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閑話① エフィー・マーシュの追想

 わたし、エフィー・マーシュは初めの頃、嫉妬していた。

 周囲に。恵まれている貴族の子どもたちに。

 そして――助けてくださった、フレデリカ様に。








 わたしにとっての世界は、昔からとてもキラキラしていた。

 色とりどりの精霊たちが空をたゆたい、わたしに親切にしてくれたからだ。


 それが虹眼というものによってもたらされた特別な光景だったのだと知ったのは、六歳を過ぎた頃。父がわたしにそう教えてくれたのだ。


 その頃までは幸せだった。だって、何も知らなかったから。綺麗な世界を見ているだけで良かったから。父も母も優しく、わたしはその世界で自分の好きな魔術や精霊たちについて学ぶのが、何より好きだったのだ。

 だけどそれは――すべて、幻想だった。


『平民のくせに』

『親の七光り!』

『平民の分際でいやらしい』


 そんな心無い言葉を、一体何度投げつけられただろう。

 わたしは貴族と関わって生活することに疲れ、どんどん小さく縮こまっていった。


 学院に入学するのだって、本当は嫌だった。貴族の子どもたちの中に混ざって勉強するなんて、余計に馬鹿にされるに決まっている。

 でもお父さんみたいになりたい。

 その一心で、わたしは学院に入学した。


 ――学院生活での第一歩は、自分が想像していたよりもはるかに悪いものだった。


 父と母がこの日のためにと買ってくれたドレスが、ビリビリに破かれてしまったからだ。少しの間部屋から出ていたときにそれは起こっていて、もう何がなんだか分からなかった。なんでも良いから家に帰りたくて、中庭の隅っこで泣いていた。


 そんなときに手を差し出してくださったのが、フレデリカ様だった。


 初めは、新しいいじめかと思った。

 わたしに優しくして、その後「あなたなんか友達じゃない。惨めだったから優しくしてあげたのよ」とでも言われて笑い者にされるのかと思った。


 そしてわたしは、自分よりも恵まれている彼女に密かに嫉妬していた。


 だけど一日、また一日と日を重ねていくごとに気づく。


 あ。フレデリカ様は、ただただお優しいだけなんだ。


 優しいから親切にしてくれる。しかもかなり細かいところにまで気を配ってくれていて、わたしが知っていた貴族令嬢とはまったく真逆の性格をしているみたい。


 そしてフレデリカ様の成績がなぜいいかなんて、普段の彼女をじっと観察していたらすぐに分かった。

 集中力と勉強量が段違いだったのだ。


 勉強中はすごく集中しているし、分からないことがあったら後で先生に聞いたりしている。

 図書館にもよくいるのを見た。本をたくさん借りて、寮でも勉強しているみたい。


 それはアラステア様やキャスリーン様、ジェラルド殿下も同じで、みんながみんなコツコツと、自分に置かれた環境でできる最大限の努力をしていたのだ。


 そのとき、気づいた。


 わたしってもしかして、わたしのことを見下している貴族の子どもたちと同じ位置にいるのでは?


 わたしは爵位とかでは劣っているけれど、この学院にいる間は生徒みんなに学びの機会が与えられている。スタートは平等だ。

 なのにわたしは羨むばかりで、努力をしようとしていなかった。

 家にいるときは、あんなにも勉強が楽しかったのに。


 それから、わたしはまた勉強を始めた。


 わたしをいじめる人たちと同じ存在になりたくなかったし、勉強は純粋に楽しかった。精霊学なんていう、最先端の魔術まで学べる。これほどまでに幸せなことなんてない。


 しかも今は、一緒に競い合える相手までいた。


 だからわたしにとってフレデリカ様は、恩人だ。狭い世界しか見れなかったわたしを救い出してくれた大切な人。


 あの方は「私なんて大したことないのよ。数をたくさんこなしているだけ」というけれど、それができるだけでまずすごい。一回目の定期試験を見たら分かるけれど、成績が落ちている人が大半だった。


 そしてもう一つ、フレデリカ様には特別なところがある。


 その姿は、精霊学研究部で一緒に部活をしているときに見ることができた。


「うふふ、この子たちもようやく咲きましたわね。色、香り、形……完璧です!」

「わあ、本当に。フレデリカ様は本当に植物を育てるのが得意なのですね」

「あらありがとう、エフィー。ですが、まだまだです。もっとこの子たちが輝けるようにサポートしてあげなくては!」


 フレデリカ様はそう胸を張って、魔術を使い楽しそうに水を撒く。植物たちが一番喜ぶようにと改良した、特別な水なんだそうだ。そのこだわりっぷりには感心してしまう。


 フレデリカ様の癖の強い赤毛が風になびいて、新緑を思わせる瞳が柔らかく弧を描いて。なんだかとても綺麗だった。


「フレデリカは相変わらず、植物に対する愛が重いね」

「ちょっとお待ちなさい? アラステアは私をなんだと思っているのです?」

「植物狂いの僕の愛しい婚約者」

「褒めるのか貶すのかどっちかにしてくださいまし!」


 となりにアラステア様がいるというのが、また神秘的で眩しい。お似合いのお二人だ。


 わたしは思わず目を細めた。


 虹眼越しに映る景色に、心を躍らせる。


 だってフレデリカ様とアラステア様の周りには――たくさんの精霊たちが飛び回っていたから。


 それは、わたしが幼い頃から見てきた光景そのものだった。


 でも、こんなにも精霊たちが集まるなんて普通はあり得ない。それがあり得ているのは、フレデリカ様が育てた花たちのおかげ。

 フレデリカ様本人はまったく気づいていないみたいだけれど、彼女が育てた植物は皆綺麗に花を開かせ、わたしが育てたものよりもかぐわしいのだ。それは精霊たちを魅了する。


 それもあり、精霊たちはみんなフレデリカ様のことが大好きみたいだった。フレデリカ様が気づいていないのでかなり一方通行なものだったけれど、それが逆に見ていて楽しい。


 その香りにつられて精霊たちが集まった結果、学院の温室はとても愉快なことになっていた。


 フレデリカ様ってもしかして、隣国で言うところの『精霊の愛し子』なんじゃ?


 隣国ではティアドール国よりも精霊学が発展していた。そのため精霊と関わる機会も多く、精霊を見ることができる者は幼いうちから特殊な方法で鍛えさせられ、さらに技術を磨くらしい。

 その中でも精霊たちに好かれる人間を、『精霊の愛し子』と言った。


 そう思ったのでフレデリカ様に言おうと思ったのだけれど、アラステア様にさりげなく止められて後から話をされることになった。


『フレデリカにはもう少しだけ内緒ね』


 どうやらアラステア様は、フレデリカ様が『精霊の愛し子』だということを知っていたみたい。

 なんで黙っているのか分からなかったけれど、事情があることは分かったので黙っていることにした。


 というより、この綺麗な空間を他人にばらすのはなんだか嫌だったというのもある。できることなら、内緒にしていたい。


 それほどまでにここは綺麗で、現実離れしていて、とても幻想的な空間だった。

 精霊たちの国というものがもしあるのなら、そこはきっとこんな場所だろう。


 もしかしたらだけれど、精霊の至高王(アルカンシエル)が暮らしていた永久楽園という場所はこんなふうに美しかったのかもしれない。


 文献に載っていた虹色の精霊というものを思い出しながら、わたしは今日もフレデリカ様方と一緒に植物の世話をする。


 ――ああ、今日も良い日だな。


 幻想的な光景の中にいるお二人を見るのが、わたしの何よりの幸福なのです。

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