3.風邪を引いてしまいました
婚約者もでき、勉強にもより力が入った冬のある日のこと。私はエマニュエル家のカントリーハウスにお呼ばれし、冬の間をそこで過ごすことになった。
のだけれど。
着いて二日と待たず、私は高熱を出して倒れてしまった。
これも、巻き込まれ体質のせいだったりする。
いやね……私よりも小さいエマニュエル家の従兄弟たちが森の中を進むものだから、それを止めるために奥のほうに進んで行ったのだけれど、そこで狼に出会ってしまった。
狼はアラステア様が追い払ってくれたのだけれど、あまり体が丈夫ではなかった私は、雪の中で長時間動き回ったことで、熱を出してしまったのだ。
アラステア様と一緒にカントリーハウスに来ていたのに熱なんて、ついてない……。
こほこほと咳き込みながら、私は涙目になる。
アラステアと一緒に勉強しようと言っていたのに、これじゃあ滞在期間の半分くらいはできそうもない。
「アラステアさまとべんきょうするの、たのしみにしてたのに……」
「お嬢様。勉強熱心なのは良いことですが、今はちゃんとお休みくださいませ。でなければ、アラステア様も喜びませんよ」
「うん……わかり、ましたわ……ちゃんと、やすみ、ます……」
けほけほと咳き込む私を見て、アリサが背もたれにたくさんのクッションを置きもたれかかりやすいようにしてくれる。
「エマニュエル公爵閣下がお薬を調合してくれたようですよ。これを飲めば、だいぶ楽になるとおっしゃっていました」
「うん……ありがとう、アリサ」
水差しを使って薬を飲み、また横になる。額に冷たい布を置かれ、少しだけ気分が楽になった。
目をつむると、意識がうとうとしてくる。
アラステア様……変なこと考えてないといいけど……。
意識が真っ黒になる前に浮かんだのは、アラステア様の顔だった。
熱のせいで、ふと目が覚めた。
目をぱちぱちと瞬かせ周囲を見回してみても、誰もいない。カーテンを見てみても光が差し込んでいないので、時刻は夜だろう。
もぞもぞと体を動かしてみると、起きたときよりも体がずっと軽くなっていた。
アラステア様のお父様のお薬、すごい。主治医の先生に言ったら自信をなくしそうだ。
これなら、そんなに寝続けなくてもいいかもしれない。
アラステア様と一緒に勉強……それも、二人きりで勉強できるかもしれない。
ここには他の子たちもいるから、なかなか二人きりになれず少し緊張していたのだ。アラステア様以外の子どもたちは本当に歳相応の子たちばかりなので、お姉さんとして背筋を張らなくちゃいけない。だから、ちょこっと息抜きができる瞬間が欲しかった。
「アラステア様と一緒に勉強できるかしら……」
「……僕とそんなに勉強したいの?」
「……え、あ……アラステア、さまっ?」
暗闇の中ひょっこりとアラステア様が現れ、私はびっくりした。
アラステア様は夜にも関わらず光の粒を撒き散らしている。だからか、余計精霊らしく見えた。
「こんな夜遅くにごめんね。でも心配で……忍び込んできちゃった」
「ふふふ。ありがとうございますわ、アラステア様。ですが、だいぶ楽になりましたのよ。アラステア様のお父様が作ってくださったお薬のおかげですわ」
「そっか。なら良かった……君が死んでしまうかと思ったから」
「それは、狼の件です? それとも、風邪?」
「両方かな……フレデリカ様ってすごく危うげなのに、どうにかしようと頑張るから」
「……アラステア様にそんなこと言われるなんて、思ってもみませんでしたわ」
私の巻き込まれ体質は前世からのものだから、正直そこまで重く考えていなかった。いや、今回は流石に危なかったから、すごく反省しているけれど……。
「フレデリカ様。君は僕の婚約者なんだよ? 心配するに決まってる」
「う……申し訳ありませんでしたわ、アラステア様」
「ううん、いいよ。次は僕がちゃんとするから。フレデリカ様にずっと付いてる」
「まあ。それなら安心ですわね……」
今回だってアラステア様のおかげで助かったし、もしかしたらアラステア様は私にとって救世主なのかもしれない。
それがなかったとしても、アラステア様ってすごく優しいし……ちょっと変わったところもあるけれど、なんだか許せてしまう。
会うときはいつも花を持ってきてくださいますしね。
お屋敷にあんなに素敵な薔薇が咲いているから、薔薇ばかりを持ってくるのかと思ったら、他にも色々な花を贈ってくれる。それを枯れる前に押し花やドライフラワーにするのが、私のここ最近の楽しみだ。
栞にしたり、色々な押し花を組み合わせたものを額縁に入れ飾ったり。使ってないものは標本にして閉じてある。
初めてもらった白薔薇は、一枚一枚丁寧に押し花にして栞にした。なんだか嬉しくて、今も持ち歩いている大切なもの。
アラステアに会ったからか、つらつらと様々な思い出が浮かび上がっては消える。そのどれにも花が出てきて、ちょこっと笑ってしまった。
「どうかした?」
「いいえ……アラステア様の顔を見たら、ホッとしたのです。起きたら誰もいませんでしたから、少し寂しくて……」
「なら、忍び込んできた甲斐があるね。でも、もう寝なきゃダメだよ? 良くなるものも良くならないからね」
「はい……あの……私が眠るまで、そばにいてくださいませんか?」
子どもっぽいお願いだと思ったけれど、寂しくなったので勢いで言ってしまった。
すると、アラステア様は嬉しそうに微笑んでくれる。
「もちろん」
アラステア様の小さな両手が、私の手を包み込む。
予想していなかった行動に驚いたけれど、とても温かかったのですぐに気にならなくなった。
むしろすごく落ち着く。温かくて、心地よい。
「ありがとうございますわ、アラステア様……」
「うん。……おやすみ、フレデリカ様」
気のせいだろうか。私の手を伝って、アラステア様のキラキラした光の粒が私のことを包み込んでいっている気がする。
キラキラ、キラキラ。虹色の光。
その光のおかげか、アラステア様が手を握ってくれていたからか。私はぐっすり眠ることができた。
朝起きたら、アラステア様はいなくなっていた。
代わりに、枕元にカードが置いてある。
黄色いインクで魔術円が描かれたカードだ。
試しに魔力を送り込んでみると、ぽう、と光の粒が浮き上がる。
現れたのは、綺麗な花束だった。
なんだったかしら、この花……。
「……あ、そうです。確か、スプレーマムという花でしたわ……」
アラステア様が花をよく贈ってくるので花図鑑を開いて調べる機会が多いのだ。それを眺めていることが増えたから、すっかり覚えてしまった。
「ふふふ。冬だからって、ここまでして花を送ってくださるなんて……最近の殿方はすごいですわ。まだ十歳だなんて思えません」
でも嬉しかったから、そっとカードを胸元に抱く。そのカードは、私の宝物の一つになった。
翌日から全快した私は、アラステア様と一緒に肩を並べて勉強をした。
私たちの勉強についていけないので、他の子供たちがいない。
だから私たちは久々に二人きりで、勉強をすることができたのだった。
スプレーマムの花言葉:『逆境の中で元気』『清らかな愛』『私はあなたを愛する』