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立浜高校探偵部  作者: 中上炎
外典
92/93

不正警告の惨劇③

 大慌てで教室の扉を開けると、教室内は既に阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。それこそさすがの私も一瞬だけ入るのに躊躇してしまうほどには。


 私の机を挟んだ前後では2人の人物が言い争っていたのだ。1人目はもちろん前の席のばねてぃ。その変装は完璧といってもいいほどで、悲壮な覚悟とか負けられない決意みたいなものはおくびにも出さない態度で、堂々と憮然としている。一方、そんなばねてぃを責めるのが……後ろの席の()だ。


 「赤羽さん! 僕は確かに見たっ! 君は……今の数学の時間にやってはいけないことをしただろう! 見過ごすことはできない!」


 驚くべき事に学ランの一番上のボタンはおろか襟のホックに至るまできちんと留められ、絵に描いたような黒の短髪。直立不動の姿勢のまま正義感丸出しで指摘する彼の名前は小栗優太(おぐりゆうた)。紛う事なき我らが探偵部の宿敵(・・)、選挙で選ばれたばかりの新生徒会員(・・・・・)だ……!


 まずい、あいつは面倒なやつなのよ。爽やかな見た目で女の子には一定の人気がある一方、ウザいほど正義感に熱いところがあって一部の女子からは不評だったりする。なにより……根が悪いやつじゃない分、質が悪い。


 「はぁ? 勝手なこと言うなっつーの! 誰がカンニングなんてするかよ!?」


 言い返すばねてぃ。だけれど、それは悪手だ。まだ小栗はカンニングとは口にしていない。そこは単に『居眠りして悪かったけど、そこまで言う?』とか言っておけば良かったのに。ほら、案の上小栗の方は今の失言で自信を深めたらしく――


 ――ゾクリ、と強烈な殺気で全身が泡だった。


 思わず介入するのも忘れて殺気の元を辿れば――幸菜だった。そっか。あの女の席は小栗の左後ろ。あの弱い者イジメが三度の飯より好きな幸菜からすれば、正に特等席で今回の騒動を楽しんでるってわけか。なにしろカンニングが事実なら……このクラスに幸菜(イジメの主犯)以下の存在が生まれるってわけで……相変わらず生まれ変わっても直りそうにないゲスの発想ね。


 わざわざ私だけに見えるよう角度を調節したその顔は……


 「相変わらず地獄の獄卒もドン引きの邪悪な御尊顔ね、幸菜?」

 「あらぁ? 足先から頭のてっぺんまで毒のつまったカルアに言われる筋合いはないわよ?」


 稲妻のように走る殺気。私たちが本気で睨みあったせいで、幸菜の近くの生徒がギョッとなって距離を取っていた。そこの無関係の男子……申し訳ない! だけども、このクラスには未だに入学当初の殺伐とした戦場のような空気の記憶が残っているのだ。


 私には分かる。この女……やっぱり私とどこかが似ている。ってことは、行動も好みも……そしてこれから選ぶ道のりも、きっと似てくるのだろう。


 ――あんにゃろう、舐めやがって。必ず決着をつけてやる……ッ!


 「カル!」

 「はっ! ごめん永子! 今戻ったのだけど……一体何事?」


 だけれど、永子の言葉で私は正気に返っていた。そうだ、今優先すべきは窮地に陥っているばねてぃの方だ。あんなド腐れ性悪生ゴミなんて、焼却炉にでも放り込んでしまえ!


 「嵐野さん……とにかく大変なんだ。事は緊急を要する。すぐに生徒指導の小白先生を呼んでくれ。僕は僕で報告するから」


 イラ。イライラ。まったくこの男……やっぱりムカつく。そんなに重要なことなら……どうして教室じゃなくて別室で行うぐらいの気配りを見せられないのかしら。これだから気の利かない男は……。


 「嫌よ。呼ぶなら自分で行けばいいじゃない」

 「……できればそうしたい所なんだ。でも、僕が目を離せば赤羽さんにカンニングの証拠を隠滅する機会を与える羽目になってしまう――」

 「――ふざけんなよ! 誰がカンニングだ! いい加減にしろ!」


 刹那、私はばねてぃと視線が合った。彼女は私が介入した瞬間、少しだけ安堵の表情を浮かべたのだ。そうして不安を隠すように両足をモジモジと擦り合わせ……それを見た小栗の表情がいっそう険しくなった。


 まずいわね……小栗のやつ、少なくともばねてぃがルーズソックスに何かを隠しているのに気付いている。こんなことなら、調査を優先して数学をサボるんじゃなかった。


 「ふざけているのは君の方だ! さっきの数学の小テストの時間、僕は確かに見ていたぞ! 君がそのだらしないルーズソックスからカンニングペーパーを出し入れするのを……!」

 「だーかーらー! そんなことしてねえし! 妄想は頭の中にとどめておけよ脚フェチ野郎! っていうか、お前テストの間も私の脚を眺めてたのかよ! どうしようもねえ変態野郎じゃん!」


 うぅ……しかもわりとどうしようもないじゃん、これ。小栗のやつ、性格は難があるけど能力の方は確かだ。よくもまあ男の癖に(・・・・)女子のルーズソックスの秘密に気付いたもんだわ……。


 「話は分かったわ」


 私がそう言うと、クラスは水を打ったように静かになった。クラスの女王(暫定)の言葉はこんな所でも健在らしい。こればっかりには感謝だ。


 「永子、シロクマちゃん先生を呼んで」

 「分かった。生徒指導室を借りれるように伝えてみる」


 言うが早いか彼女は走って教室を出て行った。どうやら即座に小栗に加勢しない私に察してくれたみたい。うん、その通りだ。私の目的はカンニングを暴くことじゃない。その為に真っ先にやらなきゃいけないことは、関係者を隔離することだ。そうしないと、どんどんばねてぃの立場が悪くなってしまうから。そして、次にやるべきことは――


 「論点を整理しましょう。小栗はばねてぃがルーズソックスにカンニングペーパーを隠していると主張している」


 ――ばねてぃの疑惑の払拭だ。私がそう言った瞬間、ばねてぃは確かに怯えたように首を竦めてしまったのだ。皮肉にも優等生の彼女は、心の何処かにカンニングの罪悪感があるんだろう。


 「……正確には左脚だ」

 「一方、ばねてぃはそんなことはしていないと言っている」

 「あ、あったりめーだろ! 私の手にかかれば小テスト如きでカンニングする必要ねーし!」


 となれば、実にシンプルかつスマートな方法で解決できるのだ。でも、小栗のやつにそれはできない。こいつ、妙なところで純情少年だ。つまり……


 「なら、簡単じゃない。ばねてぃ、左の靴下を脱いで。みんなの前で検分すればいいでしょ?」


 というわけだ。流石の小栗も皆の前で『あなたの靴下を脱がさせてください』とは言えないらしい。口にすれば最後、卒業まで靴下大好きマンとしてその名が轟くことになるし。


 私がそう言うと、小栗のやつは意外そうな顔を向けてきた。やっぱりこいつ、女心が何一つ分かってない。もう3学期だというのに、私のこともグレてる女ぐらいの認識だったっぽいし。そしてばねてぃは……全てに絶望したような真っ青な顔色になっていた。既に罵る気力も湧かないらしい。……小栗の変態疑惑を追及するのは、彼女の唯一の逃走手段だったんだ。


 「ほら、大丈夫だから……」


 俯いたまま立ち尽くすばねてぃ。私は彼女をどうにか椅子に座らせていた。見ればクラスメイトの皆は、豹変したばねてぃに信じられないといわんばかりの顔を向けている。最初こそ半信半疑で、むしろ小栗の靴下フェチというまさかの展開をネタにしていたのに、だ。


 椅子に座ったばねてぃは動かない。だけど抵抗もしない。だから私は……ミニスカートが捲れないよう気を配りながら、ゆっくりとばねてぃの左脚を伸ばして、くしゅくしゅのルーズソックスをゆっくりと脱がしていく。靴下の上部をきゅっと握って、ゆっくりとばねてぃの脚を摩るように、優しく凸凹を撫でるように、ゆっくりと……染み一つないふくらはぎが露わになって……


 「はぁはぁ……カルアの白い指が……大きいのを優しく扱いて……うったまらん!」

 「ヨッシー、ハウスッ!」


 が、馬鹿のせいでシリアスな空気が台無しだった。だけども、みんなこいつのキャラは知ってるので誰も突っ込まない。むしろいたたまれない空気まで流れ出す。


 それが馬鹿らしくなった私は、どうせもう脚も半分過ぎてるし一気にやっても大丈夫だろうと開き直ってルーズソックスを脱がせていた。そうして、愛らしい指先が空気に晒されるのを防ぐように内履きを履かせて、靴下を机の上に載せてみた。ルーズソックスは元々弛ませるのを目的に作られているから結構長い。そしてその靴下を丹念に上から触ってみれば――


 「――ん、ここになんかある」

 「――! それだ嵐野さん! それこそ不正の証拠で間違いない!」


 確かにルーズソックスの上の方に、なにやらこりこりした感じの四角いのが隠されている。同時に興奮したのか小栗のやつは遠慮なく脱ぎたての靴下に触れると、会心の笑みを浮かべて指を突っ込んで私の指摘した箇所から折りたたまれた紙片を抜き出して――


 「あった! 間違いない! カンニングペーパーだ! びっしり文字が書かれている!」


 まるで鬼の首を取ったようにそれを天高く掲げて見せた。もはや覚悟を決めたのかばねてぃは目を瞑って震えている。ま、真冬に素足は寒いしね!


 「やっぱりだ! 赤羽さん、これでもう言い訳できない! 大人しく生徒指導室に着いてくるんだ!」

 「………………は……い――」

 「――その必要はないわ。だって、カンニングじゃなかった(・・・・)もの」


 私がそう言うなり、皆が驚きの視線を向けてきた。そんなに驚くことかな? だって、カンニングペーパーは文字がビッシリと書いてあったんだよ?


 「……何を言っているんだ嵐野さん? これはどう見てもカンニングペーパーで――」

 「あんたねぇ……さっきの授業は数学よ? 文字書いてどうすんのよ……」


 瞬間だ。ばねてぃはにわかに息を吹き返したのだ。その口が開ききる前に……私は援護を続けていた。


 「手紙(・・)よ、それは。確かに紛らわしかったかもしれないけど……カンニングペーパーじゃないわ」

 「そ、そーだ! 私は……私は……そう! 小テストがさっさと終わって暇だったから、こっそり回ってきた手紙を読んでたんだっつーの! ちょっとは自重しろよ変態ヤロー!」

 「そんな馬鹿な!? いや、内容は…………ッ!?」


 小栗の表情が驚愕に歪む。なにしろ、あいつはちょうど折りたたまれた手紙を伸ばして、中身を読み始めたところで……他のクラスメイト達も我先にと覗き込んだわけで……その内容は――


 ”まじヤバイって! ばねてぃ気をつけた方がいいよ! 最近あいつがばねてぃを見る目が狼だって! 特に脚! あいつ授業中いつもあんたの脚をはぁはぁしながら見てるから!


 スカートちょっと戻した方がいいって! 絶対そうだよ! 見て欲しい相手がいるかもだけど、それ以前に見せちゃいけない相手もいるんだって! ばねてぃ可愛いから、そこを自覚したほうがいいよ! あいつ、最近あんたをつけ回してるっぽいし!


 世の中には、妙な男がいるんだからねっ!”


 そう、それは間違いなく手紙なのだ。ついさっき、モモ先輩が(・・・・・)慌てて書いてくれた! ふっふっふー。誰がばねてぃの靴下を脱がしたと思う? もちろんそれはこの私! そして靴下の中から紙を見つけたのもこの私! さて、もう絡繰りは分かったよね?


 すぐに嘘手紙の内容を理解したクラスメイト達はスッキリした表情になると、馬鹿を見た。そう、授業中でも平然と女の子に興奮できるオープンスケベは1人しかいない――ヨッシーだ。


 「え? ちょ、待って! なんでみんな俺を見んの!?」


 いや、だってあいつ暇さえあれば私の胸見てるし。これは天罰だ。せっかくだし利用させてもらおう。


 「おい義弥! お前……ついに胸から脚に開眼したのか!? しかも嵐野以外のに!」

 「だから違――」


 その瞬間、『話を合わせろ』と口パクしていた。案の上私に目が無いヨッシーはばっちりそれを見ていて――


 「――わない! バレてしまっては仕方ない。ばねてぃの脚を見て俺は気付いたのだ! 紳士たるもの、上半身だけでなく下半身も愛せなくてはならないと……!」


 やっぱり、こいつ馬鹿だ! だけど……賢い馬鹿だ! どうやらヨッシーは今のやりとりで裏事情を察したらしいのだ。それどころか無駄に勘までいい。馬鹿はさらりと小栗を向いたのだ。


 「――さて、話は終わったな? これで解散だ解散! ところで小栗」

 「……なんだよ」


 応える小栗の背中は、なんだか煤けていた。うん、なんか……ごめん。思いっきり巻き込んじゃったわ。


 「いや、もういいだろう? だからその靴下くれよ。魔性の美脚の脱ぎたてだし、家に帰って使いたい」


 奴は平常運転だった。既に収束してそれぞれの席に戻りつつあるクラスメイト達を尻目に、平然と言い放って――


 「なッ!? 馬鹿か君は!?」

 「むむ! それとも……貴様も靴下に目覚めしものだというのか!? ならばよろしい、彼女の靴下を賭けて決闘だ!」

 「いや、それも違――」

 「――こらぁお前達! 何をやっている!?」


 その瞬間、教室の扉が開かれた。開けたのは6時間目の先生――ではなく、先日めでたく結婚届を役所に提出したシロクマちゃん先生だった。


 だけれど先生は、何故か片足だけ素足の女子生徒と、その脱がされた靴下を巡って争う男子生徒2人という強烈な絵面に頭を抱えてしまい……あ、私を見た。


 「狩亞、何があったというのだ。すまないが説明してくれないか?」

 「えぇっと、魔性の美脚に視線を奪われた男どもが、どうにかして靴下を手に入れようと策を巡らせて争い合った結果というか……」

 「…………ちくしょう。これだから探偵部の血筋は」


 失敬な。だけども、こういっておけばシロクマちゃん先生は当然の成り行きとして、証拠品の靴下をばねてぃに返すでしょ? これで事件は一件落着……


 そこで、私は気付いていた。小栗の奴だ。あいつは何故だかシロクマちゃん先生と永子を見て硬直していたのだ。いや、よく見るとちょっと違う。あいつはどうも、シロクマちゃん先生ではなく、一緒についてきた面子に気付いていたらしく……


 「ご機嫌よう、“キラキラさん”」

 「あ、あなたは…………!?」


 そう。不甲斐ないことに、私もそれを見た瞬間に硬直してしまったのだ。一目見たときから分かっていた。この人には近づかない方がいいと。あぁ、小栗がビビってたのはこっちが原因か――


 「あ、秋風副会長!? 僕は春茅会長を呼んだのに、どうしてここに!?」


 小栗が戦慄したように叫ぶのを、聞き流すのがやっとだった。


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