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1.死んでもリセットされないものはあるようです

「今朝銀食器を出そうとしたら、いくつかなくなっていたの」

「銀食器がとても高価なものだって、あなた知ってるわよね?」

「ねえ……あなた、盗んだんじゃないの?」

「なっ……そ、そんなこと、していませんっ!」


 屋敷の中庭は、私のお気に入りスポット。

 私は木陰になっている木の幹に座り本を読むのが好きなんだけれど……今日はそこでなぜか、メイドたちの言い争いが聞こえてきた。


 どうやら、年若いメイドの一人が銀食器を盗んだのではないかと疑われているみたい。三対一という圧倒的不利な状況だからか、彼女は涙目になりながらも首を横に振っていた。


 ここで出ていけば面倒なことになるのは確実だから、正直言えばこのまま本を読んでいたい。

 だけど、それは無理だろうと思った。


 だってこういうときは大抵――


「いい加減認めなさいよ!」

「きゃあっ!」


 ――その問題に巻き込まれるのだから。


 その予想通り、私のいた茂みのほうに年若いメイドが突き飛ばされてくる。かろうじて当たらなかったものの、倒れ込んできたメイドとバッチリ目が合ってしまった。これでもう、隠れることはできない。

 はあ、とため息をこぼしつつ、私は本を閉じ立ち上がる。突き飛ばされたメイドに手を差し伸べつつ、言い寄っていたメイドたちの前にやってきた。


「ねえ、三人とも。どうしたのかしら?」

「フ、フレデリカお嬢様っ⁉︎」

「どうしてこちらに……!」

「ええ、ちょっと本を読んでいたの。そしたら声が聞こえて、彼女が突き飛ばされてきたから。……銀食器がなくなってしまったんですってね」


 うろたえるメイドたちを見つめながら、私はにっこりと微笑む。――今世こそ、逆恨みされて刺されないように上手くやろうと思いながら。


「安心して。その問題、私が解決してみせるわ」











 フレデリカ・マクファーレン。それが私の名前だ。

 マクファーレン侯爵家の長女としてこの世に生を受け、父と母、そして体が弱いため離れて暮らす弟がいる。そんな私には、他の人とは違うところがあった。


 それは、前世の記憶があるということ。

 同じ国で同じように貴族令嬢として生を受けた記憶が、私にはあるのだ。

 そのせいで、私はまだ八歳なのに天才と呼ばれていた。


「素晴らしい! この歳で、学院生徒クラスの知識をすべて網羅してるなんて!」


 家庭教師の先生が絶賛してくる声に苦笑いを返しながら、私はそっとため息をこぼした。


 だって、二度目の人生送ってますもの。読めて当たり前ですわ。


 それに、私の頭が本当に良いなら、こんなふうにボロを出したりしなかったと思う。本を読むことが好きだったこともあり書斎の本棚を見つけた私は、無我夢中で読み漁ってしまったのだ。


 一応こそこそ隠れてだつもりだったのだけれど、お父様にはバレバレだったらしい。即見つかり、五歳にして魔術書を読めると分かった瞬間のお父様の行動は早かった。一般的な勉学を教える家庭教師や礼儀作法を教えてくれる教師、魔術指導をしてくれる魔術師を呼び、私に英才教育を始めたのだ。


 その甲斐あり、前世では平凡な令嬢だった私は、秀才になった。周囲からの認識は天才だったけど、そこだけは譲れない。だって私には、前世という積み重ねがあっただけだから。


「お父様の張り切りっぷりは、本当にすごいわ。びっくりしちゃう」


 家庭教師の先生が帰ってから、私は課題と向き合いながら呟く。

 すると、お茶の用意をしてくれていた侍女のアリサがふふふ、と笑った。


「それは、お嬢様が優秀な方だからですよ。魔術の才もおありですし、旦那様は今からお嬢様の魔力量と才能に見合う御令息を探すのだと、息を巻いておりますよ」

「もう……お父様ったら……」


 八歳の娘に対して今から嫁ぎ先探しとは、なかなかだ。私は内心汗を掻く。


 魔力量に関しては、本当に盲点だったのよね……。


 アリサの言うとおり、私は平均的な魔力量よりも高い数値を叩き出している。そうなると、結婚できる相手も限られるのだ。理由は、魔力量を同数値の者同士でないと子どもが生まれないから。産むこと自体はできるけれど、母体や胎児に負担がかかりリスクが増すらしい。


 それは、近隣諸国で最も魔術に優れた国だと言われているティアドール王国にとって望まない事態だ。


 私はため息を押し殺し、アリサの淹れてくれたお茶を手元に引き寄せた。

 カップの水面には、翡翠色の瞳と癖の強い赤毛をした少女が現れる。


 自分で言うのもなんだけれど、なかなかの美少女だ。血筋って恐ろしい。


 魔力が異常に高いのも見目がいいのも、マクファーレン侯爵家に生まれたからだ。前世は子爵家だった。

 マクファーレン家は前世でも栄えていた魔術師の名門家系だ。今はそこまで功績を残していないけれど、しっかりとした土台がある。当然のように親の魔力量も多い。それらをしっかり受け継いだことは、良かったのか悪かったのか。

 将来凡人以下になりそうで、その不安が私を勉強をするようにと駆り立てる。


 ただでさえ前世からの巻き込まれ体質があるのに、この見目とこの魔力量……問題が起きないわけがないわ。


 巻き込まれ体質過ぎて、前世刺されてしまった私だ。今世では極力静かにしていたいのだけれど、すでに色々なことに巻き込まれている。


 一週間前には、メイドたちの銀食器盗難事件を解決したばかりだ。解決といっても、ちょっと冷静に考えれば分かることなんだけどね。


 結局あの銀食器がなくなったのは、黒ずんでしまった銀食器を業者の人に頼んで磨いてもらっていただけだったらしい。


 銀食器にはマクファーレン家の家紋が刻まれているから早々売ることはないと思い、いつも食器を磨いていた執事に尋ねたところ事実が発覚したのだ。


 執事としては磨きを怠っていたことがバレてしまうので、誰にも見つかることなく返したくて誰にも言わなかったらしい。

 これは、そんなときに起きた小さな事件だった。


 疑われていたメイドは私に対してすごくお礼を言ってきたし、疑っていたメイドたちは彼女に謝って晴れて解決。

 かなり気を遣ったのでお父様とお母様にバレるようなこともなく、メイドたちにお咎めがいくこともなかった。それもあり、彼女たちは今も慕ってくれている。紹介もなく解雇されたら、次の勤め先を見つけるのは大変だからね。


 結果良ければすべて良し……なんだろうけど、やっぱり前世刺された原因が問題解決したことだったから、気をつけないと。


 今はとにかく生きたい。生きるためだけに、自分のできることをしたい。問題解決もその一環だ。そのためにはやっぱり、頭が良くないといけなかった。


 揺れる水面から目をそらし、私はカップに口をつけた。

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