2.今はちゃんと言えないけれど、これだけは
アラステアはそれから、無難に挨拶を終わらせた。
挨拶が終われば、あとはもう自由だ。そのため、私たちはジェラルド殿下とキャスリーン様と一緒に、雑談をしながら軽食を食べていた。
不審な動きに見えないように気にしつつも、私はマーシュさんを探す。
……あ、いたわ。
マーシュさんの周りにいるのは、彼女の友人だろうか。笑顔で楽しそうに話していた。
一代限りの爵位といっても貴族と縁がないわけではないので、貴族の友人くらいいるだろう。同じ男爵位の令嬢なら、なおのことだ。
良かったわ。せっかく良い成績を残して入学したのだから、入学パーティーは良い思い出にしたいもの。
密かにホッと無でを撫で下ろしていると、キャスリーン様が首をかしげる。
「どうかなさいましたか、フレデリカ様」
「え。あ、いえ……」
「フレデリカはですね、世話を焼いた三位さんを気にかけているんですよ、キャスリーン様」
「世話を焼いた三位さん? 三位さんって……マーシュさんのことですか」
「なんだ、フレデリカ嬢。彼女に手助けをしたのか?」
「も、もう、ジェラルド殿下まで……困っていらしたので、少しだけ力を貸しただけですわ」
声を抑えめにしつつ、私はそうつぶやいた。
そう、大したことはしてない。まさか、もしものときの備えがこうして役に立つとは思わなかったけれど。
なのでとりあえず、こちらを見てにやにやするのはやめてください。
「フレデリカ嬢は、キャスリーンに似てきたのではないか? キャスリーンも良く、いじめられている令嬢を助けたりしていただろう」
「あら、違いますよジェラルド様。結果として助けたことになっただけです。ジェラルド様の婚約者候補方の悪事を録画するついでに、割り込んだだけですよ。……まぁ確かに、そういうのが気に食わないからというのもありますけど」
のんびりのほほんとした口調で言ってますけど、キャスリーン様の精神が鋼すぎて怖い。
ちなみにキャスリーン様に嫌がらせをしていたご令嬢方は、彼女が何個も身につけている録画媒体を証拠として王家や嫌がらせをしていた令嬢の家に送ったこともあり、ピタリと止んでいる。だって嫌がらせの結果があれじゃあ、太刀打ちできないもの。
『微笑みの堕天使』とかいうよく分からないあだ名をつけられているという話を風の噂で聞いたけど、「わたくし、悪事を働く方にしかそういうことしていませんもの、ふふふふふ!」という感じにキャスリーン様は高笑いをしていた。キャスリーン様は本当に、いろんな意味ですごいと思う……。
キャスリーン様は今も指輪の石部分に仕込まれた記録魔術が作動させて、周囲をしっかり録画してるのだけど……まあ、知らなくても良いことよね。
かくいうジェラルド様も、すごいのよ。この方後継者争いのせいで命何度も狙われているのに、さらっとやり過ごしてるからね。毒殺から暗殺までバリエーション豊富な殺害方法に出会ってるのに、一度たりとも重傷になったことがないという武闘派王子様ですからね。笑顔で相手を無効化にするのよ。どういうことなの。
アラステアは言わずもがなすごい。学院に入らなくてもいいから紫香宮の魔術師にならないか? って言われていたみたいなの。まあ中身はアラステアなので、のんびりのほほんと学生生活を楽しむことにしたみたいだけれど。
そんな婚約者と友人たちと比べると、やっぱり私は平凡だなと思う。
それでも劣等感や嫉妬心を抱く前に頑張ろう! と思えているのは、みんなみんな大切な人だからだ。
「私は皆様と比べるとそこまで特筆したものがあるわけではありませんので……勉強は前々からやっていたのが実を結んでいるだけです、至極平凡な女ですわ。ですが確かに、キャスリーン様の良いところの影響を受けているのかもしれませんわね」
はにかみながらそう答えると、ジェラルド様とキャスリーン様が私の顔をじっと見る。
一方のアラステアは、微笑ましげな視線を私に送ってきた。
それから三人はお互いに顔を見合わせ、再度私を見る。
「フレデリカ様、安心してください」
「そうだな、フレデリカ嬢」
「そうだよ、フレデリカ」
「? は、はい?」
「あなた様は断じて、平凡ではありませんから」
「君は絶対に、平凡ではないぞ」
「フレデリカが平凡ってことだけはないから」
三者一致した意見を言われた。おかしい。
「な、なんでですの」
「なんでって、ねえ……普通ではないもの。僕が保証する」
「あれではありませんか? アラステア様のとなりにずっといたせいで、感覚が鈍っていらっしゃるとか」
「それはあり得るな、キャスリーン」
「え、なに。僕のせいなの?」
「アラステアは一度、自分の胸に手を当てて考えて見ると良い」
「えぇ。殿下にだけは言われたくないです。僕武術だけは殿下に勝てたことないですよ」
「そうですね、ジェラルド様も、ご自身の行動を振り返ってみたら良いかと」
「君がそれを言うのかキャスリーン」
「……お待ちくださいませ皆様。私を置いて会話を進めるのはやめてくださいまし」
私は、こんなすごい人たちと一緒にされるほどの人間じゃない。
すると、アラステアがそっと肩を叩いてくる。
「フレデリカ」
「な、なんですの」
「現実を見よう?」
「どういう意味ですのそれ。そこまでおっしゃるのなら、私が平凡ではないという理由を教えてくださいませ!」
「え、やだ」
「おかしくありませんかその答え⁉︎」
「だってフレデリカ、言っても信じてくれなさそうなんだもの。大丈夫大丈夫。学院で生活し始めたら、なんとなく分かってくるから」
何、なんですの? 巻き込まれ体質のことです⁉︎
分からなすぎてアラステアを問い詰めようとしたけれど、ダンスタイムになったせいでできなかった。
アラステアと一緒に踊りながら、私は彼を睨む。
だけどそれもさらりと躱され。
結局パーティーが終わるまで、のらりくらりとアラステアにやり過ごされてしまったのだった。
*
「もう、みんなして。ひどいですわっ」
パーティーの間散々からかわれた私は、ちょっとだけ怒りながら寮の部屋に帰ってきていた。
アリサたちに出迎えられながら部屋に入ると、アリサが何か持ってくる。
「……薔薇?」
「はい。先ほど、アラステア様の使用人からいただきました」
「……アラステアの?」
それは、とても大きな花束だった。一体何本あるのだろう。すごく綺麗に咲いた赤い薔薇に、目を奪われる。胸がものすごくドキドキしているのが自分でも分かった。
「こちら、メッセージカードです」
「あ……ありがとう」
アリサから渡されたメッセージカードの表には、「最愛なるフレデリカへ」となんともこそばゆい言葉が綴られている。
恥ずかしくなりつつも裏を見れば――
『101本の紅の薔薇の花束を君に。
101本の薔薇を贈ると、『これ以上ないほど愛してます』っていう花言葉になるんだって。
ねえ、フレデリカ。実を言うとね今回の薔薇、今まで贈った薔薇の本数と合わせたら、999本になるんだ。
いつもありがとう。一緒に入学できてよかった。』
そう、書いてあった。
「~~~~~~っっっ!!!!?」
メッセージカードに綴られた不意打ちの言葉の数々に、私は顔を真っ赤にして声にならない叫び声をあげる。
そんな私を見た侍女たちは、とても微笑ましそうな視線を送ってきた。
それについても何か言いたいけど、今はそれどころじゃない。
ど、ど……どうしてこう、サプライズが上手なんですのッ⁉︎
何が悔しいって、ものすごく嬉しくて今にも頬が緩みそうなことが悔しい。アラステアの手のひらの上で転がされている気さえする。
腹が立ったので、私は花言葉辞典を思い出しながら手早くメッセージカードを作成して侍女に届けてもらった。
メッセージカードには、以前アラステアからもらったデイジーの押し花を糊を使って貼り付けてある。
返事は、ごくごくシンプルに一言だけ。
『デイジーの花に想いを託しました』
「……まったくもう」
眠れなかったらどうしてくれるのだろうか。
緩みに緩んでいる頬を両手で抑えつつ、私はそう呟いたのだった。
紅色の薔薇の花言葉:『死ぬほど恋い焦がれています』
デイジーの花言葉:『あなたと同じ気持ちです』
999本の薔薇を贈るときの花言葉:『*****************』