者じゃが……わらわ達の故郷の言葉を先程、唱えておった》
《先々代様から教えてもらったからなんです》
「ゔぁッ?!!」
振り返ると、焦げ茶の髪に緑の瞳の絶世の美女ーーおばば様がドアップでいた。
《ふふふっ…今代様…ラン様は、先々代様によく似て、小動物のように忙しくて可愛らしい女神様です》
思い出す様に口元に手を当て、ころころと笑い目を細め、私の先に誰かを重ねている…気がする。
「それ……私の事を褒めてます?」
《……褒めてますよ?》
《女神様。話の途中で申し訳ないのですが、息子の申し入れを聞いてやって頂けませんか?》
「いいですよー」
なんか後ろから《蘭は安請け合いしすぎなのじゃぁああ!!!》って聞こえた気がするけど、無視だ無視。
今更、身分も素性もバレてるのに隠すことなんて数えるくらいしか無い。
精霊王さんに着いて行くと、開けた場所に出た。
そこには、直径数十メートルの正に異世界サイズな巨木ーー私の命の恩人の半身の世界樹が、所々幹や枝が傷付いた状態で、それでも尚、威風堂々とした佇まいでどっしりと根を張っていた。
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