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立浜高校探偵部  作者: 中上炎
探偵部の思い出
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1.壮司ヶ谷姫乃失踪①

 校内が静けさを取り戻した4月最初の水曜日。部室の窓の外の散りゆく桜吹雪を見ていた僕は、思わず感傷的な気分になっていた。


 ……気落ちしていた2ヶ月の間に、オカルト研究会の連中は立浜高校各所に浸透してしまったのだ。調子を取り戻した僕が秋風と手を取り合ってある程度の詐欺師は締め上げたものの、信仰を向けてしまった生徒達も少なくない。


 どのくらいかというと……この間の生徒会集会で、園芸部の正式なオカルト研究会への変貌を認めざるを得ないほどには。


 そんなこともあって幸か不幸か探偵部は正式に1年だけ廃部が延長され、僕の二足の草鞋も引き続いている。いや、受験があることを考えれば、今年は更に忙しくなるだろう。


 ――それが何だって言うんだ。


 僕は最後の、そしてたった一人の探偵部員として、最善を尽くさなければならない。受験は大事だ。頑張らないとちと先輩と同じ大学には入れない。だけれど、今目の前で起こってる問題を投げ出すわけにもいかない。


 ほら、噂をすれば依頼人の足音が。うん、中々に特徴的だ。足音自体が軽く小さいから、小柄な人だろう。多分女の子だ。しかしながら、不思議なことに入口付近で数歩歩いては止まって引き返すのを、かれこれ3回ほど繰り返している。


 ……妙だな。部室の入口には新聞部に載せて貰った”立浜高校探偵部”のスクラップが張られている。だから、それを読むために立ち止まる人はいるかもしれない。でも、この依頼人は記事を読もうとしているというよりは、部室に入ろうか入るまいか迷っているような……まるで踏ん切りがつかないというか――


 「リョウっち大変だッ!? 私を助けてヘルプミーッ!!?」

 「って、モモちゃん!?」


 可愛い足音を響かせて勢いよく部室の扉を開けたのは、まさかまさか、お互い気まずいことこの上ないモモちゃんだったのだ。久しぶりに会ったモモちゃんはやっぱり気まずいのか右手で忙しなく首元のリボンをいじくり回している物の、その視線だけは追い詰められて縋るように真正面から僕を向いていた。


 一方、情けないことに僕は彼女にどんな顔をすれば良いのか分からず、硬直してしまう。


 それに対しモモちゃんは一瞬だけ怯むものの……直ぐに切り替えていた。


 「リョウっち! お互い色々あったのはすっごく分かるんだけど!? 今はそれを置いておいて助けて欲しいの!?」

 「モモちゃん……分かったよ。それで、何があったの?」


 僕がそう言うと……モモちゃんは今までに見たこともないように恐怖に震えながら言った。


 「姫っちが……姫乃が、私とリョウっちに死んでお詫びするって置き手紙を残していなくなったの……」

 「――何だって!?」


 僕にも、モモちゃんが我を忘れてここに駆けつけた理由が分かったのだ。


 内心の動揺を押さえ込みつつモモちゃんを依頼人席に座らせ、震えそうな指で紅茶を準備する。


 「昨日家に帰るまでは一緒だったんだけど……いつの間にかいなくなっちゃったの……」


 混乱解けやらぬモモちゃんは、それでも必死に少しずつ状況を話してくれた。


 「最初はみんな私用だと思ってたんだけど、結局朝になっても帰ってこなかったの。そして、心配した桜田が姫っちの部屋に入ったら、机の上にこれが……」


 そう言うと、モモちゃんは鞄から一通の封筒を取り出した。僕は期待に応えるようそれに目を通していく。


 ……普通の白い定形封筒だ。スーパーとか……それこそコンビニでも売っている代物で、表紙にはサインペンで”百花お嬢様へ”と書かれている。そして封筒の中には便箋が入っていた。


 思わず眉根が寄ってしまう。


 そこにはモモちゃんだけでなく、僕宛のメッセージまでもが印字されていたのだ。

 ”

 親愛なる百花お嬢様、また敬愛する春茅先輩へ


 この度は私の愚行が原因でお2人に対し大変ご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ありませんでした。


 こうして鏡を見ていると、改めて自分のしでかしたことに対し絶望してしまいます。


 先日のことは全て私が一人でやったことです。自分でも色々考えてみました。どうすればみんな幸せになれたのか、私はどうすれば良かったのか。


 でも、結局私のしたことは全て裏目に出てしまいました。


だから、せめて死んでお詫びしようと思います。こんな惨めで何一つ仕事をこなせなかった私ですが、お2人のお陰で少しだけ楽しい時間を過ごすことが出来ました。ありがとう。


 そして、さようなら。私はこれから死出の旅に出ます。


                                 壮司ヶ谷姫乃

                                       “


 「………………姫乃ちゃん……」


 本人の几帳面さを表すかのように表題はゴシック体で、本文は明朝体で印字された遺書だった。


 「同じ内容のデータが姫っちのパソコンにも残ってた。それで改めて部屋を調べてみたら、スマートフォンやお財布が無くなっていたの……。あの子……死にに行ってしまったみたいなんだし……」


 モモちゃんが消え入りそうな声で呟いた。僕が今までに聞いたこともない沈んだ声だ。この様子じゃ姫乃ちゃんのスマートフォンには何度も連絡しているのだろう。


 「お父さんも慌てて捜索命令を下したけれど……今の所見つかってない。警察にも通報したけど……音沙汰無し。……そうだよね。もし自殺しようとすれば、何処でだって出来る。見つけようがないし……見つけようがなければ、止めようもなくて――」

 「――モモちゃん」


 思わず死にそうな声色の彼女に声をかけていた。


 「昨日の姫乃ちゃんの様子はどうだったの?」

 「……普通通りだった……と思う……多分」


 と言いつつも、モモちゃんは僕と目を合わせようとしなかった。察するに、このところ2人の間には壁が生まれてたんだろう。


 ……気持ちは分かる。姫乃ちゃんは結果的に失恋を確定させてしまったわけだし、モモちゃんは姫乃ちゃんの身体を張った好意を活かすことが出来なかったのだから。


 そして……それが姫乃ちゃんを追い詰めてしまったと悩んでる。


 「ねぇモモちゃん。姫乃ちゃんって、モモちゃんみたいに仲の良い友達とかっていない?」

 「……相談してるかもって事? ……もちろん会話する程度の友達はいるけど……深い悩みを共有できる友達は……」


 失敗した。


 僕の一言にモモちゃんは尚更落ち込んでしまったのだ。元々姫乃ちゃんは人見知りをするし、学校にいる間も女中としてモモちゃんのお世話のためについて回ってるから人間関係を構築する時間も無い。


 姫乃ちゃんは、言わばモモちゃんの家を中心とする狭い世界で完結した人生を送っていたのだろう。そう言えば前に社会に出ることに対して不安を口にしてもいたっけ。


 「どうしよう……もう……私に頼れるのはリョウっちしかいなくて……わた……し……」

 「大丈夫だよ、モモちゃん――」


 だけれど、間の悪い事っていうのは続く物だ。開けっ放しになっていた部室に不穏な影がやって来たのだ。


 僕が不穏な空気を感じて視線を向けると、そいつは落ち込んだモモちゃんを勝ち誇ったかのように笑いながら室内に入ってきたのだ。


 「ふふふ、罰が当たったのよ! あんたん所の女中はみいこ様を信じず、立浜高校の七不思議に飲まれたんだわ……!」

 「君は……」


 現れたのは、オカルト研究会の宇田光だった。あいにくと今の僕にはオカルト研究会と遊んでる時間など存在しない。


 だけれど、空気を読まずににこやかに笑った彼女は僕の咎めるような視線を気にもしなかった。


 「曜日七不思議が一つ、理科室の煙! 私達の調べでは昨日の放課後! 壮司ヶ谷が深刻な表情を浮かべて校舎内を歩いていたってことが分かったわ! だけれど、夕暮れの校舎を1人で彷徨うのは禁忌! 悪霊に目をつけられてしまう! 哀れな彼女は白き煙に取り巻かれ――」

 「やめてよッ!! 今はお前達なんかに付き合ってる暇はない!」


 モモちゃんが立ち上がって食って掛かり、だけども蛇女はそれに対し嘲りを向けるだけ。


 「残念だけど、これが真実よ! 受け入れなさい! あの女は七不思議の悪霊に囚われ、冥界へと誘われたのよ!」

 「黙れ黙れ黙れッ! そうやって私達の捜索を妨害する気でしょう!? しかも人の不幸を喜んで利用するなんて……オカルト研究会、心底見下げ果てたわッ!!」

 「分かってないのは貴女の方よ! 今日は探偵部に世話になったお礼に警告しに来てあげたのよ? 本来お茶の一杯でも出すべきなんだから!」


 そう言うと、宇田はゾッとするような笑みを浮かべた。


 一方、僕はそれに鋭い視線を放っていた。


 「今日はね……お別れを言いに来たの。一昨日、神子様は言ったわ。”探偵部には呪いが降りかかる”ってね! そして、早速1人目の犠牲者が出た! ならば、残りの2人も近いうちに七不思議の悪霊の餌食になるのは必定! もはやオカルト研究会でも手の施しようがない。だから、さよならよ」

 「……言いたいことはそれだけかい?」


 悔しそうな顔のモモちゃんを尻目に僕がそう言うと、宇田は一瞬だけ苛立ちのよう表情を見せた。でもそれっきりだ。呆れたと言わんばかりに踵を返して去って行く。


 ……そんなことはどうでも良い。僕はモモちゃんに言わなくてはいけないことがある。


 「大丈夫、姫乃ちゃんは死んだりなんかしてないよ」

 「……だよね、リョウっち! でも私、これからどうすれば――」

 「――慌てる必要なんて何も無いんだ。だって、姫乃ちゃんは死ぬ気(・・・・・・・・・)なんてこれっぽっち(・・・・・・・・・)も無い(・・・)からね」


 途端にモモちゃんの目が輝いた。それはもう歓喜いっぱいで、思わず抱きつきそうなのを必死で堪えるかのように。


 「そうだよね! さっすがリョウっち!!! ……して、そのわけは?」

 「あのねモモちゃん。この置き手紙を良く読んでみて?」


 僕がそう言うとモモちゃんはひったくるようにして手紙を隅から隅へと目を通していき……あっ、駄目だ。頭から煙が出そうな表情になってる。


 「”こうして鏡を見ていると、改めて自分のしでかしたことに対し絶望してしまいます。”手紙には衝動的に自殺に及んだって書いてあるよね?」


 モモちゃんは大きく頷いた。


 ここで状況を整理してみよう。実際昨日の姫乃ちゃんは、モモちゃん曰く普段通りだったのだ。これは彼女が衝動的に絶望して死を選んだことを暗示している。


 「でも、それにしては矛盾があるんだ。手紙の文字をよく見てみて?」


 そこで手紙のタイトルを指さす。それから5行目だ。


 「……えっと、そう言われても……特に何も……」

 「両方に同じ文字が入ってるでしょ?」


 モモちゃんも気付いたのか思わずハッとなっていた。そう。タイトルの”春茅先輩へ”と”先日のことは…………”には、同じ”先”の文字が含まれている。だけれど、よく見るとこの2つは同じ文字ではない。


 「フォントが違う!?」

 「うん。タイトルの方はゴシック体で、文章の方は明朝体なんだ。これは正しいフォントの使い分けではあるんだけど……絶望のあまり衝動的に自殺に及ぼうとする人間がそんなこと気にするかな?」

 「そんな筈ないしッ!!! ってことは!?」


 向日葵のように満面の笑みを浮かべたモモちゃんは、太陽のように明るくなっていた。良かった。調子が戻ってきたみたい。


 「姫乃ちゃんは冷静な状態でこの文章を書いて失踪したんだよ。少なくとも、直ぐに自殺に及ぶ可能性は低いと思う」

 「なるほど! ……あれ? でも、それって自殺してないって証拠にはならないよね?」

 「うん。だから後は探偵らしく、姫乃ちゃんの足取りを追おうか」


 うん。今回の案件、言うなれば”壮司ヶ谷姫乃失踪事件”とでも言うべきか。


 「分かったし! それじゃあ早速私の家に……あぅ」


 そこで唐突にモモちゃんはしょぼくれていた。多分、僕が今のモモちゃんの家には近づきがたいことを思い出したんだろう。でも大丈夫。


 「珍しくオカルト研究会が役に立ったね」

 「ほえ? …………っ!? まさか……まさかリョウっちはあの蛇女が言ってたことが正しいって言うの!?」

 「もちろん曜日七不思議なんて信じちゃいないよ? でも、大事なのはそこじゃない」

 「――そうか。後半部は取るに足らないこじつけでも、前半の“姫乃が校舎にいた”っていう部分は正しいって事なのね!?」


 僕は頷いた。それは間違いないと思うのだ。


 「オカルト研究会には持ちネタが幾つもある。そして小室が呪いを宣言したのは一昨日の月曜で、モモちゃんが焦って走って来たのは水曜日の今日。事情を知らない彼らが何の根拠も無しに昨日(火曜)の曜日七不思議と出すとは考えにくい」


 加えて、姫乃ちゃんは人見知りなのである。しかも、匿ってくれる友達も多くはない。となれば、彼女は普段から通い慣れた所にいると考えるのがベターだろう。そして、姫乃ちゃんの生活圏は広くない。その中で雨風しのげて飲食できてかつ姿を隠せる場所だ。


 「つまり……姫っちは立浜高校にいるかもしれない! そういうことだし!」


 すっかりモモちゃんは元気を取り戻すと、この間の遺恨も忘れて僕にキラキラした視線を向けてきた。


 「さ、行こう」

 「分かったし! 探偵部、出発!」

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