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鬼屋敷の怪・一

 花の綻ぶ春は隼太の嫌うところだ。

 自らのコトノハによるものならば良い。自らの掌で踊るものならば花だろうと人だろうと愛でてみせよう。―――――――――但しひと時は。

 その後は盛大に散らすが良いのだ。

 それが彼らにとっても本望な筈なのだ。


 隼太の独善的な哲学は、自覚するところでもあった。


 紫陽花色のコートが季節に相応しくなる。そのくらいであろうか、隼太が春に浴する恩恵とは。温度と湿度が布の感触と相和するのだ。


 それは良いとして。


 隼太は眼前に座る女性・音ノ瀬ことを見遣る。

 吊忍の音色が、音ノ瀬本家に来たことを知らしめる。風は隼太に何も伝えない。

 ことには感じるところがあったのだろうか。


「俺に依頼とは何だ。どういう風の吹き回しだ」

「訳ありの話でして」

「だろうな、話せ」


 湯呑みに入った緑茶を飲みながらことを促す。


「鬼屋敷の怪、というものを聴いたことはありませんか」

「ないな」


 物騒で、且つ大層な名前だと付け加える。


「最近、ここらの大人が神隠しに遭っています。調べるとその中心点にあるのが」

「その鬼屋敷、とやらか」

「はい。何でも昔は文豪が住んでいたそうですが、彼が首吊り自殺をしたあと、気味悪がって誰も近寄らなくなったとか。けれど夜な夜な、鬼の吠えるような声が風に乗って聴こえてくるので、鬼屋敷の怪、と言い慣わされるようになりました」

「それこそ鬼兎に頼んだらどうだ。鼈甲ぶち眼鏡のあいつでも良いだろう」


 鬼兎とはことの許嫁である音ノ瀬聖(ひじり)、鼈甲ぶち眼鏡とはことの従兄弟の音ノ瀬秀(しゅう)一郎(いちろう)を指している。彼らの実力を鑑みるなら、隼太の指摘は妥当だった。

 だが、ことは首を振った。


「聖さんは今、ふるさとを離れられません。秀一郎さんも多忙を極めています。かと言って私が行くと言えば二人は猛反対するでしょう」

「それで、俺に白羽の矢が立ったのか」


 合点が行った隼太は、さてどうしてやろうかと目の前の佳人を見ながら思案する。

 修羅場の数も数え切れない隼太には、どちらかと言えば安易な依頼だ。しかしすぐに引き受けるのも面白くない。


「こちらの言い値の報酬に加えて条件がある」

「何ですか」

「鬼兎と仕合いたい」

「それは……」


 ことが柳眉を寄せる。

 困ると知りつつ、難題を吹っ掛けた隼太だが、聖との一戦は、是非にも望むところだった。


「私の一存では決めかねます」

「なぜだ? 御当主様」

「…………」

「何なら電話して訊けば良い。恐らくあいつは是と答えるだろうよ」


 ことが吐いた溜息に、隼太はほくそ笑む。元来が隼太は天邪鬼の性質である。

 興味深い事件を〝玩具(おもちゃ)〟に出来、加えて聖との対戦も叶うのなら一石二鳥だった。

 春の柔らかい風が、隼太の頬を撫ぜ、ことの髪を揺らす。


 ことは古風な黒電話に向かい、聖と会話している。


 その後ろ姿を盗み見る。凛然とした背中。すらりと華奢な体躯。長い黒髪。

 見栄えがすることは確かだと隼太も認める。


 やがて電話を終えたことが戻り、隼太の目を見て言った。


「聖さんはお受けするそうです。但し双方、命の危険を感じれば私が止めます」

「良いだろう」

「鬼屋敷には恭司さんもお連れするのですか?」


 ちらりとことが上目遣いに尋ねる。


「さて。どうするかな」


 滑らかな糸を紡ぎ上げたような春風が縁側から吹き込む。

 辛うじて保っていた桜を散らす。


 それらに相応しからぬ鬼屋敷の怪、という玩具に、隼太は久し振りに心躍る思いでいた。




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