ピエタ
夕日が落ちる。隼太は落ちない。
ことはいたましい思いで、戦う男二人を見つめていた。
聖の伸べた手を、隼太は振り払い、抗っている。しがみつく程に、祖父との記憶に執着する。そこに優しい温もりなどないのに。振りかざされた銀浄の刃を、隼太が掴んだ。滲む鮮血。はっとして刀を引こうとする聖を、させじとますます強く掴む。
「あれでも、一応は俺の身内でね」
軽口を叩くように、且つ壮絶な笑みを隼太は浮かべて見せる。
「――――苦しいだろうに」
「それはお前とは関係がない。俺の処すべき問題だ」
突き放す。銀浄を掴む手はそのままに。ぼたぼたと血が垂れて、聖が眉をしかめた。
「離」
聖のコトノハと同時に、隼太と聖の間が離れる。銀浄は解き放たれ、鮮血を撒き散らした。
隼太は薄く笑んでいる。切れた掌をぺろりと舐めた。
ここまでだと、ことは見定めた。
「聖さん」
「はい、こと様」
「終わりです」
「……承知いたしました」
薄紅混じりの闇があたりを支配しつつある。
隼太が哄笑した。
「お前たちが! 俺を救うなど。とんだ思い上がりだ! 俺はどこまでも飛翔する。肉を食い千切り骨を断って、血みどろの中を舞うっ。猛禽の羽に重りをつけるか? 無理だろう。それが成された途端に猛禽は存在意義を見失う。お前たちの目論見の帰結は、つまりそこだ!!」
風が吹き、隼太の叫びと哄笑を攫う。
悲鳴のような哄笑だった。それ以外にないのだと、暴露して自らを嗤うような。
とん、とことが跳んだ。
隼太を腕の中、抱き締める。
「――――――――最初に出逢った時、貴方を呼び止めねばならなかった。〝こちら側〟に」
苦し気な声音でことが告げる。隼太はことに抱かれてから身じろぎもしない。
「過去の仮定を語るは愚かだ」
「人は愚かです。愚かだから過ちを犯すのです。愚かだから抗おうとするのです」
日が落ちた、闇に客間の明かりが漏れて陰影をつける。
ピエタ像のようだと、聖は思った。
光を背に隼太を抱くことは聖母に似た面持ちで。
隼太は速く飛翔し過ぎて羽を痛めた鳥に似て。それでいて磔刑から降ろされた人のようで。銀浄に付着した血を見る。そして隼太がこれまでに流した自他の血に思いを馳せる。
――――隼太は強過ぎて憐れだ。
心がねじ切れるような痛みが聖の総身を縛り、その場に佇ませていた。