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立浜高校探偵部  作者: 中上炎
探偵部の思い出
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2.七不思議設計書③

 運命の土曜日。


 ベッドの中でパチリとカルアは目を覚ました。可愛らしいピンクの水玉模様のカーテンは、僅かに開かれた隙間から日の光をカルアへと届けていたのだ。クリーム色のパジャマを揺らしながらゆっくりと身を起こし、そのまま枕元のスマートフォンへと手を伸ばす。


 ――10:07


 そこに新着メールはない。そう、無かったのだ。


 再びのメールの悪夢を覚悟していたカルアはそれゆえ拍子抜けし、前日の徹夜も相まってグッスリと眠りこけていたのである。幽霊だからメールを送れなくなってしまったのか、それとも送る必要がなくなったのか。


 「……でも、お陰で具合は良いわ」


 頭痛すら生み出した寝不足は解消され、いつの間にかカルアは立ち上がっていた。彼女の覚悟は既に決まっている。


 ――学校に行くのだ。


 カルアに残された道はそれだけだった。


 そうして、カルアは立浜高校へとやって来ていた。時刻は既に11時を回っている。家を出発する前に近くの稲荷神社で貰った御守りを探すのに手間取ってしまったのだ。


 ようやく見つけ出したそれをポケットの中で固く握りしめながら進む。


 初めて来た休みの学校は墓場のように静まりかえっていた。少なくともカルアのいる正門からは生徒の姿が見受けられない。いるとしたら別棟体育館や校庭の方だろうか。どちらにしろカルアには意味の無いことだろう。


 キッと校舎を睨んでから下駄箱へと向かう。


 やはり校舎内は無音だった。人の気配はないようだ。そのまま下駄箱が墓石のようにな並ぶ中で靴を履き替え――


 「着信?」


 思わずカルアは怪訝な顔を作っていた。靴を整えながら操作すると、メールの差出人は……永子。


 内容は……『死ね』。


 凍り付いたように無表情になったカルアは乱暴にポケットにスマートフォンをしまい直すと、気を取り直して校舎を進む。目指す探偵部は3階の筈だ。


 だから、カルアは先に手近な階段を上ろうとしてしまった。それが彼女の明暗を分けていたのだ。


 誰もいない校舎に1人で足音を響かせながら歩く。長い廊下を、1人だけで。右側の教室群は全て鍵が掛かっているようで誰もいない。左側は窓が立ち並んでいて、その隣には階段が見えた。


 カルアがそこに足を乗せた瞬間、場の静寂が乱された。再びスマートフォンが鳴り響いたのだ。


 またか、と内心で辟易としながらポケットから取り出す。案の定送信者は永子だった。


 「…………手の込んだ真似を――ッえ!?」


 ただし、メッセージは違う。気がつけば思わず強ばった瞳でそれをなぞっていた。


 ――後ろを見ろ!!!


 ゾワリと鳥肌が立ち、思わず足を止めてしまう。


 カルアは文面に怯えたのではない。その時背後から微かな物音が聞こえてきたことに対して、身の毛がよだったのだ。


 ――誰かいるッ!?


 そう思ったカルアは……しかし後ろを確かめられなかった。


 もしいるのが普通の生徒なら、カルアの事なんて気にせず進むだろう。当然足音が聞こえるはずだ。それがないということは……


 ――誰かが……私を見ているッ!?


 ……だが、誰なのか? カルアは学校の敷地内に入ってから誰も見ていない。気配すら感じないことを実感したばかりなのだ。


 そこで、再びスマートフォンが着信を告げた。あまりにも直ぐの着信だったので、カルアのスマートフォンが即座にそれを知らせてくる。差出人は……永子。


 いつの間にかカルアの指先が震えていた。無意識のうちに唾を飲み込む間にも再びの着信。差出人は永子。一通ではない。永子永子永子永子永子永子永子永子永子永子永子永子永子永子永子――! 無数のメールでカルアのスマートフォンが埋め尽くされていく……!


 「だ、誰かいるの!?」


 カルアは思わずスマートフォンをしまうと、なおもポケットを片手で押さえながら震える声で尋ねていた。


 「…………………………」


 当然答えは無い。


 だが、危機を感じて鋭敏になったカルアの五感は確かに告げていたのだ。


 ――背後に、誰かいる……


 焦ったカルアは尚も強くスマートフォンを押さえつけてしまい……そこで、指先に別の感触が伝わっていた。


 ……朝ポケットに入れた、御守りだった。


 「…………………………」

 「…………………………」


 御守りのお陰か、カルアは少しだけ冷静を取り戻すことが出来ていた。だから意を決して振り向いたのだ。


 そして、それを見た。同時に息を飲んだカルアの瞳が信じられないといわんばかりにこぼれ落ちそうなほど見開かれる。


 「え、永子……ッ!?」


 間違いない。確かにそこにはいないはずの永子が立っていたのだ。


 「あなた無事で――ヒッ!?」


 身に纏うのは死者の白衣ではなく、見慣れた立浜高校の制服だった。しかしその左手にはきつく縛られてなお真っ赤に染まった包帯が巻かれ、右手は血塗れの包丁を掴んで虚空へと何度も突き立てている。


 思わずカルアは頭を振って正気を確かめるも、それは決して消えなかった。失血の影響か真っ白になった顔は前髪の影になっていたよく見えない。しかしながら、髪越しにでも痛いほど強い視線をカルアに向けていて――


 「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!!」

 「……ッッッ!?」


 同時に悪霊が吠えた。カルアにはおよそこの世のものとは思えない、地獄の亡者が苦しみのあまり悶え苦しむように聞こえたのだ。


 女の身ではあり得ない獣のような重低音に、カルアは思わず後ろに下がり――踵が階段に邪魔されて足を止めていた。思わずよろけてしまい――


 ――同時に悪霊が動いた。


 「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!!」


 恨みを果たそうとカルア目がけて躍りかかるように走り出したのだ。


 「い、いやッ……!」


 カルアには悲鳴を上げるのが精一杯だった。ガンガンガンと悪霊が階段を駆け上り始める前に、足が狂ったように勝手に動き出して逃げだしていたのだ。


 「来ないでッッ!!!?」

 「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!!」


 カルアは階段を1段飛ばしで必死になって駆け上っていた。本来彼女の足は永子よりもずっと速い。だけれど、彼女は一向にその差を広げることができなかった。悪霊の足もまた速かった。


 カルアの後ろ僅か5メートルの距離を、髪を振り乱しながら包丁をかざして追いかけてくるのだ。


 「永子!? 永子!! ごめんなさいッ!!! あなたがそんなに追い詰められてるなんて知らなかったの!!!?」

 「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!!」


 恐怖で引き攣ったカルアは必死になって叫んでいた。だけれど、背後から追いかける気配は全く緩む気がない。もはや彼女は顔面蒼白だった。見る間に息が乱れ、それでも必死で許しを請い続ける。


 「違うのッ!? 私達友達でしょうッ!? どうして一言言ってくれなかったのッ!?」

 「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!!」


 同時にカルアの表情が凍りついた。既に2階はずっと昔に通り過ぎてしまった。そうして階段を上りきって3階の廊下に辿り着いた彼女は見たのだ。


 沢山の生徒が女子更衣室だろうか、廊下の先でたむろしカルアの逃げ道を塞いでいた。1人2人ではない。10人以上の女子生徒が何やら小道具を持ち、あるいは廊下に散らかしていて、とてもではないが進めそうに無い。


 焦ったカルアは必死になって視線を左右に揺らし……絶望していた。


 背後には悪霊の気配がヒシヒシと差し迫っている。後ろには戻れない。


 残された逃げ道は……


 「屋上! お願い……開いていてッ!!!」


 思わず廊下を進んだ先の屋上への専用階段へと足を向けていた。もはや恐怖で混乱しきったカルアにはまともな判断力が残されていない。彼女にあるのは、少しでも遠くに逃げるという一心のみ。


 だから、本来閉じている筈の屋上への扉が開いている(・・・・・)不自然さにも気付かない。


 大きな音をたてて少しずつ開く扉の隙間に滑り込むようにして進む。フェンスで囲まれたそこには当然ながら何もない。冷たいコンクリートが広がっているだけで、身を隠す隙間もない。だが青空の下、フェンスの向こうにはなにがしかの機械が稼働しているようで、そこならどうにか隠れられそうだった。


 背後からは悪霊の足音が刻一刻と近づいてくる。獲物をいたぶるように、追い詰めるように、ゆっくりと……


 「……ッ!!!」


 カルアに余裕はなかった。躊躇無くフェンスを乗り越え……その瞬間だった。


 「……ヒッ!?」


 屋上の扉が軋むようにして開き始めたのだ。ゆっくりと、確実に。


 恐怖で足が固まってしまったカルアには、引き攣った表情でそれを見ていることしかできなかった。


 必死の祈りも虚しく、そこに現れたのは悪霊だった。長い髪を振り乱したその姿は悪鬼そのもの。真っ赤に汚れた包帯も、死体のように白い肌も、能面のような表情も、空中を切り刻む包丁も、幽霊とは思えないほど確かにそこに存在していて――


 「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!!」

 「あ……あ……」


 ゆっくりと引き摺るように扉を潜り抜けて近づいてくるそれ(・・)。ガタガタと震えたカルアには身を守るように自分を抱きしめながら、後ずさることしか出来なかった。


 ずり……ずり……


 駄目だ。カルアの踵は既に屋上の縁に到達してしまう。これ以上退がれない――。それを悟ったカルアの瞳が恐怖と絶望のあまり涙を流す。


 「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!!」

 「……そん……な……。誰か……助けて……」

 「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!!」


 悪霊は喜び勇んで包丁を掲げ――


 「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!!」


 ――カルアの恐怖も頂点に達した。カルアの足が勝手に逃げるように後ずさったのだ。だけれどその背後にはもう地面がない。


 「…………あ……」


 衝撃と共にバランスを崩し、カルアの世界が反転し世界がひっくり返る……


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