7.私史上一番の大事件が発生しました
定期試験が終わってから一週間経った朝。
私は今日も、アラステアとエフィーと一緒に薔薇の世話をするべく温室に向かっていた。
今日はお休みだけど、薔薇のお世話はちゃんとしなければなりませんからねっ!
――そのときだ。事件が起きたのは。
「………………え」
「い、いやぁぁぁあああああッッッ!!!?」
私たちが大事に大事に育てていた青薔薇が、めちゃくちゃにちぎられていたのだ――
「うう……どうして、どうしてあんなことに……」
学院の客間で、私は泣いていた。
温室のほうは顧問の先生と先輩たちが見てくれているので、私たちは先生たちの判断でここに連れてこられたのだ。
アラステアが貸してくれたハンカチで涙を拭っていたけど、衝撃的すぎて涙が止まらない。
何より、薔薇たちをあんな風に扱った人たちが許せなくて許せなくて……。
今でも、薔薇たちの無残な姿が頭にこびりついている。
ちぎられた薔薇の花、踏み潰された茎……周囲には土が散らばり、何度も踏まれた靴跡があった。
それも、一人分じゃない。何人もの靴跡があったんですのよっ‼︎
「絶対、絶対に犯人を見つけてやりますわぁぁぁ……っ!」
「分かった、分かったから、ちょっと落ち着いて、フレデリカ」
「で、ですがアラステア様……あれは、本当にひどかったですよ……」
「――そうね。エフィーさんの言う通り、あれはとてもひどかったわ」
私たちは、揃ってドアのほうを見た。
そこには、長く艶やかな黒髪とつり気味の紫色の瞳を持った制服姿の女性がいる。
その人は、ジェラルド殿下ととてもよく似た顔をしていた。
「クラウディア殿下……!」
「ごきげんよう、皆さん」
――そう。彼女こそ、クラウディア王女殿下。
ジェラルド殿下の実姉であり、第二学年の首席であり、精霊学研究部の副部長だ。
ただ、どうしてかしら。クラウディア殿下だけじゃなく、ジェラルド殿下とキャスリーン様までいる。
三人が席に着いたところで、また別の人が部屋に入ってきた。
「全員揃っているようだね」
入ってきたのは、オースティン先生だ。精霊学研究部の顧問であり、学院教師の総取り締まりという立場の人。グレーの髪をオールバックにした、眼鏡がとても似合う四十位の優秀な魔術師だ。今は教師という立場だけど、前まで紫香宮で魔術師をしていたエリート中のエリートである。
なぜそんな人と王族の方たちが揃っているのか。それが分からないほど、私は馬鹿じゃない。
これから話されることがとても重大なことを悟り、私はゴクリと生唾を飲み込んだ。
オースティン先生が、ゆっくりと口を開いた。
「君たちを呼んだのは、他でもない。君たちが育てた薔薇が……いや、正しくはマクファーレン君が育てた薔薇がむしり取られていたからだ」
「……え。わ、私が育てたからなのですか?」
「そうだね。その辺りについても、説明しようか」
すると、オースティン先生がとつとつと語り出す。
――どうやら、私が世話をした薔薇には精霊たちがとても多く寄り付いていたらしい。
それはとても特別で、さらに言うならとても異質なことなのだそうだ。
「マクファーレン君の得意能力は、隣国で言うところの『精霊の愛し子』……その中でも精霊たちが好む花を作れるとされている庭師に酷似していたんだ」
「え……え、ええっ? は、初耳なのですが……」
「うん。知っている人たちには皆、国王陛下が直々に口止めをしていたからね。ただ、虹眼を持っているエマニュエル君とマーシュ君は、君が育てた花の周りに精霊がよく集まることを知っていたはずだよ」
私は思わず、二人の方を見た。
するとアラステアは笑顔で、エフィーは目をそらしながら頷く。
「だって、口止めされてたから」
「す、すみません、フレデリカ様……アラステア様に言われていたのです……」
「え、ど、どうして当人に言ってくださらなかったのです……⁉︎」
「ああ、うん、それはね。フレデリカには一つだけ、庭師として足りないものがあったからなんだって」
「……足りないもの?」
私に足りないものって、それは――
「……虹眼?」
「そう。マクファーレン君には虹眼がなかった。だから、王家としてもどう判断していいか分からず学院に入るまで保留にすることにしたんだ」
オースティン先生はさらに、庭師というものがなんなのか教えてくれる。
庭師というのは、隣国・リーンベルンでも希少価値が高いとされている魔術師なのだそうだ。
彼らが手入れをした花には多くの精霊たちが集まり、また多くの精霊たちを喚び出すことができる触媒になるのだと言う。
そのため、庭師として認められた人は王家の保護を受け特殊な教育を受けるのだとか。
隣国にそんな魔術師がいて、私がそんな特殊な能力を待っているなんて……まったく気づかなかったわ……。
だけれど、今回の事件と私の能力がどう繋がるのか分からない。
そこで、クラウディア殿下が話を引き継いだ。
「そして、今回の事件。これはおそらく、この国に精霊学を入れることを反対している、第二王子側の勢力が起こしたものなのよ、マクファーレンさん」
「……え……」
「姑息な手で、何度かちょっかいはかけられていたのだけれどね。わたしと王太子候補筆頭であるジェラルドが学院に入学したことで、本格的に動き出したようなのよ」
クラウディア殿下がため息を吐き出した。
その瞬間、私の頭の中である情報が浮かび上がった。その二勢力の争いは、私だって知っているからだ。
なぜ勢力が分かれているのかと言うと、それはクラウディア殿下とジェラルド殿下のお母君と第二王子のお母君が違うため。お二人のお母君は王妃だけれど、第二王子のお母君は第一側妃。また、王妃殿下は精霊学推進派の公爵家出身で、第一側妃殿下は精霊学排除派の侯爵家出身だ。
さらに言うなら、クラウディア殿下の婚約者は精霊魔術が発展しているリーンベルン国の王太子殿下ときた。ここまで材料が揃えば、争いにならないわけがない。
つまり今回の事件はどちらかというと、妃方の実家が争っていると言える。
そこで、キャスリーン様が口を挟んできた。
「フレデリカ様は覚えているかどうか分かりませんけど、以前公爵家の主催で開かれた茶会でわたくしに水の玉を当てようとしてきた令嬢方がおりましたでしょう? その方々も、第二王子側の人間が仕掛けてきたことなのです」
「ああ、あの茶会ですね。よく覚えておりますわ」
ドレスが濡れたから、よく覚えておりますとも。
だけどそこで、私の中に疑問が生まれた。
そうよ。いくら第二王子側の勢力に言われたからって……あのようなことを公爵家主催の茶会でするのかしら?
「仕掛けてきたと言いますけど……公爵家主催のお茶会でしたわよね。リスクが大きすぎるのではありませんこと? それに私の記憶が正しければ、あの方々は別に第二王子側の勢力に入っていない中立派だったはず……」
「そう。それなのよ、マクファーレンさん。わたしたちも、そのせいで確証が得られなかったのよ」
だけれど、ね?
そう言い、クラウディア殿下が満面の笑みを浮かべる。
その笑みがなかなか恐ろしくて、私は嫌な予感がした。
これ、私聞かないほうがいいのでは……。
だけど、すでにだいぶ問題の精霊学と関わってしまっている巻き込まれ体質の私がこんな大事件から逃れられるはずもなく。
クラウディア殿下の無慈悲な言葉が、私の前に突きつけられる。
「今回の一件ではっきりしたの。――第二王子側の勢力は、他者の精神に干渉することができる禁忌魔術を使っている可能性が極めて高いわ」