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壁魔王と干物女  作者: 椎名 秀平
9/9

魔術師はちょっとこっちにくる

第9話目です。

なんと気づけば2年も放置していたのか笑

いよいよ、いい加減おっさんの穴をどげんとせんかいかんという話になっています。

ビャクダンの香りが誘う壁際に、正座した女が一人。

一見するとなかなかシュールな光景だが、

その顔はまさに真剣そのものであった。


「えー、これより、第一回穴会議を開催します」


『はい・・・宜しくお願いしますです』

「議事録はとっとるぞ、一応」


「・・・よろしい」


神妙な面持ちでカタカタとタイプ音が響く。

壁から生えた妙齢のおっさんは、ブラインドタッチを習得していた。


静まり返った室内には、さまざまな紙の資料が置かれ、雑然としていた。

「・・・えー、まず、魔界とこちらを繋ぐ穴、それをふさぐ研究の進捗についてどうぞ。」


議題はもっぱら、おっさんが生えている壁の穴と、それが【ちょっと漏れてる】形になっていることについてである。、


『はい・・・実はここのところ領地の嘆願が多くてですね・・・あまりすすんで』


「・・・おい」


紙の資料をぱしんと机に叩きつけて、1トーン低い声になったゆかりに、向こう側でやや怯えた雰囲気が漂う。


『いや・・・といいましてもですね、そちら側の魔力の流れは、実際問題として、そちら側でないとわからないものでして・・・』


「わしにはわからんぞ、使う専門じゃから」


カタカタと議事録を取りながら、涼しい顔でのたまうおっさん。

そんなおっさんを平常心でチラ見しつつ、座りを正すゆかり。


「・・・この脳筋のおっさんはあとでどうにかするとして、つまり」


コホンと一つ咳をして、ゆかりは続ける。


「・・・穴を何とかするためには、一回アンタがこちらに来て調査する必要があるのね」


『・・・はい、・・・それしかないと』


ちゅんちゅん。

外を元気よくすずめのつがいが飛んでいく音が聞こえる、のどかな休日の昼下がり。


何とも言えない空気が室内に広がる中、はぁっと静かにため息が漏れる。


『幸いですね・・・上手く調整すれば、なんとか一時的に隙間をつなげられるかと』


「・・・そしたらおっさん引き抜けるんじゃないの?」


『いや、それは世界のバランスが崩れまする』


世界のバランスが崩れる・・・すなわちどちらかがどちらかに飲み込まれる可能性があるという事。


そうなってしまっては本末転倒である。


「・・・はぁ・・・うまくいっかないわね・・」


バリボリと頭を掻きながら、壁をだんだんとたたくユカリに、少し怯えた様子を見せながら、ジャベリンは続ける。


『幸い、魔王様ほど魔力があるわけではないため、私レベルであれば問題なく通過できるかと・・・ちょっと【広げれば】』


「・・・それ、ちゃんとふさがるんでしょうね・・・」


解決どころか、騒音と異臭の被害が拡大しては元も子もない。

少しイラっとしていると、魔王の横やりが入った。


「なあ、疑問なんじゃが・・・おまえさんの汚い言葉の語尾なんかも議事録にそのままかいたほうがいいのかのぅ」


「・・・どっちでもいいわ!てか要約して書けばいいでしょ」


「いや、わしとしては是非残しておきたいんじゃが・・・」


「・・・美しい言葉に変換できるでしょう!」


「ありのままが大事なんじゃぞ、こういうのは」


「・・・ちょっとみせろ」


ギャアギャアと盛り上がる室内を尻目に、またはじまったとあきれつつ、話を聞いてもらえない涙目なジャベリン。


なんともふわっとした世界初の異世界会議はふわっと終了し、強制的にジャベリンの異世界行きが決定したのであった。



***


――かくして。

部屋の中には白い布とアクリル板で構成された、妙な一画ができあがっていた。


『ではいきますぞ』


「・・・いいわよ」


どうやら向こうの準備は良好なようである。

何が起きてもいいように、東●ハ●ズで買ってきた即席の防犯グッズの盾を構えながら、ゆかりはごくりと喉をならした。


『أنا في الجنة ، ملكنا الشيطاني…』


聞きなれない詠唱がくぐもった声で壁から漏れている。

どこかの路地で子供が声をあげて走るのを聞いていると、そこはかとなくおっさんの隣の壁が光り始めた。


「・・・くるわね」


すっと身構え、身を固くするゆかり。

人は未知なるものに恐怖を覚える。


これまでさんざん能無しだなんだと馬鹿にしてはいたものの、いざ目の前で魔術を見ると、改めて身構えてしまう。


ほんのり光る壁から、嗅ぎなれない変わった風を感じながら、次第に光量を増していくのをただ見つめていた。


何気に、ゆかりが地球ではじめて転移魔術に立ち会った人類になるのだが、本人にその自覚はない。


光量が一段と激しさを増していく中、かすれるような声が聞こえた。


『・・あ、なんかやばい』


「え」


シールドを掲げつつ、怪訝な声をあげる。

見れば壁からぶざまに、手のひらサイズの緑の生ケツを突き出した何者かがそこにはいた。


『おおおもったより魔力がたりませぬ、魔王様』

「すまんの、わしはこちら側だからてだしできんぞい」


『そんなぁ』


必死にこちら側に移動しようともがくが、どうも壁の穴が広がらないようである。


おそらく必死におっさんが転移した際の魔力の余波をコントロールしているのだろうが、なんともコミカルである


「・・・おい、なんて格好で世界わたってきてんのよ!」

『すすすみません、でも余裕ないんじゃ、ですはぁはぁ』


少しイラつき始めたユカリとは対象的に、小さな緑の物体が壁で揺れる。光るケツが壁で揺れている――それはなんともシュールな光景であった。


「・・あのね、これ以上喋るオブジェを増やすなんてごめんなんだけ・・どっ!」


業を煮やしたユカリが、緑のケツをむんずっと掴んで思いっきり引っ張ると、するっという手ごたえで緑の生き物が壁からあらわとなった。


ぽん。


酷く簡潔な音を立てて、緑の物体が壁から引き抜かれる。

壁のサイケデリックな穴はジュウゥゥという嫌な音を立ててすぐにふさがり、光も急速になくなり始めた。



「・・・えほっ」



少々焦げ臭いにおいにむせながら、床に目をやるユカリ。

そこには――


「・・あ、どうも・・ジャベリンです」


どのような怖い幽霊でも姿を見ると案外大丈夫だったりするものである。


「・・・」


目線を合わせ、静寂が広がる中。

緑のかわいらしい30センチほどの生き物が、焦げ臭い煙を漂わせながら鎮座していた。


「案外、ヒョウタンからコマっちゅうかんじじゃったな」

「・・・それ使い方違うわよ、でなんかむかつく」


アクリル板でげし、とおっさんをプレスするゆかりの後をよちよちと移動するジャベリン。

なんとも緊張感のない絵面のちっさい緑の生き物が、新たに住人として加わった瞬間だった。



生まれた世界の中で暮らしていると物体の大きさなどはそれが普通なんだと思い込んでしまいがち。

向こうではおっさんはそれなりにでかいですが、他の魔族は小柄なのですねきっと。


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