ジャベリンは向き合う
第4話目の投稿です。
魔界の様子も伝えておきましょうか。
トン、カン、トン
無機質な音が子気味よく響く古城で、ジャベリンは腕組みをしながら大工たちの作業を見守っていた。
元はといえば、主犯はあのクソネスミであり、彼が犯した失敗ではないにしろ、責任者としてそれ相応の対処をしなくてはいけない。
そこは人間界も魔界も変わらないようである。
かくして、転移の失敗によって被った王座の修繕、周囲の魔力環境の調整、そしてなにより半分だけ異世界に首、いや上半身を突っ込んでいる魔王のケアという、この上なくめんどくさい作業を彼は一手に引き受ける羽目になった。
断るネタが存在しないというある意味すがすがしい身の上である。
そんなわけで、宙に浮いたまま王座に鎮座している魔王の体を支えるための特大椅子の建設が現在進行している。
元々真面目な性格のジャベリンは、上位の魔族会議に掛け合い、魔王国庫が蓄えているプール金と、各種領地からの上納税の調整など諸々のやりくりに奔走した。魔王を支える家具および魔力調整の人員を雇用することで、図らずも経済の活性化に貢献する形となっていた。
規模は小さいが一種の公共事業である。
なんとも皮肉な話だが、領民は喜んでいるし、今のうちに穏便に事態を収拾することにジャベリンは必死になっていた。
「あ、そこ、もうちょっと丁寧に。それから、下のクッションの量は厚めに調整するんじゃ。床ずれができてしまうからな」
雑な作業をする就業者に適宜支持をして回るジャベリン。
元々、生真面目であり研究肌の彼は細かいところにも目が行くようで、仕事に関しては厳しいと専らの噂である。
彼にしてみれば、これ以上の失態はなんとしても避けたい一心からなのだろうが。
そう考えると、今の役割は意外と彼を生かしているのかもしれない。
「ジャベリン様」
「どうした」
作業中に呼ばれたのだろう。
汗だくの角の欠けた魔族によばれ、これからの工程に想いを巡らせていたジャベリンは振り返る。
「ジャ、ジャベリン様、その顔は・・・」
あれだけの騒動を巻き起こした後である。
荒くれ物の魔界で魔術と力をぶっ放すことしか頭にない連中からの制裁は相場が決まっている。
側近、宮廷幹部から袋叩きに合ってさんざんなジャベリンであった。
「・・・何か用があったのではないか」
わずかにましな方の顔を向け、務めて平静を装いながらジャベリンは尋ねた。
「建築魔術と基礎魔術の研究家が話があると申しています」
「む、何か進展があったか。そうか、行こう」
魔術を使って資材の位置を調整している部下に後を任せ、角の欠けた魔族の後に続いて王座を後にするジャベリン。
あの後。
すぐに王令を使ってかき集めた、魔術の権威たちにより、今も転移魔法とその影響についての調査が進行中である。
王座のすぐ傍に設置された部屋の扉を開けると、大量の資料に埋もれた学者が、また違った意味で汗をかいていた。
「入るぞ」
「これはジャベリン様、その顔は・・・」
「今はそれはいい」
まとめ役の老齢な学者が顔をあげる。
ジャベリンの顔にできた無数の青あざを痛々しそうに見つめながら、学者は眼鏡をはずした。
威厳にかかわることはそつなくそらし、威厳をもって対峙せねば。
基本魔力によって支えられている魔族といえど、徹夜で難題とにらめっこをすればクマもできるのだな、とどうでもいいことを考えながら、ジャベリンは促されるままに席に座った。
「どうだ、何か進展はあったか」
お茶を持ってきた小さな使い魔の複雑な顔面への視線を感じながら、一口すすり、
ジャベリンは身を正した。
「はい、基本的な魔力の流れ、そしてバランスに関して、算術的に調査が終了いたしまして」
「ほうそうか!この短い数日間でよくぞそこまで」
基本魔族は力の強いものが正義である。
細かい調整をして効率よくという概念は、よほどの研究馬鹿でもなければ一笑に伏されるところである。
普段のたゆまぬ研究姿勢は、あまり魔術研究の発達していなかった魔界において、一つの新たな学問という概念の発展にも貢献していた。
図らずも、だが。
「ええ、なにせ魔術の流れの調査なんて、いまだだれもやったことがないですからね。基本ぶっ放すのが専門な者ばかりでして」
「違いない」
ジャベリンも言ってみれば研究者の端くれではあるが、今回の件を持って嫌というほど専門家がどれほど貴重なものか身をもって痛感していた。
「それで」
「はい、ひととおりの調査を終えましてその結果ですが・・・」
ごくり、と唾をのむ音。
老齢の学者は小さくため息をついて告げた。
「こりゃあ、詰んでますな」
「は?」
「詰んでいる、といったんです」
ばりばりと頭を掻きながら、学者が続ける。
「閣下の周囲の魔力の流れを計測しましたが、すでに安定しております。
なんならちょっと隙間ができて純魔力が漏れてますが、大丈夫そうですな」
「つまりは、まあこのまま放っておいても特に問題ないと。なんだ安心ではいか」
「いや、それはそうなのかもしれませんが・・・」
学者の言いたいことはわかる。
最終的には魔王を、正確には魔王の上半身をこちらへ戻さなくてはいけない。
「本来ジャベリン様の施行した魔術ですと、ひずみが出て不安定な状態であるのが一般的です」
「まあな、そりゃあ空間に穴をあけて、世界をムリヤリつないでいるわけじゃから」
本来は空間を切り裂くだけでも膨大な魔力を消費する。
無理に引き裂かれた空間のひずみは、常時調整が必要なはずだ。
「この状態で何事もなく安定しているのは、魔王様のお力によると考えられます」
「魔王の魔力が防波堤になっていると」
「然り。あのお方が持つ強大な魔力だからこそ、常時発生する空間のひずみを包んで固定することができています。なんならちょっと漏れている部分もうまく安定してるくらいですから」
なるほど。
魔王の魔力量を考えれば、それはまあ納得できる。
それであれば。
「ではこのまま魔王様のお力を借りつつ、再度弱めに調整した転移術の応用で空間を広げ、引きずり出すというのは」
「それはなりませぬ。」
「何故?」
ぴしゃりといった後、残りのお茶を一気に飲み干した学者は言葉をつづけた。
「調査によって、こちらの世界とあちらの世界の密度の差が明らかとなりました」
「ほう、転移先は案外未開の地域ということか」
「私の言っているのは、空間に占めるエネルギー量の話です。この世には物質を形作る元となる欠片が多く存在し、空気中に漂っております。そしてその間を純魔力と呼べる波のような存在が満たしております」
「話が見えんな。それが魔王様を引き抜くこととどう関係する」
この場にいきなり来た者が見たら、間違いなく勢力画策の密談ととらえられるだろうな、とよくわからない想像をしながら、ジャベリンは学者の言葉を待った。
「ジャベリン様、どうやらあちらの世界には純魔力が存在しないのですよ」
「ほうそんな世界が存在するのか。それでは魔術が使えぬではないか。あちらの世界は隙間だらけだと」
「正確には、物質の元となる欠片が自由に飛び回っているかたちとなりますな。」
魔術を使う際には、自身の魔力を周辺の純魔力に媒介して、初めて現象が発現する。
基本的な魔術の構造は、ジャベリンの研究の一課題でもあっただけに、その辺は理解に難くない。
しかし、我々が普段触れている純魔力、それが存在しない世界というものがあるのか。
「水が砂漠の砂に吸い込むように、密度の高いほうから、密度の低いほうへと流れます。それは純魔力も同じ」
「それはつまり魔王様を引き抜くと」
深い頷きで皺を深めながら、学者はゆっくりと断言した。
「この世界の純魔力が一気にあちらの世界へと流れ込むでしょう」
「なんということだ・・・でもすぐに蓋をすれば」
「ジャベリン様・・・純魔力は干渉することでエネルギーを増大させる特性があります。その浸透力は、ジャベリン様が最もご存知なはず」
それはそうだ。
体内の魔力を純魔力に干渉させた瞬間に、魔術は発現する。
それをコントロールすることで威力を調整することができるのだ。
バカスカ考えなしに発砲しているバカどもの魔術は、それ自体の魔力量によって魔術の大きさが変化するのはそのためである。
となると・・・
「魔王様をひきぬいたとして、異世界へと流れこもうとする純魔力が不安定な空間の歪みに触れた瞬間、その干渉により純魔力はエネルギーを持つでしょう。そして純魔力の流出はとまりません。純魔力の浸透率を考えると、その伝播は倍々と広がります。そして、エネルギーを内包した純魔力は物質に干渉するよう」
「ちょっとまったちょっとまった、それはつまり!」
口角泡を飛ばさん勢いの学者は、改めて佇まいを直し、空になったお茶を啜り、一瞬の沈黙。
そして、学者は低い声ではっきりと告げた。
「はい、魔王様を引き抜いた瞬間、おそらく数秒で世界が崩壊します」
・・・・。
獲物を見つけたらしいワイバーンの鳴き声が、窓越しに遠くこだましていた。
***
「おい見たか」
「ああ、威厳のある魔族があんな風になるなんてな」
角の折れた魔族と使い魔はそそくさと部屋を後にする。
閉まった簡素な扉の奥からは、普段の威厳がどっかいった、宮廷の魔術師ジャベリンの、
えーそりゃないよー、もうやだぁこれ、詰んでるじゃん、といった情けない声が響いていた。
ただ、実際には魔王は空間の穴にまあうまい具合に嵌っているわけで。
累積する課題はあるものの、ひとまずは平和な魔界であった。
ジャベリンは流石側近に近い立ち位置で研究をしているだけあります。
意外と彼が博学であることがわかりました。
ひとまず魔界は平和そう。
次回は、魔王がちょっと貢献します。
「・・・すばらしいわ、馬鹿じゃなかったのね」