第七話 神判が降る時。
作者なりには調べたのですが、間違っている箇所等がありましたらすみません…!
後頭部からの重く鈍い痛み。
「…ハァッ……!」
アイリス様やロベリアさん、ティアラやパーゴスさん達と紡いだ記憶が、走馬灯のように頭の中を支配する。
おかしいな……人間の杜若蘭として生きていた時間の方がずっと長かったのに……アイリス様と出会ってからの事しか、考えられないや…… 散々周りに毒を吐いていた奴がこんなに薄情なんじゃ、仕方ないよね…
なんとか受け身は取ったものの、後頭部からは視界に広がる程の量の銀の光が漏れ出していく。
でも、謀反を企む者がこんな生温い手を使う訳が無い。
次の手段を模索していると、パーゴスさんと視線が合った。
私は天使っぽい兵士達の死角に這っていくと口パクで、真っ先に心に浮かんだ、月並みな謝罪をする。
「ランッ!!お前ら、誤解だッ!!」
「パーゴス様…?!然し、あの者は現にーー」
『巻き込んでごめんなさい』
「ーー【風刃】ッ…!!」
ありったけの敵意を言葉に込めて、都合の良いことに私とパーゴスさんの一直線上に立つ、さっき私を床に突き飛ばした兵士に向けて、全魔力を注いだ風の斬撃擬きを放つ。
当然、鍛錬を重ねた兵士が素人の火力も無いただ真っ直ぐ飛んでいくだけの魔法に当たるはずも無い。
だけど、少しでも気を許していた相手で、尚且つ格下だと油断している人物が対象だったら?
ーーザシュッ!!!
「グッ?!!」
「キャハハハッ!!!」
…痛い。
「やっぱりッ!パーゴス、あなたはアオの血飛沫なんだッ!!」
「パーゴス様!!?」
「取り押さえろッ!!」
連携の取れた動きには一切の迷いがなく、一瞬にして取り押さえられる。
指先一本動かせず、身を捩っても抵抗できない。
私一人では。
「うるさい鳥さんだねぇ…ティターニア?」
最初に頭を打ち付けて私の魔力が染み込んだ床が、光るーー
《…蘭に、手を出すな》
ーー感情と膨大な魔力を代償に、本来の力を取り戻したティアラが目覚める。
今度は私の胴体にも穴は空いていない。
ただ、その代わりに……
「生命力を…感知しない?!」
「じゃあ、あの妖精の魔力は…?」
《二度は言わぬ。戯け者どもが》
ティアラの放った光線に当たり、私を押さえ付けていた兵士達だけが弾かれるように部屋の壁へ打ち付けられる。
立ち上がった私は瞳からハイライトの消えた傀儡状態のティアラを、笑みを浮かべ撫でて、叫んだ。
「…ティアラはずっとッ、私の、味方なんだ…ッ!!」
名前を間違えた……けれど、兵士達は気付いていない…?
「…泣いて、いる…?」
「気を抜くなッ!!体格など魔法でいくらでも変えられるッ!!」
「兵長…然し、偽りの悪臭が…」
「魔法薬なら誰でも扱えるだろうがッ!!情に流されるなッ!!」
兵士の声を聞いてやっと、自分が泣いている事に気が付いた。
「…見るな…ッ!!」
…悔しい。
アイリス様以外に涙を、私を見せてしまったという事実が、アイリス様との特別を掻き消していくようで、口の中が塩辛くなった。
「見るっ、なァッ!!」
私の途切れ途切れの言葉の終わりに、魔力を乗せて叫ぶ。
それを見た兵士達は本気で私を敵と見做し、アイリス様と私を離れさせるように誘導するように剣の切先を向けて躙り寄って来る。
十分…インパクトと恐怖心は植え付けたかな。
それにもう、身体も魔力も…限界、かも…
「アイリス、さまぁ…」
糸が切れたように、全身から力が抜けて床に崩れ落ちる。
「…あい、り、す…さま………」
薄金の御髪を、一度でいいから梳いてみたかった…
「捕縛しろッ!!」
手を伸ばしても……ちっとも届かない。
…私なんかには、高望みだったのかなぁ……
兵士二人に羽交い締めにされ、踵が浮いて息が詰まる。
ティアラは金の鳥籠に入れられちゃった。
「早く歩けッ!!」
「カハッ!!」
「ーーッ!ランッ!!お前ら、ランを離せッ!!」
…ハハハ……
利用されたのに、パーゴスさんは本当に…お人好しだなぁ…
「ごめん、なさい…」
「釈明なら法廷でするんだな」
背後に立っていた兵士に脛の裏を蹴られる。
「ーーッ!」
声にならない声を出した私を見て、兵士達は鬱憤が少しは晴れたのかにやにやと笑い出す。
でも、今は耐えて……いつかの輝かしい未来の為に。
《……》
*****
今日の法廷はいつにも増して騒がしい。
まあ、今回は私も愉しむ事ができそうだ。
何故なら、今回の刑事裁判は、普段のものとは格が違う。
恐れ多くも、あの七代神の虹彩の女神アイリスに牙を剥いた、世間知らずで異世界から転生して来たという眷属の、傷害事件なのだから。
おまけに、その眷属は既に魔法を使い妖精を隷属していたという。
当時、その場にいた者の証言には、敵意有るものと未だ非難すべきか困惑する者に分かれていたが、今回は前者だけを証人として手引きして置いた。
気絶した写真越しに見た眷属の目が見開かれ、慌てふためく様子が目に浮かぶ…!!
「被告人、前へ」
閉じられていた被告人側の扉が開くなり、法廷の騒めきはより一層大きくなるーー
「……」
シャンデリアの光を受けて緩く波打つ長い銀髪を揺らし、深海のような藍の瞳は真っ直ぐと凛々しく前を見詰める。
成熟しきっていない両手で、銀の妖精が入った魔封じの金の鳥籠を抱き締めていた。
衣服も上物であると一目で分かる物を纏い、罪人では無いのではないのかと錯覚するような堂々とした立ち振る舞いで指定された通りに席へ着く。
大凡あの若さで知り得る知識では無い。
それこそ、何百年も生きた老婆の魔女が少女に化けているように、見て呉れと洗練された一挙一動の差が私も含め、この場にいる多くの者を混乱させた。
然し、何よりも目を引いたのはそれらでは無い。
ーー胴体の中央に、拳ほどの穴が空いていたのだ。
傍聴席に座っていた民間人の誰かが、息を飲んだ音がした。
中には倒れた者もいるがーー私には如何でも良い事だ。
今回の大捕物の犯人は絶世の美少女で珍しい色素持ちだと影から聞いた時、私は大枚を叩いて方々に根を回し、あわよくば美少女の後見人となり、コレクションに加えようと思っていたのだ。
なのに……胴体に穴が空いていれば、他がどれだけ優れていても昂らないではないかッ!!!
あぁ、念の為に補足しておこう。
私は生物学上もれっきとした女だし、恋愛対象は男性だ。
ただ、美少女同士の求め合いが最高に尊いだけで、後見人になったからには衣食住も世話をし、成熟すれば、新たな美少女の世話係か召使いか影になってもらっている。
本人達の合意の上での行為だし、私は犯罪者ではない。
…まぁ、それは今は良い。
あの娘をどうするか、早急に手を打たねばならない…
*****
「裁判長。発言許可を」
百回以上は見て、段々金髪の差も見分けられるようになった頃。
燻んだ黄土色に近いーー古びた五円玉色の髪の美女が、これまた燻んだ水色のつり目を強調するように左目に掛けていた銅のモノクルをクイっと上げ、こちらを睨む。
どう考えても私だよね。
何かあの人にしたかなぁ…?
ここに居る人の大半には、まだ何もしてないよ?
じゃあ、あの辺りに座っている十一人が、検査審査員かな。
「許可する」
「ありがとうございます。それでは、被告人の胴体に空いた穴について当人よりお聞きしても?」
「許可する。被告人、前へ」
「はい」
うっっっわ…!!?
驚き過ぎて仕事モードで応えちゃったよ?!
裁判長、あの人の掌の上で転がされてるじゃん!!
何が「許可する」だよ?!
検察側ならまだなんとなーく分かるけどさぁ!!
そうこう考えているうちに、ティアラの閉じ込められた鳥籠は取り上げられ、証言台へ立たされる。
「……」
うん!分かるわけないよね!
だって、一般人だもの!
新聞とかニュースとかでちょっと知ってる程度だもの!
しかし、それが気に食わなかったのか、美女の眉間に深く皺が刻まれる。
「被告人さん、説明をお願いしますね?」
「では、ティアラを解放して下さい」
「は?」
傍聴席に騒めきが走る。
まあ、被告人が要求してくるなんて思わないよね。
でも私、こう見えてもーー
「金の鳥籠に閉じ込めて見世物にして雑に扱い、昨日から水一滴すら与えていない、私の親友の事です」
ーー怒ってるいるんだよ?
「…フフッ」
「なにが、おかしいんですか?」
黄土色の簡単な挑発にも乗ってしまうくらい、今の私はキレている。
それこそ、微々たるものではあるが、周囲の物質や空気から魔力に似た、大切であろうなにかを手当たり次第に吸収するくらいには。
「妖精族は精霊族の眷属で、食事どころか水すら摂取せずとも生きていける。本当に常識が無いのね?」
黄土色を見た途端、証言台の残留思念が残っていた魔力と共に頭に流れ込んでくる。
〈私はこの後捕まって…死ぬまで逃げる事は叶わなかった……〉
この人が、アイリス様やパーゴスさん達と私を意図的に…引き離した主犯格なんだ。
「ありがとう…貴女に、心ばかりの安息を…」
後悔と怨念を元の形に戻るよう、合掌して心の中で浄化と唱える。
〈ッ!……あり、がとう…!〉
一瞬見えた女の子は泣き笑っていた気がする。
……私でも、できることはあるんだ。
「何か異論でもあって?」
耳障りな人を小馬鹿にした声で、漸く気が付いた。
手錠されてる。
だからこの黄土色は無防備に近寄ってくるのか。
……じゃあ、魔力も補充できたし、やってみましょうか!
教訓その一。
駄目で元々やってみろ。
手錠の鎖部分に指先で触れ、思いっきってみる。
「【消去】」
「なッ!!?」
おぉおお!!
手錠だけ銀の光になって溶けるように消えて、黄土色が凄まじい速度で後退りした。
「【転移】っ…は、短距離で魔力消費量が多いなぁ」
「近付くなぁッ!!」
「ティアラを安全に渡さないと、あなたとあのモノクルの黄土色で合成獣にしちゃいますよぉ?」
「………」
あ、気絶した。
まぁ…自業自得か。
金の鳥籠に触れ、上手くいくように精神を擦り減らしながら、呟く。
「【消去】」
金の鳥籠も手錠のように、私が吸収した大気中のなにかの代わりに還元されていった。
《…危ないのじゃ》
「大丈夫だよ?手錠の時は手首は消えなかったから、多分生物には無効なんだよ」
《なんでッ!先にわらわで試さないのじゃッ!!》
胸元をポコポコと叩かれる。
あとちょっと、湿っぽい。
これは…ティアラには悪いけど、嬉しいなぁ…
そう思いつつ、ティアラを胸元にしっかりと落ちないよう押し込む。
「この通り、私にはこの世界の常識なんて微塵もありません」
誰に言うでも無く言葉を放ち、床に座り込んで両手に魔力と体重を掛ける。
「そんな異分子、邪魔なら皆さんどうします?」
一人で未知と立ち向かうのが無理なら、群集心理を突いて自分達が優位であると自覚させ、膨張させるまで。
後は運ゲーだけど…ラノベの神様を私は信じる!
「被告人、ラン。有罪とし、統治予定であった領地に春までの身分と眷属の力の剥奪の身で生きながらえる事を神命とする」
「あっ…裁判長さん、喋れたんですね」
「……」
ーーポチッ
あれっ…?
謎の浮遊感がーー
「精々足掻くが良い」
「はっ?!」
分かったのは。
一、裁判長が居た席の押されたボタン。
二、悪どい笑みの裁判長。
三、用意していた転移陣を描いた床が丸ごと消えている。
「このッ、人でなしッー!!!」
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