4.お茶会に参加します
それから年月は過ぎ去り、私たちがお互いのことを呼び捨てにし始めた十一歳の頃。
私とアラステアは、揃ってお茶会に行くことになった。
主催は、ユリス公爵家。エマニュエル公爵家ほど魔術に優れた家ではないけれど、大臣や高官などを多く輩出している。
確か今は、一番上のご令嬢が第一王子妃筆頭候補に選ばれていたはず。その繋がりから、第一王子殿下も今回の茶会に呼ばれていた。
王家には現在三人の王子と一人の王女がいて、王女殿下のほうは隣国の王太子とすでに婚約を結んでいるみたい。なので継承権は王子たちにあるのだけど、誰にでも王になれる可能性があった。
国王陛下はどうやら、一番国王らしい行動をした王子に継承権を譲りたいみたい。
その中でも一番有力だと言われているのが第一王子殿下なので、貴族令嬢たちからしたら一番狙いたい人なのだ。狙いたいと言っても第一王子殿下もそこそこ高い魔力を持ってるので、狙える令嬢は限られているけれど。
私たちは、そんな有力候補の第一王子殿下とご令嬢に学院入学前から仲良くなっておきなさいということで、お茶会に強制参加させられている。もちろん、他の令息や令嬢たちとも仲良くなっておきなさいと言われている。
さすがユリス公爵家のお茶会と言うべきか。中庭に設けられた会場はとても広く、美しく飾り付けられていた。思い思いのドレスを身にまとった令嬢たちが、まるで花のようだ。
私は純白の礼服を身にまとうアラステアに合わせて、クリーム色のドレスを着てきた。髪には白薔薇の生花を挿してある。アラステアが持ってきたものだ。
主催側を含めた一通りの子息令嬢たちに挨拶をアラステアと済ませた私は、飲み物を口に含みながら吐息した。
「アラステア」
「………………」
「アラステア、聞いております?」
「……うん? なあに、フレデリカ」
「そんなきょとんとした顔をしないでくださいまし。ほら、焦って食べるから口に食べかすが付いておりますわよ」
「あ、ありがとう。でも、美味しくって」
ハンカチでアラステアの口を拭きながら、がっくり肩を落とす。
「アラステア……今回の茶会に参加した目的、覚えております?」
「うん? あ、友だちを作ってこいってやつ? 覚えてるよー一応」
「そうですか、それは良かったです。すっかり忘れているかと思ってましたわ」
「うん。でも僕、そんなに友だちいらないし。フレデリカさえいてくれたらいいかなって」
「ぜんっぜん分かっていないではありませんか……っ」
幸せそうにお菓子を食べるアラステアに、私はどうしたものかと頭を抱えてしまった。
会った頃からマイペースだと思っていたアラステアのマイペースっぷりは、日をまたぐごとに増している。早くて三日、遅くて一週間以内には会っていたこの二年間で、私はそれを身を以て知っている。
さらに言うなら、天然タラシっぷりにも磨きがかかった。さりげなく私を喜ばせて、話を逸らそうとするのはやめてほしい。
アラステアのお父様は、アラステアのこの性格を前々からどうにかしたいと考えていたみたいで、個人的なツテを使い同世代の子どもと会わせたりはしていたらしい。でもこののんびりのほほーんとした性格でのらりくらりとやり過ごして、結局知人以上友人未満というくらいにしかならなかったのだとか。私の言うことならある程度は聞くから、一緒に茶会に参加させたみたいだ。
早々に挫折していますけどね……。
再度ため息が出そうなとき、口に何かが押し込まれた。そのまま口に含めば、サクサクとした食感とバターの香りがやってくる。放り込まれたのはどうやら、バタークッキーみたい。
クッキーを放り込んできた張本人は、虹色の瞳を細め柔らかく笑った。
「そんなにしかめっ面していたら、幸せが逃げちゃうよ?」
「……アラステア」
「まあ、そんなことで逃げるような幸せなんて大したことないから、気にしなくていいと思うけどね〜」
誰のせいでそうなりそうなのかと言いたかったけれど、邪気のない笑みに毒気を抜かれどうでも良くなってしまった。
天才の相手は大変だけれど、でもこういうところがあるので憎めない。
そういうのを抜きにして、私はアラステアのことを好意的に思ってるんだと思う。
……会うたびに様々な色の薔薇を持ってきたり、誕生日には必ずプレゼントを贈ってきたり、そのたびに甘々な言葉を囁かれたら、そりゃあね。
そんな彼に見あう令嬢になるために、勉強も日夜頑張っている。苦手だった魔術実技もだいぶできてきたから、少しは前進できているはずだ。
そんな彼のためにも今回はコネを作っておきたいのだけれど……。
幸いなのは、私たちがそこそこ有名だというところ。アラステアは未来の紫香宮勤め候補だと言われているし、私にも魔術省から学院卒業後に入省しないかという話が今から来ている。
だからか、向こうから話しかけてくれるので一応人脈は作れているけれど……。
「肝心の第一王子殿下と、ユリス公爵令嬢とお話ができていませんわ……」
第一目標を達成できていないのでした。
「フレデリカ。そんなに焦らなくてもいいんじゃないかな? それにフレデリカはそんなに体が強くないんだから、気をつけないと。ほら、そこのベンチに座って休もう?」
「う……ですけれど」
「休もう?」
「……休みます」
アラステアの笑みが怖いので、私は素直に中庭のベンチに座った。
見れば会場には何脚か椅子があり、座っている人もいた。座りながら歓談している人たちもいるので、ちゃんと考えられているのだろう。
今いる中庭は人が少ないので、どこか別の場所にいるような気がする。
私はアラステアが持ってきた飲み物に口をつけながら、ぼんやりとそれを眺めていた。
「少し気分は落ち着いた?」
「……ええ」
「そっか、なら良かった。フレデリカ、朝から張り切ってたから、すごく疲れてるんじゃないかなって思ってたんだ」
「……分かっていたなら、ちゃんと協力してくださいまし。アラステアは、第一王子殿下付きの魔術師になる可能性だってあるのですわよ」
「うーん。そういえばそっか……」
「他人事みたいに言って……まったくもう」
アラステアを叱りつつ、私はそっぽを向いた。
すると顔を背けた先に、何人かの令嬢たちがいるのが見えた。
「……あら?」
「どうしたの、フレデリカ」
「いえ、あそこ。見えます? あの木陰になっているところ。あそこにご令嬢方が集まっているのが見えて……」
あんな人気のない場所に集まっているなんて、どうしたのかしら。
よくよく見てみると、その中心にはユリス公爵家令嬢であるキャスリーン様がいる。白銀の髪をしたご令嬢なんて彼女くらいしかいないので、すぐに分かった。
「あなた、生意気なのよ」
「そうよ! 第一王子妃筆頭候補だからって、調子に乗らないでよね!」
「……わたくしには、そのようなつもりなどないのですけれど……」
言い争いが白熱しているのか、先ほどよりも大きな声が聞こえる。
私は思わず、顔をしかめてしまった。
ユリス公爵家主催のお茶会でいじめをするなんて、すごく図太い神経ですわ……。
ただそれよりも先に、やらなければならないことがある。
それは、すぐにでもこの場から立ち去るということだ。
「アラステア。移動しましょうか」
「うん、いいけど……大丈夫? 顔色が悪いよ?」
「大丈夫ですわ。この場から離れることができれば、すぐに良くなりますから」
アラステアを急かし静かにその場から立ち去ろうとしたけれど――時、すでに遅し。
「食らいなさい!」
怒り狂った令嬢が下級水魔術を行使し、
「え……嫌です」
キャスリーン様がそれを防御魔術を使って弾き、
――バシャッ!
……跳ね返った水の球は、寸分違わず私のドレスにかかった。