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ナラティブ・メモリー<語られる記憶>

 春の、微睡むような夕刻に、隼太は音ノ瀬本家を訪れた。目的は無論、聖との仕合の為だ。


 聖は、銀浄を手に、瞑目して縁側に端座していた。


「聖さん。隼太さんがいらっしゃいました」


 ことの声に、赤い双眸が開く。そこには戦い前とは思えない、柔らかで穏やかな光がある。慈愛にも似た色が、赤にはあった。

 

 隼太はいつもと変わらぬ、紫陽花色のコートを纏い、現れた。唇には微かな笑み。妖し気な色香のあるこの男がそうした笑みを浮かべると、何とも言えぬ艶が出る。これまた、戦いには相応しくない。


 隼太は聖の手の銀浄を一瞥すると、愉快そうに眼を細めた。

 桜は既に散り終えた庭に、二人は言葉なく下りる。ことが縁側に座す。審判の意味合いと、行き過ぎた場合の静止をかける為だろう。


 聖が、まるで遊戯でもするかのように、ゆらりと銀浄を抜いた。スローモーションのような抜刀だった。隼太が、若干、気抜けする程の。

 空の藍が二人を見下ろしている。


 先に仕掛けたのは隼太だった。

 一瞬の跳躍で、聖の眼前に迫り、回し蹴りを放つ。聖はこれをかわし、銀浄を振るった。但しその振るい方は些か妙で、隼太に当てようという気がないようだった。銀色の軌跡は、隼太を囲むように描かれた。とん、と間合いを置き、隼太が怪訝に眉をひそめる。


「やる気がないのか、鬼兎」

「あるさ。これでも僕は真面目だ」

「どうだかな。(せつ)

(ぼう)


 コトノハによる攻撃と合わせ技になった隼太の拳を、これもいなしながら聖は銀浄を再度、振るう。しかしこれにも、隼太に当てようという気配が見出せない。


 まるで剣舞のように、聖は銀浄を操った。


 先に焦れたのは隼太だった。


「何を考えている」

「君の祖父・音ノ瀬隼人は業の深い人物だったようだね。幼い君に、コトノハで戦場の悲惨な光景を刷り込んだ。こと様から聴いたよ」

「だから何だ。済んだ話だ。じいさんも死んだ」

「この銀浄には名の通り浄める力がある」

「それで?」

「君のナラティブ・メモリーを、これで緩和する」


 ナラティブ・メモリー。それは語られる記憶。

 恐怖などが強過ぎて何があったのかも言えないような状態にはこれに達しない。

 語るという行為により、清算される観念がある。

 隼太はことに対して語った。つまり彼はその意味では恐怖を超えて、観念を清算した結果になる。

 その残滓を、聖を拭い取ろうとしていた。

 聖の了見を知った隼太は、不快を露わにした。


「俺を救おうなどと思うな」

「嫌なら全力で抗え。君にはそれだけの力があるだろう?」

「――――爆殺(ばくさつ)


 禍々しいコトノハは、聖を真っ向から襲い、赤黒い火焔が爆発した。しかし驚嘆すべきことに、聖は銀浄でその火焔すら切り取った。隼太は消沈することなく聖に殺到し、掌底を腹に叩き込もうとする。聖は逆にその腕を絡め取り、隼太の身を軽々とすくい投げた。隼太が素早く受け身の体勢を取る。その間にも、銀浄は美しい軌跡を描いていた。


 ほつり、ほつりと隼太の心から、消えゆく棘がある。悪意の影。

 滅多に動揺しない隼太が、この現状には焦りと混乱を覚えていた。


「もう、邪悪な記憶から解き放たれるんだ」


 銀浄が振るわれる。

 決して隼太を傷つけることなく。慈しみ深く。


(れつ)

(かい)


 しかし隼太は容易に屈しない。彼の矜持は恐るべき高さだった。

 彼は今、死に物狂いで「救済」に抗っていた。

 与えられる温もりなど冗談ではなかった。




 邪悪な記憶であろうと。


 祖父の遺した、唯一のものだった。






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