剣豪の昔日
日暮れ後、ソルベの商店通りにある食堂で、ぼくとノブおじさん、セリエスさんとエストさんはテーブルについていた。
「いやー、今回は色々と刺激があって楽しかったよ。」
エストさんはそう言って、上機嫌にビールを飲み、肉類を中心に食べている。
この国では酒類は二十歳以上からなので、ぼくとセリエスさんは果汁の入った水を飲んでいるけれど、ノブおじさんも同じく果汁水だ。
本人曰く飲めるけど好きではない、そうだ。
そしてエストさんはとにかく自分が飲めればいいらしく、誰に勧めるでもなくひたすらにビールのお代わりを繰り返している。
「母さんも、いうほど若くはないんだから、変にはしゃがないでよ。どこか痛めてたりしないよね?」
「雑貨屋の仕入れでも討伐は普段からしてるから、問題ないよ。」
セリエスさんは少し心配なようだけど、エストさんはどこ吹く風だ。実際、ぼくらが心配するのもどうかというくらいに圧倒的な強さだった。
「あいつを見つけるまでは、隠居もできないし、ね。」
「母さん、酔い過ぎじゃない?」
急にトーンを落として言うエストさんの肩に手を置いて、セリエスさんはますます心配を深めているようだ。
「まあ、隠し事でもないし、もし情報を得ることがあったら教えて欲しいしね、二人も聞いておくれよ。」
「えと、はい。」
「もしかすると、元相棒ってやつの話か?」
ノブおじさんが言ったことで、ぼくも思い出した。冒険者ギルドで会ってすぐに話していた時に、出ていた話題だ。確かにあの時もエストさんはこんな寂しそうな悲しそうな顔をしていた。
「そうだよ、昼に話した通り私は現役時代に上位職のクラッシャーで剣豪って呼ばれてた。で、相棒はスラッシャーで、剣聖、だったんだ。」
「また、大仰というか・・・、いや昼のエストさんを見る限りそうでもないか。」
ノブおじさんが、独り言のように呟いた言葉に、エストさんは懐かしむように目を細めた。
「私は見ての通りの力任せだけどね。あいつ、カイは本物の剣士だったよ。身体強化は今のセリエスにも及ばないくらいだったのに、受け流しと切り返しの技術は抜群でね、訓練では私が力任せに打ちかかっても簡単に転ばされていたよ。」
そこまで聞いて、エストさんがノブおじさんと唐突に手合わせをしたがった理由がぼくにも分かった。
「ノブおじさんに似ていたんだね。」
「ノブさん程に極端ではなかったけれどね。それにあいつは三十を過ぎてもたまに子どもと間違われるほど童顔の可愛い女だよ。」
話すエストさんはやはり寂しげだ。
「私は肩を並べて戦う相棒だと信じて疑わなかったし、昔から深く考えないから剣士としても対等だと当たり前のように思っていた。けど・・・、カイは違ったようだ。二人そろって銀ランクに上がった三十三の時だ、ある日突然私の前からいなくなったんだよ。」
ここまでの流れで、そういう話だと分かっていた。それでもエストさんがはっきりと口に出すとただ話を聞いているだけのぼくの胸も締め付けられるような気分だった。信じている相棒が居なくなるなんて、考えもしないから。
「置き手紙にはどれほど技量を磨いても、圧倒的な身体強化に叩き潰されることの恐怖が書いてあった。短慮で無神経な当時の私が追い詰めていたんだ・・・。」
「母さん、それは」
セリエスさんが何か言いかけたけれど、エストさんは首を振って押しとどめた。きっと母娘の間では何度も繰り返した会話なのだろう。
「柔剣に必要なのは全てを受け入れて、流す、凪の心だ。剛剣使いへの恐怖や嫉妬でそれが曇ったのなら、それはそいつの問題だよ。」
揚げたパンをちぎって食べながら、さほどの興味はなさそうな様子でノブおじさんは言った。
けれどその態度はノブおじさんの冷たさではなく、気遣いと優しさだということは、ぼくにもそしてエストさんとセリエスさんにも伝わっている。
「あんたも、面倒くさい性格してるね。」
「んぐ。」
苦笑して、少し雰囲気が和らいだエストさんが言うと、ノブおじさんは喉にパンを詰まらせて動揺した様だった。




