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第三話 人も悪魔も変わらない。

本日三本目。

 あれからどれだけ経っただろうか。

 女神様は拒む事なく、私の支離滅裂な身の上話を聞いてくれた。


 そして何故か私に、瞳と同じ藍の生地に銀の草花の刺繍が施してある胸元と袖に白のレースがあしらわれたバルーンワンピースと、私の容姿を隠す麻布で織られた外套と言う足元まで届くコートのような衣服を与えてくれた。


 何でも、これからとある人外の集まる街に行く為、微量とは言え女神の眷属色に魂が染まっていない私を守る必要最低限の保険だそうだ。


「ラン。私に掴まりなさい」

「はいっ!女が…お姉ちゃん…」


 これも女神様との約束で、私も女神様も身バレすると厄介な事になるらしい。

 だから成人済みでも、仕方なくならどうしようもない問題だ。


 ……嘘です…やっぱり、恥ずかしいです…



 *****



「…ここが、神話の国なんですね…」

「えぇ。本来は最深部での定例会議に呼び出されているから、普段は此処は通らないんだけど…最下層にも用事が一つできたし、まだ時間にも余裕があるわ」


 女神様に連れられて、私は失われた大陸アトランティスの地に足を着ける。

 流石、超古代文明を誇っていた王国というだけあって、日本どころか地球以外の場所であることは明白だった。


 先ず、物理法則が滅茶苦茶だ。

 ちゃんと重力を感じるが、遥か高くの頭上を大きな揺り籠のような乗り物が行き交っている。

 幼くなった私よりも小さな、十つくらいの子供ですら見上げるような高さの木箱を軽々と持ち上げていたのには驚いて、口をパクパクと鯉のようにしていた。


 此れ等は、女神様も含む神様達の魔法がそこらかしこで大盤振る舞いされているお陰なのだとか。

 自分のことではないが、女神様の顔を見るとお礼の言葉が沢山聞こえてくるのが、とても誇らしかった。



 歩くこと、十分程。

 どんどん人気の無い道に入って行き、女神様を見て逃げ出す者がちらほらと見え始めた。

 …逃げた者達には、何か後ろめたい事でもあるのだろうか?



 そして更に歩いて、女神様はとある廃墟…趣のある建物の前で立ち止まり、内開きの扉を開けた。

 入って来た女神様の顔を見るなり、室内の空気が凍った。


「ロベリアを出せ」


 冷たい、声だった。

 もしもこれが自分に向けられたらと思うだけで……恐ろしかった。


 カウンターの奥で座っていた顰めっ面の堕天使が、体躯の良い如何にも用心棒といった風貌二人へ視線を向けると、上の階段から拘束された山羊の顔に蝙蝠の皮膜を背に付けた、神話上で見たことのある悪魔のような男が引き摺られてきた。

 男の顔や身体にはいくつもの生傷があり、直視する事が耐え難かった。


「カキツバタと言う夫妻を知っているな?」


 ヒュッ、と喉が音を立てたが、女神様以外には気づかれる事は無かった。

 男は、少し間を開けて頷く。


「カキツバタの長女にかけた呪いを解け」

「ーーッ!」

「…なんで女神様が、人間一匹に肩入れすル?」


 男は私の存在を知ってか知らずか、追い打ちを入れるように言葉を放った。


 ……もし、私の予想が当たっているのなら。

 目の前の男が、神話通りの悪魔ならば…



 *****



 お兄様は昔、不出来で良く母に小言を言われては私のことを殴った。

 確か母が怒っていた時の言葉は「女に劣る未来の家督に価値は無い」だった。


 ある時母が、普段はお手伝いさんにさせるから学業に励めと言って入れてくれたことの無かった調理場に一度、入れてくれた。

 その時は何も教えられる事なくジャガイモの皮剥きをさせられ、血が止まらなくて、母に止血してもらった後には、血のついたジャガイモと包丁は無くなっていた。


 次の日、高熱を出して寝込んだ私を放って、兄のテストでの満点祝いをしに父は母と兄を連れて外食に行っていた。

 私は食卓に置かれたお金で添えられていたメモの通りにコンビニで食べ物を買い、咽び泣いて夜を過ごした。



 それから二年後、私が小学校高学年になった頃、妹が生まれた。


 妹は昔の兄や私とは違って優秀でーー


『お姉様ばっかりズルい!何もしないで塾も習い事も、全部私に押し付けてる!』


 ーー言葉で心を抉り、空洞を作った。


 違うよ。

 お父様とお母様は私を愛していないから。

 私には期待してないから、***が可愛いから大事に守ってるんだよ。


『お姉様…嘘つき!大っ嫌い!!』


 その上、妹は愛らしい、加護欲を煽る天才だった。

 私は以降、母屋で暮らすことは許されず、離れ座敷で暮らすように命じられた。


 しっかりと数名の監視も付けることも忘れずに。

 …私を嫌うなら、いっそ養子に出せば良いのに。


 計算高く、商才のある兄。

 何でも器用貧乏な私。

 兄の次に優秀で、皆から好かれる妹。


 昔は私もそれなりに友人はいたが、不出来な私を虐めるグループができると、他人になっていた。


 私は学んだ。

 人は笑顔の仮面の下に、裏切りと言うナイフを隠し持っているのだと。



 *****



「これは神命ではない、私的命令だ…聞くも聞かないも勝手だが」


 女神様の声に、我に返る。


「血も魔力もイイ。理由を聞きタイ」

「ふむ…まさか、悪魔から対価を断られるとはな」

「情報も対価ダ」


 男の視線が此方へ向く。

 女神様は男から目を離すことなく、数秒程考え込む。


「ランは、私の大切な眷属だ」

「そうカ…ソイツが、杜若蘭の生まれ変わりカ」

「…そうなるな」


 …生まれ変わり……?


 変わったことは知っていた。

 人ならざる者に。


 でも、神の力による突然変異種になったのではなく()()()()()()なら…


「私は一度、死んでいるなら必要は無いんじゃ…」

「だガ、呪いは魂に刻まれル」


 そう言って、縛られていたはずの男はいつの間にか、私の額に手を翳し、何か小さく呟いている。

 まるで、人間でもそれ以外でもない、未完成な今の私から、杜若蘭という不純物が取り除かれていくかのような……邪気を吸い取られるような、そんな未知の感覚だった。


 男…ロベリアさんが翳していた手を額から離すと、謎の浮遊感に襲われる。

 フラついたところを、背後にいた女神様が支えてくれた。

 自分以外の熱って、あったかいんだ…


「これデ終わりダ…ただノ、ラン」


 ロベリアさんの言葉にパチパチと瞬きを繰り返す。


 久しぶりに、晴れやかな気分だ。


「こんなニ不味い魂ハ、数百年振りダ」


 窮屈な人以外の自由な身体を貰って。

 両親に掛けられた呪いも解いてもらって。


 こんなに誰かに優しくしてもらっているのは、幸せのはず、なのに。

 なのに、心は変わろうと動こうともしない。


「じゃあナ」

「ロベリアさん…」

「…二度ト、合わない事を願ウ」



 女神様は歩き出さない私の腕を離し、軽く溜め息を吐くが……やっぱり待っててくれた。

 振り返ると、ロベリアさんは既に上の階へ行こうと手摺りへ手を掛けていた。


「ロベリアさんっ!」


 人間だった時でも無いくらい、大きく息を吸い込んで叫ぶ。

 顔は山羊なのに、驚いている様子が何だかちょっと可愛かった。


「本当に、ありがとうございましたっ!!」

「……」

「迷惑だとしても、言わせて下さい」

「…なんダ」


 困惑した周囲の様子なんて気にならないくらい、心が弾むんだ。

 叫んでいるんだ。


 《もう我慢なんてするな!》



「ロベリアさんが私を呪ったのも、人の魂を勝手に食べたのも、全部事実です」

「そうダナ」


 外野が野次馬になっていく。


「でも、そのお陰で女神様に会えた。ロベリアさんみたいな優しい悪魔にも会えた」

「悪魔が優しイなんテ、営業妨害ダ」


 誰かが吹き出した音が聞こえた。


 それでも構わない。

 この気持ちを、本気でぶつけたい。


「私は今、最高に幸せですっ!!」

「ラン。時間切れ」


 耐え切れないとばかりに、誰かが笑い出し、見渡す限り笑顔でいっぱいになった。


「笑顔サイコー!!」

「ふざけ過ぎ」


 最後もしまらなかった。

 無念。


 コツン、と軽く頭を叩かれる。


 そのやり取りを見られていたのか、ずっと顰めっ面だった堕天使さんも軽く手を振ってくれた。

 建物を出ても笑い声は暫くの間、路地に響いていた。

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