6.勉強会は、みんなで楽しく愉快に
気づけば、私は十三歳になっていた。
来年には国立の魔術学院に入学することになる。学院は全寮制の四年制学校だ。
前世の記憶が戻った頃から大体理解していたけれど、私の今世の人生はなかなか刺激的なことになっている。
侯爵家の娘に生まれ、魔術の素質と美貌は十分。前世の記憶を持って生まれたから天才なんて呼ばれて、そのおかげで本物の天才であるアラステアと婚約者になった。
そして、国王候補として一番の有望株であるジェラルド殿下と、その殿下の筆頭婚約者候補――あ、今は今まで何度も証拠を王家の方に見せた功績から正式な婚約者になった――キャスリーン様と友人になれた。
お二人とはあのお茶会以降何回か会っているので、とても良い人たちだということは分かっていた。ちょっと恋愛脳すぎてついていけないときもあるけど、お互いを想い合って頑張っている姿はとても素敵だ。きっと学院入学後は学友として一緒にいる機会も増えるはず。
つまりそれは、学院に入ればさらなる問題が押し寄せてくるということでもある。
予想しなくても分かる。私の巻き込まれ体質と今の現状との相性は最悪だ。
でも私はそれでも、アラステアと一緒にいたい。アラステアのとなりにいられるような、そんな立派な令嬢になりたい。
そして、友人たちと一緒に楽しい生活を送りたいのだ。巻き込まれることに怯えて隠れた生活を送るより、そのほうがずっと幸せだと思うから。
そう思ったから、私は我が家で一緒に入学試験の勉強をしていたアラステアに力説する。
「だから私ね、自分一人でも対処できるように頑張りますの!」
「……いや、それはやめとこう?」
「なんでです⁉︎」
アラステアに意気揚々と告げたら、やんわりとした口調で否定されてしまった。
すると、前よりもずっとずっと綺麗になったアラステアが太陽のような笑みを浮かべる。
「僕が心配だから、かなぁ」
「むう。過保護ですわ」
「過保護になるくらい、フレデリカは色々なことに巻き込まれてるでしょう? ほら、思い出してみてよ。ジェラルド殿下の誕生日パーティーにお呼ばれしたとき、殿下を狙った暗殺者が取り抑えられたことがあったじゃない。あの暗殺者が握っていたナイフ、フレデリカのほうに飛んできたじゃないか」
「う……」
「あのとき、僕がいなかったらどうなっていたか分かる? 本当に危なかったんだよ? あれを、フレデリカだけで対処できるとは、ちょっと思えないなあ」
「くっ……で、では私も、キャスリーン様と同じように防御魔術と反転魔術を極めますっ……!」
「それは極めておいて損はないと思うよ〜」
日を重ねるごとに、アラステアの私の扱い方もなんだか上手くなっていってますわ……!
アラステアの爽やかな笑みに腹を立てた私は、苦手な魔術実技のほうではなく魔導具を製作して危機的状況を乗り切ってみせる! と心から誓った。
でもまあ、今はそれよりも入学試験の勉強をしなければならない。
魔術学院に入学するものの多くは貴族の子どもであることが多いこの国だけれど、それでもやっぱり試験は存在する。
アラステアはなんだかんだ言ってちゃんと勉強をしているのでさらっとした顔をして首席入学とかしてしまうのだろうけど、私も上手くいくとは限らないのだ。
学院クラスの勉強はとうの昔に終わって、今は応用に入ってるけど、それでも基礎は忘れないことに越したことはない。
何がなんでも、次席で入学試験に合格しなくては!
「一学年の次席枠、もぎ取ってみせますわ!」
「……フレデリカって、低いようでいて高い目標を設定するよね。謙虚に見えて豪胆というか。不思議な感じ」
「なっ。当たり前ですわ! アラステアが首席入学したなら、その婚約者である私は何がなんでも次席に入らなければ!」
「そんなに意気込まなくても、フレデリカなら簡単にできちゃうと思うけどなあ」
「まあ。アラステア、過信はいけませんわ」
「フレデリカが自分のことを信じてないから、僕が信じてるだけだよー」
相変わらず、笑顔で私を褒めるアラステア。
嬉しくなってしまい頬が赤くなったけど、それを振り払いつつ勉強に集中しようとする。
そんなときに現れたのは、赤髪の小さな男の子だった。
「フレデリカ姉上! アラステア義兄上!」
「あら……ブライアン」
やってきたのは、今年で八歳になる私の弟だ。
私よりも体が弱いので田舎で療養していたのだけれど、一年くらい前にタウンハウスに戻ってきた。
何度か会いに行っていたからぎくしゃくはしないけど、なんだか不思議な気持ちになる。
くすぐったいような、愛おしいような。
どちらにしても、一緒に暮らせて嬉しいのだと思う。
ブライアンの容態はアラステアのお父様のおかげで抜群に良くなった。多分だけれど、私との婚約を早いうちから結んだのは、ブライアンのためでもあったのだと思う。
気づいたときは色々な気持ちがよぎったけど、お父様がブライアンのことを諦めていなかったことのほうが嬉しかった。
ブライアンは私たちのほうに駆け寄ってくると、律儀にぺこりと頭を下げた。
「姉上、義兄上、ご機嫌麗しゅう」
「ご機嫌よう、ブライアン」
「うん、久しぶりだねーブライアン。そんなに走って、体は大丈夫?」
「はい! そ、それよりも、これを見て欲しくてですね……」
ブライアンは手元に抱えた紙を、もじもじしながら私たちに見せる。
それは、テスト用紙だった。
「あらブライアン、満点なんてすごいじゃない!」
「本当だー。ブライアン、頑張ってるんだね」
「えへへ……家庭教師の先生もほめてくれました!」
本当に可愛い。なんでこんなにも可愛らしい笑顔を浮かべているのだろう。
私に対して劣等感を抱くような子にならないか心配だったけど、ブライアンは素直な性格を維持したまますくすく育ったみたい。
しかもブライアンは、アラステアほど強くはないけれど虹眼を持っている。だからなのかアラステアとは気が合うみたいで、よく話をしていた。家族ぐるみの付き合いが良好に進んでいて、すごく嬉しい。
「そうです義兄上。義兄上のおっしゃっていた通りでした! 姉上の育てている一角だけ、すごいんです!」
「ふふふ。でしょう? でもまあ、フレデリカは気づいてないんだけどね〜」
「見えないのに不思議ですね……」
「本当にね。でもフレデリカの良いところは、そういうちょっと鈍感なところだから」
ただ、時折私には理解しがたいよく分からないことをいうのはやめてほしい。私の育てている薔薇がどうしたというの。
かくいう薔薇は、毎年初夏になると素敵な花を咲かせている。最近はアラステアのお父様から青薔薇の株をいただいたので、カラフルな薔薇が楽しめるのだ。
「あ、薔薇といえばそうですわ。ブライアン、私が学院に行っている間、薔薇の様子を見てくれるかしら? 庭師には頼んだのだけれど、やっぱり少し心配で」
「もちろんです、姉上」
「特に、青薔薇の株を気にしてあげて。よろしくね」
「はい!」
忘れないうちに言っておく。
二人の会話については、もう諦めた。聞いてもにこにこ笑顔で流されてしまうからだ。
これが男同士の秘密とか、そういうやつなのかしら。
その中心に私がいそうなのがちょっとだけ気にくわない。けど私の精神年齢はもう大人なので、無駄に口を挟まないのだ。
それから「城では安心して勉強できなくてな」という理由からジェラルド殿下がやってきたり、「苦手な科目を教えてください〜!」と泣きついてきたキャスリーン様もやってきて、四人で勉強する機会が増えた。
時々ブライアンも一緒になって勉強したりと、なんだかとても楽しかった。
そして無事入学試験の日になり、私とアラステアは一緒になって学園で試験を受けに行った。
アラステアと会うたびに勉強していたおかげで、私は大体の問題をするすると解いてしまった。
魔術実技に関してはやっぱり不安が残るところだけれど、掴みはバッチリだ。
結果――アラステアは首席、私は次席、ジェラルド殿下は五位、キャスリーン様は八位と、みんな優秀な成績を出して入学することができたのだった。