魔界の☆欠陥住宅
『こんな欠陥住宅……許されるの!?』
幸薄い主人公【薄井幸子】は就活で内定を貰った住宅会社の入社前研修に挑む。しかしそこで言い渡された研修先店舗はなんと魔界にあった……。
「いっけな~い遅刻遅刻~!」
美少女漫画風な独り言を呟きながら、幸子は走っていた。
大学四年生の幸子は、既に内定を貰った就職予定先の会社の、入社前研修へと向かっている。
「まさか曲がり角で毎回、食パン咥えたラグビー選手とぶつかるとは」
【回想】
「どすこい!」
「お前が咥えてんのかよ!」
【回想終わり】
幸子は人より少し、幸が薄かった。
「でもそんなパッとしない人生もこれで終わり……私は就職して、優雅な一人暮らしを満喫するのよ……!あー楽しみー!」
走った幸子はギリギリ集合時間前に会社へと着くことが出来た。
そこは小さいビルで、ビルの看板には【住宅不動産】【住めば都社】【本社】と書かれている。
「面接は違う場所だったから初めて来たけど……ここが私の働く(予定の)会社の本社!ていうかやばい!急がなきゃ」
まじまじと会社を眺めてる余裕など無い事を思いだした幸子は、慌てて小さいビルの中に入って行く。
ーーーーーーーーーーーー
【二時間後】
「はい。じゃあ皆さん合同研修お疲れ様でした。この後各々の研修店舗先を決めて、今日は各自その店舗に挨拶しに行って貰って終わりです」
研修の一つ目のプログラムが終わり、周りの研修生達は安堵の雰囲気を醸し出す。幸子もその一人だった。座りっぱなしで固まった身体を、少し動かして見る。
(やっと終わった。今日は後、研修店舗先聞いて挨拶行くだけか~何店だろう研修店舗)
研修生達が次々と名前を呼ばれて行き、研修先店舗の名前と店舗所在地の地図を渡されて、部屋を出ていく。
(宇都宮店かな~そしたら晩御飯は餃子かな……うへへ)
研修生はどんどん減っていく。
(横浜浜店かな~そしたら晩御飯は……中華かな……たまんねえな)
気付けば部屋には幸子だけしか居なかった。
「え~薄井幸子さん」
「は、はい!」
研修担当の人に名前を呼ばれて、幸子は現実に戻り、涎を袖で拭き取って返事をした。
「薄井幸子さんは~魔界店」
「分かりました!(マカイ店?なに県だろう……)
「じゃあゲート潜ってね、そこにあるからね」
「ありがとうございます!(ゲート?潜ればいいのね……よっこいしょ)」
「行ってらっしゃ~い」
ーーーーーーーーーーーー
「騙されたーーーーーー!」
血で染められた様な空の下、植物が皆死んでる荒野の上で、幸子は膝先ずいて泣いていた。
「マカイってそういう事?魔界ってこと?そうだよね?ゲームで見たことある……ここ絶対魔界じゃん……カラスめっちゃ飛んでるし……」
そう!ここは魔界!
「うるせえな。ていうかゲートっぽいのも無くなってるし……なに……どうやって帰るのこれ……」
幸薄い幸子にとっては、大抵のアクシデントは慣れっこだったが、流石に涙目になっていた。
「ん?あれは……」
途方に暮れながらも手掛かりを探していた幸子の目に、荒野に佇む一軒の建物が見えた。
その建物は幸子の目的地。研修先店舗だった。
ーーーーーーーーーーーー
(ギィイイイイイ)
酷い立て付けの音を奏でながら、幸子は店のドアを開けた。
「ごめん下さーい……(うわぁめっちゃ古い木製のドアだな)」
怯えながら幸子は店の中に入る。すると、店の奥の方にスーツ姿の一人の男が居た。
(男の人だ……しかも人間……良かった魔物とかじゃなくて……」
男は幸子に気が付くと、ぱぁっと笑顔になり、こちらに近寄って来た。
男は幸子と同じくらいの若さの見た目をしていて、黒髪の似合う好青年だった。
(わ……イケメン……かも)
「いらっしゃいませお客様。どうぞお掛けください!あ、荷物、鞄とか、隣の椅子に置いちゃって大丈夫ですので!」
幸子を客と勘違いした男は、きらきらしたトーンを背景に、もてなしの姿勢を見せる。
「いや!あの!違うんです!私……【住めば都社】の研修で来てて、魔界店って……もしかしてここですか?」
「あ?」
男の表情が一変した。
「んだよ客じゃねぇのかよ。カーッ」
そういうと男は煙草を取り出し、口に加え、ライターで火をつけた。
幸子は一瞬ポカーンと口を開けていたが、我に帰り、やっと困惑を口から漏らした。
「なにその変わりよう……サギじゃん……」
先程の好青年は何処に行ってしまったんだろう。きっと煙草という魔物に身体を乗っ取られてしまったんだろう……と幸子は思う事にした。
「愛想は有限だ。客の為にとっておいてるんだよ」
「そ、そうなんですね……(なにこの人……)私、研修生の薄井幸子です。よろしくお願いします」
幸子は一応ぺこりとお辞儀した。
男が煙草の煙をフーと吐き出し、幸子と黒羽の間に白い煙が立ち上る。
「俺はこの魔界店を担当してる黒羽だ。よろしくな幸子」
「あの、黒羽さんだけしか居ないんですかこのお店って」
「なんだよ悪ぃかよ」
「いや、居たら挨拶しなきゃなぁと……じゃあ挨拶も出来たので……私はこれで……」
一刻も早く帰りたかった幸子が、そそくさと去ろうとする。
「なに言ってんだ。今から仕事だ!研修内容は研修店舗に一任されてるからな!おら!行くぞ!」
「えーーー!」
「えーじゃねえ!」
そういうと黒羽は幸子の首根っこを掴んで引きずる様に外に連れ出した。
「拉致だー!」
「騒ぐんじゃねえ!」
「セリフが完全に拉致犯ー!」
ーーーーーーーーーーーー
黒羽が手をもにょもにょさせるとゲートが開いて、二人は現実世界にワープした。
幸子は黒羽に大人しく従って、一緒に仕事の現場へと向かう事になった。
(このまま逃走すれば逃げ切れるかな……)
移動しながら幸子は、遠い眼差しで空を見上げていた。
「おい、どこ見てんだ……。そんな緊張しなくても大丈夫だぞ。研修生に客の相手なんてさせねえよ……見学だ見学。俺の後ろで見てるだけでいい」
「緊張してるんじゃないです。途方に暮れてるんです。ていうか客の相手って……ひぃ!やっぱり私を売り飛ばすんですか!」
「お前うちの会社なんの会社だと思ってるんだよ……」
「なんの会社って……住宅専門の不動産を主に行ってる会社ですよね」
「そう!分かってんじゃねえか。物件を見学したいって客がいてな。今そこに向かってる」
「なるほど。住む家を探してるお客様に、実際に物件を提案して、見学して貰って、決めて貰うんですね!」
「そういう事だ。物件の良いところをアピールするんだよ」
(なんだ……普通のお仕事じゃん。心配しちゃった)
ーーーーーーーーーーーー
二人は、物件の近くで待ち合わせしていた客と落ち合った。
「どーもよろしくお願いします~」
黒羽が満点の笑顔で客に挨拶する。
(サービスマン恐ぇー……)
黒羽が幸子の小脇を突く。
「挨拶……」
そう言われて幸子も慌てて挨拶する。
「あ!よ!よろしくお願いします!」
客は筋肉が目覚ましいマッチョの青年。名は田中。
「こちらこそお願いします」
そう言って田中は白い歯を見せて、にこやかに笑った。
(よかった~恐い人じゃ無さそうだ……でも身体大きいから怒ったら強そうだな……黒羽さん細身だから一撃で粉砕されそう)
幸子と黒羽、そして客の田中の三人は、歩いてすぐ物件にたどり着いた。
黒羽が玄関に向かいながら、田中に物件の説明をする。幸子はそれを後ろの方で大人しく聞いていた。
「こちらの物件なんですが、大変"特殊"な作りになっておりまして、こういう物件取り扱ってるのうちの会社のうちの店舗だけなんですよ~。なので大変珍しいオンリーワンな作りになってるとは思うんですけど~。田中様でしたら気に入って頂けるかと思いまして。」
黒羽が玄関の鍵を開けてドアを開き、田中を先に中に入れようとする。
「どうぞ田中様~」
「どうも~」
すると、中に入っていく田中の姿が異空間に飲み込まれる様に消えていった。
「……黒羽さん……消えましたけど」
「ん?ああ。魔界と繋がってるからな」
(やっぱ全然普通の仕事じゃないわコレ……)
田中を追って、黒羽と幸子も中に入る。
入った先は玄関。
玄関の先は部屋でも廊下でもなく、十メートル程の壁だった。
黒羽が田中に語りかける。
「こちら玄関入ってすぐ。十メートルの"段差"になっております」
田中は言葉を失って奮えていた。
「段差ってレベルじゃねえ!十メートルって崖じゃん!」
奮える田中の後ろで幸子が叫ぶ。
「黙ってろ幸子!つまみだすぞ!どうです?田中さん。因みにこの段差を越えないと家に上がれません」
「欠陥住宅じゃねえか!」
「黙ってろ幸子!」
(やばいよ……田中さん怒ってるよ絶対。怒りに奮えてるよ……黒羽さん短い付き合いだったけど今までありがとうございました)
「いい……」
田中が奮えながら声を漏らした。
「え?田中さん?」
とにかく尋常ではない田中の挙動に、幸子が心配になって声をかける。
「大丈夫ですか?」
「いい……すごくいい」
そう。田中は怒りでは無くなく、感動で奮えてるのだった。
サービスマンモードの朗らかな笑顔で、黒羽が田中に問いかける。
「いかがでしょう。田中様。気に入って頂けましたでしょうか」
「私がボルタリングのプロ選手だと分かっていて、この物件を……」
幸子は、良く見ると壁はただの壁では無く、小さな石の様な突起が付いている事に気が付いた。
(ボルタリングって、こういう石のついた壁とかを登るスポーツだっけ……まさかこの壁でその練習が出来るって訳……?)
「もちろんです。全ては田中様に喜んで頂ければと……差し出がましい事とは思いましたが。いかがでしょうか?」
「ここに決めます!」
感涙を流している黒羽と田中は何故か抱き合っていた。
幸子はそれを遠巻きに見ていた。
(決めちゃった……)
ーーーーーーーーーーーー
田中との契約を無事に果たして。黒羽からも解放された幸子は家に帰っていた。
風呂の湯船に浸かって、田中と別れた後にした、黒羽との会話を思い出す。
【回想】
「黒羽さん!あんな物件許されるんですか!ていうかそもそもあれ、法律的に存在していい物件なんですか!」
「許される許されないの話で言えば……答えは"許される"だ。客に喜んで貰うのが一番だ。自分の倫理観の物差しなんざ二の次でいいのよ。あとな……」
「なんですか……」
「法律的に存在していい云々は……魔界だからなんでもオーケーなんだよ!」
「強引過ぎません!?」
「とにかく明日も来いよな!」
【回想終わり】
ーーーーーーーーーーーー
【研修二日目:最終日】
(ギィイイイイイ)
立て付けの悪い魔界店のドアを開けて、幸子が中に入る。
「お早うございます……今日もよろしくお願いします……」
店の中では相変わらず黒羽が一人で煙草を吸っていた。
「おう幸子。なんだ元気ねえじゃねえか。シャキッとしろシャキッと」
「すみません。何だかまだこの仕事に対して……心が追い付いて無いというか……昨日の疲れがまだ癒えてないというか……」
「まぁ魔界がどうのとか、仕事がどうのとか、お前初めてだもんな。疲れて当たり前だよな……俺も最初はそうだったし分かるよ……今日はゆっくり事務作業とか体験して貰おうかな……」
「黒羽さん……」
「なんて言うと思ったか!さっさと現場いくぞ!現場だー!」
前回同様、黒羽は強制的に幸子を連れて現場へ向かうのであった。
「騙されたーーーーーー!」
ーーーーーーーーーーーー
客との待ち合わせ場所に向かう道中で、幸子が黒羽へ尋ねる。
「今日はどんな欠陥住宅売り付けるんですか。黒羽さん」
「欠陥住宅じゃない。特殊住宅だ。扱うのに資格も必要なSSレア的な住宅なんだぞ」
そう言って黒羽は、取り出した免許証を幸子の眼前につき出す。
免許証には【魔界特殊物件取扱兼斡旋師】と書かれていた。
「へー。でもなんでこんな資格取ろうと思ったんですか?」
「宅検取ろうと思って間違えてこれ取っちゃったんだよ。試験会場間違えてな」
「取る資格間違えたりする!?」
「なんか途中で変なゲート潜ったし。出題問題もおかしいし。受けてる奴も会場で俺しか居なかったから、なんかおかしいなぁとは思ってたんだがな」
(ゲートで気付けよ……)
「まぁ。今では自分の仕事に誇りを持ってるけどな!お前にも今日はきっちりこの俺が仕事のなんたるかを理解させてやる!覚悟しておけ」
「はい……で、今日のお客はどんな……」
「今日のお客は……お、もう見えてるぞ」
黒羽が顔を向けているすぐ先の所に、背の高い若い女性が立っていて、その横には小さくて可愛らしい犬が座っていた。
近付いて、黒羽が挨拶する。
しかし何かおかしいと幸子は思った。
「今日はよろしくお願いします……」
いつもならサービス爽やかモードで挨拶をする黒羽だったが。今日はそれが無かった。
「よろしくお願いします!」
逆に幸子が気を使って、少し前より愛想良く挨拶した。
「よろしくお願いします。佐藤です」
三人と一匹は歩きながら現場へ向かう。
幸子が小声で黒羽へ話しかける。
「ちょっと黒羽さん!どうしたんですか!営業モードが!」
黒羽が小声で答える。
「……わんちゃん恐い」
「え」
「幸子……後は任せた。」
そう言うと黒羽は幸子に物件概要が書かれた紙を渡した。
(嘘でしょこの人……ついさっき仕事のなんたるかを教えてやるみたいな事言ってたのに……)
犬と距離を取る黒羽。
(何か客と話さねば……)
「あの、わんちゃん可愛いですね。小さくて可愛い」
「ありがとうございます。私が中学に上がる頃に買い始めた子で、私の背が小さかった頃は良くじゃれて遊んでたんですけど。私ばっかり大きくなっちゃって」
「確かに。佐藤さん背が高いですもんね……モデルさんみたい」
佐藤は幸子より頭一つ分背が高かった。
「私が大きくなってからは、この子も少し私に怯えてるみたいで、あまり子供の時みたいにじゃれついてくれないんですよね」
「そうなんですね。なついてる様に見えますけど……」
「何て言うか昔は飼ってるって言うより、一緒に暮らしてるというか、もっと友達みたいだったなぁって……ごめんなさい。こんな話されても困りますよね!」
幸子が返答に困っている様子を見てそう言った佐藤が、笑顔を見せる。
「おい……客に気を使わせるな」
遠く後ろから、小さく黒羽の声が聞こえたが、幸子は無視した。
ーーーーーーーーーーーー
物件概要の地図に書かれた物件に、三人と一匹は到着した。
「こちらのアパートの一室ですね。では参りましょう佐藤様」
佐藤と犬を、紹介する物件の部屋の前まで、幸子が案内する。後ろで黒羽がはらはらしながら見ている事に、幸子が気付いた。
(はらはらしながら見るくらいなら自分でやってよ……!あぁ緊張するな……どうせ今回も欠陥住宅だろうし。大丈夫かな……)
幸子は玄関の扉を開けて、前回の黒羽の行動を真似して、先に、佐藤と犬に物件の中に入って貰った。
佐藤と犬が異空間に消えて行く。
幸子が黒羽の方へ目をやると、黒羽が小声で、行け、ゴーと幸子を促した。
幸子は意を決して中に入っていった。
中に入ると普通の玄関があったが、そこから先は天井の高さが一メートル程の部屋がずっと続いていた。
(天井低いよーーーーーー!)
玄関で途方に暮れていた佐藤が、口を開く。
「あの……天井……低すぎませんか……」
幸子も全く同じ事を思っていた。
「そう……ですね!天井の高さは、およそ一メートルとなっております!佐藤様から事前にご要望頂いておりましたペットオーケーの物件となっております」
(黒羽ーーーーーー!)
幸子は焦りを隠しながらも、黒羽から渡された物件概要の紙を見ながら必死で説明する。
「とにかくよろしければ実際に入って頂いて……ね?……どうぞ」
幸子は佐藤を促して、犬と一緒に部屋(部屋と言っていいのか判らないが)の中に入って貰った。
佐藤は四つん這いじゃないと移動できないその部屋で、戸惑いながらも自分の愛犬と短い時を過ごす。
(やばいよ……佐藤さん戸惑ってるよ。私も戸惑ってるもん……前回はお客さん気に入ってくれたけど。今回は喜んで貰えるのかなこれ……)
幸子はいきなり客の相手を丸投げされた不安が、今になってピークに達していた。
玄関のゲートの所から、黒羽が顔だけ出している。幸子から見ると、黒羽の顔だけ浮いてる様に見える。
黒羽が幸子にキリッと真剣な表情で語りかける。
「大丈夫だ幸子。佐藤さんの様子を見てみろ」
「黒羽さん……よくそんな格好いい顔作れますね……中入って来いよ」
「いいから見てみろ」
幸子は佐藤とその愛犬の方へ目をやる。
佐藤の表情は、物件に入った時よりも大分明るくなっていた。
犬は佐藤に無邪気にじゃれつき。佐藤は気持ち良さそうに部屋を転がり、一緒になって戯れていた。佐藤が少女の様な笑みを浮かべて、たまらず口にする。
「いい……かも知れない」
幸子は驚いてそれに答える。
「いい……ですか?」
「最初は、なんだか大きな犬小屋の中に入ったみたいだなぁって思ってましたけど。この子と近い目線でずっといたら、すごく、家族みたいに思ってた昔の感覚が蘇って来て」
佐藤は少し、目尻に涙を浮かべながら口にする。
黒羽がいつの間に中に入って来ており、佐藤に清潔そうなハンカチを手渡す。
「もしかしたら、犬はずっと同じ気持ちで、佐藤さんが子供だった頃みたいに、一緒に遊びたかったのかも知れませんね」
黒羽がそう佐藤に言いながら、犬の頭をそっと、優しく撫でた。
「私、ここに住んで見ます。住みづらい所もあると思いますけど。この子も気に入ってるみたいだし」
そうして今回も無事、物件の契約を交わすことが出来た。
幸子の研修は、もうすぐ終わりを迎えようとしていた。
ーーーーーーーーーーーー
「へーっくしゅん!あー!ちくしょーめ!」
魔界店に帰って来た黒羽と幸子。
立った黒羽の背中を、幸子がコロコロでころころしていた。
「黒羽さん犬アレルギーだったんですね。そうならそうと言ってくれればいいのに」
「いいから早く毛を取ってくれ。くしゃみが止まらん」
「もう脱いじゃえばいいじゃ無いですか……」
「へーっくしゅん!」
研修が終わればもう会わなくなる関係とはいえ、なんとなく幸子は黒羽に対して、始めより好感を持っていた。
特に口には出さないが。黒羽がずっと言っていた、客が喜ぶのが一番という事や、自分の仕事に誇りを持つという事。
二日間の研修を通して幸子は、それが少し分かった気がした。
定時退社の時間が来る。
「それでは黒羽さん、二日間お世話になりました」
「おう。最後、無茶振りだったけどしっかり出来てたじゃねえか。かっこ良かったぞ。お前なら何処に行っても大丈夫だ。お疲れ」
誉められて、純粋に嬉しくて、幸子が笑う。
「黒羽さんもかっこ良かったですよ。アレルギーなのに犬撫でちゃうのはどうかと思いましたけど」
「うるせぇ」
そうして幸子は魔界店を去り、店舗研修を終えた。
ーーーーーーーーーーーー
【翌年春:住めば都社本社】
配属先を決める日。入社内定者が一つの部屋に集められている。そこに幸子の姿もあった。
内定者が順番に、配属先を言い渡される。
「薄井幸子さん」
名前を呼ばれた幸子は、涎を袖で脱ぐって、返事をした。
「は!はい!」
「あなたの配属先は~」
【終わり】
ーーーーーーーーーーーー