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立浜高校探偵部  作者: 中上炎
外典
81/93

白面の教師①

 夏の盛りも過ぎて木々の実が充実し始めた頃、その驚愕のニュースは飛び込んできた。なので口実……じゃなくて仕事ができた私は、早速生徒会室へと足を向けたのだ。


 そのニュースをリョウっちに伝えると……


 「な、何だって!?」


 生徒会室でお仕事中だったリョウっちは驚愕のあまり勢いよくデスクから立ち上がり……


 「あいたッ!?」


 勢い余って膝を机に強打、反射的に足を引いたのだけれど……その際足の小指が椅子の足を直撃、涙目になって悶絶してしまった。


 そのニュースをお姉に伝えると……


 「ぶふァッ!?」

 「ぎにゃぁぁぁぁぁ!? 私の! 私のドレスがっ!?」


 驚きのあまり優雅に飲んでいた紅茶をよりにもよって私に向けて吹き出し、せっかく買ったおニューの、フリルが可愛い白を基調としたドレスが紅茶色になってしまった。


 ぐぬぬ! お姉……リョウっち以外にも私から奪うとは……許すまじ!


 ちなみに、カルっちに伝えたときは……


 「わぁ! それはおめでたいです! モモ先輩! 私達からも何かプレゼントを贈りましょうよ!」


 ……だった。


 ……なんだし、この温度差。


 それはともかく。とにかく私もお世話になったことは知っている。だから、カルっちの案に賛成だ。その為、ひとまず情報を集め始めたんだし。


 そう。それはこんなニュースだったのだ。


 ――クマちゃん先生、結婚す!!!!


 その日、立浜高校は祝福に沸いた。




 「モモ先輩……結婚祝いとなると何が良いですかね……?」


 部室で隣の椅子に座ったカルっちは、着崩した制服のままスマートフォンに向けて眉根を寄せている。椅子をシーソーみたいに後ろに傾けながら、器用に調べているのだ。……でもカルっち、その体勢だと、お客さん来たらパンツ丸見えだよ?


 まったく、この子はモテるくせに不思議と無防備なところがあるのだ。


 例えば……制服のリボンだし。カルっちはリボンを緩―くギリギリの所で結んでいる。となると、普通リボンの紐も伸びきり下に垂れ下がるじゃん? ところが……そうはならない。ぐぬぬ……ぐぬぬぬぬ……! カルっちのリボンは……大きなお胸の上に乗っかってしまうのだ!


 く、口惜しや!? あれくらいの胸があったら……私の恋も実っていたかもしれないのに!?


 「ネットで調べた限りではセンスの良い食器とか……あるいは買うほどじゃないけど、あったら便利な家電なんかが良いっぽいですけど……」

 「ぐぬぬ……」

 「モモ先輩?」


 思わず私がリボンを解いて結び直しては挫折感に浸っていると、カルっちは不思議そうに私を見た。そうして柔らかく微笑むと、椅子シーソーを止めて私の背中に回り、リボンを結ぶ。どうやら勘違いしてくれたようだし。


 「でも……モモ先輩、髪切っちゃったんですよね。前の長い髪……とっても似合ってたのに」

 「ふふん! 元々短い方が好きだったんだし! そんなことより、クマちゃん先生への贈り物を選ぼっ!」


 ――そう。私はこの夏、髪を切ったのだ。……淡い、そして大切な思い出と共に。


 「カルっち! 多分カルっちが調べてくれたのは一般的な結婚祝いだし! でもでも、クマちゃん先生の場合はちょっとばかし事情が違う……!」


 そう。贈り物を贈るなら、相手の事をよく考えて送るべきだろう。成金の我が家ではプレゼントを贈る時の鉄則だし。特に今回のクマちゃん先生の場合、微妙にセンチティブな部分が含まれているのだ……! ……あ、あれ? セン”シ”ティブだっけ? ま、いっか。


 「クマちゃん先生はできちゃった結婚。そしてお相手は……化学の小白先生、つまり同僚だし!」


 ということは、2人の収入は同じくらい。そして突然の結婚だったということ。当然結婚の事前準備はできていなかったわけじゃん?


 結婚にはお金がかかるもの。もちろんクマちゃん先生は恋に恋する乙女じゃないから、ど派手な結婚式とかはしないと思うけど……それにしたって200万円は固い。ましてや、そこに出産費用もかかるのだ。ううん、もしかしたら、新居も必要になるかもしれない。


 「つまり、喜ばれるのは生活が便利になるものよりも、実際に必要な物の筈だし! ……というわけで、こんなのはどうかな?」


 と言いつつ、胸を張って私のスマートフォンに記された品物をカルっちに見せてみる。今治産最高級ブランケット&タオルのセット。これなら母親も赤ちゃんも纏めて優しく包んでくれるはず……! お値段を言わなければ気軽に汚せて、最後は雑巾に転職させて貰えるだろう。


 「なるほど! 流石ですモモ先輩! これにしましょう! ……ちなみに、お値段は…………っ!?」


 目をキラキラさせたカルっちは……だけれど値段を見て固まってしまった。まぁ仕方ない。私達高校生にとって、それは決して安い物ではなかったのだから。


 「モモ先輩……」

 「なぁに?」


 カルっちが私を見た。自分だけご飯を貰えなかった雛鳥みたいに涙目になっていた。心なしか手も震えている気がする……。


 「お、お金は……半分ずつですよね? いや、その、部費から援助的なあれも出るんですよね!?」

 「もっちろん! 付け加えて言うなら、私んちは常連だから結構割引して貰えると思うし!」


 季節の挨拶は欠かさない。これは意外と世間を渡る上で大事なことなのだ。


 かくして、私が贔屓の会社に電話をすると、あら不思議。その日の夕方には商品が届けられたのだった。しかもご丁寧に見事なラッピングまでされてる上に”熊田友子様♡小白洋輔様 探偵部一同より”とのしまでついている。完璧だった。


 ひとまずカードで支払い、カルっちからは後で回収っと。


 そうして次の日の放課後。部室に集合した私とカルっちは、並んでクマちゃん先生の所に贈り物を持っていったのだ。


 居場所は直ぐに分かった。なにしろここしばらくの間、校内は結婚の話題で持ちきりだったのである。何処もかしこもお祭り騒ぎの祝福ムードでいっぱいなのだ。なのでその話題の中心地、職員室へと足を運ぶだけ。


 「モモ先輩、聞きました? クマちゃん先生の結婚、結構ドラマチックだったらしいですよ!」


 まるで祝福するかのように光が燦々と廊下を照らし上げる中、カルっちは柄にもなく両手を前で構えて興奮したように言った。


 カルっちもこういう所は普通の女の子なのだ。


 「何でも……クマちゃん先生が寝坊してしまって、慌ててトーストを咥えて走っている時、曲がり角で小白先生と激突したのがきっかけとか!」

 「マジかー。今時そんなベタな展開があり得るなんて……」


 などと私達が嘘か本当かも分からないような噂話に興じていると、視線の先の目的地。職員室から先生が出てくるのが見えた。


 もちろん、職員室なのだから先生が出てくるのはおかしいことじゃない。


 でも、私が気になったのは先生の顔つきだった。


 「……今のは…………」


 出てきた女の先生は、酷く恨みがましい顔をしていたのだ。学校全体がお祝いムードに溢れる中、その先生だけが地獄の底からこの世を羨む亡者のような激しい怨念の籠もった表情だったのである。


 「今のは貝塚先生ですね。……モモ先輩、それがどうかしましたか?」

 「あれ? カルっち……知ってるの?」


 そう尋ねると、カルっちは貝塚先生が遠ざかったのを確認してからほっと胸をなで下ろした。


 「あぁ、モモ先輩は音楽を取ってないんですね。貝塚先生は音楽の先生なんです……けど、どうにも苦手でして……」


 思わず廊下で足を止めてしまったカルっちは言いにくそうにヒソヒソ声だった。


 ……そう言えば貝塚先生、ぱっと見だけどあんまり優しそうな感じではなかったし……。


 「元々一流の楽団を目指していたらしいんです。実際音楽室には貝塚知歌子宛の表彰状が飾られてます。……でもまぁ、逆に言うとそんなことをする相手というか……」

 「……プライドが高そうな?」

 「そうそう! そんな感じです! 授業ではいつも生徒に対して馬鹿にするような感じで!」


 ふむふむ。なりたくて音楽の先生になったんじゃない、って感じじゃん? ……なら、どうしてタテコーで音楽の先生やってるんだろう?


 「ぶー。それならオーケストラとかに行けば良かったのに……」

 「……それが噂では、途中で不幸にも挫折してしまったらしくて……失意のどん底にあった所を学生時代の先輩だった小白先生に励まされて、そのまま音楽の先生になったらしいです」


 ……………………。


 あ、あれ? 何だか話の雲行きが……


 「弓道部の友達が言ってましたよ。吹奏楽部はよく我慢できるなって。何でも貝塚先生は部活中も頻繁に席を外しては、小白先生の所に行ってるらしいです。そこで態度がコロッと変わるのが凄いらしくて……モモ先輩?」


 ……あ、これ駄目なパターンだ! 危険な匂いがプンプンするし!


 「カルっち大変だ! 事件の匂いがするし! 至急リョウっちを呼べー!」

 「な、何言ってるんですか!? 春先輩なら放課後はずっと勉強会をやられてますって!?」


 そう、勉強会。あの安物マントマンが盛大に自爆した結果、何故かリョウっちも恐喝王と一緒に事態の収束に乗り出したのだ。お陰で今のリョウっちはとっっっっっても忙しく、探偵部に来る時間もないのである。


 おのれ安物マンめ……! 今度からチープマンって呼んでやるし!


 「大丈夫ですよモモ先輩! あくまで噂ですって! それに、既に結婚が決まって子供までいるんです! 今更どうしようもないですって!」

 「ぐぬぬ……」


 カルっちはどうやら信じていないらしい。


 でも、だ。不思議と私の心の中のセンサーが鳴りっぱなしなのだ。曰く、厄介ごとの匂いがすると。


 「ささ! 行きますよモモ先輩!」


 だけれど、当然それがカルっちに伝わるはずがない。カルっちはその長い手脚を存分に活かして私の首根っこを掴むように進むと、躊躇なく職員室の扉を開いていた。


 普通の教室と同じ木の床で前の方には黒板があって、だけれどデスクは私達生徒の物とは違いオフィス用の物。それが向かい合うようにして並んでいる。どのデスクの上にも資料だか書類だかが山積みになっていて、今にも崩れそうだ。


 とはいえ雑然としてはいるものの、祝福ムードなのは一緒っぽかった。どの先生もみなニコニコ笑ってクマちゃん先生を気遣っている。


 「いやはや、熊田先生。この度はおめでとうございます。これはささやかですが……」

 「あぁ! 校長先生……わざわざ頂きまして本当にありがとうございます……!」


 肝心のクマちゃん先生はというと……入口近くの席で校長先生から贈り物を貰っていた。みれば先生の机には他にも生徒や教師から貰ったのか、贈り物の山が出来ている。そしてそれに埋もれるように――


 「あ、指輪!」


 思わず私が声を上げてしまうと、先生方はこっちを見た。そうしてまた生徒が祝福に来たと悟ったらしく、道を空けてくれる。


 ……ちょっと恥ずかしい。でもだよ?


 お金持ちの私でも分かる。小白先生はちょっと野暮ったい見た目をしてるのだけれど、意外にセンスは良いっぽい。


 クマちゃん先生の机に埋もれているリングケースは、とても洒落た物だったのだ。きっと婚約指輪が入っているに違いない。落ち着いた黒の容器は全面が滑らかな毛皮のような質感をしていて、持てば指先に柔らかくフィットし落ち着くだろう。そしてなにより……その大きさだ。


 普通のリングケースよりも一周り大きいそれは、きっと中に特別な仕掛けがしてあるのだろう。例えば――


 「クマちゃん先生! ご結婚おめでとうございます!」

 「……っ! その通りだし! お姉やリョウっちの分までお祝いを申し上げます!」


 リングケースに目を奪われた私とは対照的に、カルっちはニコニコ笑顔で行儀良くお祝いの言葉を述べていた。どう見てもお行儀の悪そうなギャルっぽい外見とのギャップに他の先生が驚く中、クマちゃん先生は自然に、そして幸せそうに笑って受け止める。


 「百花に狩亞か。しかし……探偵部も随分と――いや、何でもない。ありがとう。お前達からそう言って貰えると、喜びもまたひとしおだな」


 そう言った先生は優しく笑って目を閉じたのだ。


 ……何だろう? 不思議と大人の余裕というか……魅力を感じる。全てを包んでくれそうな抱擁感というか……。少なくとも私の知ってる、七不思議の悪霊を片っ端からしばき倒して物理的に成仏させそうな印象とは全然違う。


 幸せそうな……大人の女性がそこにいたのだ。


 「いいなぁ! クマちゃん先生……なんだかとっても幸せそうですね!」

 「そ、そうか? 実は皆がそう言うのだが……自覚がなくてな……」

 「いや、クーちゃんは幸せそうな顔してるよ」


 そこでクマちゃん先生の隣の先生がニコニコ笑って私達を見た。洋服の上に化学者のような白い実験服を身に纏ったその姿、もう分かるだろう。


 立浜高校の化学を担当する小白先生だ。


 「……!? 小白先生まで……そのようなことを」

 「あ、ごめん。別にクーちゃんを困らせるつもりはなかったんだよ!?」


 などと言い出した小白先生の前に、クマちゃん先生は完全に乙女になっていた。そしてそれをニヤニヤ眺める他の教師陣……とカルっち。


 ……なんだこれ。下手なラブコメよりラブラブじゃん。超居づらいし。


 「はいはい! ご馳走様! さっさと帰って好きなだけイチャイチャするが良いし!」


 ……べ、別に、よくも失恋した私の前でイチャつきやがって……! とか思ってないし! 本当だし!


 ……はぁぁぁ。私も……新しい恋を見つけなきゃ!


 と思ったのだけれど、カルっちは違うっぽかった。どうやら、さっき私が見つけた指輪が気になって仕方がないみたい。視線が書類に半ば埋もれたリングケースに固定されている。


 直ぐにクマちゃん先生も気付いたのか、苦笑いでそれを手に取っていた。


 「良いんですか!?」

 「あぁ。そんなに期待の籠もった視線を向けられてはな」


 そうして、私達2人の視線が注ぎ込まれる中、ゆっくりとケースが開いていく。同時に響き渡ったのはオルゴールの音色だった。


 思った通りリングケースには仕掛けがあって、開くと自動的にオルゴールが鳴るようになっているらしい。……結構ロマンチックじゃん! 


 そうしてケースの中身が露わになる。四方を真っ赤なバラのプリザーブドフラワーが囲んでいて、中央の台座には2人の愛の結晶である婚約指輪が――


 「…………ッ!!!!? そんな……馬鹿……な!?」


 ――無かった(・・・・)


 戦慄のあまり思わず目を見開いてしまうものの、間違いない。確かにそこに指輪がないのだ!


 クマちゃん先生も小白先生も顔面蒼白になっていた。


 同時にゼンマイが切れたのかオルゴールの音楽が鳴り止み、代わりに痛いほどの沈黙が場を満たしていく。


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