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立浜高校探偵部  作者: 中上炎
探偵部の思い出
78/93

3.森亜帝の顔⑤

 「”七不思議設計書”で消えた、カルっちを襲った悪霊……こういう事だったんだ……」

 「うん。あの時、演劇部の人は『私達以外の人は来ていない』って言ってたけど……」


 裏を返せば、自分たちの仲間は来たわけだ。すなわち、桐国紺本人。当然演劇部なら男子の制服等の備品は勿論、ウィッグやシークレットシューズと言った変装道具も揃っているはずなのだ。しかも彼女は丁度更衣室から着替えて出てきた所なのである。


 「もっと言うなら、姫っちの時もそうだ……だって姫っち、たった一日しか演劇部の部室に泊まらなかったのに、それだけで噂がはびこるなんておかしいし……」

 「秋風は以前から小室の顔を頼りに正体を探ろうとしていた。玄関も裏門も監視の目があったんだ。にもかかわらず、小室の正体はついぞ掴めなかった……」


 廊下を早足で進み、僕とモモちゃんは目的地を目指す。もちろん、ゲームの続きを行うために。


 「当然だ。あいつは秋風の監視の目を察知したから、帰らなかったんだ(・・・・・・・・)


 学校で生活が出来ることは姫乃ちゃんが実証してしまっている。そして小室が長期滞在していたからこそ、演劇部の部室から人の気配がすると噂になってしまったのだ。


 「そうなると……紺々の言葉の意味合いも変わってくる……」


 そうして、モモちゃんは静かに瞳を閉じた。過去の出来事を思い出しているのだ。


 「姫っち失踪事件の時、紺々は”一つだけ嘘をついた”。私はてっきり、姫っちがバス旅行に行ったっていう件だと思ってたの。……でも、違った。だって、実際姫っちはバス旅行の計画を立てていたんだし! つまり、紺々の嘘はそこじゃない」

 「…………嘘だったのは、自分がオカルト研究会の一員ではないという方だったんだ……」


 思わず僕も立ち止まると窓の外に視線を送っていた。7月の窓の向こう、緑に溢れる山々と騒ぎ立てる蝉の声も遠い。


 桐国さんは……不器用な人だったんだろう。


 「あのさ、リョウっち」

 「……なぁに?」


 そこで、モモちゃんは僕を見た。


 「私……やっぱり紺々が悪い人だったとは思えないの……」

 「…………」

 「だって、リョウっちの嘘の確認に対しても、”知らない”とか、あるいは”ごめん”とだけ言えばそれで済む話だし……だからこそ、それには意味があると思うの。つまり……桐国紺は、少なくとも本気で小室を止めよう(・・・・・・・・・・)としていた(・・・・・)

 「………………モモちゃん」


 だけれど、残念なことに時間だった。ギャラリーが誰一人としていない寒々しい会場から小室が顔を出したのだ。


 「よぉ、せっかく助かった命をわざわざ捨てに来るとは……酔狂な奴もいたもんだ」

 「小室…………」


 それにやや遅れて、主人に忠誠を誓う犬のように宇田が現れる。


 ……2人の表情に異変はない。特に小室は完全にいつも通りだ。冷や汗をかいてるわけでも呼吸が普段より速いわけでもないし、まして他のことに気を取られている風でもない。


 ――それが、彼女の意思なのだろう。


 「続きを……しようか?」


 何も知らないあいつの返答は、舌打ち一つだけだった。




 そうして、再び僕とモモちゃんはテーブルへと戻っていた。その間およそ1時間。驚いたことに一部の熱心なギャラリーは続きを見ようと揃い始めている。


 既に明かりも消されて薄暗くなった室内で、僕は改めて盤面を見てみる。落ち着いた木の装いのテーブルは、その表面を彫刻刀で削られ双六盤へと改造されている。盤面には特に異常は無いようだ。


 ――そう。小室はこれを宇田とたった2人で運び込んだのだ。


 「春茅……お前、何を考えている?」

 「……もちろん、この後の展開だけど?」

 「……そうじゃない。何故貴様は負けると分かっているにも関わらず、再びギャラリーが集まるのを待った?」


 僕の返答はこう。”鼻で笑う”だ。


 だってだよ? せっかくの日曜日、突然の招待に応じる生徒なんて希な筈なんだ。にもかかわわず、今この場には再びギャラリーが集まり始めてしまっている。


 彼ら彼女らは……不思議なことに一様に妙な熱気に包まれていた。小室がどんな言い方をしたのかは分からない。でも、一つ言えることは、ギャラリーは神の降臨を見に来たのだろう。


 小室のサイコロが神がかって6ばかり出て、オカルトに否定的だった探偵部が地獄に落ちる。これ以上無いほどの神の証明になる。


 つまり、今集まったギャラリーは言わばオカルト信奉者になりかけている人達なのだ。当然小室に好意的で、少々の小細工なら喜んで引き受けるだろう。


 だからこそ、僕は彼らを覆う神秘のベールを剥がさなくてはならない。


 「サイコロを貸して」

 「……良いだろう。吠え面かかせてやる!」


 小室はそう言ってサイコロをこちらへ放り投げてきた。このサイコロも昨日と全く同じ。僕が迂闊にも付けてしまった傷もそのままだ。


 夏のむっとするような熱気が立ちこめる中、それを手のひらで弄んでみる。


 ――人骨サイコロ……ね。


 どうやら呪われた一品らしいそれを、僕はおもむろに放り投げていた。小さな放物線軌道をとったサイコロはカタカタとしゃれこうべのような音をたてつつ転がっていき……モモちゃんの目の前で止まる。


 「ハッ! よりにもよって“1”とは、お前の悪運もここまでらしいな!」


 そう、出た目は1だったのだ。どうやら神様の御加護もここまでらしい。これで僕のリードは7。あとは小室が1度でも――


 「俺のターンだッ!! 地獄に戻れ春茅ッ!!!」


 同時に小室がサイコロを拾うや、即座に振り出していた。低く地を這う蛇のような軌道を取ったサイコロは寸前で中央の蝋燭を避けると、僕の目前でピタリと止まる。


 「見たか春茅ッ! 俺の出目は6! 全てみいこ様のお力によるものだ! さぁ、テメェの最後を見届けてやる!」

 「みいこ様のお力……ね……」


 思わず僕はモモちゃんを見ていた。どうやらそれは向こうも同様だったのか、胡散臭そうな顔をしたモモちゃんと目が合った。


 ――哀れな奴。


 僕には1つだけ分かっていることがある。神代先輩はこんなことをされても絶対に喜ばないだろう。そして、小室もそんなことは分かっているはずなのだ。


 言い換えれば、オカルト研究会というのは小室の個人的な我が儘(・・・・・・・・・・)でしかない。


 だから、こんなあいつの寂しい独りよがりは……終わらせよう。


 「ねぇモモちゃん」

 「なぁに?」


 ひょいとサイコロを摘まんで見れば、汚れ一つ無い真っ白い立方体が蝋燭の明かりに照らし出される。だから僕はそれを……ポケットに入れた。


 「ちょっと、その机の端を持ち上げてみて?」

 「……ッ!? 待て、何をッ!?」


 小室が慌てて制止するも、遅い。


 既に僕とモモちゃんは立ち上がって重厚……そうに見えるテーブルを持ち上げていたのだ。対角線同士で支えているわけじゃないから、持ち上げられはしない。しないけれど……


 「……あれ? なんだか……軽い?」


 ――思った通りだ。


 「そうだよ。だって、このテーブルはハリボテ(・・・・)だからね」

 「…………ッ!!!!?」


 そうだ。木というのはそれなりの重量があるものなのだ。少なくともこの巨大なテーブルが完全な木製であれば、とてもじゃないが2人では持ち上げられないだろう。


 「ハリボテ……? ということは……」

 「そう。つまり、本来の安物の軽い金属製のテーブルを骨組みにして、表面を隠すように木材が張られているだけなんだよ」


 うん。ここまで言えば一目瞭然、といったところかな?


 「待て! それは単に費用の都合だ! 元々みいこ様の使っていたようなテーブルは……」

 「高価な盗聴器は買えるのに?」


 小室の顔が憎悪で無残なまでに歪む。そう、そんな悪霊は追放しなければならないだろう。


 「リョウっち……これって……もしかして……サイコロと……」


 ……全く、モモちゃんの成長ぶりは凄い。どうやら、僕と同じ解答に辿り着いてしまったらしい。


 「うん。常識的に考えて、サイコロの出目が6ばかりなんておかしい。となれば、そこに別の力が働いていると考えるべきだ」


 もちろん神様の御加護じゃない。むしろ、これは人間の力の集大成と言っても過言ではないだろう。


 「スイッチ1つで起動する小細工はお手の物、さすがは家電(・・)研究会。電気、つまり電磁石だよ。スイッチを入れると仕込まれたテーブル内部の電磁石が反応し、サイコロに仕込まれた磁石と反応して6を出すんだ」


 同時に僕は人骨サイコロを口元に運んでいた。いや、それは正確じゃないね。それを口の奥に押し込んでいた。そして……


 「リョウっち!? サイコロを口に入れてどうするの!?」

 「もちろん……こうだよっ!」


 奥歯に挟んで、渾身の力で噛みしめていたのだ。


 小室が青い顔をする中、サイコロは呆気なく壊れて中身を露呈させ……即座にそれをテーブルに吐き出していた。


 そう。出てきたのは一回り小さいサイコロと無数の破片、そして”1”の目に仕込まれた小さな磁石である! だから、小室のサイコロは少しだけ大きかったのだ。磁石を仕込んだサイコロを、粘土で塗り固めていたから……


 「春茅……お前…………」

 「小室が人骨サイコロなんて嘘をついた理由は単純。丁寧に扱わせるためだ。万が一にもサイコロが砕けて中身が露出しないように……ね!」


 小室も……宇田も、俯いて何も言わない。宇田の方は必死になって小室に縋っているようだけど……小室は彼女に一瞥もしなかった。可哀想だけど、小室からすれば宇田は代わりのいる駒の1人でしかないのだろう。


 「ど、どういうことだ!? これってまさか……」

 「インチキ!?」

 「ま、まさか、そんなはずはないわ!?」

 「でも、今の見ただろう!? 今のはどう見ても……」

 「待て! 小室先生のことだ、何か深謀遠慮があるのかもしれん!?」


 小室が呆然となっていると、ギャラリーからは破滅の音が聞こえ始めていた。だけれど、どうやら僕が考えていた以上に神秘のベールは厚いようだ。


 ……予想が甘かったか。


 「リョウっち……たぶんだけど、今日馳せ参じるよな人達は、既にオカルト研究会に参加しているんだと思う。言い換えれば、既に多額の部費を支払い、あるいはその権勢を利用してしまっている。だから、今更後には戻れない……」


 そうだ。かつての森亜先輩は言っていた。


 ――ありもしないモノに怯えて、ありもしないモノを視る。人間っていうのは本当に自分勝手な生き物だ。どれだけ文明が進歩しても、結局は理性よりも感情が先行して愚かな道を選択してしまう。


 人間は、暗闇に幽霊を見る。あやふやな物に真実ではなく、自分の見たいモノを投影してしまう生き物なのだ。


 彼は、ずっとそれを苦々しく思っていた……


 「モモちゃん、埋没費用(サンクコスト)効果って言うんだよ。人間は事前にお金や時間を投資してしまうと、その重さ(・・)の分だけ後には引けなくなってしまうんだ。覚えておいてね」


 そう。今この場にいる人達は既にお金と時間をオカルトにかけてしまったのだろう。例えば友達に寄進やボランティアを進めたり、例えば自分自身で寄付を行ったり、例えば自分が主催しておまじないを実施したり。


 それこそ、今更インチキでした、では済まされない程度には。だからこそ、彼らは暗闇に幽霊を(・・・・・・)見ているのだ。


 ほら、案の定――


 「そうだ! 昨日から今日までの間、ここの会場は封鎖されていたわけじゃない!」

 「それに、ここは元々生徒会の部屋じゃねえか!」

 「なるほど! つまり、神を信じぬ探偵部が事前に細工して、小室先生を陥れたってわけね!」


 ――弱い彼らは、暗闇に幽霊を見た。


 僕もモモちゃんも、それに白けた視線を隠せなかった。


 そう、小室に対してである。小室の奴は負けを認めるどころか、反対にゾンビのように蘇ると戦闘続行を選んだのである……!


 「おっとっと、俺としたことが危ない危ない。危うく怨敵生徒会の罠にはまるところだった」


 不適なまでに笑みを浮かべた小室は、ぬけぬけと僕に言ってのけた。


 さて、どうしたものか。


 ここで正論を言っても無意味だろう。だって人間は本能的に自分が正しいと思っている生き物なのだ。真っ向からお前が間違ってると言えば逆効果、返って生徒会への敵意とオカルトへの帰依を深めてしまうに違いない……。くそっ何か手はないか……?


 「くくくっ! 中々手の込んだ手品だったじゃないか春茅? 恐れ入ったよ。だが、甘い! 真の信仰の力は無敵だ! お前なんぞに負けやしない!」


 その時、僕は不思議と神代先輩の事を思い出していた。


 そう、剣と鏡に勾玉だ。神代先輩が才賀先輩と森亜先輩を形容するのに使った言葉。これは今の僕たちにも当てはまる気がする。


 才賀先輩と同じく勇猛果敢に突き進んで状況を切り開く剣は生徒会の秋風。


 森亜先輩と同じく臨機応変に見渡して状況を有利に映し出す鏡がオカルトの小室。


 だとすれば、僕は…………


 「残念だったなぁ春茅。この借りは必ず返す! 楽しみにしていろッ!!」

 「……いや、その必要は無いよ」


 ……探偵部の僕は、勾玉だろう。


 そう。神代先輩のように状況そのものを作り出すのだ……!


 「ほう、どういう意味かな春茅?」

 「蛇の道は蛇だ。つまり、今この場でお前がインチキだと、霊能力なんて無いと証明すれば良い! それだけだっ!」


 そうと分かれば簡単だ! どうにかして小室の霊能力が嘘だと証明し、可能ならば奴自身の動機を推理し自白させるのだ!


 頑張れ僕! これが……今まで僕の学んできたホームズの集大成なのだからっ!!!


next→探偵部より、最後の挨拶

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