干物女は出会う
投稿2回目です。有難うございます。
無難にすすみます。(無難なのか。)
トレンチコートがなんとか身を守っているが、まだまだ脱げそうにない。
まだ少し肌寒い街中を女性はぼんやりと歩いていた。
いつもと変わらない生活。
会社に行って、各部署からの問い合わせ対応。
少し残業をして帰る。36協定にひっかからないように。
多くの国民がしている生活とはいえ、これのどこにときめきを感じろというのだろう。
学生時代には夢もあったが、もう今ではなんだか忘れてしまった。
道行くカップルを身体を斜めにして避けながら進む。
楽しそうな声を聴きながら、自然とため息を吐いていた自分を呪った。
別に結婚願望がないわけではない。
ただ、現状を変えるのが面倒なのと、味気ない仕事の毎日を一人で過ごすうち、それが当たり前になってしまった。
かといって、特に不自由があるわけでもない。
不況とは言え、会社でお給料は出るし、一人で生活するには十分な額である。
ただ、いつもと変わらない生活。
ただ、そんな毎日に少しだけ何かが欲しいな、と思ってしまう自分がいるのも確か。
ずり落ちそうになる大きめの眼鏡を調整しながら、電車に揺られる彼女はいつもと変わらぬ平常心であったのだが。
***
「ちょっと、高橋さん!!」
「!!」
アパートの玄関で呼び止められる。
オートロックを開けて入ってきた私を、前掛け姿の大家さんがでむかえた。
「あ、・・・おはようございます」
「なにいってんの、こんばんわでしょ!」
電車で半分寝ていたので私はおはようございますなのだが。
「高橋さん、あんたおそかったのね!大変なのよ」
「・・・なにかあったんですか?」
鼻息荒く迫ってくる大家のおばちゃんに若干引きながらも、乱れた髪を整えつつ少し距離をとって尋ねる。
「どうもこうもないわよ!あんた、ドロボーよ!ドロボーがはいったのよ!」
「ええっ!!」
おばちゃんが説明してくれたところによると、夕方から、突然ドンドンと壁をたたくような激しい音、そして男のうめき声が聞こえたとのことだ。
「隣の田村さんところも、反対側の岸さんところも特に変わりはないっていうのよ!あとは上の階か、あんたんとこだけなのよ!ほら、またきこえた!」
ドンッ
と鈍い音、そしてかさかさと壁を這う音が響く。
「・・・誰か飲み会でもしてるんじゃないですか」
「なにいってるのよ、完全に騒音じゃない!というか、ドロボーだったらどうするのよ!怖いわおばちゃん」
とりあえず、突っ立っているのもつらいので、早く部屋に入りたい。
「・・・私、部屋みてきますから。」
「あんた、大丈夫なの、勇気あるね」
実は普段からポーカーフェイスといわれる私は、内面も案外クールなことで通っている。
というか、一人暮らしでそんなの怖がっていたら、暮らしていけない。
戸締りはしてある。洗濯物も干していない。一階とはいえ庭もない。
こんな立地で入る泥棒は奇特すぎるだろう。
「・・・だれかが騒いでるだけだと思いますがね」
「あんたすごいね、おばちゃんは心配だよ・・・」
大家さんは警察を呼んでくるといって部屋に引き返していった。
さて。どうするか。
ぽつねんと残された私は、ゆっくりと扉に近づく。
ノブはひんやりと冷たく、寒い季節には堪える。
開けるか。
ゆっくりと鍵をあけ、ノブを回して扉を開ける。
薄暗い部屋はしん・・としていた。
いつもと変わらない自分の部屋。
変なにおいもしない。
「・・・こんなものね、ただいま」
泥棒ならもっと違和感があってもいいだろう。
慣れないハプニングがあるといつもより体力を使う。
お風呂でも入ろうか、そんなことを考え部屋の電気をつけた瞬間、
「うおっ!!!!」
がたんどんばたん!!!
大きな音と共に叫び声。
人間驚いたときは声が出ないものである。
明かりに照らされたいつもの自分の部屋、その中心の壁から
おっさんがにょっきりと生えていた。
「急に光が!!さては魔導士」
「こわいこわいこわいこわいこわいこわい」
とっさに廊下まで逃げ出す私。
入り口で傘を持つと、がたごといってる部屋へそっとひきかえし、少し顔を出す。
「お前が作った光か」
「・・・だれだよおっさん」
慎重に傘を構えながら、机に置いてあった消臭剤を持つ。
「無礼な!我は歴代の王の力を継ぐ、邪悪な・・・っていたいいたいしみるしみる」
「変質者、痴漢、犯罪者」
「だああああとりあえずそのへんな薬液をかけるのをやめないか!!!」
わちゃわちゃとする私たちをしり目に、インターフォンが鳴る。
やっときたか。
「なんだ!敵軍か!」
「・・・うるさい、またかけるわよ」
どたどたと玄関を開けると、制服に身をつつんだ警察官とおばちゃんが立っていた。
「あんた大丈夫!またどんどん音がするのよ!あんたんとこ?」
「この方から通報をうけてきたんですが」
とりあえず、持っていた傘を置く。
「・・・あの・・・部屋に男の人が」
「何っ!」
そういうと警官は慌てて靴を脱ぐ。
部屋の中ではもがくおっさんが駄々をこねていた。
「どこへいっておったのだ!おい、聞いているのか」
「おとなしくしろ!」
警官が取り押さえようとするが、おっさんも力がつよい。
「やめろ何をする!」
おっさんが叫ぶと同時に、おっさんの緑色の右腕が光った。
「うわっ何をする、やめ・・・・・・」
白い光に包まれた警官は、次第に輪郭がかすんでいき、次の瞬間ぽんと消えてしまった。
・・・。
「え」
一瞬の出来事に絶句する私たち。
部屋にはもがくおっさん。
たたずむ取り残されたおばちゃんと私。
玄関に立てかけた傘が、おっさんの振動でかたん、と倒れた。
***
「いやー、どうするって・・・・・こんなのいえないよ、警官がきえちまったなんて」
玄関口でたたずむおばちゃんに、私もため息をついた。
あれから。
あばれるおっさんに消臭剤を一瓶ぶっかけて、おとなしく動かなくなり。
半ば冷静さを取り戻してきた私たちは、これからのことについて玄関口で話し合っていた。
なぜ部屋の中ではないかって。
部屋に戻るとおっさんがうるさいからである。
「とりあえず、がっちり固定されていて害はないみたいだし、ね。一晩様子をみようか・・・・あんたがよけりゃだけど」
「・・・はあ」
非現実的な展開と、逃げ場のなさに私は心の中で小さく頭を抱えた。
とりあえず、なんとか話し合いはできるだろう。
刺激しなけりゃ大丈夫か。
「あんたが肝のすわった人でよかったよ」
手短に言いたいことだけをいって、おばちゃんは自分の部屋に帰ってしまった。
いつもの変わらない毎日、いつもの生活。
少しうるおいが欲しいとひそかに思った自分を今激しく殴りつけたい。
「とりあえず、どうしよ、これ・・・・」
警官が争ったことで散々になった部屋の中。
どちらにしろまずは掃除をしないといけない。
せめてもの救いは、明日が土曜日で仕事が休みなことだろう。
とりあえず、まずは疲れを取らないと。
なんだか今日は柄にもなく疲れた。
明日からのことを考えうんざりとしながら。
ぐるりと部屋を見渡した後。
一つ長いため息を吐いて、わたしはぐったりと壁から脱力する火種おっさんの頭へと、やや乱暴に毛布をかけた。
女性はいざとなると強いですね。
もともと、この「高橋ゆかり」は、物怖しない性格です。
警官が消されたのに平常心を保てる辺り、人に対する希薄さがあるのかもしれません。
あとがきで捕捉はこれくらいに。
次回は、いよいよ魔王と干物女が語ります。
「・・・とりあえず、パスタ食べる?」
コミカル度を徐々に上げていきます。温かい目で見守ってください(笑)。