2.七不思議設計書④
「ちょっと大丈夫なの!? しっかりするしッ!!!」
「……え?」
そう。カルアの世界は確かに回った。それを感じた瞬間カルアは自覚したのだ。自分は立浜高校の屋上から身を投げてしまったのだと。
だが、違った。
地面に落っこちそうになったカルアは、寸前で横から伸びて来た女の子の腕に抱き寄せられて、一緒に屋上の床へ倒れ込んでいたのだ。体格差の関係で押し倒してしまったらしい相手は、どうやら以前にトイレであった先輩らしかった。
そう、探偵部の、だ。ということは……
未だに衝撃と混乱冷めやらぬカルアは、それでも事態を見届けるくらいはできていた。フェンスの向こうで、永子の形を取った悪霊を背後から男の先輩が睨んでいた。
「思った通り。月曜七不思議の元となった森亜先輩は、確かにそこから身を投げた。だから、七不思議も身を投げる形になってしまっている。そう、自殺という生半可な方法では再現不可能な七不思議だ。だから、他の七不思議と併せて襲ってくるかもしれないと思ったんだ」
対する悪霊は何も言わない。どうやら男の先輩は屋上の外開きの扉の影に隠れていたようだ。そして悪霊はカルアを襲おうと前に踏み出してしまった。踏み出して、背後の階段を先輩に塞がれてしまったのだ。
「それで、現時点で残ってる七不思議は飛び降り自殺の月曜日以外では悪霊の土曜日だけ。……桐国さんが水曜日を潰してくれたのも助かったよ。新聞部に号外を流してもらうことで、犯行を月曜日か土曜日に限定できたんだ。しかも実際土曜日来てみると、不思議なことに屋上への扉が開いている……」
男の先輩はカルアには一瞥もせず、悪霊……いや悪霊を演じている誰かも既にカルアに注意を払っていない。
「でも、いくらオカルト研究会でも相手を殺すなんてことはありえるんだろうか? 彼らは複数人で協力して神秘を再現しているんだ。殺人の共犯なんかに手を貸すだろうか? 答えはイエス。例えばイジメっ子のような殺しても喜ばれる相手なら、だけどね」
淡々と探偵部の先輩は言った。しかしながら既に腕はファイティングポーズを取っており、気付かれないように少しずつ悪霊の背後へと距離を詰めている。
同時にカルアの隣にいた女の子も先輩を援護するように、カルアの手を握ったまま相手の注意を引きつけようとフェンスの向こうへと視線を向けていた。
「そして生徒会長でもある僕は、1年生のクラスでイジメがあることを先生から聞いている。ここまで言えば分かって貰えたと思う。オカルト研究会が1年生を追い詰めて屋上から飛び降り自殺させようとしている。昨日この事実を掴んだ僕は、ここで網を張って待っていたってわけだ」
「……………………」
悪霊は何も言わなかった。否、今度はカルアにも分かった。悪霊は言えなかったのだ。おそらく声という証拠を残したくなかったのだろう。
そして、一旦それが分かればカルアにも冷静さが戻ってきていた。戻って、即座にそれを見破っていたのだ。
「…………違う」
目の前の悪霊は確かに永子によく似ている。背丈も髪型もピッタリでやや猫背気味なのもそっくりだ。しかし、永子は地味子呼ばれるだけあって化粧をしていない。だが、化粧慣れしたカルアには分かる。目の前の悪霊は永子に化けるために、たしかに化粧をしているのだ……!
濃いめの肌色を再現するためのファンデーションに、地味な色を再現するための口紅。改めてみれば顔の輪郭も大分違う。下で見たときは長く伸びた前髪で誤魔化されてしまったのだ。
「……あなた、永子じゃない……!」
「その通り」
カルアの言葉に男の先輩が続くと、悪霊へと指を突きつけた。同時にカルアの様子を見てもう大丈夫と判断したのか、女の子もフェンスをよじ登り始めている。
「彼女、あるいは彼こそが、吹奏楽部の目撃した音楽室の男子生徒、あるいは佐伯達が目撃した部室棟の首つり女子生徒の正体なんだ……!」
――それは一瞬だった。少なくとも、カルアにはそう見えた。
悪霊の注意がフェンスを登る女の子に向いた瞬間、男の先輩が躊躇無く悪霊に掴みかかったのだ。
悪霊は咄嗟のことに対応できていない。思わず包丁を取り落としてしまう。そのまま先輩が悪霊の腕を逆側へとねじ曲げて捕縛しようとした。
通常の相手なら問題なく無力化できただろう。だが、悪霊は違った。幽霊という超常現象の根本を偽るそれは押しも押されぬ大幹部であり、”幽霊”という役柄上格闘にも対応できたのだ。
「これで――なっ!?」
「………………ッ!」
先輩は確かに悪霊の腕を捻りあげた。だが、腕だけではない。悪霊は腕を掴まれた時点で相手の意図を正確に理解すると、身体ごと回転して関節を決められないようにしたのである。
思わぬ反撃に先輩は一瞬の隙を産んでいた。そしてそれを悪霊は見逃さない。
「ぐっ……!?」
「リョウっち!?」
悪霊は回転の勢いをそのまま殺さず、それどころか自分から先輩の身体に近づくと、回転に巻き込むように投げ飛ばしたのである。
先輩は背中を床に強打してしまい呼吸が止まる。その瞬間を悪霊は見逃さなかった。
「…………!」
強烈なまでの踵落としが先輩の鳩尾に決まり、彼は大きく息を吐くや苦痛のあまり表情が歪んだ。
それを察した悪霊は即座に踵を返して校舎へと戻っていく。
「リョウっち!? リョウっち!? しっかりして!?」
「ぐぅぅぅぅぅッ! ……も、モモちゃん……僕は良いから、あいつを追って……!」
女の子は思わずカルアが同情するほど悲嘆に暮れてしまい、直ぐには男の元を離れない。それでもカルアが慌ててフェンスを乗り越えると、決心したのか悪霊を追って校舎へと走って行った。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「あぁ、嵐野さん。情けないところを見せちゃったね……」
それが、嵐野狩亞……つまり私と探偵部の春茅部長――春先輩とモモ先輩との出会いだったのである!
「どうですかモモ先輩春先輩! 私渾身の力作は! よく書けてるでしょう!」
私が自慢げに胸を張って活動日誌を差し出すと、モモ先輩はそれを受け取ってゆっくりと読み始めた。その視線が羨ましそうに私の胸に向いていたのは気のせいということにしておこう。っていうか、モモ先輩気にするほど小さくないような……。
「カルちゃん、お疲れ様」
「いーえー! あの時悪霊と殴り合った春先輩と比べれば大したことは無いのです!」
そんな私達を春先輩は優しく見守っていた。私にはあまり縁の無い視線なので、ちょっとこそばゆい。
「……でも、結局悪霊は捕まらなかったんですよね?」
「うん。モモちゃんが追いかけたんだけど……その先で見失ってしまった」
そうなのだ。私も探偵部員の端くれ、その後の展開も知っている。そう、新たな謎に包まれた七不思議の次だ。
「悪霊は専用階段を通って3階廊下に逃げた……それは確かなんですよね?」
「うん。そして問題はその先だ。降りた先の廊下の左側には演劇部がいた。女子部員による新作の衣装と小道具を使ったささやかなファッションショーを開いていて、道を塞いでしまっていたんだ。一方右側だけど……その時の女子トイレを使っている人物がいた。しかも彼女はトイレの怪談を確かめるべく、トイレの中から入口の廊下側を撮影していたんだよ」
「そして、その撮影された映像には、逃げる私と追う悪霊の後に怪しい人物は写っていなかった」
つまり、こういうことのようだった。
あの悪霊は、追いかける私達の前から忽然と姿を消してしまったのである。
ちなみに先輩方は見失ったのを悟ると、即座に周囲の確認を行っている。だから、偶然何処かの教室が開いていたとか、トイレの個室に隠れたとか、そういったことは無い。そして下に降りる階段は演劇部の左側にしろ女子トイレの右側にしろ、その奥にしかない。
「……リョウっち、一つ良い?」
「なあに? モモちゃん」
だけれど、不気味さに頭を抱えてしまったのは私だけらしい。偉大な先輩方はこれっぽっちもビビっていないようだ。
「状況を詳しく教えて」
「いいとも。まず演劇部側だけど、丁度お姫様衣装に着替えたばかりの桐国さんが更衣室から出てきたから確認して貰ったんだ。でも確かに、私達以外の人間は来てないってさ」
演劇部……かぁ。知ってる。実はちょっと私も憧れていたのだ。うぅ、これってお姫様願望って奴なの? 恥ずかしい……。
「となると、犯人は決まってるじゃん!」
「え!? モモ先輩、どういうことですか!?」
「簡単だよカルっち! 3人で見たトイレの映像を思い出してみて!」
と言われたので記憶を辿ってみる。確か背が高くて髪が長い割に寸同体型な先輩だったはずだ。
もちろんトイレの怪談を狙った映像だから、写ってるのは大半がトイレだった。でも、その左奥にはトイレの入口の右半分くらいが写っていたのだ。それから撮影者と思しき女の先輩が何度かトイレを出たり入ったり。あとは――
「トイレの怪談は水曜日なのに、土曜日のトイレを偶然撮影していた? あのオカルト研究会が? しかも撮影者は変態マントマンの側近宇田光! これで疑うなって言う方が難しいし!」
モモ先輩は立ち上がると、めいいっぱい力を入れて叫んでいた。どうやらモモ先輩と蛇女先輩とは犬猿の仲らしい。
「リョウっち! あの映像ではトイレの入口の左半分は写ってなかったし! しかも蛇女は紺々以上に背が高く……つまり悪霊の背格好に近い! つまり、悪霊の正体は蛇女で、カメラに写らないように蛇体型を活かしてこっそり舞い戻って――」
「ううん。オカルト研究会がすっごく怪しいのは確かだけど……難しいんだ」
だけれど、モモ先輩は春先輩には逆らえないらしい。春先輩が静かに否定するや即座に持論を投げ捨てて傾聴する姿勢に入ったのだ。
「あの時の悪霊は日下部さんに化けていた……言い換えればメイクをしていたんだ。そして同時に宇田の方も、これから小室と会う約束でもあったのか、気合いの入ったメイクをしていた。いくら彼女でもモモちゃんに追いつかれるまでに悪霊メイクを落として本気メイクを済ませるのは無理だよ」
「ぐぬぬ……」
むむむ……確かにそうかも。春先輩、悪霊と顔を合わせたのは格闘してる時の一瞬だったのによく見てたんだ……。すごい……。
「じゃ、じゃあリョウっちはまさか本当に悪霊が姿を消したって思ってるの?」
「それこそまさかだよ。だってあの悪霊は包丁を落としていったじゃないか。これこそ動かぬ証拠だよ――っとお客さんかな」
そこで春先輩が言うと同時にモモ先輩は何食わぬ顔で紅茶を入れ始める。……そしてちょっと立ってから本当に部室の扉がノックされたのだ! 凄い! けど、なんで?
だけれど、私はそれを深く考える余裕がなかったのだ。
だって……だって、扉を開けたのは――
「カル?」
「永子!?」
気がつけば私は永子に抱きついていた。
「わわ!? カルってば苦しいって!!?」
「あぁ良かった! あなた……無事だったのね!」
そう、永子だ。私やあの悪霊も根本的に誤解していた事実が一つある。私の親友日下部永子は、あの日確かにうっかり手首を切ってしまって慌てて病院に運ばれた。でも、別に命に関わる怪我かというとそうでもなく、単に場所が場所な上に自殺疑惑もあって様子見で入院していただけらしい。
そう言えば、永子のお母さんも担任の先生も、死んだとは一言も言ってなかった。
……私ってば、早とちり。
「あぁ、そう言えばカルちゃん、一つ朗報があるよ。2人で画策していた偽装イジメだけど……もう行う必要は無い」
「ど、どういう意味ですか春先輩!?」
私が思う存分永子に抱きついて満喫していると、春先輩がとんでもない爆弾を放り投げてきた。っていうか、偽装イジメとか私一言も説明してないんだけど……。
「うん。個人的に新聞部の倉木さんとは伝手があってね……早速今回の土曜七不思議を記事にして貰うつもりなんだ」
「え? 記事? そんなことされたら……」
「だから、早速生徒会で解決に乗り出したんだ。後はまぁ……大丈夫だ。解決は保証するよ」
「……あれ? でもリョウっちってここ暫くずっと探偵部で活動しているよね? ってことは……」
モモ先輩が人差し指を顎に当てて考えるやいなや、すっごく嫌そうな表情に変わっていた。
「……うん。忙しかったから、秋風に任せちゃった」
「…………あ」
モモ先輩は小さく呟くと、何故か納得したような表情になって虚空に合掌していた。
どうやら春先輩にしろモモ先輩にしろ、私とは比べものにならないほど頭が良いらしい。だからまぁ、そんな先輩方が言うんだ。私の平穏な日常は無事帰ってきたのだろう。
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