サローの森・異変
その後もたびたび襲撃を受けながら、ぼくらは探索を続けていた。
ミツバが自生しているのはモンスターの多い辺り、村のある側とは反対ということだから、あまり森の奥へとは進まず、入ってきた側に近いところでうろうろとしている。
とはいえ、現状森の出口は見えず、直線で二、三十分かかる程度の距離は入り込んでいるはずだ。
「ふぅ・・・、ふぅ・・・。視界を遮られる森の中での探索って大変だね。モンスターへの警戒とミツバ探しを分担しているのに、神経がすり減って体力の消耗も速い気がするよ。」
「あれ?でもバッソ君って故郷では森で修業したんでしょ?」
町からこの森まで移動する間に簡単に昔のことを話していたから、セリエスさんは不思議そうな声で返してきた。
「修行してた森には攻撃的なモンスターはいなかったからね。実戦訓練は森の外でしかやってないんだ。だからただの森歩きならともかく、こうもピリピリした空気だとちょっと・・・。」
「普通森ってモンスター多いはずだけど、変わったところだったんだね。」
セリエスさんの言う通りだけど、原因は明確だ。
あの修行していた森には上位者として師匠が君臨していた。余計な争いを起こせば、騒々しいことが好きではない師匠の怒りを買う、モンスターが寄り付かず、動物たちがおとなしくなるには十分すぎる理由だ。生態系のありように影響をおよぼすなんて、さすが師匠百獣の王。
「でもノブおじさんは全然疲れてなさそうだよね。モンスターにはいち早く気付くくらい警戒しているのに。」
「こういうのはコツがあってなぁ。木を見ず森を見る、という感じというか。」
ノブおじさんから返ってきた答えはなぞなぞのようだ。
「視界を広くとる・・・、とか?」
自信なさそうにセリエスさんが例を挙げた。けれどノブおじさんは軽く首を振って否定すると、少し考えてから補足してくれた。
「じゃなくて、まあ精神論だなぁ。視界を遮る木も、襲撃してくるモンスターも、探し物も、全部気にしてたら疲れるからな。その全てを見るとは無しに俯瞰して見るように意識を薄く広くする。そうすると、普段と同じ精神的な負担で色々なものに警戒できる。」
「全然わからないよ。」
「ぼくも。」
何かものすごく難しいことを言われた気がする。セリエスさんも頬を掻きながら困り顔だ。
「いきなり出来るようなことでもないから、徐々にだな。経験さえ積めばいずれはできるようになるさ。」
そんな話をしながらも、ぼくは自分が請け負ったミツバ探しを頑張っていた。
さっきのノブおじさんの話からすると、あんまり頑張ってもいけないような気もするけど、今はそうするしか見つける術もない。つまり頑張るしかない、ということだ。
と、一生懸命注意を払っていたのが功を奏したのは、そのすぐ後だった。
「あったぁ!!これだよね?ミツバ!」
「そう、それだよ!やったぁ。」
「ふぃー、偉そうなことは言ったものの、森歩きは疲れたなぁ。」
三者三様に喜んでから、騒ぎすぎてモンスターを引き寄せないうちに、素早く帰還することにして森の外へと向かって歩き出した。
「今ので採れたのがちょうど十株、これ以上探すと時間がかかり過ぎるから、これでいいよね。」
セリエスさんが自分に言い聞かすようにして確認している。
けれどぼくも全面的に賛成だった。報酬はあまり期待できないけれど今のところケガもなく初依頼としては十分に順調だから。
森に着くまでに多少フタバも取ったけれど、そっちは相場が安いから合わせても大きな金額にはならないだろう。
せめて嗜好品として売れると聞いていたレッドリーフとかも見つけていれば、そっちの方は多少高くうれそうだったのに。
「んんぅ?あれじゃないか?」
と、ノブおじさんが指さした先を見ると、確かにレッドリーフらしき草が何本か生えていた。
「赤い葉で、フチがぎざぎざ・・・、それっぽいね、確かに。」
「それに、うっすらと変わったにおいがしてる。お茶にするっていう話だし、これかな?」
ぼくがセリエスさんと相談していると、後ろにいたノブおじさんは少し難しい顔をしていた。
「どうしたの?ノブおじさん。何か気になる?」
「ん?いや、な・・・。少しレッドリーフのことを話していた時のあの行商人の態度が気になっていてな。」
確かに、あの時もノブおじさんは少し引っかかることがあるようなそぶりをしていたし、ぼくの方にも釈然としない感情が伝わってきていた。
「大きな商機だから、ミツバを早くたくさん欲しいという依頼だったわりに、見かけたら茶用の葉も採ってこいとか・・・。ついでのわりに値も高いしなぁ。」
「変わったにおいだし、お金持ちが喜ぶんじゃない?ほらお金持ちの人ってそういうとこあるでしょ。」
セリエスさんの偏見に満ちた意見に、しかし妙に納得がいってしまったぼくらは顔を見合わせて小さく笑いあった。
「まあ、とりあえずはミツバだけでも納品して、何か裏がありそうならレッドリーフは渡さなければ問題ないんじゃないかな?」
「そうだなぁ・・・、まあそうか。」
ノブおじさんがあまり乗り気ではないながらも納得したところで、ぼくはその赤い葉の草を根から引き抜いた。
「うえぇぇっ!?何このにおい、このレッドリーフの根から?」
「ほんと、こっちまではっきりにおいが届いてるよ!」
そう、引き抜いた瞬間からあたりに魚が腐ったような、なんともいえないひどいにおいが立ち込めていった。
ぼくが採取に入ったところで、少し離れて周囲警戒をしようとしていたセリエスさんも、思わず振り向いてこっちを凝視している。
しかし、これだけひどいにおいでぼくらが取り乱す中、ノブおじさんは一層険しい表情になり、すごく低い声でぽつりと呟くように言った。
「まずい・・・、そういうことか?しかしそれなら辻褄も・・・っ!」
ただ事ではなさそうな雰囲気、というかここまで深刻な顔をしたノブおじさんを初めて見たように思う。
「ど、どういうこと?このにおいが毒・・・とか?」
「いや、そうじゃない。これはおそらく・・・。二人とも、その草を捨ててとにかく全力で逃げるぞ。」
「へ?なになに?どうしたの突然。」
恐る恐ると怖い可能性を確認したぼくの言葉はすぐに否定したのに、それ以上に深刻そうな様子だ。
セリエスさんも状況についてこれていないけれど、あまりの剣幕にとにかくノブおじさんに従って走り出そうとした、その時だった。
ゥゥウウウオォォォォンンン!
ヒィヨロロロロロ!
ギィヤッギィィィヤアァァ!
それは狼系や鳥系それにゴブリンらしきものまで、この森にいるモンスターの大部分が一斉に上げた雄叫びだった。




