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鬼屋敷の怪・三

 廊下は歩くとぎしぎしと鳴いた。天井には丸に凹凸のあるシャンデリアがぽつぽつと並んでいて、そこにもやはり蜘蛛の巣があった。硝子窓は汚れ、嘗ての透明度を失くしている。木製の壁には等間隔で小さな絵画が飾られていた。グリム童話を題材としているようだ。

 そして特筆すべきは、それら調度にこびりついた赤黒い色だった。不穏な気配が屋敷の内部全体に垂れ込めている。隼太は躊躇わずその一端に指を滑らせ、無感動にそれを血液と認識する。血は乾き、時を経るとこのようになる。経験上、隼太の知るところだ。今は亡き隼太の祖父も、よくそのようなことを話していた。


 書斎と思しき部屋に辿り着くと、真鍮のドアノブを持ち、一気に開ける。


 果たしてそこには、大きな机の向こう、長い黒髪の女性が肘掛け椅子に座っていた。顔を伏せているので、表情までは窺い知れない。


 ――――文豪が女性だとは聴いていなかった。

 恐らくは、ことも男性と思い込んでいたのだろう。部屋の左右を埋め尽くす書架は、成程、文豪らしくもある。床に散乱した黄色く変色した原稿用紙も。


 そして目の前の女性はもう、死んでいる存在だ。


 コトノハで年齢操作をしている身内を知る隼太には、すぐにそうと知れた。

 歪なコトノハの為せる業。


「だ・あ・れ?」


 ぎぎぎ、と女性が顔を上げると、首に掛かった縄が見えた。

 女性の顔立ちは思いの外、整っていた。だが顔色は生者のそれではない。

 書斎の梁から垂れ下がった縄が、ぶらんぶらんと不自然に揺れる。

 女性の口の端には調度と同じく赤黒いものが染みついていた。


「お前が屋敷に人を呼び込み、喰らったのか」


 直截に尋ねると、女性はきょとんとした顔をして、次いでげらげらと笑った。


「ええ、そうよ。知ってる? 八百(やお)比丘尼(びくに)は人魚の肉を食べて不老不死になったの。私も、だから、人肉を食べるのよ」

「お前はもう死人だ」

「誰がそう決めたあっ!!」


 突然、女性が()えると、隼太に飛び掛かった。

 凄まじい腕力で、隼太の首を絞めに掛かる。両目はぎょろぎょろとして血走り、本来であれば白い筈の箇所まで赤く染まっている。見える口の中の歯は、いずれも尖って鋭い。

 隼太は躊躇せず女性の腹を蹴り上げた。

 女性がもんどり打って転がる。


(ばく)


 女性の動きをコトノハで封じる。


(かい)!」


 女性もまたコトノハを使う。やはり同業かと思いながら、隼太は厄介だなと内心で舌打ちする。作家にコトノハを操る人間が多いのは道理ではあった。


(れつ)

(しょう)


 女性の身体に亀裂が入り、隼太もまた頬に浅い傷を作る。血を拭いながら隼太は淡々と事実を告げる。


「もう止めておけ。お前程度のコトノハでは、俺には勝てん」

「黙れ、黙れ、黙れっ」


 女性は首を激しく左右に振ると、にい、と口端を吊り上げた。


「出番だよ」


 不可解な彼女の言葉を隼太が訝しむと、いつの間にか恭司がふらりと書斎に立っていた。しかし様子がおかしい。目の焦点が定まっておらず、意思の存在が感じられない。


 恭司は、跳躍し、その勢いのまま隼太に回し蹴りを放った。




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