第3話 この女、夢魔により危険。
モードレッドと立ち会った日の夜。
俺は初めて夢を見ていた、不思議な光景だった。
俺は空を飛んでいる、眼下にはモードレッドから聞いたものでも、本で読んだものでもない。
正真正銘、異世界が広がっていた。
馬が引かぬ馬車を用い、摩天楼が聳え立つ。
見慣れぬ衣装を身に纏い、小さき箱を全ての人間が持っていた。
耳が痛いほどの喧噪、空気は淀み、俺がいる石室よりも酷く感じる。
「な、なんだこれは」
思わず声が出る。
「これはね、君がこれから知り往く未来の世界のお話しさ」
どこからともなく、聞いたことのない女の声がした。
「何者か」
空中に停滞し、周囲を見回す。すると突然、猛獣の鳴き声ともドラゴンの咆哮とも思えぬような、凄まじい轟音と共に鉄らしきモノで出来た竜が眼前を飛んでいく。
「あ、あれは......中に人が居なかったか!?」
その竜は白い一筋の尾を残し、遥か先へとあっという間に青空の向こうへ消えていった。
「不思議だよね、私とて驚いている。夢魔の私でもこんな夢は初めてだ」
竜の消えた先から、声の方に目を向けると、そこには魔女がいた。
一目で分かる、あからさまに魔女としか思えぬ風体。これで騎士とでも名乗りを上げられれば道化もいいところだ。
「貴様、夢魔か。俺の夢を食いにきたか?」
女は深く帽子を被っていて、口元しか見えない。
「おかしいよねぇ?ホムンクルスが夢を見るなんてさ!でもそれは、紛れもなく君が王になるという証明に他ならない!」
「貴様ッ、何者だ、ただの夢魔ではあるまい」
女はニヤリと口角を上げる。
「お戯れが過ぎたこと、お詫び申し上げます。我が王よ、私の名はマーリン。夢魔です」
マーリンと名乗る女は帽子を取り、深々と礼をする。
「面を上げよ」
彼女はその言葉に応じてこちらに顔を見せる。
瞬間、息をのんだ。こんなにも美しい人がいるのかと、風でなびく銀の長髪はまるで天使の生糸のように美しく、深紅の瞳はこの世のどんな宝石を以てしてもその輝きには勝てないと断言できるほどに、深く、神々しかった。
暫く見惚れていると、マーリンが困ったようにこちらを覗き込む。
その仕草も愛らしく思えた。
「おっ、お前も、父上に作られた口か」
「いえ、私は正真正銘の夢魔です。ホムンクルスではありません」
「俺の夢を食いに来たか......いや、この夢を見せているのはマーリン、お前だな?」
「はい、しかし正真正銘、これは貴方の世界、貴方の未来。私はただそれを映しているに過ぎません」
「ふむ、しかしこれは一体全体どういう世界だ」
マーリンに問うと、彼女も困ったように首を傾げる。
「さあ、これはブリテンではない。というか、この世界ではありませんね。これは貴方の未来を映し出しています、貴方は遅かれ早かれ、この世界に辿り着く」
「ふむ......」
「この世の全ての知識を内蔵するホムンクルスでしょう、心当たりはないんですか?」
「む、お前、俺の夢に入ってくるくせに俺のことは知らぬのだな。俺は全てを知っている存在として生み出されることはなかった、その分のリソースを、別の部分に割いたのだろう」
なるほど、と言い、マーリンは帽子をまた被る。
「なんにせよ、私の目的は貴方の夢を食べる事ではありません」
パチン。と指を鳴らす音が聞こえたかと思うと、辺り一面は暗黒に包み込まれ、自身の姿と、マーリンの姿のみが不気味に、くっきりと見えるようになっていた。
「これは?」
「貴方を鍛えます」
マーリンはエッヘン!といった感じで言い放つ。
「は?」
「ですから!私が貴方を育てるんです!」
いや待て、何の冗談だと思う。あの貧弱そうな魔女に俺が鍛えられる?
「魔術の話......」
一閃。鋭い剣先が喉元に向けられている。
「か?」
「魔術と、剣術です」
マーリンがニヤリと笑った。
一呼吸で詰められる間合いじゃなかったのは確かだ。
それをこの女、一呼吸どころかそれよりも早く......
剣先がゆっくりと首元から離れていき、マーリンのローブの中の鞘に収まる。
「今のは魔術を併用したのか」
喉元をさすりながら問いかける。
「いいえ、純粋な身体能力です。夢魔の私ですらこの領域に達するのですから、あなたなら遥かな高みを目指せるでしょう。これからは昼間はこれまで通り、夜は夢の中で私と特訓です!」
ピッ!と人差し指を向けてくるマーリン、彼女の深紅の瞳が爛々と輝いているのが見えた。
化け物だ、この女。