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ビールと銀浄

 聖があらかた、ふるさとにおける所用に目途をつけ、ことの家に戻ったのはそれからしばらく後のことだった。彼は一振りの日本刀と共に姿を見せた。無論、所持の許可は得ている。拵えからして美麗な、しかし明らかに実用であろうと思われるそれを見たことの目に、憂慮が浮かんだ。

 初夏。迷い蛍が闇の中、明滅している。

楓はもう就寝し、静かな客間にはことと聖の二人だけが座している。ことが漆黒の卓を挟み上座であるのは、二人にとって至極当然のことだった。


「隼太さんとの仕合に使うのですか」

「はい。しかしこれは浄め刀です、こと様」

「浄め刀?」

(ぎん)(じょう)と言って、相対する相手の邪気を払うと言われています」

「傷つけないでください、傷つかないでください」


 一息に言ったことの命令とも懇願ともつかぬ台詞の内容は、達成するにかなり困難なものだった。だが、聖には予想が出来ていた。


「仰せのままに」


 白髪の青年が赤い双眸を細め、微笑と共に請け負ったコトノハは、確かに信じられるものとことには思われた。


 同時刻、隼太はマンションの一室で為替の動向をチェックしていた。港で貰い受ける予定だった子供らは、今はことたちの管理下にある。情動の為にはそれが良いのだろうが、獲物を横取りされた気分で隼太は面白くなかった。せめても、コトノハを処方出来る子供らは懐柔するよう、隠れ山に足を運ぶ必要がある。だがそれも、子供らの為にならないとことに判断されれば、容易でない行為となるだろう。つまるところ、隼太の思惑はことの胸先三寸なのだった。勝気でプライドの高い隼太には、気に喰わないことこの上ない。パソコンを扱う傍ら、冷えたビアグラスからビールを呷る。冷たく苦い液体が咽喉を滑り落ちてゆく。そんな風に、自身もまたことの手中に滑り落ちる気はさらさらない。


 いっそ、ことを殺してはどうか。


 その考えは、以前から仄かに存在していたものではあった。実行に移さないのは、それを為すに甚大な労力が必須であり、尚且つ、認めるのも癪だが、隼太にことに対する幾何かの情が生じた為であった。


 あの忌々しき澄明を、俺はどこかで惜しんでいる。


 屈辱だった。

 祖父の件から、本家に敵愾心を持つに至った隼太にとって、本家の当主であることに情を抱くなど、自身に対する侮辱ですらあったのだ。


 そしてその思考と並行して、この株は買いだな、あれは売りだ、と冷静に判断している隼太も存在する。幾つもの物事を、隼太はその気になれば同時並行でこなすことが出来た。

 コツコツ、と硝子をつつく音。


 見れば烏の隼太が円らな目でこちらを見ている。開けてくれという意思表示に従い、隼太は作業を中断して硝子戸を開けた。初夏の物憂い空気が流入する。


「……銀浄。ほう」


 隼太に有益な情報を、この烏は誤ることなく運んでくる。重宝だった。


「鬼兎。俺を魑魅魍魎の類とでも思っているのか?」


 く、く、と言葉とは裏腹に愉快そうに笑いながら、隼太は烏の頭を撫でた。

 一陣の風。


 仕合は明後日に。


 聖のコトノハを風が運んだ。

 隼太は高揚する思いを胸に、パソコンの前に戻り、残っていたビールを飲み干した。



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