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2.婚約者が決まりました

 そんな私の決意虚しく、また次の問題がやってくる。


「聞いてくれ、フレデリカ! なんと、あのエマニュエル公爵家嫡男との婚約が決まった!」

「………………はい?」


 朝食の時間にそんなことを言ってくるお父様に、私は開いた口が塞がらなかった。


 エマニュエル……? あのエマニュエル……っ?


 エマニュエル公爵家と言えば、知らない者なんていない名門中の名門家系だ。宮廷魔術師の中でもトップ集団が集まる紫香宮(しこうきゅう)勤めから魔術省のトップまで、ありとあらゆる魔術関連機関にエマニュエル公爵家の関係者がいる。つまり、エリート中のエリートだ。


 前世でもエマニュエル家の優秀さは健在だった。私が死んでから大体百年くらい経っているはず。いくら長命と言われている魔術師たちでも、百年間その名声を保つのは並大抵のことではないと思う。


 そんな家の嫡男ともなれば……天才じゃないかしら。


 そういえば友人が、エマニュエル公爵家嫡男は神童だと呼ばれていると言っていた。


 純粋培養の天才と、前世の知識を活用して努力を続ける秀才。この差は歴然だ。


 本物の天才の登場に、私は内心震え上がった。


 だけど、お父様とお母様は上機嫌だ。

 すでに顔合わせの日にちは決めているだとか、ドレスはどれにしましょうかとか、私の気持ちそっちのけではしゃいでいる。


 その中で、私が考えることなどただ一つ。


「もっと勉強しなくちゃ……」


 顔合わせの日までに、苦手な魔術実技をどうにかすること。それだけだ。



 *



 魔術実技を頑張ろうとしたら、先生に止められてしまった。

 若いと、魔術行使によるダメージ蓄積が多いんですって。


 もともとそんなに体が強くないこともあり、私の実技時間が増えることはなかった。

 夜遅くまで勉強をしようものなら、アリサにベッドに放り込まれる。先生たちも「すごく頑張ってるから、若いうちから無理する必要はない」って言って普段通りの講義をしてくる。


 そんなわけで、私は大したこともできないままエマニュエル公爵家の嫡男と会うことになってしまった。

 不安すぎて前日から眠れないし、朝から胃が痛い。


 なんでこんなにもストレスを感じているのかというと、私の中で魔術ができる人=横暴で傲慢という方程式が成り立っているからだ。


 だって、私のことを刺した人は魔術省のエリート女魔術師だったもの……。


 かなりヒステリックで、自分の行動が悪いのにエリートの地位を下されたことを恨んで刺してきた。

 そのせいか、刺された辺りの腹部がとても痛い。この体で刺されたことはないのだからそんなことはないはずだけれど、過去のトラウマはどうにもできそうになかった。


 もう一つ理由があるとしたら、本物の天才の登場により偽物の私の仮面が外されないか怖いから。


 アリサや他のメイドたちにすごく綺麗に飾り付けられたけど、正直それどころじゃない。馬車が揺れるたびに、胃も痛む痛む。胃の痛みなのか古傷による痛みなのか分からなくなった辺りで、馬車は公爵家に着いた。


 そのお屋敷の、広大さたるや。我が家だって侯爵家だからそこそこ良いタウンハウスを王都に持ってるけど、エマニュエル公爵家はその倍以上あった。

 特に綺麗だったのは、あちこちに咲く薔薇。赤、ピンク、白、黄、オレンジ……と見ているだけで楽しい薔薇が所狭しと咲き、人々を魅了する香りを振りまいている。


 温室もあるみたいだし、中にも薔薇が植えられているのではないかしら?


「立派なお屋敷ですのね……特に薔薇がとても綺麗ですわ」

「そうだなぁ。どうやら公爵閣下は、たいそうな薔薇好きらしいぞ。だから季節ごとに咲く薔薇を必ず植えているとか」

「そうなのですね」


 薔薇のおかげでだいぶ気持ちが楽になる。前世子爵令嬢だった頃は、庭の一角で薔薇を育てていたのだ。多分その頃の私にとって、薔薇の世話は唯一自慢できる特技だったと思う。

 その頃の庭とは比べ物にならないくらい大きな庭だったけれど、なぜだか既視感を感じて緊張が和らいだ。


 私とお父様はそれからメイドに案内され、エマニュエル公爵閣下とそのご嫡男が待つ中庭に通された。


 そこには、精霊のような美貌を持った金髪碧眼の男性と少年がいた。


 儚げ、と言ったら良いのかしら。どこか浮世離れしている美しい見目は、光に当たれば溶けてしまいそう。

 瞳は青なのだけれど、光の加減で虹色に見える不思議な色をしている。


 特に少年のほうはそれが強く、そこに意識が吸い寄せられた。体の周りがうっすらと光り、周囲に光の粒をばらまいているように見える。確かそれは、魔力が強い人によく起きる現象、溢流化オーバーフローというものだ。

 もちろん、魔力が同程度多い人じゃなければ見れない特殊な現象だ。普通の人から見たら、なんだか視線が吸い寄せられるような気がするなくらいの認識だったはず。


 でも、そんなことなんて気にならないくらい綺麗だった。

 まるで、鱗粉を振り撒く蝶のようだったから。


 確か、そんなふうに虹色を振り撒く精霊の名前が文献にあったはず……。


「……精霊の至高王(アルカンシエル)?」


 思わず呟けば、少年のおっとりした目が見開かれる。

 しまった、と思い口をつぐんだけど、聞かれてしまったみたいだった。その証拠に、エマニュエル公爵閣下が笑っている。


「まさか、その名前を知ってるとは……マクファーレン家のご令嬢はどうやら、噂通りの才女みたいだね」

「あ、の、その……」

「ふふふ。うちの息子はね、精霊の至高王(アルカンシエル)に祝福された子どもじゃないかって言われているんだ。ほら、アラステア。挨拶なさい」

「はい、父様」


 光に包まれながら、美少年が私の前にやってくる。


「初めまして、フレデリカ様。僕の名前はアラステア。これからどうぞよろしくね」


 そう言い微笑むアラステア様は、まるで天使のようで。私が抱えていた前世の痛みごと吹き飛ばしてしまうような、とても素敵な少年だった――











 お父様たちが婚約に関する話をしている間、私はアラステア様に連れられて温室にやってきた。

 その間にも話す機会があったのだけれど、アラステア様はなんというか、とてもマイペースな方だ。


 どこかをぼんやりと見つめていたと思えばにこにこ笑い出したり、私のことをじっと見つめのんびりと話し始めたりする。


 それは、普通の人から見たらとても変わった行動に見えると思う。その上、見た目の割にだいぶ大人びた口調で話す人なので、その姿を見た大人たちが天才だとか神童だとか言っているのでしょう。

 でも、魔術師の先生から精霊を見るための魔術『精霊見せいれいみ』を教わっていた私には分かった。そこに、手を振る精霊たちがいたことを。


 多分だけれど、アラステア様は精霊を見ることができる特別な目を持っているのだと思う。虹眼こうがんというのだそうだ。残念だけど、私にはそれがない。精霊見を使えば見えることは見えるけど、ずっと使うには魔力消費が激しすぎるので無理そうだった。


 それにちょっぴり劣等感を抱いていると、温室に着く。

 中には、庭に咲いている薔薇よりもカラフルな薔薇が咲いていた。


 青や緑、紫、黒なんていうのもある。初めて見るその色を見て、私はつい先ほどまで感じていた劣等感が吹き飛んでしまった。


「すごい……あんな色の薔薇なんて初めて見ましたわ……!」


 思わず青い薔薇に駆け寄る。


「綺麗でしょう? 父様が庭師と一緒になって作った、特別な薔薇なんだ」

「はい、とても美しいです。こんなにも鮮やかな青色になるなんて……」

「花言葉はね、『神の祝福』『奇跡』『夢叶う』なんだって。精霊たちも、この花には惹かれるみたい」

「……薔薇は、花の中でも特に妖精や精霊たちを魅了するのですよね。ですので、よく妖精や精霊を呼び出す触媒に使われるのだという表記を文献で見ましたわ」


 するとアラステア様は、柔らかく笑った。


「よく知ってるね。そうだよ。じゃあ、その薔薇の中でも最も芳しい薔薇が『至高王の寵妃(トゥリアンダフィリャ)』って呼ばれていること、知ってる?」

「それ、は……知りませんでしたわ」


 ちくりと、胸に小さな痛みが走る。


 ほら、やっぱり本物の天才には敵わないのですわ。


 私の中の誰かが、頭の中でそう嘲笑った。


「アラステア様は、すごいですわ。そんなことまで知っているだなんて」


 せっかく恵まれた環境にいるのだから。

 前世の記憶を持って生まれたのだから。

 今世では、何か意味を持って生きたかった。

 とにかく不安だったの。周囲からの期待も重たかった。


 でも、死にたくもなくて。中途半端な位置でふらふらとしていただけ。


 それは、平凡だからこその悩みだと思う。

 そんなとき、目の前に本物の天才が現れてしまった。しかもそんな人が婚約者になるなんて、本当にどうしたらいいのだろう。私は頭が良くないから、よく分からない。

 だからお父様には悪いけれど、できれば婚約したくなかった。


 近くにあったベンチに腰掛け、私は目をつむった。


「お会いしたら、聞きたいと思っていたことがあるのです。……アラステア様は、私が婚約者になっても良いのですか? 私は、なんてことはない平凡な女ですわよ」

「うん? うーん、父様が決めたことだから、僕としては何も言うことはないのだけど……」

「……そうですわよね。政略結婚ですものね」

「うん。でも……フレデリカ様に初めて会ったとき、すごく綺麗だなって。そう思ったよ」

「……き、れい?」


 それは、容姿がということかしら……?


「フレデリカ様は、白薔薇みたいだと思ったんだ。真っ白で、すごく綺麗。なのに、何色にもなれる人だなって」

「……え?」


 思わず目を開くと、アラステア様が私に白薔薇を一輪差し出していた。


「綺麗だと思った。だから、婚約者になってもいいかなって。君と一緒なら、きっと楽しそうだもん」


 その笑顔は、まるで太陽みたいに華やいでいた。


 アラステア様からもらった薔薇を受け取りながら、私は笑う。何かしら。久々に楽しかったかもしれない。


「……ありがとうございます、アラステア様」


 その日から私は、不安な気持ちを埋めるために勉強をするのではなく、彼に見あう令嬢になるために勉強をするようになった。


 ――それと同時に、私は我が家の庭師さんに頼み込んで、庭の一角でまた薔薇のお世話をするようになったのだ。

白い薔薇の花言葉:『私はあなたにふさわしい』『深い尊敬』『清純』

一本の薔薇を送るときの花言葉:『一目惚れ』『あなたしかいない』

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