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立浜高校探偵部  作者: 中上炎
外典
89/93

ホームズ対ホームズ!⑥

 そうして、最後のゲームが始まった。僕の手元には21ポンド、才賀先輩の手元には38ポンドが残っているはずだ。


 ……悔しいけれど、ここからポンドを倍にするのは難しそう。


 「……予想外……いや、予想以上だな、この盛り上がりは……!」


 モモちゃんが椅子ごと退場してお菓子をパクついているため、僕の対面に座るのは才賀先輩ただ1人。ふんぞり返った彼は、実に愉快と言わんばかりにこの状況を楽しんでる。……それはかつての森亜帝にも匹敵する強敵の姿だった。


 「さぁ。千歳ちゃん、最後の手札を」

 「……言われるまでもなく」


 そうして、配られた手札は……ハートのキングと8。キングを引けたのは良い。キングに勝てるエースは一番最初のゲームで才賀先輩が1枚、それから僕がモモちゃんに負けたゲームで3枚使いきっているから、現状最強のカードの筈なのだ。


 ……才賀先輩の言うことを信じれば、だけど。


 だけれど、忘れてはいけない。才賀先輩には、まだあれがあるのだ……!


 「くくく……さて、一番最後のゲームとなったわけだが、既に1が存在しないことに気付いていたか、春茅?」

 「――先輩が最初にブラフをしてなければ、ですよね?」

 「その通り。しかし、1つ確かなことがあるぞ。少なくとも、お前の手札にエースは存在しない……!」


 ――これだ。僕が隠そうとしている手札は、何故か才賀先輩に次々と読まれてしまうのだ……! さっきのモモちゃんの退場に伴って、さりげなく席の位置を移動したけれど駄目か……。


 「その手には――」

 「なるほど……しかし13か……いやはや、13か! この場で最強のキングを引けたのはさすがだと言っておいてやろう!」


 ――くっ……!? また読まれた!? まずい、このままじゃ僕は致命的に不利のまま戦う羽目に――


 ――その時だ。リスのように口いっぱいにお菓子を頬張ったモモちゃんが鋭い視線で一喝したのは。


 「リョウっち! 目を閉じてッ!!」


 同時に世界が真っ暗になる。モモちゃんの言葉が、不思議と頼もしい仲間の言葉に聞こえたのだ。そう、自分たちの都合で振り回す大人達に、一杯食わせてやろうという僕達子供の反乱に。


 「百花……何を言っている!?」

 「お姉! まだ分かんないの!? おっさんは超能力者じゃないんだよ!? 心なんて読めるわけないじゃん!」


 まして、自宅の一室に盗撮カメラを設置する趣味もない筈なのだ。


 真っ暗な世界、だけれど、僕のすぐ近くにはちと先輩がいてくれる筈なんだ、なんの不自由だってない……!


 「コールドリーディングとウォームリーディングの合わせ技だしッ! おっさんは、リョウっちの瞳孔を観察して手札を推理してる……!」

 「……ッそういうことか!? だから叔父さんは……ゲームの度に後輩に数字を話しかけていたのか!?」


 ……そう、原理自体はとても単純な話なのだ。才賀先輩は会話を装ってさりげなくトランプの数字を口にし……その際の僕の瞳孔の大きさを観察していたんだ。瞳孔は自分の意思では動かせず……しかも嘘をついたり図星を突かれたりすると動いてしまう。僕は才賀先輩を出し抜こうとホームズ式推理術で先輩をわざわざ凝視していたわけで……なんてこった。汝が深淵を覗くとき、深淵もまた汝を覗いているのだっ! さぞかし読みやすかった――


 「――なるほどなぁ。そんな手があったとは思わなかった」


 だけれど、ぬけぬけと才賀先輩は言ってのけた。目を瞑っている僕だけど、隠す気のない嘘なのは直ぐに分かった。どうやらモモちゃんの推測はかなり正解に近いものだったようで――


 「確かに俺が……森亜との戦いを経てコールドリーディングやウォームリーディングに興味を持ったのは事実だ。しかし、仮にそうだとして、どこに証拠がある?」

 「ぐぬぬ……それは……」


 あぁ、目蓋の裏でモモちゃんが悔しそうに握り拳を固めている。きっとカルちゃんはその隣で毅然とした表情を浮かべ……ちと先輩は僕の直ぐ側で冷めた表情をしているのだろう。


 「仮に録音したデータ……いや、映像があったとして、それでは何の証拠にもならんな」

 「――分かってます。だから……決着はポーカーでつけましょう?」


 そう言うや、才賀先輩が雰囲気だけで笑い返してきた。今回は嘲りのない……純粋な楽しみだけが籠もっている。


 ……こう言ってはなんだけど……一昔前の才賀先輩からは想像もできないや。きっと、森亜事件を解決して過去の呪縛から解き放たれたのだろう。恐ろしいことに、更なる高みを目指して成長しているんだ……!


 ……なるほど。だけれど……だ。僕だっていつまでも先輩の風下に立つつもりはないんだな、これが……!


 「才賀先輩! この勝負、僕は絶対に負けません(・・・・・・・・・・)!」

 「面白い……! やってみろ、春茅! 勝つのはこの俺だッ(・・・・・・・・・)!」


 ――大変結構ッ! これでいい。大丈夫、僕にはちと先輩がいるし……負けはない。


 「賭けてみろ春茅ッ! 見せてみろッ! お前がどれだけ成長したのか……どれほど成長できるのかッ!」

 「いきますッ!」


 脳裏に浮かぶトランプのカード達。手元にあるのはハートのKと8。だけれど、Kの存在は知られてしまっている。一方で才賀先輩の手札は想像もできない。だけれど……たぶん弱い手札じゃないと思う。


 もし弱い手札なら……ここまでの会話は全部ブラフって事になる。僕の堪が囁くのだ。才賀先輩は心の底から面白がっているのだと。


 「賭け金上乗せ(レイズ)! 7ポンドですッ!」


 同時にもぞもぞと動く気配。多分ちと先輩が代わりにポンドをポットに入れてくれたのだろう。


 そう、これで僕の賭けた金額は8ポンドになる。一方で才賀先輩は既に参加料とかで4ポンド賭けてるから、戦うにはあと4ポンド必要だ。ここからは単純な足し算で、ポットの合計は16ポンドになる。一方で僕の手持ちが13ポンドで、才賀先輩の手持ちが30ポンド。


 ……この勝負に僕が勝っても29ポンドで才賀先輩には1ポンドだけ及ばない。一方で才賀先輩が勝てば46ポンド、つまり暫定1位のモモちゃんを逆転できるのだ。


 圧倒的に才賀先輩が有利な賭けであり……つまりはこれ以上ないほど強烈な挑発ってわけで……!


 「……ッ! 良いだろう、同額賭け(コール)してやるッ!」


 ――もちろん、勝ち逃げを許さないっていう、これ以上無いメリットもある……!


 そこでちと先輩が動いた。風だけで感じている僕を尻目に、どうやらテーブルに何かを並べているようで……。


 「ご覧の通り、残りの山札が8枚しかない。まして、今回のゲームでは5枚の共有カードが消費されるだろう。後輩も叔父さんも、悔いの残らないように」


 瞳を開けてみる。案の定テーブルの上には伏せられた8枚のトランプが横一列に並んでいる。ちと先輩は……シャッフル代わりだろうか? 無作為に8枚の中から5枚を選んでその場に残し、残りの3枚を使用済みの方に運んでいき……


 ――才賀先輩が小さく肩を竦めた。同時に鋭い視線を僕に向けてきたので、慌てて目を閉じる。


 「さぁ、最初の3枚を見せてみろ!」

 「ちと先輩!」

 「……分かっている……! ほら! クローバーの10! それに……ダイヤ5……そして同じく10だっ!」


 真っ暗闇の中に5枚のカードが浮かぶ。ちと先輩が選んでくれた、勝利のためのカード。だけども、威勢とは裏腹に消沈しそうだった。だって、全くと言って良いほど勝ち筋が見えるものでは無く……


 「大丈夫だ、後輩。確かにばらけたカードだが、それは相手にも言えることだ」


 そんな僕の気持ちを悟ったのか、ちと先輩が隣で囁いてくれた。


 大丈夫。先輩が味方してくれている限り……負けはない。


 テーブルの反対側では才賀先輩が何か考え込むような気配が伝わってくるのだけれど……それだけだ。紫先輩が適度にうろちょろしては、あーでもないこーでもないと色んな事を喋ってるせいで、他の気配が打ち消されてしまっている。またモモちゃん達に動きは無い。彼女たちは最後の最後で観客に徹することを決めたらしい。


 ……暗闇の世界に浸ってみると、改めてよく分かる。確かに僕達は視覚を頼りにしているけれど、視覚以外の情報って本当に大事だ。ちと先輩が見てないようで僕のことを色々気にかけてくれているのがよく分かる。


 「先輩……これ以上のベッティングタイムは不要です」

 「あぁ、分かっている。そして、4枚目の公開だ。ハートの……10!」


 同時にざわめきが広がった。同時にこっちへ向かってくる足音が1つ。多分カルちゃんだ。カルちゃんは僕の手札を覗いては……たぶん才賀先輩の手札を覗いて、そうしてなにやら興奮した様子でモモちゃんの隣へと戻ったみたい。


 「……これは……分からなくなってきたな」


 才賀先輩が言う。この言葉に嘘はない……と思う。これで僕の手札はハートのK、10、8、クローバーの10とダイヤの10と5。この極致においてスリーカードと言えば聞こえは良いけど……できたスリーカードはどっちも共有カード。つまり、才賀先輩もまた同じスリーカードなのだ。


 となると、鍵になるのは――


 「――実に簡単な勝負になりましたね、才賀先輩」


 不意にこみ上げてきた感覚に任せて僕がそう言うと、対岸からは苦笑いが帰ってきた。


 「全くだ! 同じスリーカード同士の戦いなら、決着は残りの2枚による。つまり――」

 「――最初に引いたカードが強かった方が勝ち……笑っちゃうくらいシンプルです」


 そして、僕の手札にはとっておきのキングがあるのだ! 俄然有利になってきたわけで……!


 「ちと先輩ッ!」

 「千歳ちゃんッ!」


 再び目を見開く。真っ暗闇はもう十分だ。光に包まれたテーブルでは、3人のプレイヤーもその助手達も、みんながゲームの動向に目を奪われていた……!


 「最後の1枚は――」


 ちと先輩の白い指が歳月を経て劣化したトランプに触れ――


 「――才賀先輩ッ!」

 「なんだッ!?」


 ――その指がピタリと止まった。


 「約束は……守ってもらいますからねっ!」

 「くどいぞ春茅ッ! 」


 あぁ、モモちゃんとカルちゃんが共に手に汗握ったまま勝負に見入っている……。紫先輩なんて両手を口元に添えていて……


 ――刹那、止まっていた指が動き出した。白日の下にさらされるカード。その運命の1枚は――


 「スペードの……5だッ!!!」


 同時に響く黄色い歓声。カルちゃんが……微妙に事情が飲み込めていないモモちゃんを巻き込んで雄叫びを上げたのだ。そして興奮冷めやらぬまま凄い勢いで捲し立てるように――


 「凄い! 凄いですよモモ先輩! こんな……こんな偶然(・・)があり得るなんてッ!!」

 「え? ……っと、つまり……?」

 「春先輩も寺島理事も……共に最強のキングを持っていたんですッ! だから……最初に配られた2枚のキングじゃない方で決まる勝負だったんです!」


 そこで苦笑した才賀先輩が手札を公開した。お……驚くべき事に、クローバーのKとスペードの9だ……。なんて事だ! 才賀先輩は僕よりたった1だけ強い手札を持っていたのだ!


 「理事の手札は9! 対して春先輩は8! だから、4枚目が開いてスリーカードになった時点で理事の方が圧倒的に有利だったんですよ!」


 ……と、いうわけである。さすがは才賀先輩、こんな土壇場でも強運を発揮するなんて。


 「だけれど、最後の1枚が問題だったんです! 見てくださいモモ先輩! 春先輩の8は、残りが全部使用済みの方に入っているんです! つまり、何が出ても理事に負けは無かった……5以外はっ!」


 そう、5だけは例外なのだ。だって、だよ? この場で5が出たということは――


 「――場の共有カードだけでフルハウスが完成してしまったんです! これでは、最初の2枚なんて何の意味も無い! つまり、この勝負……引き分け(・・・・)なんです」

 「……まったく、春茅。お前って奴は……とんでもないものを連れてるな……」


 才賀先輩が苦笑を続けている。もはや、それ以外どうしようもないと言わんばかりの、だけれどちょっとだけ楽しそうな顔で。


 うん、まぁ、終わり良ければ全て良しって奴かもしれない。確かにこの勝負、引き分けだ。と、いうことはだよ?


 ……思わず僕は立ち上がると、興奮の余り裏返りそうな声で突きつけていた。


 「この勝負……僕の勝ち(・・・・)ですねッ!」


 この為だけに……僕は戦ってきたのだからっ!


 「……ふふ、そういうことか。私の後輩は……まったく、しかたのない奴だ……!」


 ちと先輩は即座に理解してくれた。なので、興奮冷めやらぬ僕はそのままちと先輩の両手を取ると、その場のノリで踊り始めて……


 「はい? いや、春先輩、この勝負は引き分けじゃ……」

 「そーですよ春茅君! というか、引き分けなら賭けた金額がそのまま手元に戻ります! なので、むしろ勝ったのはうちの人――」


 だけれど、口を挟んだ2人は直ぐに止められてしまう。状況を理解している、互いの相方によって。そう、才賀先輩もモモちゃんも、僕の勝利を理解してくれたのだ……! 万歳! 思わず僕はちと先輩が注いでくれたワインを飲み干してしまう。だって……だよ?


 「引き分けじゃないよカルちゃん、それに紫先輩も」

 「えっと……でも、確かに最後のポーカーはお互いフルハウスで――」

 「――カルっちカルっち! そこじゃないし! 戦う前をよ~く思い出して!」


 そう。確かに僕は言ったのだ。


 ――僕は絶対に負けません(・・・・・・・・・・)! と。


 で、才賀先輩は……


 ――勝つのはこの俺だッ(・・・・・・・・・)! って返してきたじゃん? ってことはだよ?


 「春茅は負けないと言ったのに対し、俺は勝つと言ってしまったな。で、結果は引き分けだった――」

 「――だから当然! 才賀先輩は目標を達成できず、一方僕は達成した。どこからどうみても疑念の余地のない、僕の勝利ってわけ!」


 同時に理解の色が広がったのか、紫先輩の顔からハテナマークが消え去り、代わってエクスクラメーションマークが浮かび始め――


 「――まったく! お前という奴は……! お前が何者なのかは分からんが、大物なのは確かなようだ!」


 才賀先輩の白旗によって再び歓喜の声が広がった。まさかの逆転を見せた僕に対し、惜しみない歓声が浴びせかけられる。思わず有頂天になった僕は、つい片手に持っていたワイングラスの赤ワインを一気飲みし……あ! これ前に飲んだ美味しかった奴だ!


 ――後のことは良く覚えていない。僕が平然と飲酒してるのを見た才賀先輩が競うようにブランデーグラスを傾け……それに関心を持った僕はブランデーのお替わりを催促した……ような……気がする。


 気がつけばちと先輩も紫先輩もカクテルで乾杯していて……気のせいじゃ無ければモモちゃんやカルちゃんもご相伴にあずかってて……他にもちと先輩とサンドイッチを分けて食べたり、酔いが回ったので別室で膝枕してもらったような気が……する……んだけど……なんということだ。覚えて……いない。


 ぐぬぬ……一生の不覚! 試合に負けて勝負に勝ったつもりが、勝負にも負けてたなんて……! とはいえ、嵐を呼ぶホームパーティーはこうして幕を閉じたのである……! 


 たぶん……。











 「まったく、やれやれだ。春茅は最後に目的を達成することで勝利して見せたわけだが……その観点から言うなら最大の勝者は春茅じゃない(・・・・・・)。君だったって事か」


 すっかり薄暗くなってしまった部屋で、俺はそいつと対峙していた。場に俺達以外の人間はいない。紫と春茅はアルコールで撃沈してるはずだし、期待の新人嵐野も潰れてこそいないものの、かなり酔いが回っているようだった。おかげで百花ちゃんが梅谷と共に3人の介抱に回ってしまい大忙し。


 ……だからこそ、真犯人(・・・)が動くという確信があった。


 そう思った俺は、不審な動きを見せた人影をこっそりと追いかけた。


 これが推理小説なら、俺は犯人に口封じで殺される場面だが……あいにくそんな物騒な話じゃない。なにしろ――


 「なぁ? 千歳ちゃん?」


 同時に薄暗い部屋の明かりをつけると、長いこと使われてない客間が浮かび上がる。長いこと使われていないベッドと机、そしてその開け放たれた引き出しの側に立ち尽くす……我が姪。


 陸奥千歳。兄の娘にして、春茅の恋人だ。類い希なる知性を持っている反面、女性らしく動揺してしまうとその知性が揺らいでしまうのが欠点な子。


 そんな姪がゾッとするような冷たい微笑みを浮かべながら、トランプの山札を摘まんでいて……


 「叔父さん、何のことですか?」


 愛らしくも笑ってすっとぼけて見せた。


 別に見逃してやってもよかったのだ。だが……


 「しらばっくれる気か?」

 「いえ、本当に心当たりが――」

 「――ポーカーだ」


 俺がそう言うと、彼女は喋るのを止めて代わりに微笑みを維持し続ける。まるで、一切の情報を微笑みで上書きするかのように。


 「途中から怪しいと思っていたんだ。君の春茅に対するアドバイスは的確かつ具体的すぎた。まるで、全てのカードを把握していると言わんばかりにな」

 「誤解です。私は純粋に第三者の視点からアドバイスをしていただけで――」


 それはそうだろう。嘘ではない。嘘ではないが……


 「――最後のゲームだ」


 俺がそう言うと、千歳ちゃんは少しだけ動いた。持っていたトランプの束をゆっくりと机の引き出しにしまい、静かに俺を見た。あらゆるものを見逃さない、探偵の目だ。あぁ、やはりそう来るか。探偵はプレイヤーだけではなかったか。


 「君は春茅を救いたかったのだろう? だが……あの土壇場で5枚の共有カードでフルハウスが完成して引き分けになる? そんな偶然があってたまるか。君だよ。ディーラー役の君が、残りの8枚の山札から5枚の共有カードを選ぶとき、自分に都合の良いカードを選んだんだ」


 本当は春茅が勝てるカードにしたかったのだろうが……あいにくと俺が引いたカードが強すぎたのだ。だから、やむなくフルハウスなどというあからさまな札で強引に引き分けざるをえなかった。


 そこで、彼女は目を細めた。


 「叔父さん、いくら私でも裏向きのトランプの絵柄は分かりませんよ」

 「そうかな? なにしろあのトランプは古いもので、所々すり切れていたり汚れていたり――」

 「――確かに見覚えのあるカードがあったのは事実です。しかしながら、全部ではない。それじゃ無理です。偶然の一致に過ぎません」


 その通りだ。呆れたように肩を竦めて苦笑いを浮かべている彼女は実に堂々としていて、全く疑わしい素振りを見せない。なるほど、不意打ちに弱い彼女は、その代わり事前の予測さえついていられればいくらでも対処できるというわけか。


 「俺が言ってるのは古い傷じゃない。今日君がつけた新しい傷(・・・・・・・・・)のことだ」


 遠回しな謎解きなんて趣味じゃない。ハッキリ言おう。今回のポーカーを提案したのは彼女だ。そして、トランプを取ってきたのも彼女だ。言い換えれば、彼女だけが細工する時間が合ったのだ……!


 「……なんのことでしょう?」

 「イカサマのことだ。君はトランプを取りに行ったとき、ついでにトランプに細工したんだろう? そう、手品師がよくやるよう……トランプの裏面に小さく傷をつけたんだ」


 傷、というのがポイントだ。よっぽど凝視しなければ分からないし、凝視したとして元々がボロボロのトランプなのだ。傷ついていても何の不思議でも無い訳で……


 「なるほど? つまり叔父さんは私がトランプを探すのに手間取ったのではなく、細工していた、と?」

 「まぁな。そう考えている」


 ニヤリ、と笑った。俺も、千歳ちゃんも。お互いがお互いを罠にはめようとせめぎ合っているのだ。


 「話は分かりました。では、手っ取り早く証拠を見せてください」


 視線だけで笑った彼女が言う。どこか傲慢ささえ感じさせる言葉遣いだが、不思議と嫌味ではない。俺は黙って引き出しに仕舞われたばかりのトランプを指さしていた。彼女はそれに応じて、ゆっくりと引き出しからそれを取り出し、こちらへ渡す。


 「叔父さん、残念ですがそれは言いがかりというものです。このトランプのどこに怪しい傷があるというのですか?」


 自信満々の彼女。清々しさまで感じさせる堂々たる立ち振る舞い――


 「スペードのエース(・・・・・・・・)だ」


 ――その顔が顰められた。


 同時に俺は素早くトランプの束の中からスペードのエースを選んで抜き取って示し……


 「……特に……怪しい点はありません(・・・・・・・・・・)けれど」


 そう! そのエースには何の不審な点もなかったのだ! 表面も裏面も側面すらも、怪しい傷や汚れは何もない! 証拠など一切無い!


 「だからだよ(・・・・・)

 「……どういう意味ですか?」

 「傷や汚れが一切無いからおかしいんだ。なにしろ、紫がカクテルを零して青黒い染みが残っている筈なのにな!」

 「……っ!」


 そう。千歳ちゃんが席を外している間に、あのバカは酔っ払った挙句カクテルを零して使用済みのトランプを汚しているのだ。だが、この手元にあるトランプに一切の汚れがない。


 何故か?


 「絡繰りは簡単だ。君はトランプを取りに行ったときにカードに細工したんだろう。同時に梅谷に買出しをさせた。そう、あれの目的はつまみじゃない。証拠隠滅用の新品のトランプ(・・・・・・・)を買いに行かせたんだろう」


 そして、ゲームが終わった頃に細工したトランプを回収し、代わりに新品のトランプと入れ替える。


 「それは……都合良く同じトランプが売っているとは――」

 「――売っているとも。それは手品師やギャンブラーが使う本格的なトランプだ。だからマジックショップに行けば一発で手に入る」


 そして、立浜の街にその手の店は一軒しかない。そう、俺が購入した場所だ。同じものを買い求めるのは難しくないだろう。後は彼女のポケットを探るだけなのだが……どうやらその必要も無さそうだ。


 「……叔父さんには敵いませんね」

 「目的は春茅か? 君が犬猿の仲の能登と手を組んだときは驚いたものだが……」


 そうして、千歳ちゃんはあっさりと白状するとやれやれと言わんばかりに肩を竦めて見せたのだ。


 「そこまでお見通しとは……」

 「別に驚くほどでもないだろう? あのブラコンの能登愛梨が春茅に関心を持って接近する? それこそまさかだ! あいつの好みは兄のように身長が高くて爽やかなスポーツマン。どちらかと言えば小柄で頭脳派の春茅とはかけ離れている。まぁ、嫌っているわけではないから、秋風相手に共闘くらいはするだろうが……それにしたってあれはやり過ぎだ」


 そう。話は2年ほどさかのぼる。千歳ちゃんが立浜高校を卒業して……春茅が探偵部でひとりぼっちだった時だ。


 「組んだのは能登豪太の方だろう? 確か”生徒会の醜聞”の件で君はあいつに貸しがあったな」

 「……その通りです。……あの冷徹人形に頭を下げたくはなかったので、人形が絶対に逆らわない兄を通しました」


 千歳ちゃんには他に頼れる“後輩”がいなかったのだ。なにしろ、探偵部の後輩は当の春茅だけ。一体誰が、春茅が研鑽を積んでいるか、寂しがっていないか、浮気をしないか(・・・・・・・)見張るのだ?


 「最初はほんの軽い気持ちだったんです。それこそ……彼が1人で頑張っていけるか不安で、困っていたら助けてあげて欲しいと。でも……それは失敗でしたよ。あの小憎たらしい女は……正確にこっちの意図を察すると、意趣返しとでも言わんばかりに伝えてきました。春茅君はとても魅力的な男性に育ちましたが、その分関わりのある異性も多い、とね」


 やっぱり、この2人は仲が悪い。似た者同士だと思うのだがな……。


 「もちろん、脚色が入っているのはすぐに分かりました。分かりましたが……私にはそれを確かめる手段もなかったのです」

 「……なにしろ、百花ちゃんですら……」


 ……一騒動あったわけだ。姫乃もそれに付き従って。


 そこで千歳ちゃんはやるせなさそうに目を伏せた。自己嫌悪でいっぱいなのだろう。


 「分かってはいたんです。彼と会う度、彼は変わらず私を見ていることが。だけど……」

 「一度持ってしまった疑いの芽は消えなかったのか」


 ……おそらく、彼女が春茅を愛しているから。愛しているから……愛して欲しくなって(・・・・・・・・・)しまったのだ。あぁ……一体誰が彼女を責められようか。


 能登の妹の意趣返しは見事に成功したわけだ。いや、成功しすぎたのか。


 「しかも、今年はとびきり綺麗な1年が、募集もしてないはずの探偵部に入ってきたと、しかも窮地を後輩に救われたと聞いて……」

 「………………」


 後は……何も言うまい。誰にだって言うものか。1人で寂しかったのは、春茅だけじゃなかったのだ。


 「だから……試したのか……」

 「はい、叔父さんには申し訳なかったのですが、利用させてもらいました」


 そうして、板挟みになって耐えられなくなった彼女は、ついに自分の手で春茅の気持ちを探ることにしたのだろう。そこでギャンブル(ポーカー)だ。なにしろ、大金のかかった賭博ほど人間の理性を消し飛ばし……本音を探る絶好の機会なわけだから。


 ……そして結果は………………まぁ、言うまでもないだろう。


 千歳ちゃんはそこで視線を外して窓へ寄った。そのガラスに彼女の白い息がついては消え、またついては消えていく。


 「不思議なものですね。私は彼に追いかけられてばかりだったので……つい怖くなってしまったんです。もしかして、自分の後ろには誰もいないんじゃないか? 自分は一人で踊り狂う道化じゃないのかと」

 「だとしたら、杞憂だったな」


 思わず俺は苦笑いを浮かべていた。なにしろ春茅ときたら、千歳ちゃんが卒業した後も彼女だけを追いかけて走り続けていたのだから。


 「まったくです。あまりの情けなさに泣きそうになりますよ……」

 「……若いっていうのは、そういうことだ」


 さて、そろそろ時間だ。なにしろ春茅は鋭い。これは実際にあいつと戦った俺自身の堪だが、あいつも何処かゲームに作為的なものを感じていたように思える。疑念と言うほどでもないだろうが……どのみち、潮時だったわけだ。


 「そろそろ時間だから戻るとして……1ついいか?」

 「構いませんが……何でしょうか?」


 そう、紫以降の探偵部の伝統として、謎解きにはご褒美が貰えるらしいのだ。ならば、このくらい聞いても罰は当たるまい。


 「賞金女王の百花ちゃん、最後の決戦に勝利した春茅、そしてゲームの謎を解いた俺。はたして誰が最高の探偵だったのだろうな?」


 結局のところ、そこに尽きるのだ。


 原点に立ち返った俺に対し、千歳ちゃんは……意外なことに笑って返してきた。


 「さて。それこそ最大の”謎”ですよ」


 何しろ俺達は生きて日々成長しているのだから。


 いつのまにか俺は自然と笑みを浮かべてしまっていた。なにしろこの謎を解くのは実に簡単で、それでいて愉快に違いないのだから。


没ネタ化していた伏線を回収しました。本編と矛盾があったらすみません。


→参考文献

ジェイムズ・マクマナス著 真崎義博訳(2006)、「殺人カジノのポーカー世界選手権」、株式会社文藝春秋発行

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