白面の教師②
思わず頭の中が真っ白になっていた。クマちゃん先生がとても大切に扱っていた婚約指輪が無くなってしまったのだ。流石の私は勿論カルっちも校長先生も、あまりの展開に黙り込んでしまっていた。
見ればクマちゃん先生は……可哀想なほどに真っ青になってしまっている。おバカな私には上手い形容が思いつかないけれど……まるで追い詰められて自殺するかのようだった。
「……指輪……私の……指輪が…………どう……して……?」
「お……落ち着いてよクーちゃん! きっと何処かに落としたんだよ!?」
見る影もなく意気消沈してしまったクマちゃん先生を小白先生が必死に慰めているものの、その効果は……残念だし。
「皆さん落ち着いて下さい!」
私達が呆気にとられて呆然と立ち尽くしていると、校長先生が必死に声を上げていた。
「小白先生の言う通りです! ひとまず熊田先生のデスクを確認しましょう。それから……熊田先生、最後に指輪を見たのは何時ですか?」
同時に私達も再起動。むむむ……残念だし。リョウっちなら即座に正しい行動が取れたはずなのだ。
「あ……え……っと、その……昼休みだと思います。昼休みに女子バレー部の生徒達がプレゼントを持ってきてくれたので……その時に開けて……オルゴールの音色を聞いたはずです……」
「……なるほど。それでは……昼休みの後はどこに保管しておりましたか?」
「……それは……デスクの上に……」
――置きっ放しになっていたのだ。
クマちゃん先生は迂闊だったと死にそうな顔で反省しているようだけど……何だか話がおかしい気がするし。
……そう、オルゴールだ。あのリングケースにはオルゴールが仕込まれている筈なのだ。となれば、誰かがリングケースを開けて指輪を盗もうとすれば、オルゴールの音色が鳴り響いてしまう……はず。
思わず私は首元のリボンを撫でていた。……驚きから立ち直った私の心は、代わって憤りでいっぱいになっていたのだ。人を不幸のどん底に陥れるだなんて、いくら何でもこの悪戯はやり過ぎだし!
「見当たらない。……それでは……一体誰がこんなことを!? まさか……」
私の悪い予感は的中したのか、校長先生が厳しい顔を浮かべて結論を述べる。だけれど、その言葉は途中で遮られてしまった。
職員室に怪訝そうな顔をした人影が入ってきたのだ。そしてそいつは中の空気で全てを察したらしく……ニタリ、と嫌みったらしく笑った。
「あら、熊田先生……何の騒ぎですか? 一流の音楽家にとって騒音は最大の害悪だと伝えたはずですが?」
ピシッと決めたスーツにお堅そうな銀縁眼鏡。右頬にあるほくろは釣り上がった唇によって皺の中へと埋没しかけている。言わずもがな、噂の元凶が戻ってきたのだ。
「…………貝塚……先生……」
「どうかいたしましたの? 私、せっかく先生のために結婚行進曲を練習して参りましたのに……」
――ピシリ、と空気が凍り付いた。
思わず職員室にいた先生方の誰もが痛ましげにクマちゃん先生も見てしまう。先生は……引き攣った顔で必死に笑って受け流そうとしていた。
「いや……実は…………」
「まぁまぁ! まさか指輪を無くした、なんて言いませんわよね? 婚約指輪はその名の通り婚約の証明。それを相手の目の前で無くしたとなれば……婚約解消、と取られても文句は言えませんのよ?」
わざわざ4文字熟語だけを強調して言うと、貝塚は馬鹿にしたかのような視線を……ううん、心の底から愚図と嘲り笑うような表情を隠そうともしなかったのだ。
……1つだけ、分かったし。
私、どう頑張ってもこの貝塚とは仲良くなれそうにない。カルっちが言ってたことは全部本当のことだったのだ……。
「おほほほ! それでは皆様、ご機嫌よう。私、次のコンクールの準備がございますの! 失礼……!」
同時に貝塚は小白先生の奥のデスクにおかれていた鞄を抱えると、これ以上ないほど晴れやかな表情で颯爽と職員室を出て行った。
……そうして、重苦しい空気だけが残されてしまったのである。
そこでようやく混乱を打破したのか、校長先生が慌てて口を開いた。
「こんなことはやりたくないが……念のためだ。皆、協力してくれますね?」
……言わなくとも分かる。既に時間は放課後で、いつ先生方が貝塚みたいに帰ってしまうかもしれない。だから、所持品検査をしようというのだろう。
だけれど、それは……完全に……手遅れなわけで……
「……く、クマちゃん先生……! その……大丈夫だし!?」
思わず私は先生に声をかけては、ハッとなってしまっていた。先生は……泣いていたのだ。朝幸せいっぱいの時に施したメイクが乱れてしまい、しかも本人はそれに気付いていない。
カルっちですら口を押さえて絶句してしまっている。
……誰も……何も言えなかった。
その後、私達は邪魔だということで職員室から放り出されていた。無関係な可能性が高かったし、何より……クマちゃん先生自身が、探偵部は間違いなく関係ないと言いきったのだ。先生…………。
「モモ先輩……」
夏の残照に満ちた部室に戻ると、カルっちがやるせなさそうにこっちを見た。カルっちは……渡しそびれたプレゼントを胸に抱えたまま、悔しそうに呻く。
「モモ先輩! 犯人は分かってます! というか、それ以外あり得ません! どうにかして貝塚の糞野郎を捕まえましょう!」
諸手を挙げて賛成! ……と言いたいところだけれど、そういうわけにもいかないのだ。部長たるリョウっちが留守な以上、今の探偵部の代表は私。私に廃部間近の探偵部の名誉がかかっているのだ。その晩節を汚すわけにはいかないし。
「落ち着いてカルっち。純粋に起きた現象だけを考えてみようか」
「……それは!? ……まぁ、モモ先輩がそう言うのなら構いませんけれど……」
不承不承といった体でカルっちはプレゼントを机の上に置くと、椅子に座るのも惜しいと言わんばかりに詰め寄ってくる。
「でも簡単です! 最後に指輪が確認されたのは昼休みです! そして放課後に開けた時には指輪はありませんでした! 犯人はその間に指輪を盗んだんです! つまり――」
……カルっちは、決して見た目通りのお馬鹿な子ではない。どうやら一足先に推理を済ませていたっぽい。
「――授業中の生徒には不可能です! 間違いなく犯人は教師陣の中にいます!」
カルっちが何を言いたいのか、そんなことは言われなくとも分かっている。
クマちゃん先生のデスクは職員室で一番入口近くにある。その隣が小白先生で、更にその隣が貝塚の席。うん、怪しい。超怪しい。しかも動機まで揃っている。
「盗んだのは貝塚で間違いないですよ! 貝塚なら自分の席に近づく過程でクマちゃん先生のデスクに近づいたって不自然じゃないです! そして貝塚の更に奥の席は保険室の蔵本先生です! 彼女は保健室勤務ですから、職員室には居なかったはずです。あの列に座っているのはそれだけです! しかも貝塚は授業のコマ数の少ない音楽教師。対するクマちゃん先生はコマ数の多い体育教師! これで他に誰を疑えって言うんです!?」
と顔を真っ赤にしたカルっちがマシンガンのように一気呵成に捲し立てた。どうやらカルっちも我が事のように怒っているっぽい。
カルっちの言うことは正にその通り……なのだけれど、実は1つだけ問題があるのだ。
「でもだよ? 貝塚はどうやってリングケースを開けたんだし?」
小白先生の深い愛は……こんな所で役に立ってしまったのだ。そう。リングケースを開けるとオルゴールが鳴り響く。もちろん大音響じゃないけど、それにしたって静かな職員室中で鳴り響けば分かるはず。
「う……そ、それは…………オルゴールのゼンマイ巻いてなかったとか……」
「さっき開けたとき、ちゃんと鳴ってたじゃん」
思わずカルっちは眉根を寄せて考え込んでしまう。ぐぬぬ……私だって貝塚の疑惑を追及する側に回りたいのに……。
「す、素早く開けて、素早く抜き取ったとか……!」
「無理だし。さっきのオルゴール、リングケースをちょっと開けただけで鳴ってたじゃん」
「……ど、怒鳴り散らしてオルゴールの音色をかき消したとか……!」
……あ、ありえなくはない……かも。でも、それは調べれば直ぐに分かるはずなのだ。
そこで時計を見れば、まだ時間には余裕があった。
「……勉強会が終わるまでには、まだ猶予がある。リョウっちに報告する前に、確認しないと……!」
かくして、私達は再び職員室へと足を向けたのである。
だけれど、そこに近づくまでもなかった。偶々通りかかった生徒指導室……通称熊の巣穴から啜り泣くような声が聞こえていたのである。
……せっかくだからと、カルっちが贈り物を持ってきたけど……そんな空気じゃない。
私は思わず聞かなかったことにしてUターンしようとしたのだけれど……あいにくとカルっちはそうは思わなかったようだ。
「クマちゃん先生……大丈夫ですか!?」
ノックもせずに扉を開けて中に入っていた。慌てて引き留めようとしたものの……中ではクマちゃん先生が泣きはらした真っ赤な目のまま無理に笑ってしまっていた。
その瞳には、何やら縋るような色が含まれている。思わず私はハッとなって気圧されていた。
私達は探偵部なのだ。だとすれば、当然謎解きの依頼が来るわけで……その実績も積み上げてきたわけで……まして現部長は歴代屈指の知恵者と噂されているわけで……
自然と身が引き締まっていた。
……どうやら、覚悟を決めないといけないようだ。
「百花……狩亞…………私は……」
「分かってます! 必ず先生の指輪を取り戻して見せます! だから……もう、泣かないで…………!」
そう言うカルっちは不思議と涙目になっていた。彼女の先生を思う気持ちは確かに伝わったらしい。クマちゃん先生は虚ろな表情ながら、語り出したのだ。
「……私と洋輔……小白先生は……私がこの立浜高校に赴任した時からの付き合いなんだ……」
クマちゃん先生は泣き笑いの表情で私達を椅子に座らせると、そのまま背を向けてコーヒーを淹れ始めている。
「お前達探偵部とも関わり合いがある。数年前の話だが……七不思議対策で理科室を調べていてな……私が泊まり込むと言ったら、危ないから自分も付き合うと言ってくれたんだ。……一緒に苦いコーヒーを飲みながら夜を明かして……」
そう言う先生の手にはコーヒー用のガムシロップが。だけれど手に取った数が2つなので、先生自身は使わないっぽい。
「それから暫くして……交際を始めたんだ。その件で貝塚先生に睨まれていたのも知っている。何度も身を引こうかとも思ったのだ。だけれど……その度に洋輔が泣きそうな顔になってな……私は何も言えなかった」
「……先生…………」
「だからだろうか。まるで神様が私達の背中を押すかのように子供を授けてくれたんだ。不意の赤ちゃんだったから2人で驚いて……だけれど、それで洋輔も覚悟を決めたのか、正式にプロポーズしてくれて……」
同時にクマちゃん先生お手製のコーヒーが私達の前に置かれた。普段はガムシロップもミルクも入れて飲むのだけれど……まぁ、偶には先生と同じブラックも良いだろう。
「その後、2人一緒に横浜の……もう一生行くことはないだろう……宝石店に行って……お揃いの婚約指輪を作ってもらったんだ。お互いのイニシャルを……刻む指輪を…………うぅ……注文して……ぅ……楽しみに待ってて……式場も選んで…………ぅぁ……昨日待望の指輪届いて……でも無くなって……」
「先生!? もういいんです! 大丈夫です! 気を確かに!」
大粒の涙をぼろぼろ零し始めたクマちゃん先生を前に、カルっちは羽が生えたように直ぐさま駆けつけると、優しく後ろから抱きしめて背中を摩っていた。
同時にクマちゃん先生が堰を切ったように泣き出してしまう。思わず私も立ち上がり……
「クーちゃん!?」
同時に婚約者の泣き声に慌てたらしい小白先生が扉を勢いよく開けていた。クマちゃん先生は必死に笑みを形作ろうとして……だけれどそれはギクシャクしたもので……
「……洋輔…………すまない。一人にして貰えないか?」
「で、でも……今の君を放っては……」
「頼む…………お前なら分かるだろう? 百花?」
……今の先生のお化粧は、無残なまでに崩れ落ちているのだ。だから私は思わずカルっちと視線を交し――
「小白先生! なんだか喉が渇いたからジュース驕って欲しいんだけど!」
「え!? いや、それどころじゃ……」
「あー! モモ先輩、ずるいー! 私にもー!」
「え? あ? 待って!?」
私とカルっちは小白先生の白衣を左右から鷲づかみにすると、渾身の力で引っ張っていた。
なおも小白先生が何か喚くものの、それはカルっちが『この馬鹿教師! 婚約者に恥をかかせるつもりですか!?』と小さく罵倒すると、大人しくシュンとなってしまう。
そうして、小白先生をズルズルと連行しつつ話を聞いて……。
私達は中庭の自動販売機の前で仁王立ちしていた。
その手には一応の口実として奢って貰ったブラックコーヒー。どうやら小白先生は女性の扱いは上手くないっぽい。なにゆえお砂糖とスパイスとそれから素敵な何かで出来ている現役女子高校生が、よりにもよって苦いブラックコーヒーを好むと思ったし。
それはともかく。私達が仁王立ちして冷たい目線を隠していないのには訳があるのだ。
つまり――
「それは……貝塚先生を庇うということですか?」
怒りのあまり夜叉のような表情になったカルっちが小白先生へと詰め寄っていた。当然小白先生は可哀想なほど慌ててしまうものの……
「そ、そうじゃないよ!? でも……知歌子は指輪を盗むような人じゃないってだけで……」
同時にカルっちの視線がゴミを見るかのようなものに変わる。
――知歌子。
そう。この先公はよりにもよって、婚約者以外の女の名前を親しげに呼んだのだ! しかも、婚約者が傷つき泣き暮らしている時に……!
私達の怒りが伝わったのか、先公は慌てたように青白い顔で何かをモゴモゴと口にする。
「違うんだよ!? ただ、僕も一応調べてみたんだ! 昼休みから放課後の間、職員室には常に2人以上の人間が居たんだよ!? 不審なことがあれば気付いたはずなんだ!?」
……正論だ。正論なのが尚更腹立つし。
私達が聞きたいのはそーいうことじゃない。だけれど、この先公は全くそれに気付いていないようで――
「それに、知歌子は誤解されやすい子なんだ!? あんな風に意地張って高飛車に振る舞っているのも、本当は挫折の味を知って傷つき易い彼女自身を庇うためであって――」
「あ?」
「な、なんでもないです、すいません」
私が一言凄むと、小白先生は蛇に睨まれた蛙のように縮こまってしまった。いや、それも事実か。だって、うちの実家の権力があれば教師一人の首を切るくらい簡単だし。
「モモ先輩……それで……こいつ、どうしてくれましょうか?」
カルっちは持ってきたプレゼントに皺が寄るくらいきつく握りしめていた。熊田友子と小白洋輔の名前が完全に歪んでしまっている。
本来なら即座にゴミ箱にポイしたいみたいだけれど……クマちゃん先生のこともあって思いとどまっているっぽいかな。
「カルっち」
「はいっ!」
「……新聞部を呼んで来て。生徒指導室に……!」
「……任せて下さい!」
カルっちはそれを聞くや、先公に向けて露骨な舌打ちをかましてから速やかに駆け出していく。
その気持ちは私にもよく分かる。
そうして、中庭には私と小白先生だけが取り残されていた。
「そ、その……えっと……この件は……」
「……良く聞くし。私は……これ以上クマちゃん先生に悲しい時間を過ごして欲しくはないと思っている。だから……今から言うことをやれ」
偉そうな、だけれど有無を言わさない私の言葉に小白先生は驚愕のあまり飛び上がるようにしてその瞳を見開き……だけれど、従うことを決めたようだった。
かくして、生徒指導室では処刑人のような顔のカルっち、無慈悲な宣告を下そうとする私、そしてそれを興奮した顔で見守る新聞部という構図が出来上がっていた。
その途上、最後にもう一度振り返ってみる。……これが……クマちゃん先生にとっての一番幸せな結末の筈なのだ。
……先生には……少しだけ申し訳ないけれど
「……それで……どうしたんだ百花? 新聞部まで連れてきて……」
そう言うクマちゃん先生は被害者だろうか? いや、少し違うような……でもでも……微妙に被害がある気も……まぁ、いいか。
それはともかくだ。私はそこでこれから処刑される加害者のように怯えた小白先生を見た。
「クマちゃん先生……リングケースを貸して欲しいんですけど……?」
「……あぁ、これだ」
おずおずといった風に私に手渡されたそれは……やっぱり触り心地が良い。念のため確認するも、ケースの外側には何もなかった。オルゴールのゼンマイは中の隅っこにでも潜んでいるのだろう。
「……クマちゃん先生。実は先生の指輪が見つかったんだし」
チラッとだけ開けずにケースを確認した私は、それを無造作に小白先生へと投げ渡す。ふーんだ。精々が婚約者の愛の確かさを実感するが良いし。
「モモ先輩!? それは!?」
「……え? ……ぁ…………本当なのか……!?」
同時にカルっちとクマちゃん先生が私に詰め寄ってきて……不覚にもちっこい私は長身の2人の挟まれ身動きできなくなってしまった。……ぐぬぬ…………! べ、別に今更悔しくないし!
「さ、流石は探偵部です! さっき聞いたばかりの謎を、もう解いてしまうとは!? して……肝心の指輪は何処に!?」
2人じゃない。3人だった。カルっちほどではないにしろ、背の高い新聞部の眼鏡をかけた女子がまで加わり……不覚にも人の波に溺れてしまっていた。……ちくしょう。
「わーわー! 一旦離れるし!」
そう言うや、3人は潮が引くように一斉に下がっていった。だけれど、視線だけは私に集中している。うぅ……推理するって……こんなに大変なことだったんだ。やっぱり、リョウっちは偉大だったし……!
「まず! 指輪は昼休みの職員室にあったし! そして、常に2人以上の人間がいた職員室で保管され……放課後にはなくなっていた!」
そこでカルっちが事実に気付いたみたいで……丑の刻参りにでも行きそうな顔で小白先生を睨んだ。そう、職員室には常に2人以上の人間が居たのだ。例えば……小白先生と貝塚、とか……!
「そして、指輪の収まったリングケースにはオルゴールの仕掛けがあった! ケースを開けるとオルゴールが鳴り響く! つまり、ケースを開けたら他の誰かに気付かれてしまうはずだし!」
同時にどうやら早まったのか、カルっちがゴキブリを叩き潰すが如き殺意を小白先生に送り始めていた。小白先生は真っ白になって怯えたように部屋の隅に追いやられてしまい――
「分かりましたモモ先輩ッ! つまり犯人は――」
「そう! 犯人なんていなかった! それがこの事件の正体だし!」
私がそう言うと、同時に皆が一斉に――頭を抱え始めた。いや、もちろん疑いの晴れた小白先生以外は、だけど。
しかし、みんなの混乱は酷いらしい。新聞部は『これじゃ記事にならない』とか言ってるし、クマちゃん先生に至っては『まぁ、探偵部も英才が連続したから……』などと非常に心外なことを言ってのけている。
そうして、クマちゃん先生も新聞部もカルっちを見た。どうやら、彼女が代弁することを期待しているっぽい。
そのカルっちはというと――
「モモ先輩……それは……つまり……どういうことです?」
それが必死で最大限言葉を選んだ結果っぽかった。だけれど、優しい私は勿論そんなことに目くじらを立てたりはしない。実際皆の気持ちもよく分かるしね。
そうして、私は小さく小白先生にウインクを送った。……よし、舞台は整えてやったのだ、後は向こうの頑張りに期待だし……!
「つまり……」
「……つまり?」
「そう、つまり……」
カルっちがジリジリとにじり寄ってくる。微妙に真顔なのが怖い。ええい、もう限界だ! どうにでもなるしっ!
「つまり、指輪は最初から盗まれてなどいなかった」
「…………はい?」
そう。そう言うほかはないだろう。だから、私はリングケースを小白先生にさりげなく渡したのだ。だって、クマちゃん先生が最も欲しいのは……謎解きではなく愛する小白先生の言葉だろうから!
「単なる見間違いだし。カルっちも良く思い出してみて? リングケースはバラの装飾とかがある立派な品だったっしょ? つまり、それだけ隙間があるってことじゃん?」
……ってことはだよ? ケースを手に取った拍子に指輪が台座からこぼれ落ちて、隅に転がった可能性だってあるのだ。そう、オルゴール付なので、大きめのリングケースの隅っこに。
「……はぁ、しかしモモ先輩。リングケースならクマちゃん先生が穴が開くほど探してるはずじゃ?」
「そうだ! その通りだ! この目で確かに見たんだ! 装飾を一つ一つかき分けるように――」
そこでクマちゃん先生は口ごもった。私がビシリと人差し指を先生の眉間に突きつけたからだ。そしてその指先は皆の見てる前でスッと移動し――
「クーちゃん、大丈夫だよ。何か勘違いしてないかい?」
小白先生の両手を指したんだし! そこにはもちろんクマちゃん先生達が2人で買ってきたリングケースが……! 同時に鳴り響くオルゴール! みなまで言うな! 後は分かってるし!
「指輪なんてどうでも良いんだ! 友子! 僕が愛しているのは君だけだっ! 他の誰よりも、想っているこの気持ちだけは負けないぞッッ!!!」
パカリと開かれたリングケース! その中央の台座には、確かに婚約指輪がちょこんと乗っていたのである!
同時に響き渡るのはカルっちと新聞部の黄色い悲鳴! もちろん……2度目のプロポーズを生徒の前で決めた小白先生のせいだし!
……あ、あれ? よく考えたら、あんまり大したこと言ってないような……
「えぁ……あれ? 私の…………指輪?」
「もちろんだとも! ふふ! クーちゃんは気付かなかった? ほら、確かめて! 指輪の内側に、僕の愛が刻まれてるのを!」
クマちゃん先生は呆然としながらも震える指先で指輪を摘まむと、未だに信じ切れない顔のまま窓へと向ける。するとどうだ! 日の光を受けた指輪はロマンチックな黄金色に輝いているではないか……!
「……熊田友子へ…………愛を……込めて……?」
「さ、左手を……」
「……う…………うん……」
そうして、生徒3人がハラハラと見守る中、ゆっくりと薬指に指輪が納められた。……指輪は……少しだけ大きいけれど、填めるのに支障は無かったみたい――
――瞬間、クマちゃん先生が小白先生にキスをした。
再び響き渡る黄色い悲鳴。不意打ちだったので今度は私まで上げてしまったし……。
しかも小白先生は私達の視線など全く気にせず音までたて始め……
「あわ!? た、大変だし…………!」
思わず小声で叫ぶという不思議な芸当を披露した私に従い、お邪魔虫3匹は静かに退出して扉を閉めるミッションに成功していた。




