5.友達になるために必要なのは、ほんの少しの勇気なのです
――今回は上ね!
瞬時にそう判断した私は、左手の中指に付けていた指輪に魔力を流した。
そして素早く魔術を展開させるためのキーワードを唱える。
「魔術展開!」
それと同時に、私たちの頭上に防御魔術と反転魔術を掛け合わせた特製魔術陣が浮かんだ。
それにより、私たちは上から降り注いできた水を浴びることなく難を逃れる。
「……ふ、ふふふ」
「え、あ、あ、水⁉︎ もも、申し訳ありませんマクファーレン様! 私のせいでまた……っ」
エフィーが焦りすぎたのかもとの呼び方に戻っていたけど、今はそれよりも大切なことがあった。
私は胸に手を当てつつ、アラステアを見る。
「見ました? 見ましたかアラステア! 私、やりましたわ! 見事巻き込まれを回避しましたわ! もう昔と同じだなんて言わせなくてよ!」
「………………え?」
戸惑うエフィー、ふんぞり返った私を見て、楽しそうに笑うアラステア。
「本当に魔導具作ったんだ。すごいじゃない。さすがは僕のフレデリカ」
「でしょうでしょう、そうでしょう! これでもう、アラステアのお守りは必要ありませんわ! 自分で自分の身を守れます!」
「そっかー。でもその魔術陣さ、魔術攻撃には対応できても、物理攻撃には弱いんじゃない?」
「……え」
「前みたいに、ナイフが飛んできたらどうするの? 僕がいないと危ないでしょう」
「うぐっ……」
とどめは、アラステアのキラッキラな笑顔だった。
「次はさらにいい魔導具、期待しておくね」
アラステアのばかぁぁぁあああ!!
褒めているんだか貶しているんだか、心配しているんだがなんだか分からない!
今に見てなさい、アラステアが驚くくらいすごい魔導具を作ってみせるんだから!
何か言ってやろうと思ったけれど、となりにいるエフィーがすごくぽかーんとした顔をしてこちらを見ていることに気づき、口をつぐんだ。
「エフィー、どうかしまして?」
「え、あ、え……い、色々と気になるところがあるのですが……フレデリカ様はなんと言いますか……予想よりも、お可愛らしい方なのですね……?」
………………お可愛らしい?
ちょっと何を言われているのか分からない。可愛さなんて今のやりとりのどこにもないと思うのだけれど。
今度は私の頭が混乱してくる。
「そうなんだよ。さすがエフィーさん。フレデリカの魅力が分かってるね。ちなみにエフィーさんが気にしているであろうナイフ飛んできた事件は、殿下暗殺事件のときに起きたやつね」
「えっ⁉︎」
「フレデリカはそれ以外でも色々と巻き込まれやすいから、エフィーさん気にしなくていいよ。フレデリカにとってこれはいつも通りだからね」
「そ、それって大丈夫なんでしょうか……⁉︎」
「うん。僕がそばにいるから問題ないよ」
「……ちょっとお待ちなさいな。アラステア、勝手に話を進めないでくださいまし!」
「えー?」
相変わらずへらへら笑って受け流すし、私のこの心のモヤモヤが取れないじゃない!
その一方でエフィーは、私たちのやりとりを見てぽつりと呟く。
「お二人とも、そんな状態にさらされているのにすごいですね……普通でしたら胃に穴が空いてますよ……」
でも、なんだか素敵ですね。
最後のほうは、あまりにも小さすぎて聞き取れなかった。
その後笑いのツボにはまってしまったのか、エフィーは肩を震わせながら笑い始める。
あまりの笑いっぷりに、私とアラステアは顔を見合わせる。
「あ、あはっ、やだ、笑いと涙が止まらな……っ」
「ちょ、ちょっとエフィー、大丈夫でして?」
「ちょっとー何してるのフレデリカ」
「勝手に私のせいにしないでくださいな。アラステアにだって原因の一端はありますわ」
「ち、ちがうんです、けほ、けほっ、ちょっとホッとしてしまった、だけなのですっ」
「そう?」
「いや、絶対にフレデリカのせいでしょ。あのタイミングで水の玉をはじき返して、それを僕に嬉しそうに報告してきたからだよ」
「また、否定しづらいことを……」
それからも言い争いをしながら、私たちは温室に向かう。
何がそんなにツボにはまったのか、エフィーは終始笑い続けていた。
でも私はそれ以上にホッとしていた。彼女が笑ったからだ。
エフィーの笑顔は、陰鬱とした顔よりもよっぽど明るくて年相応に可愛らしいものだった。
*
それから、エフィーの様子がだいぶ変わった。
今まで一人でぽつんと教室の椅子に座り、できる限り目立たないように俯いていることが多かったのに、堂々とした様子で図書館から借りた本を読むことが増えたのだ。
一人でいることには変わりなかったけれど、でもその凜とした態度のおかげか変な言いがかりをつけてくる人は格段に減った。
嫌がらせをしてくる人が極端に減ったのは、エフィー自身が「やめてください」とはっきり言ったり、呼び出しに応じなくなったこともあると思う。
何がそんなにもエフィーを変えたのかは分からない。でも私は、その変化を確認しながら心から安堵していた。
入学してから早一ヶ月とちょっとが経った。
いじめをしていた人たちは飽きたのかなんなのか、エフィーへのいじめなくなった。
それを機にエフィーはいつものメンバーに加わり、私たちと一緒に行動するようになっていた。それに関して何か言ってくる人もいたけれど、なんてったってこっちには天下のキャスリーン様がいる。自分の名前に傷が付くだけだ。
というよりもともと、魔術師というのは実力主義な集団だ。だからいくら爵位が高くても、魔術師としての格が低ければ馬鹿にされる場面がある。
嫌がらせをしてきた子たちはどうやら、エフィーに集中するあまり自分のことがおろそかになっていたらしい。
あまりにも目に余る行為だったため教師たちにも注意を受け、勉強のほうに精を出し始めたみたいだった。まあこの学院のレベルはかなり高いから、他人に構っている暇なんて本当にないのよね。
我が家ではそんなことなかったけれど、家によっては「優秀な魔術師になれない子どもはいらない」っていうところもあるものね。
正直ならなんでいじめをしたのだろうか、と疑問に思うところも多々あったけど、あまりの重圧に耐えきれずいじめをする人も前世ではいたので、そういうことかもしれない。
だから私とキャスリーン様、エフィーは夜、三人で集まり勉強会をするくらいにまで仲良くなったのだ。
集まったのは私の部屋だ。
アリサたちが淹れてくれたお茶を飲みつつ、私たちは丸いテーブルに各々勉強したい教科の教科書や図書館から借りた参考資料なんかを並べてペンを動かしていた。
「定期試験まで残り一週間なんて、早いものですわね」
ぐぐぐーと伸びをしながら、私は呟く。
勉強会を開いた理由は、これだった。
学院では二ヶ月に一度の頻度で定期試験がある。長期休みがある八月と一月を除いた、年に五回の試験だ。
いじめっ子たちが焦り始めた理由もこれだった。
まあ「勉強会をやりましょう!」と提案してきたのは、キャスリーン様なんですけれどね。
キャスリーン様曰く「そこらへんの教師に頼むより、フレデリカ様とエフィーさんに教わったほうが身につきやすいのです」とのこと。
優秀な先生を二人も独占できるなんてわたくし幸せ者ですね! とも言っていたけれど、買いかぶりすぎでしょう。
「そうですね。わたくしとしましては、入学試験以上の成績を残したいところです」
「わ、わたしも負けませんっ!」
「あらあら。私だって二位の座は譲れませんわ」
みんながみんなライバルで友人、というこの関係が、なんだか心地良い。他の二人が頑張っているからか、余計にやる気が湧いてくるのだ。
だけど、女子が集まるとおしゃべりが増えるのも事実で。
――集中力が切れた頃には、なぜか恋愛話のほうに移っていた。
「そういえばフレデリカ様、アラステア様とは順調ですか?」
「……順調だと思いますわ。幼馴染でかなり早いうちから婚約者として同じときを過ごしましたから、お互いのことも分かっておりますし」
すると、前よりも言いたいことを言えるようになったエフィーが一言。
「あの……わたし、アラステア様がよく分からないのですよね」
「あら、奇遇ですねエフィーさん。わたくしもです」
「え。そうなのです?」
わたしは頭の中に、アラステアのことを思い浮かべてみた。
……まあ確かに、不思議なところはありますけれどね。
わたしだって時折、「アラステアって人間なのよね?」と思うことがある。それくらい、不思議な雰囲気を持っている青年だった。
紅茶を一口飲んでから、キャスリーン様はくすくすと笑った。
「フレデリカ様と一緒にいるときのアラステア様はとても分かりやすいですが、それ以外の場面で見かけるアラステア様って、全然雰囲気違いますよ」
「え、ええ……私にとってのアラステアは、甘いものが好きで私のことをとても心配してくれていて、だけどちょっぴり悪戯心があるふわふわの羊みたいな人ですわ」
「羊……わたしはそんなふうには見えませんでしたね。アラステア様を初めて見たとき、す とても達観した様子で空を見ていたのです」
キャスリーン様は、そのときの光景を思い出すかのように目を瞑った。
釣られて私も出会いの場面を思い出して見たけれど……見惚れてしまったのよねそういえば。
すると、エフィーがふわりと笑った。
「どちらにしても、フレデリカ様とアラステア様は、とてもお似合いだなって思います」
「そうですね。さすが、学院入学前から『近年稀に見る良カップル』と言われていただけのことはあります」
「待ってくださいましキャスリーン様、初耳ですわよ⁉︎ というより、それならお二人だって素敵な関係を築いているではありませんか!」
すると、キャスリーン様が遠い目をする。
「わたくしどもは、前々から『バカップル』『喧嘩ップル』と言われています。……こっちは本気なのですけれどね」
初対面のときに見せられた痴話喧嘩を思い出し、私はそっと目をそらす。
諦めてくださいな。お二人の関係は誰がどう見てもバカップルのそれですわ。
「……わたくしたちに、恋愛話は向いておりませんね」
「分かっていただけたみたいで幸いですわ。聞くなら、エフィーに聞いたほうがまだ良いかと」
「えー。エフィーさんだって、現在の関心は魔術と精霊に関してですよ? ねえ、エフィーさん」
「え、あ、はい。父よりも素敵な人に出会いたいなとは思っているのですが」
虹眼持ちの優秀な魔術師であるお父様を引き合いに出すなんて……エフィーさん目標が高いですわ。
私たちはお互い、顔を見合わせる。
「…………私たちに、恋愛話は向いておりませんわね」
「そうですね」
「……はい、そうだと思います」
「……不毛なことはやめて、そろそろお開きにしましょうか」
なんだかんだといらない時間はあったものの。私たちはそれから一週間勉強会を開き、万全の状態で定期テストに取り組むことができたのだった。