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スターダストクロノス外伝―闇の中の瞳―  作者: 桐森 義咲@きりたん
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最終話 異世界転生

『続いて、次のニュースです。昨日の十八時頃、――の病院で、四階の病室から十七歳の女子高校生が転落し死亡しました。調べによりますと、少女は一昨日に救急車で病院へ運ばれ、医師の診断後に失明と宣告され、警察ではそれが原因による自殺と断定――』


§ 四日後 故 白崎 海 儀 葬儀式場


 制服を身に纏い、美紀は暗い顔をしたまま葬儀式場へとやってきた。それに気づいた海の母親は彼女へと走り寄る。かなり疲れた顔のままで。


「美紀ちゃん、来てくれたのね」

「……おばさん」

「海も、きっと喜んでるわ」


 美紀は海の母親の顔を見る事ができず、顔を背けたまま目を瞑った。


「あたしがもっと早く、病室へ戻ってれば海は……」

「誰のせいでもない、誰のせいでもないのよ」

「でも……」

「…………海の顔は見ないであげてね」


 美紀はその言葉に言い表せない程の悲しさを感じ、なぜ海の母親がそう言ったのかも理解していた。きっと復元できない程に酷いのだ。

 そんな言葉を交わしている内に、遠くから海の父親が母親を呼んでいた。美紀はそちらに顔を向けると会釈を返し、父親の方もまた、頭を下げていた。


「あ……ちょっと夫が呼んでるわ、ごめんなさいね」

「はい、また後で」


 海の母親はそう言い残すと、美紀の側から離れていく。

 残された美紀はなんとなく入り口の方へと顔を向けるとまた一人、黒い喪服に身を包んだ女性が葬儀会場へとやってきた。栗色の長い髪を持った、金木書店の店長。金木 夏美だ。


「あ、夏美さん。こんにちは」

「美紀ちゃんも来てたのね」


 美紀と同じく、夏美もまた暗い顔であった。


「疲れてますね、夏美さんも」

「美紀ちゃんや海ちゃんのお母様に比べたら、そうでもないわ」

「まさか、あたしは別に……」

「私よりも付き合いは長いんだもの、そのくらい分かるわ」


 美紀は辛そうな顔を背けると、我慢していた涙をぽろぽろと零し、拳を握りながら肩を震わせていた。

 そんな彼女を夏美は優しく抱きしめる。


「あたし……海の落ちるとこ、見ちゃった……見ちゃったんだよ……」

「美紀ちゃん…………ごめんなさい、私がもう少しだけ一緒にいれば」


 悲痛な叫びに似たその声を押し殺すように美紀は、夏美を抱き締め返す。


「慌てて海の手を掴みに行こうとしたの! でも、間に合わなかった! 間に合わなかったのに、海……最後笑ってた。なんで? どうして⁉」


 夏美はそれに対して何も言わず、辛そうな顔をしたまま首を振った。


「海……どうして、うみ……う……み……」


 § 五日前 病院


『あれ、夏美さん?』


 美紀は海の母親から少しだけ一人にしてと頼まれ、病室の方へと戻ってきていた。その途中で、海の病室から出てくる夏美を見かける。


『――私も気が気じゃなくなると思う……それじゃ、またね』


 夏美は病室の扉を閉めると、いつもの優しげな顔と打って変わり真剣な面持ちとなっていた。


『急がないと』


 それだけを言い残すと急ぎ足でエレベーターの方へと向かっていった。

 急ぐ。その言葉の意味を美紀は深く受け止める事はなく、


『あ、行っちゃった。そういえば海が夏美さんに忙しい時間じゃないのかー? って言ってたっけ』


 書店の方が忙しいのだろうと自分の中で納得し夏美のから目を離した。


『あっ、そうだ! 海の好きなジュース買ってこうかな』


 美紀は海の笑顔を思い浮かべつつ病室を横切ると、自動販売機でジュースを買いに行く。のちに戻ってくるであろう海の母親の分も合わせ、三つの飲み物を買う。


『海に冷たいジュースくっつけたら怒るかな? いや、ちょっと不謹慎か……でも海なら笑ってくれるかも? うーん……』


 海をどうにか笑わせてあげたい美紀はいろいろな事を考えながら、三つの飲み物を手に持つと、笑顔を作った。


『やっぱり普通に渡そう! よしよし、急げー!』


 海を笑顔にするならばそれが一番だと決め、早足で病室へと戻っていく。

 そして片手に三つのジュースを持ち、海が待つ病室の扉を開けた。


『海、お待た――』


 その言葉を言い終わる前に美紀の目に映ったのは、上半身が窓の外へと放り出されている海の姿だった。

 美紀はそれと同時に持っているものを全て投げ捨て、海の元へと走る。


 ――まだ間に合う! 海……海!

 一歩、海の下半身が宙へ浮く。

 ――早く走って! このままじゃ海が……もっと早く走って!

 二歩、海の足が窓縁へと当たる。

 ――待って、海、待って!

 三歩、海の身体が窓の外へと全て放り出される。

 ――嫌だ! 届いて、あたしの手! 届け!

 四歩、美紀が手を伸ばす、しかし窓には届かない。辛うじて海の足が窓の外へと見える。

 ――海……お願い、いかないで……。

 そして五歩、美紀は窓から身体を乗り出し、落ちる海へと手を伸ばした。しかし海は――


『いや……いやあああぁぁぁああっ!』


 微笑みを浮かべたまま地面へと吸い込まれるように激突し、海と言う名とは全く逆の、真っ赤な薔薇をその地へと咲かせた。


 §


 夏美の温もりに抱かれ、美紀は少しだけ気持ちを落ち着かせながら言った。


「海は死ぬつもりだったのかな……」

「海ちゃんは強い子だった、絶対にそんな事なかったはずよ」


 夏美は言い聞かせるように、震える美紀の頭を撫でる。


「そう……だよね……」


 美紀は呟いた言葉を自分自身に言い聞かせる。海は死ぬつもりじゃなかったのだと、信じ込ませるように。親友の最期を見た彼女が受けた心の傷は計り知れない、そうだと思い込まなければ彼女自身の心も壊れてしまうくらいだった。


「夏美さんありが――」

「な……なつ……み……さん?」


 美紀が言いかけたその時、海の母親がその言葉を遮り戻ってきた。その顔は怒りと悲しみに染め、美紀を抱いている夏美の方へ向かってくる。


「なんで……なんで海から目を離したんですか……! 貴女が帰らなければ、海は……海はぁぁぁ!」


 夏美はすぐに美紀を遠ざけると、激情に駆られたままの海の母親に胸ぐらを掴まれた。


「海を……海を返してぇぇ……!」

「お母様……ごめんなさい、本当にごめんなさい」

「おばさん……夏美さんは……」


 美紀は首を振り、夏美の胸ぐらを掴んでいる手を握る。しかし海を失った彼女の力は強く、涙を流しながら夏美の身体を揺すっていた。

 海の母親は確かに美紀へ誰も悪くないと言っていた、彼女も夏美は悪くない事を分かっているのだ。彼女自身もその場に居なかった事を悔み、何度も責め続け、精神を摩耗しきっていた。

 その結果、怒りと悲しみをぶつける相手、八つ当たりできる相手はもう夏美しか居なかった。夏美があの場にもう少しだけ居れば防げたかもしれないのだから。

 葬儀式場が海の母親により混乱する中、慌てて海の父親がやってきて、夏美から母親を引き剥がす。


「やめろ! お前だって、夏美さんは悪くないと言っていたろ! これじゃ海が可哀想だ」

「でも……でも、あなた……海は……」


 泣きながらその身を預ける海の母親。

 申し訳なさそうに海の父親は夏美へ頭を下げると、海の母親を落ち着かせる為、離れていく。

 夏美は顔を俯かせたまま自分の身体を両手で抱き、力を込めていた。美紀は海の父母から目を離すと、彼女を宥めた。


「……大丈夫、夏美さんが悪い事なんてないよ」


 しかしそれに対して夏美は言葉を発する事はなく、力を込めた両手は更に爪を立てていた。

 心配になった美紀はもう一度、語りかける。


「な、夏美さん……そんなにしたら腕に痕が――」

「世界が……砕ける」

「え……?」


 急に現実身を帯びない突拍子もない事を言われ、美紀は不安に陥った。夏美はそれだけを呟くと両手から力を抜き、踵を返す。そして葬儀式場を後にしようと歩き始めた。


「なに……? なんだよ……! 世界が砕けるって……夏美さん!」


 慌ててその言葉の意味を問う為、夏美を追いかけた。


「さっきの言葉、なんなの⁉ ねぇ!」

「……」


 しかし夏美は何も言わず、屋内から駐車場へと二人は出てきた。そんな夏美に美紀は痺れを切らし、肩を掴むと振り向かせ詰め寄った。


「夏美さん、もしかして何か知ってるの? 海の……海の事!」


 しかし夏美は美紀が見えていないかのように視線を空に彷徨わせ、うわ言のように呟き始めた。


「ごめんなさい……私が悪かったの……美紀ちゃん、ごめんね……海ちゃん、ごめんね……」


 何を見ているのか分からない、虚ろな瞳に恐怖を感じ美紀は手を離す。

 すると夏美は美紀に背を向け、力なくふらふらと歩き始めた。その間にも、ごめんなさいごめんなさいと延々呟き、車に乗り込んでいく。

 美紀はその姿に追いかける気力をなくし、ゆっくりと発進する車を見送ると、やがてそれは見えなくなる。

 残された美紀は、夏美の言った『世界が砕ける』という言葉に答えを出すことができないまま、青空が映らない灰色の曇り空を見上げた。


「……海、どうして死んじゃったの……? みんなおかしくなっちゃったよ……」



 美紀の目には見えなかった。

 灰色の曇り空、まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされた黒い亀裂を、彼女はその目に映す事はできなかった。


 § 次の日


『速報です。今日の十五時半頃、――の自宅で二十三歳の女性、金木 夏美さんが死亡しているのを、婚約者である男性が発見しました。調べによりますと、金木さんは睡眠薬を大量に摂取し、浴槽で手首を切り――女性は先日のニュースでお伝えした女子高生の事で、「自分が帰らなければ、あの子は死ななかった」と婚約者へ――』


「……夏美に辛い思いをさせてしまったな……俺もすぐにそちらへ行く」


 小難しい本が床のあちこちに散らばる、ブラウン管テレビだけが照明となった薄暗い部屋で一人の男が呟いた。


「痛ましい事件だ…………異世界転生の裏側は、こんな暗いニュースばかり。残された人間の事なんて、何も考えたりしない。だから世界に必要とされていない、ニュースにすらされない人間が死んでいくんだ」


 部屋の中央、先程男が見ていた床置してあるブラウン管のテレビが、音を立てバラバラに崩れ落ちる。


「だが人は誰かに必要とされたいと思っている。だから転生した後、『今度は間違えない、今度は失敗しないと』異世界へ羽ばたき、人々に必要とされてきた。それは、とても素晴らしい事だ」


 部屋の壁に謎の亀裂が入り始める。


「その影で異世界転生、転移をしたにも関わらず、行き当たりばったりな物語を作り、飽きたかと思えば、物語を作者自身で壊したものもある。もちろん異世界転生、転移以外の別のジャンルでもだ」


 男の顔に亀裂が入る。男はそれでも気にせず一つの本を手に取ると、パラパラとめくり始める。

 その中には未完結の物語が多く書き記されている。完結しているように見える物語には唐突な最終話が差し込まれ、一話前とは話の辻褄が合わない理不尽に壊された物語があった。


「もしもこれを見ている誰かが自分の思い描く物語を書きたいと思うのなら、自分自身が作った物語を理不尽に壊さないで欲しい。途中で飽きてしまってもいい、多少強引に結末へと導いてもいい。現実が忙しくなって書けなくなって、そのまま放置になってもいい。だけど理不尽に物語を壊してしまえば、全てが終わってしまう」


 亀裂の影響で部屋が崩れ、外が丸見えとなった。

 部屋の外にあった本棚はバラバラに崩れ落ち、螺旋階段の中央に立った大きな木はその巻き付く階段ごと倒れ、一階の綺麗に並べてあった本や不思議なキノコの照明を押しつぶした。


「自分自身が考えたキャラは、確かに物語の中で生きている。たとえ物語の中で死んでしまったとしても、そこに生きていた軌跡は残っている。【物語を完結させるのと壊すのはイコールではない】。自分自身が思い描いた結末が物語の全員が死ぬ結末であろうが、それが自分の納得する終わり方ならそれでいい。納得できないのなら、他人の評価を気にして終わらせたのなら、それは壊したと一緒だ」


 星空が半分に割れ、虚空にとてつもなく大きな亀裂が入り、世界が砕け始める。男はもう残された時間が少ないと察したのか、俯いた。


「すまない……随分と言いすぎたね。もう限界だ……この世界はまもなく終焉を迎える。……ん? 彼女は……白崎 海はどうなったかって? この世界を見たらわかるだろう? 彼女は、この物語の主人公だった。その彼女が死んだんだ。そう……世界は分岐しなかった、だから異世界転生なんてしていない」


 割れた星空はガラス片のように地へ降り注ぐと、それは大地を串刺しにした。

 男は残された二階の部屋から下を覗く。

 そこには既に金木 夏美が愛した書店はなく、無残に崩れ、破れた様々な本が散らばっていた。

 男はその光景に表情を悲しさで歪ませつつも、砕けた空を見上げ精一杯、微笑んだ。


「……こうやって理不尽に壊された世界を見て、君は何を思う?」


 この言葉を最後に男はその場から消えると、世界はゆっくりゆっくりと崩れ、終わった。


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