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立浜高校探偵部  作者: 中上炎
探偵部の思い出
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1.壮司ヶ谷姫乃失踪②

 再生した探偵部が真っ先に向かった場所。もちろんそれは現場だった。最後に姫乃ちゃんが目撃された場所、すなわち立浜高校本棟の1階にある理科室である。


 幸いにも理科室を拠点に活動している部活はないらしく、特に誰かに見咎められることもなく中に入ることに成功する。蛇口の付属した細長い白い机の丸椅子に座ってる者はいない。


 ただ……意外なことに立っている者はいた。


 「春茅……君?」

 「桐国さん? どうしてここに?」


 演劇部の主演女優にして絵になる女、桐国紺。モモちゃんや姫乃ちゃんの友達である彼女が不思議そうな顔で突然の来客である僕たちを見据えていた。頭には三角巾、身に纏うのは家庭科の授業で作ったエプロン、そしてその右手には――


 「……おたま? 紺々って演劇部じゃん。こんな所でなにやってるし……」


 彼女の目前には火のついたアルコールランプ。桐国さんはおたまの何かを炙っていた。そうしている間にもそれはムクムクと大きくなっていき――


 「私? ……差入れのカルメ焼き作ってた。……欲しい?」


 どうやらおやつを作っていたらしい。


 ……そう言えば桐国さんは姫乃ちゃんも認めるほどの料理の腕があるんだったっけ。


 「カルメ焼き……何それ!? 私、食べたことないかも!」

 「……モモちゃん無いの!? ……あ、でも庶民の駄菓子だから……」


 モモちゃんは初めて見るお菓子に夢中になっていた。なるほど、確かに焦げた砂糖の甘い匂いは適度な空腹の僕たちにも効く。だけども、思わず話題が駄菓子に傾く前に僕は咳払いをしていた。



 「桐国さん……なんで家庭科室じゃなくて理科室で?」

 「家庭科室は料理研究会が使っている日もある。そういう時は理科室でおやつの差入れだけ作ってる」


 ――演劇部も運動部、お腹が空く。


 桐国さんはそう言うと、再び座ってカルメ焼きの作成に熱中していた。モモちゃんはお餅のように膨らんでいくカルメ焼きを興味津々で覗き込んでいる。そして僕は――


 「って言うことは……普段から?」


 ――久しぶりに作った真面目な探偵の顔で、それを尋ねていた。


 対する桐国さんも真面目な顔を作ると、顔を上げる。


 「勿論……家庭科室が使えないときは何時もここにいる……」

 「リョウっち……! それってもしかして……!?」


 どうやら僕たちはあっさりと真実に近いところに辿り着けたらしいのだ。同時に僕もホームズ流観察術を始める。


 桐国紺。椅子に座った今はそれほどでもないけど、本来は長い脚に由来する高い身長を持っている立浜高校きっての女優だ。エルフと形容できる色白の顔立ちに強い感情の色は浮かんでいない。だけれど乗せようと思えばどんな感情も演じきってみせるだろう。


 見れば制服に着こなしは流石というべきか、規定ギリギリのスカート丈といい、適度に余裕を持って結ばれたリボンといい、本人なりの美意識を感じられる。しかし今は部活中だからなのか、それ以外に持ち歩いている物は無いようで……


 「…………リョウっち? どうしたの?」

 「……桐国さん、オカルト研究会の曜日七不思議は知ってる?」

 「……あぁ、そういうこと……。もちろん知ってる、理科室の煙……でしょ?」


 対する桐国さんはというと、不思議な視線を僕に向けてきた。僕に集中しているようで、していないような……そんな視線だ。


 あるいは……こう言い換えても良いかもしれない。


 ――桐国紺は何かを誤魔化そうとしている。


 僕の第六感がそう告げていたのだ。


 「僕……火曜日とは言ってないんだけど?」

 「理科室が舞台の七不思議は火曜日だけ……だよ?」


 さも当然とばかりに言い返してくる。僕がかまをかけたというのに、その表情や仕草に一切の動揺はない。視線も僕に固定されたまま微塵も動かない。


 微妙な空気が立ちこめたのにモモちゃんが気付いてあたふたし出す中、先手を取ったのは桐国さんだった。


 「結論から言う。火曜七不思議の原因は()

 「紺々!? それはどういうことだし!? まさか……貴女もオカルト研究会にッ!?」

 「ん、違う。そうじゃない」


 そうして、慌てるモモちゃんの前に桐国さんはカルメ焼きを突きつけた。どうやらそのカルメ焼きは僕たちが会話している間に焼きすぎてしまったらしく、白い煙を上げ始めていて――


 「……探偵部には迷惑をかけて申し訳ない。……白い煙の正体は、毎週家庭科室の代わりに理科室でカルメ焼きを作っている私。特に昨日は複数纏めて作ろうとした結果……失敗して盛大に煙を噴いた……それを奴等に悪用されてしまった……」

 「って理科室の煙ってそういうことなの!?」


 そこで桐国さんは視線を外すと、申し訳なさそうに小さく頭を下げる。


 「……夕方に姫乃ちゃんは来なかった?」

 「来た」

 「……ッ!? それでどうしたの!?」


 だけれど、僕と桐国さんの間にモモちゃんが割って入り、切羽詰まった表情で彼女に縋っていた。


 「どう……とは?」

 「……その、姫っちとどんな話をしたとか……何処に行ったかとか……」

 「…………? 姫乃……慌ててた。部屋に入るや何だか追い詰められたような深刻な表情で、涙を浮かべ始めて――」


 思わず僕の瞳がきゅうっと絞られる。これは間違いないんじゃないだろうか。つまり――


 「そんなぁ……姫っち……やっぱり本当に追い詰められてたんだ……どうしよう、私のせいだ――」

 「……? いや、私と一緒に慌てて煙噴いてるカルメ焼きの消火を――」

 「って、そっちかーい!?」


 モモちゃん渾身のツッコミが炸裂した。だと思ったよ。だって姫乃ちゃんは涙目だったんだよ? ……カルメ焼きの煙が目に染みた以外にあり得ないじゃないか! 彼女は冷静だったんだから。


 見れば桐国さんの持っていたお玉のカルメ焼きは見るも無惨に真っ黒に焦げてしまっている。確かにカルメ焼きはちょっと焦げてるところが美味しいけど……これは流石に……。


 「その現場をオカルト研究会に見られてたって訳か」

 「……幽霊の、正体見たり、枯れ尾花。七不思議の正体なんて、そんなもの」


 桐国さんは驚くほど冷静にその点を指摘していた。しかもなんだか迷惑そうに溜息を吐いている。


 「……私達演劇部も、部室に変な怪談を流されて困っている。探偵部……何とかして欲しい」

 「え? 小室の奴……演劇部にも?」

 「うん。何でもタイトルは”呪われた劇場”で、演劇部の公演には毎回霊が参加している……らしい。それで、普段は霊も部室で練習している……らしいんだけど、その姿を見ると呪われてしまう……とか」


 桐国さんはどうやら本当に困っているらしい。真顔で怒ってますと言わんばかりに可愛らしく威嚇すると、今度は頭を抱え始めた。


 「……変な噂が流れたせいで、今年の演劇部の新入部員勧誘は苦境に立たされている……部長になった私としては……先輩方に顔向けができない……」

 「あぁ……それはご愁傷様だね」


 ……どうやら、困っているのは本当らしい。


 「今は新作の構想や演出を検討するのに全部員が図書室に集まって相談中。だから部室には誰も居ない。それを演劇部が噂を信じて逃げ出した証拠にされてしまった……。どうしよう……」

 「……取りあえず、新聞部に頼んで真相を記事にして貰っておくよ」


 僕がそう言うと桐国さんは胸に手を当ててほっと一息ついた。


 「それで、姫っちは何処に行ったし!?」

 「姫乃? 姫乃ならカルメ焼きを一緒に食べた後は、駅に行くって言ってた。そのまま翌日の観光バスに乗って、日本一周バスの旅に出るって――」

 「――意外にリッチな失踪じゃん!? っていうか、失踪じゃなくてただの旅行だし!?」


 まったくだ。というか、もはや失踪でも何でも無いのは確かだろう。見ればモモちゃんは散々心配してた過去の自分が虚しくなったのか、地団駄踏んで悔しがっていた。


 「むきー! 姫っち……どうしてそんな楽しそうな計画に私を誘わないし!?」

 「怒る所そこなんだ!?」




 かくして、壮司ヶ谷姫乃失踪の謎は解けたのである。僕たちは図書室の演劇部員に差入れを持って行く桐君さんと別れ、意味も無く校舎内を歩いていた。


 僕の隣ではモモちゃんがぷりぷりと可愛らしく怒っている。


 「姫っち……ぐぬぬ……私を誘ってくれれば、旅費を出したものの……!」

 「まぁまぁモモちゃん」

 「でもだよリョウっち!? 私、誘われてないし! 寂しいじゃん!」


 ぷんすかと怒るモモちゃんは可愛らしい。


 僕とモモちゃんは事件の初めこそギクシャクした関係だったけど、気がつけばすっかり昔通りの探偵部に戻っていた。


 ――全部、姫乃ちゃんの狙い通りに。


 あの子、結構策士なのだ。


 「でも、姫乃ちゃんの旅行って、実際にはとってもつまらない内容だったと思うよ?」

 「え? ……でも日本一周だよね? ……リョウっち、いくら私がお金持ちだからって、流石に47都道府県全てを制覇しているわけじゃ――」


 あぁ……モモちゃんは何時だって可愛いなぁ。僕も……こんな妹が欲しかった。……いや、将来の義妹の予定なんだけど。それはともかく、だ。


 「そうじゃないよモモちゃん。だって、姫乃ちゃんは立浜高校に(・・・・・)居るんだから」


 僕が苦笑いしながらそう言うと、モモちゃんは大きく目を見開いた。


 「……ッ!? それって、どういうことだし!?」

 「姫乃ちゃんは言わば狂言自殺をした訳なんだけど……どうしてそんなことをしたと思う?」

 「え? ………………あ、あれ? そう言えば、姫っちどうしてそんなことを……」


 そう。モモちゃんが躓いてしまった最初のポイントはそこなのだ。


 姫乃ちゃんは極めて冷静に一芝居打った。だけれどモモちゃんは負い目からそれに騙されてしまい、それ故姫乃ちゃんの真の目的に気付かなかったのである。


 「って、リョウっち分かったの!? 答え教えてよ!?」


 ところが残念! 今回は……諸事情によりモモちゃんに自分で正解に辿り着いて貰うしかないのだ。


 「ヒント1。既に姫乃ちゃんの目的は無事達成されました」

 「リョウっちの意地悪! …………ちょっと待つし! えっと……だから……」


 廊下の真ん中でモモちゃんはうんうん唸りながら必死で知恵を巡らし始める。だけれど、あまり上手くいってないようだ。


 ……姫乃ちゃんの性格を思えば直ぐ分かりそうな気もするけど。


 「ヒント2。でも姫乃ちゃんはまだそれを知りません。逆に言うと、それを教えてあげると喜んで出てきます」


 ……例えるなら、天の岩戸……かな? ……いや、僕もそんなに詳しくないんだけどさ。


 「ぐぬぬ……ぐぬぬぬぬ……つまり、私が姫っちに電話すれば良いって事?」

 「うん。正確には姫乃ちゃんの芝居の都合上電話だとでないから、メールだろうけど……」


 モモちゃんは考えた。必死になって考えたらしい。窓ガラスに向かって一人で百面相をしながら必死で知恵を絞って――


 「駄目だ分からーん! リョウっち、教えてー!」


 やっぱり駄目だったらしい。あっさり僕に頼ることにしたのか、僕にすり寄るように寄ってきて――同時にモモちゃんは全てを理解したらしい。しかも不意打ちだったのか、僕の手を取ったところで真っ赤になって俯いてしまった。


 「も、……もしかして……。リョウっち……もしかして……だよ?」

 「……うん」

 「もしかしてだけど……」


 珍しく赤面したモモちゃんはくるりと背を向けてしまう。


 やばい……どうしよう。急にしおらしくなったモモちゃんを見てると、僕まで無性に居たたまれない気持ちになってくる……。


 僕が告白された男子生徒みたいに挙動不審になる中、モモちゃんは小さな声で呟いた。


 「その……適当な口実を作って……私と……リョウっちを……仲直り……させたかった?」

 「……………………うん」


 それ以外で、モモちゃんに固い忠誠を持った姫乃ちゃんが無断でいなくなるわけがないのだ。


 見ればモモちゃんは夕日も浴びてないのに耳まで真っ赤になって、いじらしくなっていた。


 どうしよう……き、気まずい。どうにか、どうにかしないと……!


 「そうやって……その……モモちゃんを困らせてだよ?」

 「うん。っていうか実際困った。困ってそれまでの葛藤を放り投げてリョウっちに縋ったし」

 「僕たちを元の鞘に戻そうとしたって訳だ」

 「……なるほど」


 再び沈黙。


 背中を向けたモモちゃんは何か思うところがあったのか、暫く小さな肩を振るわせていた。


 どれくらいの時間がたっただろうか? 僕にとって、それはまるで1時間にも感じ取れるほどの濃密な沈黙だった。でも、それはそんなに長い時間じゃなかったようだ。


 モモちゃんはくるりと振り向いた。


 振り向いて……笑顔になっていた。


 「先輩、聞いて欲しいことがあります」


 それこそ、向日葵の花のようなとびきりの笑顔だった。あぁ! モモちゃんは……良く笑う子なのだ。いっぱい騒いで、いっぱい遊んで、いっぱい楽しむ。そんな子に悲嘆は似合わない。


 「私……あなたを好きになった時から、いつかそんな日が来ると分かってました。貴男と夜を共にしたあの日から、今日までずっと怯えてました」


 やっぱり、モモちゃんはモモちゃんだ。この子はとっても強い子だ。だって――


 「だから、ありがとう。これでもう、明日からは怯えなくてすみます……!」


 ――失恋した時まで、笑顔だったんだから。


 僕がそう言うと、モモちゃんは桜の花のようににっこり微笑んでスマートフォンを取り出す。どうやらカメラを起動したらしい。


 「ほら、リョウっち! 笑って笑って! 記念撮影じゃん! こうすれば姫っちも作戦成功に気付くはずだし!」

 「うわ!? モモちゃん近いって!?」

 「何言ってるし! 近くないと意味ないじゃん! ほーら? お兄ちゃんも童貞じゃないんだから!」


 モモちゃんは僕の腕に抱きつくと、会心の笑みを浮かべて写真を撮る。僕が急接近にどぎまぎしてるのとは大違いだ。


 「さ、これで準備はオッケーだし! 姫っちを迎えに行こ? こっちこっち!」

 「うわ、モモちゃん腕組んだまま走らないで!? 誰かに見られたらどうすんの!?」

 「……? 別に義兄妹になるんだし、恥ずかしがること?」

 「いや、そうだけど……!? っていうか、モモちゃん姫乃ちゃんの居場所が分かったの!?」


 モモちゃんは無邪気に頷いた。


 「分かってるし! 部員が出払って誰も居ない演劇部の部室でしょ?」


 ……その通り。僕の推理と全く同じ結論に達したみたいだ。


 「えへへ。だって紺々は姫っちの友達だし! だから、昨日の放課後に姫っちの話を聞くや、暫く使わない演劇部の部室を勧めても不自然じゃないし!」

 「付け加えるなら、演劇部の部室は部室棟にある。だから当然部活用のシャワー室やお手洗いも近くにある上、冷暖房も完備。演劇用の大道具が寝具の代わりにもなるはずだしね」

 「しっかも-? 紺々は料理上手で演劇部に差入れを持って行ってる! だからそれが少しくらい増えたって誰も気付かないし!」


 つまるところ、そういうことなのだ。で、誰も居ない筈の演劇部の部室から人の気配がするから、それが妙な噂になってしまったと。


 そのままモモちゃんと踊るように廊下を駆け抜けて階段を上り、渡り廊下を抜けて体育館近くの部室棟へ。演劇部の部室は大道具を使う関係で1階にあり――


 「モモちゃん、気をつけて……!」

 「……ッ!?」


 ――その入口の曲がり角で、僕たちは顔を見合わせると息を潜めて止まっていた。


 なんて事はない。角の向こうから言い争う声が聞こえてきたのだ。もちろん、単にそれだけなら僕たちはスルーしただろう。


 「紺! お前は何を考えている!? 俺が呪いを解く前に動くだなんて……!」

 「……私は……自分が正しいと思ったことをしただけ。そっちこそ……七不思議なんて、探偵部に見破られた小細工、もう諦めた方が良い……」


 一転して引き締まった表情のモモちゃんが僕を見た。僕も何も言わずに頷いた。


 そこで言い争っていたのは他でもない、桐国さんと……神出鬼没の小室だったのだ。


 「いい加減にしろ! どうして俺の邪魔をする!? 巫女様の司る奇跡を――」

 「――いい加減にするのはそっち。私、嘘つきは大嫌い、つかさ……ッ!? 誰っ!?」


 それこそ電光石火の動きで桐国さんが横を振り向くや、こっそり様子を伺っていた僕と視線が交差していた。


 同時に小室の奴も僕たちに気付くや、忌々しそうに呪詛を呟く。一方の桐国さんは……仲間を見つけてほっとしたかのように胸をなで下ろしていた。


 「つーか、さ。貴男もオカルトなんてしてる暇があったら勉強でもするべき。お互い受験生なんだし……」

 「ふん! 余計なお世話だ! 覚えていろ? お前達演劇部にも呪いを送ってやる!」


 そう言うと、小室は仏頂面のまま逃げるように踵を返して去って行く。僕が合図するまでもなく、モモちゃんはくるりと背を向けて入口を見張っているようだ。


 そんな小室とは対照的に、桐国さんはこっちに向かってくる。


 「……見苦しいところを見せた」

 「……いや。それより、そっちも大変なんだね」

 「大丈夫。……私も吹奏楽部と一緒で、七不思議なんて信じてないから。……そんなことより、ここに来たということは?」


 桐国さんは改めて僕とモモちゃんを見た。それだけで充分だったらしい。彼女は理解したらしく、柔らかく微笑んだ。


 「……私は部活に戻る。小室なら見張っても無駄。空き部室に窓が壊れてる所があるから、そこから逃げたみたい。……メール、待ってるはずだから送ってあげて」

 「小室……ね。分かった。色々ありがとう」


 僕がそう言うと、桐国さんは照れくさそうに去って行く。そのまま姫乃ちゃんにメールを送ろうとしているモモちゃんの隣を素通りして――


 「ねえ桐国さん。さっきはどうして嘘をついたの?」

 「……1個だけ(・・・・)、だから見逃して欲しい」


 結局、彼女は足を止めなかった。


 ……桐国紺。やりにくい相手だ。多分だけど、彼女にはホームズ式観察術が効いてない気がする。いや効いてないというのは語弊があるかな……。僕が彼女の真意と虚偽を区別できていない――


 「姫っち様、と。えい、送信!」


 そんなことを考えていると、モモちゃんがどや顔で送ったスマートフォンを見せびらかしてくる。覗いてみれば、さっきの写真にデカデカと”私達、家族になりました”の文字が……ん? これって――


 「おぉぉぉ嬢ぅ様ぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」


 同時に演劇部の部室から湧き上がる歓喜の雄叫び。僕の隣でモモちゃんは推理が当たってガッツポーズ。えっへんと胸を張ると、扉を蹴破るように出てきた姫乃ちゃんを迎え入れようとして――


 「この姫乃! お嬢様のお力になれて感激の極みですかくなる上はいかような罰をも承って――」

 「ふぎゃっ! 姫っち、きつく抱きしめすぎだし!?」

 「仕方ありません! 今日祝わずに、何時祝うのでしょう!?」


 満面の笑みで頬ずりする姫乃ちゃん。


 ……やっぱりここに居たんだ。まぁ、元気そうで何より――


 「――ちょっ! お、落ち着くし! 抱きつかないで! あぁ、悔しいくらいに格差が感じられ……ってリョウっち! 笑ってないで助けて!」


 それこそ、嬉し涙まで流した姫乃ちゃんは全力で自分より小柄なモモちゃんを抱きしめると、そのままペットを可愛がるようにモモちゃんをなで回していく。


 ……まぁ、幸せそうだし。僕の出る幕でもないか。


 「あぁ、紺さんに相談して本当に良かった! もし本当にバス旅に出ていたら、歓喜の瞬間にお祝いを述べる事も出来なかったでしょう!」

 「いや、あの、姫っち? 一部誤解が……」

 「それで先輩! お嬢様との結婚式は何時になさいますか? 場所の希望はございますか? 子供は何人の予定ですか? 育児の際は是非ともこの姫乃にご用命下さいませ!」

 「いや、その前に――」

 「前? あぁ、うっかりしてました! 子供のお名前を考えなくてはいけませんね!」

 「それも違――」


 ……ちと先輩。何だかんだで、今日も探偵部は平和です。


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