魔王は干物女と語る
第3話です。
干物女って何気なくつけたけど、意外ときちんとしているゆかりさん。
ごとがた、ずるる。
ふー、ふー。
ごとずるる。
「・・・んあー・・・もーうるさい・・・」
これで何度目だろう。
睡魔が襲ってはそれを横なぎに払われるような格闘を続けながら、ブランケットにくるまり、ソファーで寝がえりをうつ。
ちら、とみると、なんとか頭にかかった毛布を半分はぎ取ったおっさんがぐったりとしていた。
あれから。
声をあげることはなくなったが、なぜかちょこちょこと動くおっさんを尻目に、なんとか良民を得ようとはしていたゆかりだったが、遂には耐えきれなくなり、飛び起きるとつかつかと歩いていって毛布をはぎ取った。
「・・・あーもーうっさい。寝れないじゃない」
ようやく視界がクリアになった魔王は、ぐったりとした目でゆかりを見つめた。
心なしか精神的にキている顔である。
「・・・ひどいではないか、女」
「どっちが」
無理もない。
しばらく帰っていなかった実家に帰省した時、居場所がない感覚に襲われた方であれば、一人暮らしから突如としておっさんと同居せざるを得なくなった心中が察せられるというものである。
アブナい人と一緒という意識を半ばどっかに吹き飛ばしつつ、一応香水のボトルを構えながら、ゆかりは声を荒げた。消臭剤を昨日使い切って手持ちがこれしかないのだ。
「・・・寝られないでしょうが。大体壁から生えるって、あんたどうなってんの」
「アンタとは我のことか」
「・・・他に誰がいるんだ」
普段は無口だが、言うときははっきりとしている性格のゆかりは、すでにキレモードである。
「ハートマン56世だ」
「・・・は」
「ハートマン」
「・・・なにそれ」
「失敬な、偉大なる我の呼称ではないか。古の力を受け継いだ、この世界最強にして・・」
「・・・閣下かよ」
そういえば、全身白塗りの芸能人がテレビに出ていたな、とよくわからない回想をしながら的確にツッコミをいれるゆかり。
なぜか魔王はご機嫌なようだ。
「閣下とな、いかにも。我は魔族を率いておる王であるからな」
「・・・敬ってるわけじゃないわ」
どうやら、このおっさんが泥棒でもなんでもないことは、冷静になって言動をみると少しは理解できる。
このおっさんは、どうやらのっぴきならない状態にあるということも。
「女、お前失礼だぞ。本来であればあっという間に消し炭になっているところだ。運のいいやつめ。それに、我は生えているのではない」
「・・・生えてるじゃない」
「これはっ!とあるところから移動してきたのだよ」
思いっきり壁に埋まっているのに何を言っているのだろう、このおっさんは。
しかも、密室に移動となるとますます意味が分からない。
「ジャベリンが開発した魔法でな、新しい世界に足を踏みいれたはいいが」
「・・・そこは上半身」
「・・話の腰を折らんでくれるか」
話の内容だけだと、頭のおかしい人物ではあるが、不思議と妄想の類に取りつかれた人の印象ではない。
「・・・つまり、魔法とやらでワープして、壁にはさまった・・・と」
「いや、途中で事故が起きてな。魔法が中断してな」
もし成功していたら、壁からところてんのようににゅるっと出てくるのを想像して、少しぶるっとするゆかり。
まあまあ、確かに見てくれも現代の日本人ではなく、身に着けているのがお遊戯会で見るのとは全く異なる、本物の鎧であるというのも、わかる。
「・・・信じるわ」
「そうか、話が早くてたすかる・・・」
別に最近はやっているファンタジー小説が好きなわけではない。
しかし、一晩たち冷え切ったゆかりの頭は、どう考えてもその有り得ないお花畑のような身の上話が真実だと告げていた。
「・・・本当に壁に刺さっていたら、隣の田村さんはだまってない。・・・その格好も本物の品に見える・・・でもよりによってうちの壁とは」
「・・我も同意である」
しんみりとした空気が流れ、言葉を失う二人。
温度が下がりきったのか、エアコンがゴウン・・と稼働し始める。
土曜の朝はやや天気がぐずついているのか、外は小雨が降っているようだ。
「・・・とりあえず」
はぁ、と軽くため息を漏らし、給湯器の電源を入れたゆかりは、いつも使っている作業机を魔王のそばに設置した。
「・・・なにかつつきながら、話をしましょう」
「人間がよくやっておる料理か、うむ、興味がある。結構」
こいつ、いつかぶっとばしてやると固く誓いながら、手ごろにできるパスタを茹で始めるゆかりであった。
***
即席のミートスパに思いのほか感動をしながらむさぼるおっさんと対面しつつ、さまざまな話をする。
どうやら、魔術とやらで飛ばされてきたはいいが、こちらの世界ではもともとそんな現象が発現しない世界であるようで、かろうじて身体がつながっていることで弱い魔術が使えるということ。
それよりも、どうしても確認しなくてはいけない事物が残っていた。
「・・・って、警官はどこにいったの」
「ああ、食った」
「く・・・!」
思わずパスタを吹き出しそうになり、必死に水で流し込むゆかり。
それを見ながら、満面の笑みでにやりと笑う魔王。
「嘘じゃ・・・てやめい、その薬液をむけるな、昨日の奴はなぜか力がでなくなる」
「ほう」
身体の組成が異なると、効果も違うものか。
知る限り、こいつは黒光りするあいつに近い存在かもしれない。
「はあはあ、女、お前けっこう容赦ないんじゃな」
「・・・当たり前でしょ、ここではあんた変質者よ」
「ぐ、直球の攻撃はやめるのじゃ・・・ゴホン、そうじゃなあれは、過去に送った」
「・・・過去に・・・時間を巻き戻したというの」
「いかにも」
なるほど。
途中の道端あたりに突然出現したりしているんだろうか。
「・・・よかったわ、殺したりとかそういうのじゃなくて」
「まあ、本当はそのつもりじゃったが・・・思ったより力がな・・・」
心細げに掌を見つめる魔王は、少し悲しそうにつぶやいた。
強いものが正義、いわば弱肉強食しか知らない、そんな魔王にとって力を完全にとはいかずとも失うことは、アイデンティティを削ることを意味している。
「・・・それで、私に攻撃してこなかったのね」
「お主は運がいいな」
最初に手を出したのが自分であった想像をなるべく隅に追いやり、ゆかりはパスタをムリヤリ飲み込んだ。
結構危なかったってことか。
異質なものに興味を示すのは人の性であるが、そのリスクを適切に見積もるのはなかなか難しい作業でもある。
「魔術は一日一回が限度じゃな、この感じであると。」
「・・・襲ったりしないでよ」
「女、お前とは会話が成立する」
「・・・以外に、冷静なのね」
「我にとっての脅威も予測がつかぬからな」
結構馬鹿だと思っていたが、そうでもないらしい。
仮にも王だというだけのことか。
「しかし、こちらの世界とやらは、ずいぶんと高度な技術が生まれておるな」
「・・・そうかしら」
「ああ、料理とやらも素晴らしい。それに・・・」
魔王はゆっくりとパスタを飲み込み、優雅な様子でグラスを傾ける。
「まず匂いがしない」
「・・・匂い・・・消臭剤の?」
「違うわ」
なぜかご丁寧にどこから取り出したのかハンカチを前掛けにして鼻をこする魔王は、意外と人間味にあふれているようにも見える。
窓の外をしたたる小雨を少し遠い目で見つめながら、魔王はぽつりとつぶやいた。
「血じゃよ、血のにおいがな。ここにはない」
雨の音が聞こえる。
少し明るく照らす稲光が、居心地の若干悪くなった二人の空気を刺しており、この時ばかりは雷が嫌いなゆかりも少し感謝をするのだった。
***
どうやらおっさんこと魔王はほんとうに帰れないらしい。
もう一度魔法つかったらいいじゃん、といったら、中断された魔術の余波で殺す気かと怒っていた。
魔術とは意外とデリケートなものらしく、その力をうまく使うために、魔族でさえ魔法陣や詠唱などで流れをうまくコントロールしている。
下手に中断したことで、現在はこちらとあちらが奇しくもつながってしまった状態だが、その隙間に強大な魔力を持つおっさんがいることで、図らずもバランスが均衡しているとのこと。
とはいっても、少しだけあっちからの空気が漏れているらしいが。
パスタの汁を口につけながらうつらうつらとするおっさんを見ていると、本当にこれが世界を文字通り股にかける強者なのか、と疑いたくなる気持ちに駆られながら、これからの生活についていよいよ頭を悩ませるゆかりであった。
書いていると、意外と会話ってとんとん拍子にすすまないな、と思います。
ひとつの会話って掘り下げると、結構いろいろでてくるもんですね。
高橋ゆかりの理解の速さは、論理的な部分が強い人間だからなのかもしれません。
それは彼女の職業にも関係してきます。
次回は
少し魔界側の様子に触れてみましょうか。
「魔王様~、ごめんなさい」