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立浜高校探偵部  作者: 中上炎
探偵部の思い出
70/93

2.七不思議設計書①

 さて、と、だ。


 正直なところ、私には作文の自信が無い。だって生まれてこの方、碌な文章を書いたためしがないのだ。でも、仕方ない。親愛なる両先輩方の命令ならば従うだけ。


 ……え? お前は誰だって? まま、そんなことはいいじゃない。大した事じゃないよ……んん? これも一応記録しておいた方が良いのかな? むむむ、確かにこれを後の時代の人達が読んだとしたら、意味不明になってしまうかもしれないわね。


 ……私の名前は嵐野(あらしの)狩亞(かるあ)。紛う事なきキラキラネームである。っていうか何だよ狩亞って。いや、響きは良いよ? カルア、うん悪くない。でも狩亞って……。私ゃ亜細亜を植民地化しようとする西洋列強か! 仮にも女の子につける漢字じゃないでしょうに……。


 どうだ、笑えよ。ほら、他ならぬ私が言ってるんだから。もちろん怒らないからさ。ほら、さん……はい!


 あはは! 狩亞とか、チョーウケるんですけど!? 馬鹿丸出しのネーミングじゃん!


 ……うん、自虐は止めよう。分かってた。何時もそうだ。未見の人は私のキラキラネームを笑い……けれど一度会った人は決して笑ったりしない。不っ思議―!


 それを幼馴染みの言うところによると『だって、似合ってるんだもの! 確かに変わった名前だけど……貴女自身が名前以上に光り輝いてるわ!』。


 ……はい。てっきり、染めてる金髪のことかと思いました。で、長年の付き合いのある幼馴染みにはそれが直ぐ分かったらしく、言葉を加えてくれた。


 『カル! 170㎝近い身長に、高校生離れしたスタイル! 更に雪のように白い肌に加えて長い脚は誰もが羨んでは、手に入らないと諦める物よ! これだけでも女子全員涙目なのに、貴女ときたら顔まで非の打ち所が無いじゃない!』ということらしい。どーりで最近男子の視線がイヤラシイわけだ。


 はぁ……こんなことになるくらいなら、顔もスタイルもいらなかった――な、何ですかモモ先輩!? え? サボって? いやいやいや、そんなことはないですよ! きっちり言われたとおりに探偵部の活動日誌を――本当ですって!? 手が止まってる!? やー、その、これは、上手い表現が思いつかないだけで……って言うか春先輩も笑ってないで手伝って下さいよー!


 モモ先輩……事情は知りませんけど、大切なお友達が責任? を取って転校しちゃった鬱憤を私にぶつけるのは……あぁ、何でもないです! 私、嵐野狩亞。受けた恩義に報いるために! 春先輩とモモ先輩の為ならば、何処にだって駆けつける所存です!


 ふぅ。探偵部って3人しかいないのに賑やかだ。私は……金髪に化粧ましましの外見からは想像がつかないって言われるけど、静かな方が好きなのでイマイチノリについていけない。


 モモ先輩はとっても良い人なんだけど……私に対しては厳しいのだ。例えば、つい癖で春先輩に流し目を送ってしまったり、着崩した制服の胸元をアピールしてしまったり……すると『こらー!』と絡んでくるのである。


 にもかかわらず、どうやら2人は付き合ってるわけではないらしい。どういうことなの? この間入部したばかりの私には謎すぎる。


 ……そう、この5月に探偵部に入部届を出したばかりの新入部員、嵐野狩亞。それが私。そしてその最初の仕事が、私にとっては忌まわしさの集大成と言っても過言ではない”七不思議設計書”の全容を活動日誌に記録することなのである。


 ――モモ先輩、分かってますって! 活動日誌だから、出来るだけ事件の詳細を客観的に書かなければいけないんですよね! えっと、そう、確か三人称とかいう奴で!


 任せて下さいよ! ちゃちゃっと書いちゃいますからね!






 「おはようカルアちゃん!」

 「よ! カルア! 今日も美人だな!」

 「チーッス! カルアーせっかくだけどこれからヒマ? 隣の高校とカラオケあるんだけど、行かね?」

 「お、おはよう嵐野さん」


 毎朝教室の扉を開けたカルアが浴びるのは決まっている。彼女を狙う男子の口説き文句や同類女子の遊び文句に、彼女の庇護下に居る女子の服従の証だ。


 最初に声をかけてきたのがカルアと同じく遊び人の義弥ことヨッシーで、ついで口説いてきたのが女たらしで有名なソータ。次に声をかけてきた派手な化粧の女がリリカである。


 これら3人とカルアで、このクラスのスクールカーストの最上位を占めている。それ以外に真面目な生徒達で構成されているグループもあるにはあるが、いずれもカルア達には及ばない。隠れインドア派のカルアは、他の3人と違って勉強まで得意なのだ。


 そして最後に消え入りそうな声を上げた地味な女子。改造した制服を自在に着こなすカルアやリリカと違って、真面目一辺倒を通り越して地味な彼女の名前は永子。狩亞すら越える無駄な高身長にやや色黒の肌。しかしスポーツマンというわけではなく、むしろ分厚い眼鏡といい三つ編みといい、典型的なまでの文学少女だ。


 「永子! 暑い中カルアちゃんが来たんだ! 飲み物くらい出してやれよ!」

 「お? ヨッシー良い事言うね! 永子私のもー!」

 「悪い! 今持ち合わせがないから俺のも頼むわー!」


 笑われた永子にもちろんお金は渡されない。何のことはない。彼女はスクールカーストの最下位に位置する貧弱な存在で、カルア達の影に隠れることでひっそりを平穏を得ているのである。


 早い話がいじめられっ子だった。


 それを見たカルアも小馬鹿にするように鼻で笑い


 「あ、今はパスー! ま、夏に向けてダイエットしたいしー?」


 にっこり笑ってそう言った。


 「うっそ!? カルア、更にスタイルを磨くの!? ずるいー! 特にその胸を少しは私に寄越しなさいよー!」


 同時にリリカが驚愕に染めながらカルアの身体に手を伸ばす。男子2人が凝視するも、カルアは気にも留めない。


 「うわ! 腰回りなんて許されないほど細い! ほんとにどうなってんの!? って言うか何食って暮らしてんの!?」

 「えー。って言われてもねー……」

 「ちょっと、はぐらかすのずるい! この夏は一緒に海で彼氏作る約束でしょー!?」


 これがカルアの日常だった。クラスの頂点として立ち、いじめられっ子達を庇護する代わりにこき使う。彼女たちが深刻なイジメに遭わないように守る代わりに、自分たちの奴隷として扱うのだ。


 立浜高校はレベルの高い学校だが、だからといっていじめ問題と無縁なわけではない。ましてカルア達は4月に入学したばかり。新しい学校の空気になれていないのである。


 だから、今日も今日とてカルアは永子を虐める。厳密には永子だけではない。永子の下には更なる奴隷階級の女子が複数いるのだが……カルアが大勢に付きまとわれても迷惑だからと、永子だけが挨拶に来るように命令したのだ。


 見れば挨拶もそこそこに逃げていく永子に、同じく立場の弱い女子が慰めの言葉をかけていた。


 最初カルアにはその精神が理解できなかった。でも、今は違う。


 クラスメイト達に囲まれたカルアを苦々しげに睨む影。それがカルアの机の前に立ち塞がっていた。その悪意の籠もった視線を彼女は正面から受け止め――それどころか、逆に嘲り笑ってやった。


 「これはこれはご機嫌よう大根野郎! 相変わらず樽みたいにぶっとい脚ね!」

 「はぁぁぁ!? 調子乗んないでよねデブ! アンタこそ朝っぱらから男子に媚びて、相変わらずの性格ブス!」


 カルアの宣戦布告に、相手も平然と言い返してくる。


 桐生幸菜(きりゅうゆきな)。それが()の名前である。カルアが調べたところによると、彼女はその美貌も相まって元々の中学ではそれこそ女王様のように君臨していたらしい。そして高校に入った後もそれは変わらず頂点に立とうとして――それ以上の美貌のカルアの前に敗れ去ったのである。


 それ以降、幸菜はカルアを目の敵にはしてことあるごとに絡み、カルアはその度に鼻で笑ってやっている。


 実際戦争になったこともある。例えば幸菜は偶然同じ学校に通うこととなった元いじめられっ子をカルアに嗾け、白昼堂々トイレの水をぶっかけるという行為に出たのだ。


 本来温厚なカルアもこれにはぶちギレた。顔面蒼白になって青筋立てた彼女は、されど怒りを押し殺して怯えきった下手人に優しく声をかけ、その言い分を聞いてやった。最初は怯えていた下手人のいじめられっ子もカルアの優しい口調に絆され……気がつけばカルアの側についてしまう。


 そうして、カルアはそのまま教室に殴り込むと、クラスメイト全員の前で幸菜を詰ってやったのである。幸菜はその場で応戦すると同時にその美貌で男子生徒を仲間につけようとし――先手を打って媚びたカルアの前に支持を失い、最終的にカルアに対し詫びざるを得なかった。


 ……それ以降、幸菜の精神は何処かおかしくなったように見える。前以上に暴君としていじめられっ子達を脅し、弱みを握り、徹底的に痛みつけては絶対に自分を裏切れないようにした。


 一方、それに対抗するカルアの元にもリリカを筆頭として続々と援軍が現れる。何のことはない。彼ら彼女らはカルアの下で積極的にイジメに参加し、甘い汁を吸おうとしているのである。


 しかし、その過程でクラスの頂点と化したカルアグループに反発する面々も現れ、それらが一斉に幸菜の側にも与してしまう。


 その結果、今やこのクラスは幸菜の王国とカルアの共和国が正面から激突する戦地と化していたのだ。ただし、カルアに与しようと幸菜に与しようと、カーストの低いいじめられっ子には地獄でしかないが。


 「そこ退いて。席に座れないんだけど」

 「あらぁ? 自慢のほっそいスタイルなら通れるんじゃないの?」


 米神をひくつかせながら絡んでくる幸菜に対し、カルアは何とも思わない。彼女にはそんなことよりも気になることがあったのだ。


 「勘違いしてんじゃねーよ。テメエの豚みたいな匂いがつくから嫌がってんだよ!」


 だから、いつも以上に言葉がぞんざいになっていた。同時に幸菜の表情が決壊寸前までに引き攣っていく。いつもならここから中世の戦闘と同様に互いに罵声の応酬を行うのだが……その日は違った。


 「ギャハハ! カルアの言う通りじゃん! ほら! 地味子共集合! 全員で豚ちゃんを笑いなさい!」


 リリカが勝手にカルア配下のいじめられっ子を招集したのだ。だが集まった子達は皆一応に殺意の籠もった幸菜の視線に怯えきっている。とてもではないが、何か出来そうな雰囲気ではない。


 カルアが内心で舌打ちする中、リリカは尚も言った。


 「最後まで言えなかった子は仲間外れだから! そんな忠誠心のない奴は、明日から私もカルアも守ってあげない!」


 途端、集まった女子達の表情が変わった。当然だろう。カルアは自他共に認める暴君だったが、冷酷な独裁者たる幸菜と比べれば大分マシである。例え少しくらいパシリにされようと、カルアの庇護下にあったから彼女たちはどうにか暮らしてこれたのだ。その庇護がなくなる――それは幸菜の八つ当たりで血祭りにされるということで……


 カルアは思わず内心で久しぶりの全面衝突に頭を抱えていた。


 「デ、デブ!」

 「豚女!」

 「だ……大根足!」


 同時に必死の形相となった彼女たちがどうにか罵声を絞り出す。絞り出して……絞め殺された鳥のような表情になった。カルアにもそれが分かった。幸菜だ。幸菜は全員の顔と名前を覚えるように一瞥したのだ。


 間違いなく報復が来るだろう。そして……おそらくリリカはそれに対して助けようともせずに笑っているだけだ。


 「覚えてろよ、ゴミ虫どもッ……!!」

 「ヒッ!?」


 鬼の形相になった幸菜に対し、いつの間にか何人かが悲鳴を上げていた。だが、リリカは止まらない。


 「良く出来ましたー! それで、最後まで言わなかったのは……お前だ!」


 やはりと言うべきか、最後まで言わなかったのは永子だった。彼女は他の女子達が安住の地を追い出されそうなのを、見て見ぬ振りできなかったのだ。


 だから、歯車が狂った。




 「永子、学食でパン買ってきなさい!」

 「お、俺のも頼むわ!」


 昼休みの教室。いつものようにカルアは永子に全員分のパンを買うように言う。永子が慌てて走って行く中、リリカ達は誰一人として気にも留めなかった。


 「それよりカルアはもう聞いた!? うちの学校の3階トイレの話!」

 「トイレ? 何それ?」

 「お、知ってる! 3階のトイレの怪談だろ! 何でも水曜日にそこのトイレに行くと、幽霊が出るらしいぜ! 放課後に誰か嗾けて確かめるか?」


 何だそれは、とカルアは内心で溜息をついた。どっちかというと、気安く肩に触れてくるソータの方が不快だった。だけれど、一応有力な味方なので無碍にも出来ない。だから我慢する。


 「ってオカルトかよ!? おいおい、お前らそんなのは中学で卒業してねーの?」

 「いや、それがヤバいらしいんだって! ウチの部活の先輩が聞いたらしいのよ! トイレの個室でいきなり変な音が聞こえたかと思ったら、外に異様な気配がしたんだって!」


 カルアにとってそんなことはどうでも良かった。幽霊よりも現実的な脅威が居るのである。


 「ごめん、ちょっと席外すね」

 「お? おぉ!」


 そのまま脇目も振らずにカルアは早足で立ち去っていく。なにしろ、予定外の出来事があったせいで、大幅にスケジュールが乱れてしまっている。


 そのままカルアは1人で廊下を進む。目的は3階のトイレだ。もちろん怪談が目的ではない。大事なのは、3階は3年生のクラスが中心であり1年生はほとんど現れないということである。つまり、カルアが猫被る必要もない。


 だからこそ、カルアは非常事態の場合はそこで合流することを決めていたのだ。


 「カル?」


 トイレに入ると同時に呼びかかる小さな声。


 カルアが横を見れば、トイレの隅にはパンを買いに行ったはずの永子(・・)が居た。もちろん彼女も事情を知っている。カルアはいつの間にか頭を下げていた。


 「永子……ごめん。さっきは余計なこと言っちゃった……」

 「またまた、私をパシリに使うって事は、まだカルのグループ(・・・・・・・・・)に居る(・・・)ってことをクラスに知らしめたかったんでしょ? 今朝だって私のパシリを適当に誤魔化してくれた、優しい貴女の考えることくらい直ぐに分かるわ!」


 日下部永子(くさかべえいこ)。カルアとは文字通り住む世界が違う彼女は、意外なことにカルアの幼稚園時代から続く幼馴染みなのである。ちなみに家は道を挟んで隣同士。中学校の途中までは一緒に登下校していた仲である。でも、今はしていない。何故か?


 「ねぇ永子……私……やっぱりイジメは良くないと思うの」

 「……そうね。カルには辛い立場をお願いしてしまって申し訳ないと思う――」


 小声でカルアは弱音を吐いていた。その姿を他人が見れば、とてもいじめっ子といじめられっ子には見えなかっただろう。


 「――でも、この偽装イジメ(・・・・・)のお陰で、どうにか私や他の大人しい子達も暮らしていけるの……」


 そう。住む世界は違えど、大切な幼馴染みをカルアが虐めるはずがない。カルアは、幼馴染みを守るために虐める振りをしているのだ。カルアに虐められているということは彼女のグループということであり、そこに手を出せば報復が待っている。


 真性のいじめっ子である幸菜ですらそれを躊躇しているのだから、他の人間が手を出すはずがない。


 結果として、そこには希少な平穏が生まれていたのである……!


 いつの間にか泣きそうになっていたカルアは、思わず永子に宥められていた。


 「……ごめんなさい。そうよね。他の子を庇って矢面に立ってるのは永子もだもんね……」

 「……貴女の苦悩と比べたら、些細な事よ。お金だってみんな後から分割して払ってくれるし……これで幸菜達から守って貰えるのなら安い物だわ……」


 もちろんカルアは何度も正面切ってリリカやソータといった配下のいじめっ子達に自重を促そうとした。それを止めたのも永子なのだ。


 「大丈夫、1年だけだから。イジメの件は先生に話してるし、来年はクラス替えで考慮して貰えると思う。だから……今年だけは耐えて……」

 「……やっぱり、今のクラスじゃ……?」

 「駄目(・・)。今ここでカルが正面切ってリリカ達を罵倒すれば、彼女たちは笑って幸菜と組んでしまう……そうなれば私達は勿論カルだってどうなるか分からないのよ?」


 だから、カルアには幼馴染みを虐めるしかなかったのである。彼女にはイジメを解決するだけの力が無く、けれどいじめっ子の汚名を被るだけの覚悟はあった。


 ――ピチョン


 何処か遠くで水滴が落ちるような音がする。カルアも永子も別に驚かない。だってここはトイレだから……自分たち以外に誰も居なくても、たとえば前に使った人の残滓が蛇口に残っていたのかもしれない。


  ――ピチョン、ピチョン――――――――ピチョン……


 案の定カルアの思った通りに水音は消えた。それにしても、と頭を振るう。


 どうやらこのトイレに怪談が流れているのは確からしい。カルアと永子で密会場所に選んでから、昼休みにもかかわらず誰かと鉢合わせした経験がほとんど無いのだ。そんなトイレで……誰かの使った水音?


 「ん?」

 「どうしたのカル――」


 嫌な予感を感じたカルアは思わずトイレを見回していた。なんて事は無い。個室が4つ並んでいて、手洗い場の蛇口も4つで……何の変哲も無い何処にでもあるような女子トイレ。やっぱり、自分たち以外に誰も居ない。ただ病的なまでに白い床のマス目がいっそ気持ち悪いほどビッシリと並んでいるだけで……


 ――ピチョン


 「水音が……増えた?」


 思わず自分より背丈の高い永子を庇うようにしていた。そして、その瞬間――


 ――得体の知れない、されど明らかにさっきの水音とも違う、何かを叩き付けるようなくぐもった音がトイレに響き渡ったのだ――!


 思わず悲鳴を上げて後ずさる永子。カルアだって戦慄したまま信じられない。さっきの死体に懲罰を喰らわせるかのようなおぞましい音はまだ余韻が残っている――


 「ま、まさか……水曜日の惨殺魔……!?」

 「な、なに!? どういうことなの永子!?」


 同時に永子が焦ったようにトイレを見渡す。どうやら彼女は知っているらしい。


 「『誰も居ないはずのトイレから不自然な音が聞こえるときがある――“彼”が出たのだ、もし見つかるとズタズタに切り裂かれてしまう』――あ、ありえない!? 七不思議が実在するなんて……」

 「待って永子! 誰かいるッ――!」


 だがカルアの反応は僅かに遅い上に鈍くもあった。確かにトイレの入口からは喜々としてこちらを伺う気配がある。


 だが、正体不明の相手はもっと近くに潜んでいたのだ。


 入口を睨むカルアの背後では――――いつの間にか個室の扉が開いていて――


 ――カルアも永子も気付かない。背後にまで気を遣う余裕がない。


 トイレから這い出た気配は同時に歓喜の想いを爆発させ……


 「よっしゃぁッッ! 今の聞いたリョウっち!? 紺々の言うとおり水曜七不思議の謎が解けたんだしっ!」


 トイレの隅っこでビビるカルアと永子を尻目に、個室から出てきたらしい小柄な女の子が全速力でステップを踏むように女子トイレを出ると、外にいるらしい相手に向かって抱きついていた。


 「……は?」


 思わず真顔になるカルア。永子に至ってはあまりの急展開に目を白黒させたまま呆然と立ち尽くしている。そんな2人を一切気にせず、興奮した女の子は夢中になって喋り続けていた。


 「『誰も居ないトイレから不自然な音がする? それは当然のこと。だってトイレの壁の中には水が流れる配水管が沢山埋め込まれている。だから人の少ない……静かな時にでも下の階のトイレを一斉に流せば、大量の水が屋上の貯水タンクから配管に勢いよく流れこんで不自然な音がする』……正に紺々の言うとおり! 噂によって人の寄りつかない静かなトイレだからこそ、真下の2階のトイレで一斉に水を流すと変な音がしたんだし! 同志久瀬っち達も聞けた!?」

 「バッチリです同志モモっち! これでまた新しい”立浜高校探偵部”が書けます!」

 「おうよ! 下の階で一斉に水を流すのに協力してくれた桐国さんや文藝部のみんなには感謝だな! リョウ、俺は先に新聞部に事の次第を報告してくる!」


 4人組だったらしいその一団は一頻り謎解きの結果に感嘆していると、どうやら場所を変えるつもりらしい。足音が少しずつ遠ざかっていく。


 「火曜の理科室、水曜のトイレ、木曜の図書室、金曜日の部室棟、日曜日の音楽室……そうなると残りは――」

 「……リョウっち?」


 それっきり探偵部とやらの声は聞こえなくなってしまった。


 一方、カルアは憮然としたまま動かない。どうやら、彼らの実験に自分たちは巻き込まれてしまったらしいのだ。それはしょうがない。だけれど、胸に湧き上がるモヤモヤがとぐろを巻いて心中を占拠している。


 ――一瞬でも七不思議を信じて怯えかけた自分が虚しかった。


 「あ」

 「どうしたの永子?」


 そこで永子がポンと手を打った。


 「知ってるかも……多分今の、探偵部だ」

 「探偵部?」


 カルアは不審な顔を隠せなかった。カルアはこれでも新入生、しかもどの部活に入るかを決める最後の時期に居るのだ。もし探偵部なんて部活があったら、当然カルアも知っている。


 「うん、探偵部。料理研究会の先輩が言ってた。なんでも有名な部活なんだけど、新入部員の勧誘が禁止されてるらしいの。今は主にゴーストバスターズみたいな事をやってて、校内新聞にそれを載せてるとか……」


 ふーん、とカルアは頷いた。そしてそれっきり探偵部のことは記憶の片隅に追いやってしまう。


 なにしろ、それどころではなかったのだ。


 翌日、カルアは永子がイジメを苦にして自殺を図ったと聞いて、驚きのあまり茫然自失となってしまう。


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