第2話 モードレッド、推参。
薄暗い石室の中、青年はただひたすらに武を磨き、本を読み漁り、己が王道を見極めんとしていた。
3ヶ月後に迫る王の選定儀式。
どうやって選定するのかは全く明かされていなかったが、何が来てもいいように準備をするだけだと、ひたすらに自らを鍛え続ける。
そんなある日、唐突に石室の扉が開く。
水銀で造られた女像のゴーレムがベッドと椅子を一脚運び入れようとしている。
「なんだそれは」
「私のものです。王よ」
女像のゴーレムと共に、鎧がぶつかり合うガチャガチャとした音を立て、一人の青年が入ってくる。
部屋の薄暗さ故、普通ならば相手の様相を伺うことはできないだろうが、もう3ヶ月もここにいるのだ、目はとっくに慣れている。
その青年は、茶髪に金色の瞳。整った顔立ちをしており、それがホムンクルスだとすぐに分かった。
「ホムンクルスか、名は」
振るっていた剣を床に突き刺し、流れる汗を拭きながらその青年に問う。
「モードレッドと申します。王よ、貴方の忠実なる臣下です」
「父上がお造りになられている内の一体か、何故お前だけが早く生み出された」
「貴方様のお相手を、と」
「そうか」
はい、とモードレッドは答えながら、女像のゴーレムに出ていくよう指示を出す。
「お前はどこまで分かっているんだ」
先程突き刺した剣を抜き、また振りながらモードレットと話す。
「自らの使命、存在、王が今持ち合わせている同等の知識は持たされております」
「そうか」
「ここからは私が貴方の修行の相手を、僭越ながら務めさせていただきます」
「それがお前の使命か」
「そのうちの一つでございます」
モードレッドは深々とお辞儀をしている。
「では他はなんだ」
「言えませぬ」
「そうか、父上がそう定めたのならそうであるべきなのだろう」
未だ頭を上げぬモードレッドの方へ身体を向け、その身体の近くに剣を投げ刺す。
「頭を上げよ、貴公はその剣を使うのが宜しかろう、俺は槍を使う」
「はっ」
モードレッドは剣を抜き、構える。
それを視界の端に入れつつ、乱雑に武具が入った箱から槍を取り出し、モードレッドに向き合う。
「俺も貴公も、手合わせは初めてだな」
「初めての手合わせが王であること、我らが父上に感謝いたします」
そのセリフを合図として、刹那の間にして互いに間合いを詰める。
俺は槍、剣よりも間合いはあるが......
仮にも父上に創造されし存在、一筋縄ではいかんだろうな。
一瞬の攻防、一呼吸の間に数回の刺突。モードレッドはそれを必死に弾き、いなす。
金属同士がぶつかり合う音と、モードレッドの呻き声が石室に響く。
「見事!よく躱した!」
せめて一刺しは与えられると思っていたが、全て躱されることに若干驚く。
「素晴らしき槍術!それでこそ我らが王に相応しい!では再び、不肖モードレッド、推して参る!」
今度は床を抉るほどの踏み込みでモードレッドが間合いを詰める、俺の間合いの内側に入り込む腹だろう。
俺は棒高跳びの要領で、目の前の床に槍を突き刺し、突っ込んでくるモードレッドの上を弧を描くように飛び越えてみせる。
「なっ!?」
モードレッドの一振りは、その驚きの声と共に虚空へと放たれた。
しかし、それも一瞬の事、すかさず飛び越えた俺の方へ切り込むが、それを槍で受けると、再び甲高い金属音と共に火花が散る。
そこからは無言の攻防、互いが互いの技術を見せ合い、時には突き、時には切り、濃密な立ち合いが続く。
そんな中、石室に数十回目の金属音が鳴り響く。
モードレッドは持っていた剣を弾き飛ばされ、尻もちをついていた。
その首元に、槍の切っ先を静かに向ける。
「参りました......」
悔しそうに告げるモードレッドに手を差し出し、身体を引っ張る。
「良い立ち合いであった。他者との交流というのは父上以外では初めてだったが、素晴らしいものだな」
「勿体ないお言葉でございます」
モードレッドの頬は擦り傷や切り傷、鎧も相当傷付いていた。
「王はその姿を一つも汚しておられない、完敗です」
「なに、槍と剣ではこうだったが、剣と剣では分からぬ、ましてや貴公が槍を使えば、あるいは分からんぞ?」
「お戯れを」
そこからは二人で水浴びをし、食事をとり、互いのベッドに腰かけ、談笑に華を咲かせた。
「それでは貴公は、俺より少し後に生まれた後、外の世界にいたと?」
どうやらモードレッドは、ここに来る前、外の世界にいたようだった。
「はい、このブリテンの地を少しばかり見て参りました」
「どのような世界だった。私も本での知識はあるが、やはり見てきた者から聞いてみたい」
モードレッドは少し思い出すような素振りをした後に、色々な事を教えてくれた。
異民族からの襲撃で、常に戦争をしているということ、王が床に臥せ、次代の王を決めようとしていること。
そして......
「3か月後、王の選定試験が執り行われるようです」
「それが父上の言っていた......」
「はい。なんでも、岩に突き刺さった選定の剣というものを引き抜いた者が、次代の王になるようです」
「成る程......」
岩に突き刺さった剣、恐らく人間によるものではなく、もっと超常のモノ。
例えば精霊、あるいは神による選定だろう。
であれば、膂力等は関係無いと見るべきだ、問われるのは資質。
「その者が王たらしめているのか否か、か」
「アルトリウス様は王になるべきとして創り出された存在、全ては杞憂に終わりましょう」
「......だといいがな」