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6.定期試験の結果とお祝いと

『一学年第一回定期試験順位

 一位 アラステア・エマニュエル

 二位 フレデリカ・マクファーレン

 三位 エフィー・マーシュ』


「……あらら。上位三名は、入学試験のときと変わりありませんわね」

「本当だねえ」


 掲示板に貼り出された結果を見て、私とアラステアはそんな会話をした。

 アラステアに対してはなんてことはないふうに言ってみたけれど、内心はかなりホッとしていた。


 良かったわ。成績が落ちなくて。


 アラステアの婚約者として、順位を落とすなんていうことはしたくない。

 だって、彼と吊り合う女でいたいもの。私には、勉強ができること以外で特別なところなんてないのだから。


 みんな順位発表が気になったのか、私たち以外の人も集まっている。みんなの反応は様々だった。私たちのように喜ぶ人もいれば、順位が下がって落胆したり悲しんだり、ひどい人は泣いたりしている。

 私たちの横にいるキャスリーン様はというと、満面の笑みを浮かべながら周囲に花を散らして喜んでいた。


「見てください、ジェラルド様! 順位が上がりましたっ!」

「ふむ。本当だな。わたしも順位が上がってホッとしているよ」


 二人の言う通り、ジェラルド様が四位、キャスリーン様が七位になっていた。二人揃って順位を一つ上げているなんて、仲が良いことだ。


 私たちが喜んでいる中、誰かが叫んだ。


「認めない……わたしは認めないぞ!」


 叫んだのは、黒髪黒目に眼鏡をかけた神経質そうな少年だった。名前は確か『ディラン・パウエル』だったはず。パウエル伯爵家の令息だ。

 彼は鬼のような形相で掲示板を睨んでいたかと思うと、踵を返し駆け出していく。その道中で男子生徒とぶつかったけれど、謝ることなく走っていってしまった。


 私は掲示板を再び見る。

 そこにあったパウエル様の名前は十位。


 そういえば入学試験の成績は、四位でしたかしら。


 そう考えると、六位も順位が落ちたということになる。

 でもそれは、この学院ではよくあることだ。学院に入ってからの勉強は難易度が高く、成績を維持するのは難しい。その上部活や他の生徒との仲など、今までよりも勉強に割ける時間が短くなるのだ。


 だから時間配分とか別のところでの技術が必要になるのだけれど……。


「パウエル家って確かすごく厳しい家だったし、成績落ちたって聞いたら大変なことになりそうだね」

「……あら、アラステアが他人の家に関する知識を持ってるなんて珍しいですわ。まさか、調べたの?」

「まあね。無駄にならないことは分かったから」


 つまりそれって、今まで無駄だと思っていたということですわよね?


 アラステアらしい意見に呆れつつ、私たちは教室に戻ったのだった。



 *



 試験が終われば、部活動も再開する。

 私は念願の土いじりができることに、内心心躍らせていた。


 部活動といっても精霊学研究部は結構緩くて、強制的に集まる日は週に一度ほど。それ以外の日は与えられた区画にある花の世話と、週に一度集まる日に出される課題をこなしさえすれば、自由なのだとか。上級生になれば他にもあるらしいのだけれど、私たち一年生にはこれくらいだった。


 花を育てることに慣れてもらうのが、精霊学を学ぶ上での第一歩なのだそう。現在の一学年があまりにも土いじりに抵抗がないから分かりにくいけれど、はじめのうちは勝手も分からず触るのも躊躇う人が多いらしい。


 そのおかげで、早い段階で次のステップに行けそうなので、私かなり楽しみですわ!


 そんなわけで私たちは、今日は自主勉強の時間。なので薔薇の手入れをしつつ、その後に温室の一角に置かれているイスとテーブルで精霊学の本を読もうというわけだ。


「フレデリカ、本来は精霊学について学ぶ部活だからね?」

「分かっておりますわ」

「と言いつつ、真っ先に向かう先が庭というあたり、分かってない気がするんだけど」

「良いのです。精霊学系の本は、エフィーが図書館で見繕ってきてくれるようですので。ですので私は、薔薇たちの手入れをします!」

「……まあいっか。フレデリカが楽しそうなら、僕はそれで満足だし」


 それ、どういう意味なのでしょう。


 じっとりとした目でアラステアを睨みつつ、私は目の前で咲き誇る薔薇たちを見つめる。


 さすが精霊に関する最先端の学問をおこなっている場所というだけある。アラステアの実家にある温室よりも豊富な薔薇が咲いていた。


 もちろん他にもあるのだけれど、精霊たちが一番惹かれるのが薔薇ということもあり、季節ごとに咲く薔薇がこの温室でも栽培されている。


 そんな場所に私が放り込まれたら、テンション上がらないわけないでしょう?


 しかも顧問の先生や先輩方が、改良中の夏薔薇の区画を私たち一年に与えてくれたとなれば、張り切らないわけないでしょうっ⁉︎


 薔薇を育てるのが上手いから、という理由で託された区画では、見事な青薔薇が咲いている。しかも青空のような淡い青ではなく、それはそれは深いラピスラズリのような色をした薔薇だ。


 その美しさと凛々しさに、思わずうっとりしてしまう。


「ああ、なんて美しいのかしら……綺麗に育ってくれて嬉しいですわ……」

「本当に綺麗だね。さすが僕のフレデリカ」

「うふふ。ありがとうございますわ、アラステア。と言いましても、私が手を加えたのは部活に入った後ですから……それ以前の手入れをしっかりしていたからこそ、こんなにも美しく咲いたのかと」


 でも、褒められて悪い気はしない。


「ですがどうしてこの色なのでしょうね?」

「多分だけど、色の濃さの違いで寄ってくる精霊がどれだけ変わるのかを知りたいんじゃない? 他の薔薇でも実験されてたけど、色が濃ければ濃いほど寄ってくる精霊の数は多くなるから、触媒としての価値が上がるんだって。青系の薔薇はもともと精霊たちが好む色だって言われてるし、なおさらじゃないかなあ」

「なるほど、そういえばそんな研究結果がありましたわね。さすがアラステアですわ」


 私たちがそんな会話をしつつ、土の状態を見たり邪魔な葉の剪定や小さめの薔薇の蕾を摘んで栄養を行き渡らせるための摘蕾(てきらい)、また大切な薔薇たちを食べにきた虫を取ったり、アラステアのお父様直伝のレシピで作った薔薇たちに優しい天然の防虫剤を撒いたり……などなど、いろいろなことをしていると、エフィーが図書館から戻ってきた。


「お二人とも、お待たせしました! すみません、手入れをさせてしまって……」

「良いのですわ」

「うんうん。むしろフレデリカ楽しんでるからね」

「一言余計ですわ」


 アラステアが水を出してくれたので、それで手を洗ってからイスとテーブルのある場所に向かう。

 そこでエフィーはおずおずと、バスケットを私たちに見せた。


「あ、あの……お二人共、試験お疲れ様でした。首席、次席キープおめでとうございます。せっかくなのでお祝いをしたいなと思いまして、購買部で買ってきました」

「あら、嬉しい! エフィーも三位おめでとうございますわ」

「だね。あれだけ順位変動が激しい中、僕たちほんとすごいよ」


 アラステアの褒め方がちょっとおかしくて笑ってしまう。

 すると、エフィーが顔を真っ赤にして頭を下げた。


「そ、その! ――良ければ、わたしと友達になってくれませんか⁉︎」


 …………………………ん? んんっ⁉︎ 私たち、今まで友達じゃなかったの⁉︎


 顔を真っ赤にしてとんでもないことを言うエフィーに、私の頭の中にたくさんのはてなマークが浮かび上がる。

 その戸惑いがエフィーにも分かったらしく、彼女は慌てて説明を始めた。


「えっと、その、違うんです。わたしずっと、フレデリカ様に助けてもらっていて……キャスリーン様やアラステア様、ジェラルド殿下にもよくしてもらって……でも、このままだと甘えたままになってしまうってずっと思ってたんです。というより、友達にふさわしくないなって。入学試験で良い成績だったのはまぐれだとか言われてましたし……だから定期試験で絶対に良い成績をとって自分に自信を持てたときに、皆様に改めて友達として認めてもらえたらなと、その、そ、の……」


 ぽそぽそと、エフィーが涙目になりながら言う。

 それを聞いたとき、私はなんだかエフィーが可愛くて仕方なくなってしまった。


「……もう、エフィーったら。友達になるのに、そういうのは必要ありませんのよ? 成績が落ちたとしても、私がエフィーと友達をやめるなんていうことはありませんもの」

「う……す、すみません、ずっと友達と呼べる友達がいなかったので、よく分からなくて……」

「良いのですわ。なんというか、エフィーらしいです」


 私たちに近づこうと、頑張っているところとかが特に。

でもエフィーがこんなにもそこを気にしていたということは多分、彼女自身が周囲の心無い言葉に傷ついていたからだと思う。


 となりでアラステアがお腹を抱えて声も上げずに笑っていたので、脛を蹴っておく。


「ならせっかくですし、キャスリーン様とジェラルド殿下をお呼びして、ここでお茶会をしましょう。試験のお祝いと……エフィーと私たちの仲が深まったことへの、お祝いも兼ねて」

「はい……はいっ!」

「わあ、やったー!」

「はい。アラステアはお二人を呼びに行きつつ、ティーセットを用意してきて」

「ええ……」

「アラステアの淹れてくれるお茶が一番美味しいですもの」

「フレデリカがそういうなら、仕方ないなあ!」


 その後、キャスリーン様とジェラルド殿下を呼んでこの素敵な温室でお茶を飲んだ。


 そのときのエフィーの笑顔は、憑き物が落ちたみたいに晴れやかで、綺麗で。

 そのとき私は、彼女が本当の意味で殻を破いたことを悟り、心の底からホッとしていた。

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