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立浜高校探偵部  作者: 中上炎
外典
91/93

不正警告の惨劇②

 「……で? 5時間目をサボって脱出してきたと?」

 「うぅ……そうなんです……」


 私の説明に対して椅子に座ったまま背もたれに腕をのっけてジト目で見ているのは、我らが探偵部のモモ先輩だ。今は5時間目の授業中にもかかわらず、気になりまくった私からのSOSに気付くや、即座に自分もサボりを敢行してくれたとても優しい先輩。――私も……実は密かにこんな風になりたいと憧れていたりして……まぁ、モモ先輩はとんでもなくお金持ちの家のお嬢様だから無理なんだけどね。ぐぬぬ……助けて春せんぱーい!


 「でも昼休みだけじゃ調べる時間が足りなくて」

 「まぁまぁ。事情は分かったし。それで……私を呼んだって事は?」


 モモ先輩はそう言うと、どこか気品を感じさせる仕草で紅茶をいれてくれた。だいぶ前に理事からもらった香りの良い紅茶を振る舞ってくれるみたい。先輩がティーポットに負けないほど白い指でお茶っ葉を準備するのを見ながら、私はあらん限りの知っていることを思い出していた。


 「それなんですけど……。実は調べてみればみるほど、赤羽さん(ばねてぃ)は不思議な子なんです。今はいかにもなギャルっぽい子なんですけど……中学時代の同級生に聞いてみたら驚きましたよ。ばねてぃは絵に描いたような優等生で、髪を染めるなんて驚きだって……」

 「ふむん? ……でもそうなると、カルっちの直感は正しかったってわけだじゃん?」


 そう。どうやらばねてぃは中学までは自分の髪型に昭和の遺物たる三つ編みを採用するような女の子だったのだ! とはいえ、今のばねてぃはルーズソックス以外はどこを見ても完璧なファッションを貫いている。だから、中学の時はこれまでの優等生イメージを捨て去る度胸がなかったのかもしれない。と、思ったのだけど……


 「実際中学の時は絵に描いたような品行方正で、部活の代わりに生徒会に入っていたらしいです。それこそ、授業をサボって居眠りだなんて考えられないそうで……」


 今のばねてぃを過去のばねてぃが見たら、ショックで気を失ってしまうかもしれない。とにかく、そんなにもばねてぃは変わってしまったのだ。


 だけれど……だ。私が粘りに粘った昼休みに会った生徒は、それを訊いたときに酷く同情を見せていたのだ。


 「どうも、転機となったのは立浜高校入学が決まったあとの春休みの頃のようなんです」


 そこでモモ先輩が注いでくれた紅茶から甘いケーキのような香りが立ちこめる。……あぁいい匂い。惜しむらくは、この匂いに相応しくない話をしなければならないことか。


 「4月1日といえば新年度ですよね? でも、それは私たち学生だけじゃなく、社会人もなんです。ばねてぃのお父さんは……新年度には不要な人材と判断されて、春休みにリストラを通知されてしまったらしいんです」

 「待った! なんでそんなプライベートな内容をカルっちが……そしてカルっちが訊いた生徒が知ってるんだし? 春休みだったらばねてぃは学校に行かないから、外部には漏れないと思うんだけど?」

 「そこなんですモモ先輩。どうしてばねてぃのお父さんがリストラされたと思います? ……横領なんです! しかも悪いことに横領したお金を、愛人に貢いでいたらしく……全てが発覚した赤羽家は壮絶な夫婦げんかになったらしいんです。母親は専業主婦だったので、毎日のように家で父親と激しい言い争いになって……それこそ、ばねてぃが弟と妹を連れて友達の家に避難するほどには」


 ばねてぃの両親の仲は修復不可能だった。案の上春休みの間には離婚が成立し、父親が家を出て行ったらしい。そんな赤羽家の事情は周辺住民の格好の噂のタネであり、あっというまに広まってしまったのだ。


 そして多くの人間が心配する中、4月に登校してきたばねてぃは……それはもう見事にグレてしまった、ということらしい。わぁお。それより下らない理由でグレてる私がアホみたいじゃん。


 「聞いた話では、ばねてぃは家にもあんまり寄りつかなくなったらしいです。悪い噂も爆発的に増えていって……。それこそ深夜、というよりも早朝にばねてぃが住宅街を歩いているのを目撃されたり、部活にも行かずに遊び回ったり、遊ぶ金欲しさにコンビニで深夜まで働こうとしてたり……」


 あくまで噂だけど。あ、でも最後のコンビニの話は確かだ。高校生は深夜のバイトのシフトには入れない。だけれど、ばねてぃは年齢を偽って深夜のシフトを希望していたのだ。……なにしろ、ばねてぃが履歴書を持ってったコンビニっていうのが、他ならぬ我が嵐野家が店長を務める超大手コンビニ”セブントゥウェルブ立浜国道店”で、面接した相手っていうのが私のパパだったりする。


 「むむむ……そうなると……」


 私が一通り語り終えると、モモ先輩はなにやら頭を抱えながら唸ってしまった。おもむろに自分の鞄を開けてはノートを取り出し……あ、ページをビリビリ破ってる。それになんか文字を書き始めた……! あれは……手紙? ほら、授業中とかに小さく折ってこっそり回すやつ!


 ……ヤバイ、モモ先輩が何をしてるのか全然分からない――


 「――カルっち! 5時間目が終わるまで、あと何分!?」

 「ほえ? え、5時間目ですか?」


 そうして、唐突に頭を上げたモモ先輩は鋭い声音で私に尋ねたのだ。だけれど、情けないことに私はポカンとしてしまっていて即答ができない。うぅ……修行が足りない。


 「えっと……あと5分くらいだと思いますけど?」

 「ばねてぃの弟と妹の年齢は!?」

 「えぇっと、弟が1個下の15歳で、妹が4個下の12歳のはずです」

 「カルっちの5時間目の授業はなに!?」


 完全に置いてきぼり食らった私を尻目に、モモ先輩は何故だか焦った表情になって手紙を書き連ねていた。最初こそ綺麗な字だったのに、途中からはミミズがのたくったように書き殴った字になっていて――


 「……数学です」

 「落ち着いて聞いてね。たぶん5分ぐらいでカルっちのスマホが着信したとしたら……それ、悪い知らせだから」

 「は、はぁ。私のスマホ……ですか?」


 駄目、完全にお手上げだこれは。どうやらモモ先輩には既に事の真相が分かっているらしくて――そう思ったところで、私のスマホが鳴った。


 「カルっち……困ったときはこれを使ってね!」


 そうして、モモ先輩は私にたった今書き殴った手紙を折りたたむと、渡してきたのである。これ、私宛のだったの? 直接言えばいいのに。それとも、直接だと言いにくいことなのかな? ど、どうしよう? なんだか事態は切迫してるっぽい。と、とりあえず電話に出てみる?


 「はいもしもし……」

 『あ、カルア! 今どこにいるの?』


 かけてきたのは永子だった。なんだ永子か。永子なら5時間目が終わってすぐに電話をかけてきたんだろう。大した用件じゃないはず。視界の隅ではモモ先輩は使ったティーカップも洗わずに大急ぎで鞄を手に取っていて――


 「どうしたの?」

 『悪い知らせなの、すぐに教室に戻って』


 そこまで言うと、電話は切れてしまった。どうやら永子の方もかなり慌てているらしい。


 「カルっち。こうなってしまった以上、すぐに教室に戻るべきだし」

 「モモ先輩……! でも、私には何が何だか……」

 「……カンニングだしっ!」


 そうして、ようやく私にもおぼろげながら事情が掴めていた。そう、ルーズソックスの謎が解けたのだ。


 「カルっちの直感は正しかった! ばねてぃは真面目な子で、にもかかわらずギャルっぽく振る舞っているのは、ルーズソックスを履くためだったんだし!」

 「あ、そうか。普通の制服の着こなしだったら、ルーズソックスなんて明らかにおかしいですもんね。それでばねてぃは全身ギャルファッションに身を包んでいた」

 「そう! 目的はルーズソックスの中に、カンニングペーパーを仕込むことだし!」


 ……思わず呆気にとられていた。なんでこんな簡単なことに気付かなかったのだろう? テスト中の机の下、それもミニスカートとルーズソックスの挾間なんて絶対の死角だ。そこを覗くことは例え教師でも許されない。後は監視役が遠くにいるときにカンニングペーパーを靴下から取り出し、使い終わったら戻す。簡単にはバレないだろう。


 つまり……ばねてぃはこれっぽっちもグレたりしてなかった。それどころか、孝行娘だったんだ!


 家に寄りつかなくなったのは、バイトでお金を稼ぐためだ……! 学校が終わってからはコンビニで年齢を偽ってバイト、早朝に街を歩いていたのは……たぶん新聞配達のバイトだ……! そして、朝から晩まで働いて疲れているから、授業中にうたた寝してしまっていたんだろう。


 何のために? それはもちろんお金……つまり、進学を控えた弟と妹のために……!


 ばねてぃはバイトで稼いだお金で弟妹の学費を稼ぐつもりだったんだ。いなくなった父親の代わりに。だけれど、女子高生が一ヶ月に稼げる金額なんてたかが知れてる。母親のパート代と合わせても大した金額ではないだろう。月々の生活費は賄えるだろうけど……弟妹、特に今年高校受験の弟の塾代とかを考えれば赤字だ。


 そして、妻子がありながら横領したお金を愛人につぎ込むような父親の養育費に期待はできない。


 リストラと離婚が発生したのは立浜高校への進学が決まった後、つまり春休みの時点で私立である立浜高校の授業料や設備費その他諸々は支払済みだったことになる。あとは……あらゆる手を使って奨学生に選ばれてお金を返して貰い、それを弟妹の学費に充てられる。


 でも、朝早くから夜遅くまでバイトのばねてぃはくたくたに疲れてしまい、とてもじゃないけど授業に集中できるような状態じゃないのは明らかだった。だからばねてぃは……カンニングに手を染める事を決意したんだ。高校デビューにかこつけてイメチェンを図り、ルーズソックスを身に纏って……!


 「カルっち急ぐんだし! ばねてぃはカルっちの前の席だったんでしょ!? でも、カルっちは席を外してしまった――」

 「――ってことは、唯一カンニングを見破れる人間が私から私の後ろの席に移ったって事ですよね!?」


 そして、その後ろの席の人間は私同様偶然気付いてしまったのだ。ばねてぃのルーズソックスの秘密に。だから、事情を察した永子が私に電話をかけてきたのだろう。


 刹那、私はモモ先輩とうなずき合っていた。


 ばねてぃが今年度の奨学金を弟妹の学費に充てる気だとする。すると当然、彼女自身はどう足掻いても来年度の学費が払えず退学になってしまう。どのみち彼女はそれを覚悟しているはずなのだ。そして万が一カンニングが発覚してしまえば、ばねてぃは奨学生の資格を喪失してしまい姉弟諸共路頭に迷ってしまうわけで――


 「――モモ先輩……っ!」

 「なんだしっ! 後輩……!」

 「探偵部は……謎を解くのが目的なんですよね!?」

 「よく分かってるじゃん! その通りだし!」


 あとは……言わなくとも分かるよね? 私は……ばねてぃに味方することを決めた。


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