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立浜高校探偵部  作者: 中上炎
探偵部の事件簿
61/93

8.犯人は2人③

 「聞けッ! 新旧生徒会員達よッ!!! この糞豚は栄光ある我が校の理事職に有りながら、事もあろうに地位を利用して女生徒へのセクハラを働いていたのだッ! 私は断固たる処置を執る事を宣言するッッッ!!!」


 手負いの獣は割れんばかりの大声で叫んだ。塩屋専務は必死なのだ。どうにかして劣勢を挽回しようと、あるいは話題を逸らそうと……。


 だけれど、彼の持つ剣は結局のところ秋風から貸し与えられた物。その姿は剣を持った事に驕ってしまい、それを振るう努力をしてこなかった惨めな姿なのだ。


 「あっはッッッ! 良いわね春茅君ッ! 貴男って最高よッ! まさか私の得意分野で真っ向勝負を挑んでくるとは思わなかったわッ!!!」

 「得意不得意なんて気にしやしないよッ! 僕は探偵部部長として、正しい道を選んだだけだッ!!!」


 ソファに座り、睨み合う僕と秋風。新生徒会員達は勿論、愛梨先輩もテルさんも才賀先輩も、皆が僕と秋風の決闘の行方を見守っていた。


 それを理解できない哀れな男が蚊帳の外で叫ぶ。


 「ここにその証拠写真があるッ! 生徒一同はよく考えて……」


 同時に塩屋専務が渡されていた写真を床に放り投げる。数は全部で3枚。あぁ! ここからでも分かる。どれもこれもが致命的なセクハラの証拠だろう……!


 宇田光の胸を触る深井理事、桐国紺の太ももを撫でる深井理事、余瀬風花のスカートの中を覗き込む深井理事――


 「ねぇ秋風?」

 「何かしらっ春茅君?」


 ――だから僕は、彼女の一撃を正面から受け止める事にしたのだ。


 ……本当は念のために準備した物だったんだけど、やむを得ない。秋風が相手だから全精力を上げて用意した甲斐があった。


 「どうして僕が、依頼人の身の安全を確保してないと思ったの?」

 「……っ!」


 僕はそこで静かに視線を向けた。テルさんが今更になって顔色を青くしていたのだ。大丈夫。既に応戦の準備は出来ている――!


 全員の視線が集まった渦中の写真を、白く美しい指がつまみ上げた。……愛梨先輩だった。彼女はまるで童女のように愉しそうに笑いながらも、与えられた役を楽しそうに演じてくれている。


 「深井理事、どういうことでしょうか? これは既に学校内に収まらない大問題です」


 シンっと、室内が静まりかえった。愛梨先輩のカリスマが全員を静まりかえらせたのだ。


 「ち、違うんだよ能登さんッ!」

 「仮に多少の誤解があったとして、理事が女性に不快感を与えたのは変わらぬ事実です」

 「ほ、本当なんだよッ!? その写真はいずれも――」

 「しかし触ったのも又事実でしょう?」


 人形のような冷たい声色にテルさんは追い詰められていた。助けを求めるように僕を見る。だけれど、間の悪い事に僕はそれを見ていなかった。


 「塩屋専務の仰るとおり、極めて重大な事件です」

 「そうだッ! 流石は能登ッ! 話が早いッ! 後はこの理事を断罪――」

 「――だから、詳しく調べる必要があると思います」


 愛梨先輩は言った。塩屋専務など意に介さずに。そして、天使のような蕩ける微笑みを僕にくれたのだ。……僕は思わずそっちに夢中になっていた。


 「む? しかし、能登――」

 「ご安心下さい塩屋専務。既に私の方である生徒(・・・・)から深井理事の疑惑の密告(・・)を受け、生徒会長最後の仕事として調査を行って参りました。だから、”証人”を呼びましょう」


 死にそうな顔のテルさん。だから僕は彼に笑いかけていた。同時に扉が乱暴に開けられ、4人の男女が入ってくる。その先頭を行くのは僕も秋風もよく知っているあいつだ。


 珍しくマントを着けない制服姿の男が、正面から秋風に相対するように入ってきていたのだ! それを秋風は驚きのあまり目を見張った。


 「あなたは……っ!?」

 「はんッ! この前の借りを返しに来たぞ生徒会ッッ!!!」


 ご存じ、養護施設を支配する安物マントマンこと小室添大である……! 


 ――そう。勿論僕だってテルさんの最初の裏切りは予想外だった。でも、それ故に直ぐに理解できたのだ。テルさんが秋風をはめようとしている(・・・・・・・・・)事に。だって僕は元々秋風の恐喝対策を練っていて、それをテルさんだけには伝えていたのだ!


 では何故このタイミングで? それは勿論、反撃を成功させるためだ。だって僕はこの為に愛梨先輩にご足労願ったのだ。だから当然、秋風の攻撃も防ぐ手立ては準備できている……!


 「遅かったね。……来ないのかと思ったよ」

 「ふん、俺がこんな面白そうな戦いを見逃すわけ無いだろうが!」


 意気揚々と嘯く小室。良かった。愛梨先輩はどうにか神出鬼没な小室を見つけ出してく

れたのだ!


 あいつはどうやらソファに座るつもりはないらしく、そのまま壁に背を預けると、尊大

な口調で彼に続く女達に声を上げたのだ。そう、件の養護施設ボランティア――セクハラの被害者達ッ!


 「光、あの写真はお前が胸を触られているように見えるらしいが……真相はどうだ?」

 「誤解です!」


 そうして、小室が連れてきてくれた被害者達、宇田の妹蛇、桐国さん、余瀬先輩は次々とセクハラ疑惑を打ち消していく。元々あの写真の撮影を命じたのも小室。つまり、奴に頼むのが最も効果的なはずなのだッ――!


 効果は劇的だった。テルさんはほっと一安心した後、ざまあ見ろと言わんばかりに鼻高々になっていき、対照的に塩屋専務理事は――


 「こんな……こんなことがあってたまるかッ!? そ、そうだ秋風ッ! 貴様、この私を騙したなッ!!!」


 酷く狼狽し、あろうことか仲間の筈の秋風にまで矛先を向けていた。本当にどうしようもない人だ。戦いの場で自分の恥を隠すためだけに仲間を生贄にするなんて……。


 一方、秋風は流石に驚いたのか無言のままだった。


 「おいッ! 貴様聞いているのかッ!? これは重大な問題だぞ!? 専務のこの私を騙した罪は――」

 「――煩い猿ね。まだ『感情』の制御も出来ないの?」


 ――一喝。秋風がそう言うと、塩屋専務は真っ青になって黙り込んでいた。


 やっぱり、あいつは塩屋専務の弱みすら握っていたんだ……。おそらく……わざと激昂させて暴力を働かせた、とか。


 「――愛梨先輩、続きを」

 「……続いて玉坂票――」


 同時に秋風が続きを促し、議場を愛梨先輩の静かな声が響き渡る。


 一瞬の静寂。僕の右手に……自然と力が入った。そう、まだ最後の一票が残っている。


 「春茅」


 ――これで2票ッ! 


 だけれど、僕が思わず立ち上がると同時に塩屋専務は自信の醜態を誤魔化すように叫んでいた。


 「待てッ! それはおかしいッッッ! 能登、玉坂理事長の票は専務であるこの私に委任されているのだッ! そして私はそれを秋風に入れたッ! 貴様の間違いだッ! 元生徒会長の癖してそんな簡単な事も出来ない無能かッ!?」

 「あぁ、それでしたら、こちらになります」


 唾を飛ばす勢いで食って掛かる塩屋専務に対し、愛梨先輩は無表情のままホワイトボードを指し示す。そこにはこう書かれていたのだ。


 ”無効票:1票”


 「な、なにィッ!? そんな馬鹿な!? ありえなぃッ!」


 ――決着はついた。


 同時に寺島理事が紳士的に、愛梨先輩を巻き込まないよう立ち上がる。


 「……塩谷専務、確かに貴方は玉坂理事長の委任状を持っていた」

 「当然だッ! 毎月定例の理事会が終わると、即座に次月分の委任状が送られて――」

 「しかし、その後で別の委任状が送られたとすれば?」


 塩屋専務の顔が驚愕に歪む。


 ――あぁ、ドクンドクンと心臓の高鳴りが収まらない……! これほどの興奮は……ちと先輩に愛を告げた時以来だッ! 全てッ……ここまで僕の筋書き通りッ!!


 そう。僕は事前にテルさんに”お願い”したのだ。だって、かつての娘の婚約者の弟分なら、入院していても話は出来ると思ったから。


 とはいえ、その為には一つだけ乗り越えなくてはならないハードルがある。それが、テルさんそのものを味方につけるための脅迫問題だ。だから僕はそれを解決するために奔走した訳で――


 そこで僕はチラリと秋風を見た。彼女は全てを理解したのか、呆然とその開票結果を見ていた。


 「当然、日付の新しい委任状が優先されます。能登の判断は間違っておりません」

 「ありえんありえんありえんッッ! 捏造ではないのか!?」


 そこで、ゴミでも見るような視線の愛梨先輩が静かに最新の委任状を取り出した。実印、筆跡、間違いなく旧委任状と同じ理事長のものだ。


 そこで僕は唖然となっている秋風に向けて、静かにホワイトボードを指さす。


 「秋風……あれを見て?」

 「……………………春茅君……貴男……これを狙っていたの……?」


 そう。そこには次のように書かれているのだ。


 ”

  秋風さんの生徒会長就任賛成:2票

  春茅くんの生徒会長就任賛成:2票

                     “


 僕と秋風の約束は、僕が勝ったら人の間に”上”も”下”もないと認めるということ。でも、実はこれ、前提が矛盾してしまっている。


 だって、勝った方が負けた方に要求を呑ませているのだ。それこそが”上”と”下”の証明になってしまう。それじゃ駄目だ。


 だから、一計を案じたのだ。


 「僕と君の得票数は2票。ほら、”上”も”下”もなかったんだよ」

 「………………」


 そう。忘れないで欲しい。理事会の議決は”過半数”だ。7票ならば4票で議決、4票ならば過半数となる3票(・・)で議決である! だけれど、今回は互いに譲らぬ可否同数! 困った事態だ! でも、予め定款にはそれを含めて規定されているのである!


 「そして、可否同数の時は――」

 「――議長の決するところによる。……私が議長に追いやった寺島理事が……判断を下す……」


 ――長い戦いの、決着がついた。


 それを悟ったのか、秋風は静かに才賀先輩へと視線を向ける。才賀先輩は直ぐにそれに気付いた。全員が議長の決断を待っていた。


 「さて、可否同数となったので、定款の規定により議長の俺が決断を下させて貰う」


 同時にテルさんが勝ち誇ったように前を向き、塩屋専務は放心して椅子に崩れ落ちた。そんな脇役達を尻目に、才賀先輩は今回の主役の片割れへと言葉を贈る。


 「先に言っておきたい。まず、俺はあくまで議長として春茅と秋風の双方の資質を考慮して、決断した」

 「………………それ……は――」

 「――だが、俺は秋風の事も高く評価している」


 思わず僕は目を丸くしていた。もちろん秋風も。


 そんな揃って驚愕した僕たちを才賀先輩は優しく見守っていて……


 「貴女の洞察力は素晴らしいものだ。経験を積めば、将来は替えの利かない人材になるだろう。だが、俺はそれが貴女の限界だと思うのだ。


 常に人間を2元論で区分するやり方には限界がある。率いる組織が大きくなればなるほど、それは悪影響を及ぼすだろう。本当に必要なのは、優秀且つ替えの利かせられる(・・・・・・・・・)存在なのだ。


 言い換えれば、いかにして後進を育成できるかだ。頂”点”として周囲にいる人間が格下ばかりの秋風と、頂”上”として彼ら彼女らを育てて同格以上に押し上げる春茅。


 だから俺は立浜高校の次代の繁栄を祈って……秋風の生徒会長就任を却下し、春茅に任せたいと思う。……何か反論は?」

 「……そう……ですね……」


 秋風は顔を伏せていた。だけれど、その声事態には確かに力が宿っていて……


 「私も……彼の方が……向いていると思います」


 とても嬉しかった。……認めよう。僕は……彼女の実力を認め、尊敬さえしているのだ。そう、言うなればライバル。そんな彼女の言葉に、熱い物がこみ上げてきて――


 ――かくして、激闘の余波もさめやらぬ中残りの議決を処理し理事会は閉幕していた。僕は……僕は生徒会長になったのだ! 才賀先輩から続く探偵部の流れを汲む僕が! 森亜副会長からの流れを汲む愛梨先輩の後を継いで!


 そうして、これはきっと僕の将来にも重要な意味を持つだろう! 万歳! 栄光ある探偵部に、又一つ新しい伝説が加わったのだっ!


 ……だけれど、僕はこの時忘れていた。戦う前に秋風は僕に警告してくれていたのだ。情けない事に僕はそれを戦いの熱に忘れ去ってしまい――衝撃の12月を迎える事になる。


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