都会の人間は冷たい
入り組んだ路線図を見て、福浦篤子は圧倒された。
まるで迷路だ。都会の人間はこんな訳の分からないものから目的地に辿り着けるのというのか。全く冗談じゃない。
路線図から目を離す。五分以上は睨んでいたはずなのに、誰も声を掛けてくる者はいなかった。それも篤子には面白くない。これだけ人がいるのだから、誰か「どうかしましたか?」と一言聞いてくれてもいいのに。
篤子は東京の大学に通うつもりで、その下見に来ていた。
家から通える県内の大学でいいじゃない。家族は皆口を揃えたが、あと四年もあの田舎にいるなんて篤子からすれば我慢ならない。適当なオープンキャンパスに行き、それらしいパンフレットでも持って帰って説明すれば、父はともかく母は丸め込める。そう思ってのことだった。もちろんアルバイトだってする。そこまで親に頼る訳にはいかない。
篤子はふう、と大きく息をはき、人の良さそうな女性に近付いた。このままここにいても誰も助けてはくれないのだ。自分から動かなくては。
「あのう、すみません……」
「はい? あ、ちょっとごめんなさい。――もしもし? ああ! 西口なの?」
女性はそのまま、篤子の姿を見もせずに小さくなっていく。起こったことが信じられず、篤子は立ち尽くした。
何人かに尋ねた挙句、「駅員に聞けよ」と男性に言われた。次からは絶対にそうするわよ。篤子は苛立ちと情けなさで、泣きそうになっていた。
結局、三つは回るはずだったのに、一つしかオープンキャンパスには行けなかった。しかも、終わった時にはもう日が暮れはじめていた。これからまた人混みの中を通ると思うと、心底うんざりした。都会は疲れる。固かった決意は、今日だけで早くも崩れかけていた。
いっそ、今日はどこかに泊ろうか。思いつくと、素晴らしい考えのような気がして篤子の胸は躍った。幸いお金はある。ビジネスホテルなら充分に足りるだろう。都会のホテルに一人で泊まる。自分が少しだけ大人になったように、篤子は思えた。
その夜――、近くのコンビニで散財し、ちょっと遠回りしてホテルに戻ろうとしたのがいけなかった。駐車場裏の、寂れた空き地。そこに人が倒れているのを偶然見つけてしまったのだ。見つけてしまったからにはもう、今日出会った都会の人間のように無視することは、篤子にはできなかった。
「ひっ!」
人は頭から血を流し、氷のように冷たくなっていた。
どうしようどうしよう。篤子はパニックに陥る。警察、誰か、早く知らせないと――
すると背後から「どうかしましたか?」と男の声が聞こえた。
助かった。都会にも優しい人はいるんだ。そう思った瞬間、篤子の頭に衝撃が走った。
パットンが打たれたんならしゃーない。