第4話 破滅の前。
薄暗い石室の中で剣戟の響きがこだまする。
その中には剣を打ち合う二人の騎士が......アルトリウスとモードレッドである。
「王よ、短期間で腕を上げ過ぎでは!?」
俺の攻撃を必死に受け流そうとするモードレッドが叫ぶ。
「ふむ、加護の差というやつかなっ!」
更に力を込め、いなされるのを防ぎ、鍔迫り合いにまで持っていく。
「おっ......!? 重いっ!!」
お互いの間に甲高い金属音と共に火花が弾けるが、更に力を加え続ける。
火花の量が増え、モードレッドは自分の剣が首元に届きそうになるまで押されていた。
「まっ! 参りました!!」
とうとうモードレッドは自身の敗北を認める。
「とうとう俺には勝てなんだな」
「王よ、我らは同じ父から生み出された身、何故ここまでの差が開いてしまったのでしょうか?」
どうやらモードレッドは悔しさと情けなさ、そういった類のものに飲み込まれているように見受けられた。
だがしかし、マーリンの事は口止めされている......
「案ずることはない、貴公は立派な騎士だ。きっと貴公と俺では素材が違うのだろう。
それよりも、だ。私が王となった暁には、貴公に円卓の席を用意しよう」
「円卓......?」
「いかにも、俺が認めた騎士の中の騎士。その者たちのみが座る事を許される円卓よ」
「王よ、何故円卓なのですか」
「我らは父に生み出されし存在、そんな我らは皆全て平等だ。俺の王国の騎士は平等である、故に俺も玉座ではなく円卓に座ろう」
「王......!! 不肖モードレッド、王に相応しい騎士となる為、より一層の修練に励みたいと思います!」
モードレッドは心の底から嬉しそうに俺を見上げてくる。
「先も言ったであろう、貴公は既に立派な騎士だ。いくらホムンクルスとて、無茶はすべきではない。まぁいい、とうとう明日が選定だ。今日は早く寝るとしよう」
「はっ」
モードレッドは機敏な動きで、ガッシャガッシャと鎧の音を立てながら水浴びに向かったようだ。
「さて、俺も水浴びをして寝るとしよう」
いよいよです父上。明日、私は王となります。
心の中でそっと決意を固め、俺は水浴びに向かうのだった。
「ん......んん......」
微睡の中でうっすらと瞼を開く。
「マーリンか......?」
すぐ横にはマーリンの姿がある、ということは
「夢か......」
「そうでーす! とうとう明日ですね! 王!」
マーリンの陽気な声が耳に響く。
まるで犬のようだ、ふんすふんすと鼻息を荒げながらグイグイ近寄ってくる。
「お前、最近距離近いぞ......」
別に嫌悪感があるわけではないのだが、何となく戸惑ってしまう。
元々はちょっと元気だが綺麗な女。というイメージだったのに、今は何というか......
「ええ~~! いいじゃないですか! ってグベッ!」
「愛玩動物だな......」
更に近づいてこようとするマーリンの顔を押し返し、その場に立つと、見慣れた暗闇の空間を見渡す。
「とうとう明日だ、ん? よもや今日か? 夢の中ではよく分からないな......」
マーリンも立ち上がり、少しは落ち着いたのか冷静な具合で口を開く。
「もう少しです。いよいよですね、王。貴方は素晴らしいお方だ。昼も夜も訓練尽くしで大変だったでしょう」
「いや、そうでもないさ。俺の肉体は王としてあるべきだと創られたもの。お前のおかげで精神も成熟したように感じる、助かった、マーリン」
俺が素直に礼を言い、マーリンの方に振り替えると何故か涙を浮かべていた。
「うっ......グスッ......王サマ~~~~!!!」
すかさず抱き着いてくるマーリン、一体何だというんだ......
「何に涙しているんだ、マーリン」
グスグス言いながら俺の顔を見上げてくるマーリン。
「だってぇ......なんか王サマが遠くへ行ってしまう気がしてえ!!!」
今度はビエーンと大泣きを始める始末。にしても......そういうことか。
別れを惜しむとは可愛らしい奴だ。
「案ずるな、マーリン。お前さえよければだが、宮廷魔術師として俺に付いてこないか」
「え゛」
ピタッと涙が止まる。
「いいんですか......?」
「構わん、ただ、その鼻水と涙だらけの顔はどうにかしてこい」
俺がそう言うと、たちまちマーリンの顔色が明るくなっていく。
まるで顔の周りに花の精霊でも集めたかのように、妙にぽわぽわしていた。
「王サマ! 今笑いましたね!」
「む?」
驚いた、俺は今笑っていたのか......
「ホムンクルスは感情を感じる事、表に出すことが不得手だと聞きます! そんな中で王サマが笑ってくれたのは快挙ですね!」
「......そうだな」
そう、俺はマーリンといる時は、自分の責務を忘れてしまうことがある。
それが良いことなのか、悪いことなのか、俺にはまだ分からない。
「およ! 王サマ! 時間のようです。私は先に選定の剣の場で待っています」
マーリンはそう言って俺に手を振る。
が、しかし、俺にはどうしても聞きたいことがあったのだ。
「あ、最後に聞きたい」
「はい? なんでしょうか」
マーリンが首を傾げる。
「何故俺を鍛えた?」
そう、ずっと疑問に思っていたことだった。当然、マーリンは生を受けたばかりの俺を知っているはずはないのだ。
「私はずっと昔から貴方を知っていました。王よ」
「それはおかしい、私がこの地に足を付けたのは半年前のことだ」
「はい、それでも私は貴方を知っていました。我が王。大いなる竜の予言です、貴方は王になる。私はそれをただ支えたかった、それだけです」
大いなる竜の予言......この鎧の材料をくれたのも2頭の竜だったという話だが、何か関係があるのだろうか。
「そうか、もう時間も無いだろう。また後で、選定の剣で」
「ええ、選定の剣で」
マーリンはそう言うと風と共に消えてしまい、かくいう俺も目が覚めたのだった。