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立浜高校探偵部  作者: 中上炎
探偵部の思い出
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2.七不思議設計書②

 ――その日、カルアはいつも通りだと思っていた。


 昨日はあの後永子と別れて適当にイジメを偽装した後、そのまま授業を終えて帰宅。そうして私服に着替えてから永子の家を訪れてお金を精算し……そのまま暫くお喋りしてから家に戻ったのである。


 その間、特に異常は無かった。


 ――じゃあ、今の目の前の光景はどういうことなのだ?


 そこでようやく立ち直ったカルアは、いつものように教室で立ち塞がった幸菜を睨み付ける。


 「ねぇ豚大根、豚言語じゃ分からないから、人間の言葉で喋って貰えるかしら?」

 「……チッ! 勿論良いわよ、頭の中まで脂肪の塊のデブ野郎のためなら、ね?」


 カルアは内心の苛立ちを必死で押し殺して立っていた。その隣ではリリカがこれまた目をつり上げて睨んでいる。


 そして目前の幸菜はニヤニヤ笑いながら……汚れたカルアの机を指さしていた。


 「あんたらの所のでくの坊だけどね? 昨日イジメを苦にして自殺したんだってさ! 手首を切って盛大に血を噴いたらしいわ! ねぇ人殺し共、気分はどう?」


 ――よくも殺したな決してお前を許さない必ず地獄に道連れにしてやる今更後悔するなよ謝っても許さないユルサナイゆるさない絶対許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね……


 机一面に隠しようのない悪意がぎっしりと敷き詰められていた。一分の隙も無いようにシャープペンシルで書かれたそれは、たかだか5分や10分で書けるような代物ではない。明らかに何者かの偏執と狂気の代物だった。


 「はぁ!? そんなこと知るわけ無いじゃん! 馬鹿な地味子が勝手に絶望して、勝手に死んだだけでしょ!?」


 同時に反撃したのはカルアではなくリリカの方だった。しかしながらその罵声にはいつものキレがない。どうやら彼女も想定外の展開にうろたえているようだ。


 ……いつもカルアに絡んでくる男2人はさっさと逃げ出している。


 「永子が? 死んだ……? そんなはずは――」

 「――死んだのは確かよ。昨日の夜に救急車がけたたましいサイレンを鳴らして市内を走っていたのは周知の事実だし……なにより、今朝の先公の会議で話題になってたらしいわ」


 ……もちろん奴隷階級の子達も近づかない。明らかに旗色の悪いカルアに近づくなど、大人しい彼女たちには無理難題なのだ。


 いつの間にか、カルアはクラスで孤立しかけていた。


 「ねぇ人殺し? あんたよくのうのうと生きてられるわね? 責任取ってあんたも死んだらどうなの? それとも、そんなことも出来ないほどお尻が重いのかしら、デブのカルアちゃーん?」

 「黙れ大根ッ!」


 カルアは激怒のあまり憤怒の表情なっていた。が、強烈な怒りと永子への申し訳なさが同時に湧き上がった結果、かえって頭の一部が冷静になっていたのだ。


 ――ありえない! そもそも永子はいじめられてなどいなかった……! あれは全部見せかけだけのイジメ、永子だってそれを分かってやっていたはず!


 だから、カルアはギリギリで反論しそうになる口をどうにか噤んでいた。


 ただの悪趣味な悪戯だと思ったのだ。ならば、こんな所で偽装イジメを暴露する方がよっぽど無益である。……だから、カルアの言葉はこうなった。


 「イジメで自殺? はっ! リリカの言うとおりじゃない! あの愚図、勝手に死んでいい迷惑だわ! むしろ清々する! これでまた一人、このクラスからゴミがいなくなったわね!」

 「くすくす……でも、良いのかしらそんなことを言って?」

 「なに?」


 カルアは内心の怒りを堪えきるのに必死だった。ギリギリと握られた両の拳に爪が食い込んで痛む。そしてそんな怒りをぶつけるように幸菜を睨んでいたのである。


 だが、幸菜の態度は何処かおかしかった。いつもならカルアの罵声を浴びるや即座に導火線に火がついて応戦してくるのに対し、今日はただただ侮りをぶつけてくるだけ。


 ――何かがおかしい。


 だが、カルアがそれに気付くよりも幸菜の方が速かった。


 「頭の隅まで脂肪でいっぱいみたいねおデブちゃん」

 「大根足に言われる筋合いは――」

 「――でくの坊が自殺して救急車で運ばれたのは昨日……なら、なぜ今日の朝に貴女の机にこんな呪いの言葉が書かれているのかしら?」


 思わずカルアは黙り込んでいた。


 そんなことは言われなくても分かっている。というか、仮に本当に永子が死んだとして、彼女ならそんな迂遠なことはせず直接文句を言いに来るのだろうから。


 つまり、これをやったのは別人(・・)に間違いないだろう。例えば――


 「はっ! 笑わせないで! 豚にしちゃあ上出来な字だけど、人間にしては下手くそすぎんのよこの字は! 醜いのは中身と外見だけにしときなさい!」


 ――喜々として喋り続けている幸菜とか。


 同時に堪に触れたのか幸菜はギリリと歯を噛みしめる。


 その時だった。カルアのスマートフォンが着信を告げたのは。別に珍しいことではない。問題なのはその音色。それは他ならない永子からの着信時にのみ設定されているものなのだ。


 そして、着信を告げたのはカルアの物だけではなかった。


 「うわっ!? って何だ地味子かよ……!」


 リリカの物もである。対照的に男2人の方に着信はないようだ。


 カルアの頭脳は即座にその理由を導き出す。カルアは友達として永子を登録しているし、どうやらリリカはカルアの知らないところで永子をパシリにするべく連絡先を知っていたようなのだ。


 だけれど、カルアはそれに対し苦言を呈する暇も無かった。


 つい癖でスマートフォンを覗いたリリカの顔が凍り付いたのだ。顔だけではない、彼女は全身凍てついたかのように強ばった動きでカルアを見る。


 そこで不審に思ったカルアも自分のスマートフォンに目を落とし――


 ――お前にも、同じ苦しみを!!!


 あと、2日。待ってろ、必ず殺しにいく!!!!


 「な、なんなのよこれは!? じ、地味子の癖に私やカルアに反抗する気!? 生意気!!!」


 素早くカルアがリリカのスマートフォンを覗けば、どうやらそこにも同じメッセージが来ているらしい。……いや、違う点が一つあるようだ。


 「――狩亞を殺すから、邪魔をするな?」

 「あ! ちょっと見ないでよ!?」


 リリカの物にはその一文が追加されていたのだ。


 「アハハハハッ! 全て悪霊の仕業なのよ! そう2日後……土曜日か! 悪霊の蘇る土曜日! デブの命運もたったの2日って事ね!」


 そこで幸菜が高笑いをする。見れば明らかにクラスの雰囲気は一変していた。怯え、恐怖、侮蔑、見下し、様々な負の感情がカルアへと向けられ、されど誰1人として同情する者はいない。誰もがカルアがイジメ殺したと疑っていないのだ。


 「……おはよう、HRを始める」


 なおもカルアが追及しようとしたところで、担任がやってきていた。やむなくカルアと幸菜も解散してそれぞれの席に着く。


 そして、それを確認した担任は静かに言った。


 「今日は皆に残念なお知らせがある。昨日日下部が…………事故で怪我してしまい、そのまま病院に運ばれたそうだ――」


 聞いた瞬間カルアは顔面蒼白になっていた。


 ――幸菜達の言ったことは本当だったんだ……!


 同時に弱気になっていく。確かに昨日永子と話した。でも、もっとよく話を聞いて、本当に偽装イジメを続行して良かったのかを確認するべきではなかったのか。実際お金を取られていたではないか。


 後悔ばかりが頭の中で反響してしまい、担任の言葉すら聞こえない。担任がHRを終えて教室を出て行くのも気にならなければ、幸菜一派が露骨に侮蔑を込めて笑っているのも気にならない。


 その日は輪をかけて意味の無い学校生活だった。永子への心配や自己嫌悪で一杯のカルアは授業どころではなく、辛うじて全ての授業が終わるや学校を飛び出していた。


 通学路を走るカルアの目的地は一つ。


 ――直接永子の家に行く……!




 「――こん、にちは……ッ!」

 「……カルアちゃん…………」


 そうして、カルアは制服を着替える間もなく日下部家を訪れていた。標準的な一軒家は、しかしながら家主の悲しみを表すように暗く沈んでいる。


 カルアを出迎えた母親の顔も悪い。もはや嫌でもカルアも信じざるを得なかった。


 「永子が入院したって聞いて――!!」

 「……そうなの。昨日……その、不幸な事故で……」


 母親はそれだけ言うと言い淀んだ。まるでカルアには聞かせたくない話があるとでもいうように。


 「事故……事故なんですか!?」

 「……えぇ、不幸な事故なの…………」


 再びの沈黙。しかし母親は縋りつくようなカルアの態度に決心したのか、確かめるように重い口を開く。


 「ねぇ……永子、高校に進学してから何か悩みがあったみたいなんだけど……知らないかしら?」

 「…………」


 ギクリとした。


 カルアには何も言えなかった。ただただ曖昧に表情を強ばらせるのみ。


 「スマートフォンを無くしたとか言ってたのよ……」

 「………………」

 「学校に忘れたのなら良いのだけれど……」

 「…………………………」

 「ねぇ…………本当に(・・・)何も知らないのかしら?」

 「……………………………………………………」


 その明らかに永子が自殺したのではないかと疑う言葉に、心の最後の柱がぽっきりと折れてしまったのだ。


 ――永子が……自殺を図った。そして、その責任は自分にあるのかもしれない。


 そう思うだけでカルアの胸は吐き気を覚えるほどの後悔と自虐でいっぱいになる。


 結局、その日一日カルアは無為に過ごしてしまう。


 茫然自失となって、永子の母親に対し相づちを打つことしかできなかった。




 翌日の金曜日。


 カルアはほとんど眠らずに一夜を明かしていた。永子からの返信が来たのだ。だから慌ててそれを確認し……


 ――死ね


 その一言に打ちのめされていた。一度ではない(・・・・・・)10や20でもない。100通以上のメッセージが一晩でカルアの元に送られて来て、その全てを彼女は必死に確認していたのだ。


 だけれど、めぼしい収穫は無し。送られて来たのは全てが同じ2文字だったのだ。カルアは寝不足と不安でフラフラなまま必死になって登校していた。


 下駄箱で内履きに履き替えて、廊下を進んでカルアがクラスの扉を開ける。


 「あら、ご機嫌ようおデブちゃん」

 「なによ?」


 開けるなり我先にと食って掛かってきた幸菜に対しても、反抗する気が起きない。罵倒されても気にならない。そんな余裕はない。少しでも幼馴染みの力になれる方法を探したかった。


 「くすくすくす、随分参ってるみたいね? 流石に七不思議の呪いは効果抜群だわ……」

 「七不思議?」


 そのままシカト決めようとした所で、思わず顔を上げていた。眼前の幸菜は実に嬉しそうで、まるで獲物をいたぶる猫のようだ。


 「デブはフットワークが鈍いわね……せっかくだから、貴女の末路を教えてあげるわ! 立浜高校土曜七不思議! 『土曜日の悪霊。立浜高校の校庭には、強大な怨霊が封じられている。だから、校庭を不用意に荒らしてはならない。巫女の力の及ばぬ日には、集まった亡霊たちが復讐しようと現れる』。あの人達は言っていたわ! 既に呪いに囚われた貴女は、間違いなく明日学校に来る(・・・・・・・)! そしてそこで悪霊の復讐に晒されるんだわ……!」


 カルアは疲れた表情のままピクリとも動かなかった。寝不足と苦悩で既に疲労しきっていて思考が纏まらない。普段なら即座に不審な点を指摘する頭脳も錆び付いたように働かなかった。


 「馬鹿じゃないの? なんで私がわざわざ明日学校に? 行くわけないじゃない……」

 「いいえ、貴女は絶対に明日学校に行くわ。これは運命なのよ! 自殺したいじめられっ子の復讐にあって地獄に落ちる! お前にはお似合いの末路ね!」


 ――さっきから……幸菜は重要なことを言ってる気がする……。


 今のカルアにはそう思うだけで精一杯だった。


 同時にそこでカルアのスマートフォンが着信を告げる。開かなくとも分かる。昨日寝ないで必死に待ち続けた音色なのだ。


 最後の希望を込めて起動し……即座に慣れきった表情で消す。永子からのメッセージだったのだ。


 ――地獄は苦しい。


 だから、明日迎えに行く。お前も道連れだ!!!


 「それにね? もう悪霊は現れ始めているのよ?」


 短い仕草は、しかしながらどうやら顔色だけで幸菜に察されてしまったようだった。


 「どういう意味かしら?」

 「あなたは気付いてないだろうけど、死んだはずのでくの坊を見た(・・・・・・・)って人がいたのよ!」

 「……ッ!?」


 驚愕にカルアの表情が歪む。その傷口を抉るように幸菜は続けた。


 「それも1人じゃないわ! そして私達でもない! 同じ1年ででくの坊の所属していた料理研究会、七不思議を追っている新聞部、そして生徒会ボランティア! これだけ多くの人間が、いないはずの人間を(・・・・・・・・・)目撃しているのよ! 明日あなたを呪い殺す悪霊をね!」


 それに対して疲れ切ったカルアは何とも思わなかった。辛うじて化粧で隠したものの目の隈は色濃く、青白い顔色は露骨なまでの疲弊を表している。


 「精々最後の一日を楽しむ事ね! ま、良いダイエットにはなるんじゃない?」


 そう言うと幸菜は高笑いをしてから自分のグループへと帰っていく。カルアがどうでも良さそうにそちらを眺めれば……その中には必死になっておべっかを使うリリカの姿もあった。


 ――そんなことはどうでも良い。


 それらを一切無視してカルアは前を向く。リリカがいなくなろうがソータが消えようがヨッシーが来なくなろうが、大した問題ではない。少なくとも暫くは。


 重要なのは、明日どうやら永子が会いに来るという方だ。


 既にカルアは自分の頭脳が混乱している自覚があった。だけれど、どれほど混乱しようとこの気持ちの中にあるものは変わらない。


 ――永子は怖くない。たとえ悪霊だろうと……それが永子(友達)ならば。


 沈んだ瞳のカルアは、確かにそう思っていた。




 放課後。カルアは昨日と同様に授業終了と同時に教室を飛び出していた。行き先は永子の家――ではない。


 思い出した事が一つあったのだ。それは水曜日の記憶……


 『知ってるかも……多分今の、探偵部だ』

 『探偵部?』

 『うん、探偵部。料理研究会の先輩が言ってた。なんでも有名な部活なんだけど、新入部員の勧誘が禁止されてるらしいの。今は主にゴーストバスターズみたいな事をやってて…………』


 鈍った頭脳ながら、カルアは何かがおかしいことに気付いていた。疲労と心労で追い詰められて探る力は残っていなかったが、思い出す事くらいは出来たのだ。


 周りを無視してスカートが浮かぶのにも構わず階段を一番上まで駆け上がる。そうして、手近にいた女の先輩に尋ねていた。


 「すみません! 探偵部の部室は何処ですか!?」

 「…………探偵部? ……それなら3階の一番奥――」

 「――ありがとうございます!」


 相手の言葉を聞き終わる前に走り出していた。周囲を歩く上級生達とぶつかりそうになりながら、もつれそうになる足で教えて貰った場所に向かって必死で進む。


 そうして行き着いた先で、カルアは奇妙な笑い顔を浮かべざるを得なかった。探偵部の部室には鍵が掛かっていて、代わりにメッセージの書かれたプレートがぶら下がっていたのだ。


 ”本日臨時休業

 ただいま曜日七不思議調査中……

 次回活動日:明日だしっ! 10:00~12:00までっ!”


 気がつけばカルアは乾いた笑い声を上げていた。


 どうやら確かに明日の土曜日、学校に来る必要があるようだった。


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