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立浜高校探偵部  作者: 中上炎
探偵部の事件簿
59/93

8.犯人は2人①

 瞬く間に10月は去っていき、あっという間に迎えに11月。


 僕は下馬評通りに生徒会総選挙であっさりと勝利を確定させると、その後の生徒会役員選挙でこれまたあっさりと生徒会長に落選していた。もちろん生徒会長に選ばれたのは秋風である。


 そして、いよいよ彼女と僕の一騎打ちの場、理事会の日が刻一刻と迫っていた。


 「リョウっち! 準備は大丈夫なの?」

 「……やれることはやったよ」


 例年は儀礼以上の意味合いを持たない形式的な理事会。だけれど、今年は違う。僕も秋風も理事達の票を奪い合おうと熾烈な争奪戦を繰り広げているのだ。


 「そっか! なら大丈夫だし! リョウっちが本気を出せばなんとかなるっしょ! 才賀のおっさんもテルテルもリョウっちの味方だし……それに加えて校長先生も味方に引き入れたんでしょ?」


 そう。僕は宣戦布告の日以来、ある理事の説得に動いていた。


 田丸理事。この立浜高校の役員において唯一の実務者であり、校長を兼任する常勤理事である。同じく常勤の才賀先輩とも親しい関係があり、かつ昨年以来の様々な事件に対しても理解を示してくれている先生だ。


 「……うん。クマちゃん先生が色々手伝ってくれてね」

 「そっか。クマちゃん先生も……探偵部の味方だもんね……」


 そして、どうにか僕は田丸理事との面会を果たしたのである。


 校長は……とても良い人だった。校長なんていうから嫌みな人かと思ったけど、蓋を開けてみれば人格者だったのだ。生徒は勿論そこで働く教師にも気を配る、尊敬に値する人間だ。


 例えば……僕が会おうとしても選挙期間を理由に絶対に会おうとしなかったり。


 お陰で、僕が彼と話を出来たのはつい先日の話である。


 「クマちゃん先生も才賀先輩も……僕なんかのために全力を尽くしてくれた……」

 「だったら、これで3票でしょ? 勝利は確実じゃん! 新生生徒会ではリョウっち以外の全員が秋風を支持した。ってことは、理事会で秋風の会長就任が否決されれば、自動的にリョウっちに組閣命令が出されるはずだし!」


 モモちゃんはにっこり笑うと、興奮のあまり部室の椅子に座ったまま足を大きくばたつかせる。


 だけれど僕には、モモちゃんのミニスカートのヒラヒラ及びその向こうの布地以上に気になる事があったのだ。


 「塩屋専務理事……か」


 それは……立浜高校に在籍する5人の理事にして、最高の役職を司る男の名前である。


 厳密には理事長の方が偉いんだけど……理事長、玉坂(・・)理事長は家業の倒産と娘の自殺を機にショックのあまり入退院を繰り返していて、既に職務を全うできるような状態ではないのだ。


 才賀先輩曰く、ここで理事長まで失職したら、そのまま入院代も払えずに死んでしまうらしい。そして、もう長くないという……。


 だから、事実上専務理事が理事長職を兼務しているのである。


 「あ、知ってるし! おっさんが時々愚痴ってるよ。何でもおっさんとは凄く仲が悪いとか……」

 「うん。僕も才賀先輩から犬猿の仲だと聞いている」


 そして、どうやら彼は秋風のバックについているようなのだ。


 「じゃあ……塩屋票は貰えないって事?」

 「うん」

 「でもでも、寺島票、深井票、田丸票はリョウっちの物でしょ? 仮に恐喝王が玉坂票と塩屋票を持ったとしても、3対2でリョウっちが過半数を取れるじゃん! ……どうして浮かない顔をしているの?」


 思わず僕はギクリとしていた。モモちゃんはそんな僕を何気なく覗き込んでくる。


 どうやら……僕の不安はお見通しだったようだ。


 「モモちゃん」

 「なぁに?」

 「愛梨先輩に伝言を頼みたいんだけど?」


 僕がそう言うと、モモちゃんは何も聞かずに頷いてくれた。




 そして迎えた決戦の土曜日。


 理事会が始まるのは午後からなのだけど、僕は我慢できずに午前中から探偵部の部室に来ては思いを巡らせていた。


 モモちゃんは言った。僕が3票を持っていると。


 でも、本当にそうなんだろうか?


 僕の感性がそう叫ぶのだ。よくよく考えてみれば、本当に僕が3票持ってるなら秋風はあんな事は言わないはずだ。しかも、彼女の特技は恐喝である


 そして……塩屋専務理事が友好的な雰囲気とはいえ、田丸校長と接触しているとの目撃情報もある。


 ――どうやら、この戦いは楽ではなさそうだ。


 そこまで考えたところで、なんだか賑やかば足音が聞こえてきた。


 少なくとも3人以上の軽やかな足音は、それぞれが楽しそうにおしゃべりしながら歩いているようで……


 「やっほー! リョウっちいる? ってやっぱり居たし!」

 「あの……先輩、お疲れ様です……! これ、良かったらどうぞ! 3人で作ってきました!」

 「ん。演劇部特製ハンバーグ。差し入れで演劇部員をうならせた。味には自信がある。遠慮無く」


 途端に賑やかに扉を開けたのは親愛なる探偵部員モモちゃんに姫乃ちゃん。そして演劇部の桐国さんだった。


 そして桐国さんの手には大きな蓋付きの鍋があり、そこから美味しそうなお肉の匂いが漏れ出している。3人の中で最も長身の桐国さんはその無表情をほんの少しだけ誇らしげにすると、とことこと可愛らしく歩いてきて僕の机に鍋を置いた。


 「……4種のスパイスの香り際立つ自家製ハンバーグ」

 「先輩! 紺さんは凄いんです! 私も料理には自信があったんですけど……紺さんには勝てないかもしれません!」


 そこですっかり彼女と打ち解けたらしい姫乃ちゃんが上を向いて誇らしそうに言う。そして、褒められた桐国さんはというと照れくさそうにそれを否定した。


 「……桐国さん、来てくれたんだ……! 確かに、とっても良い香りだね」

 「匂いだけじゃないし! 味の方もすんごいんだし! 一口食べると口の中に肉汁がじゅわって広がるんだし! お肉の旨みが口いっぱいに広がるのと同時に爽やかなスパイスの風味が鼻の奥まで膨らんで……」


 確かにとっても美味しそうだ。なるほど。桐国さんが得意なハンバーグに姫乃ちゃんのハーブが加わったのだ。美味しくないはずがない。


 あれ?


 「って事は……モモちゃんの分担は?」


 僕がそう言うと、何故か3人は一斉に視線を逸らした。


 思わず姫乃ちゃんの視線の先に回り込んでみる。……また逸らされた。尚も回り込もうとすると涙目になっているではないか。


 うん。つまり、そういうことなんだろう。


 「モモちゃん――」

 「――み、みなまで言うなし! ってゆーかしょうがないじゃん! 姫っちと紺々の間じゃ割って入る余裕がなかったんだし!」


 モモちゃんは一気呵成に言うと、そこで話を誤魔化すようにハンバーグへとフォークを伸ばした。





 立浜高校役員室。田丸校長が普段は職員室にいる都合で、事実上の寺島理事の私室になっているその部屋は、珍しく本来の使用用途を取り戻していた。


 すなわち、立浜高校の役員達の集会場、会議室である。そこに5人の理事達に加えて、当事者の僕と秋風を含む生徒会員達が勢揃いしていたのである。


 左から順番に塩屋専務理事。初老と言うにはまだ早い、髪が灰色になり始めた男性だ。才賀先輩以上に傲岸不遜といわんばかりの表情は、高圧的であまり仲良くなりたいタイプではない。


 そして田丸理事……校長先生。塩屋専務とは逆に人の良さそうな顔の初老の男性だ。さっき僕にも小さく手を振って、頑張って下さいねと応援してくれた。


 その隣がテルさんこと深井理事なんだけど……なんだか顔色が悪い。さっきから挙動不審気味だし、僕とも視線を合わせようともしない。そしてさっきから何度もトイレに行っている。


 それから最後がご存じ才賀先輩こと寺島理事だ。今日は傲慢な才賀先輩ではなく、落ち着いた寺島理事で行くらしい。席に座って静かに……塩屋専務理事と睨み合っている。


 職員室の安物のデスクとは違う重厚なマホガニー製のデスクには理事達が腰を下ろす中、僕たち生徒会員は来客用のソファに別れて座っていた。


 「こんにちは春茅君。これからよろしくね」


 ……何の因果か、僕の隣には秋風がニコニコしながら座っている。そこは一番役員達に近い席で、彼女は僕以外の人物を座らせる気は無いようだ。現に3人掛けにもかかわらず2人で占有しているせいで、1人あぶれてしまっている。誰も気にしてないけど。


 「こちらこそ、君が居てくれると百人力だよ!」


 言った瞬間他の生徒会員達から冷たい視線が飛んでくるものの、華麗に無視を決め込む。この程度、愛梨先輩の代に睨まれた時と比べれば、どうと言う事もないのだ。


 そして、運命の時は始まった。定例に則り塩屋専務理事が鷹のように鋭い視線で一瞥しながら立ち上がり、開催を告げる。


 「それでは、第8回立浜高校理事会を開催する。議題は事前に通知したとおりであり、出席者は――」


 ――そう。運命は何時だって唐突に、それも激しいノックでやってくるものなのである。


 慌ただしい足音と共にノックも無しに扉が開かれる。僕が思わず視線を向ければ、そこにはなんとクマちゃん先生が息を切らしながら立っていた。その形相は必死そのもので有り、着慣れたジャージは何故か黒っぽくなっていて――


 クマちゃん先生はこちらのことを考える余裕もないらしく、その場で叫ぶように告げた。


 「校長先生ッ! 火事ですッッッ!!!」


 僕は思わず目を剥いていた。


 「な、なに!? どういうことですか熊田先生!?」

 「部室棟の空き部屋から火が出ましたッ!! 不審火です! 今教師が消火に当たって――」

 「す、直ぐに行きます!」


 そして、隣の秋風を見る。才賀先輩ですら唖然となる中、彼女だけはうっすらと笑っていたのだ。言わなくとも分かるだろう。彼女が裏で糸を引いているのだ! だとすれば、これは僕への攻撃に他ならない筈で――


 「あぁ田丸君。議決の事は私に任せて(・・・・・)おきたまえ」


 ――同時に、ニヤリと笑った塩屋専務がぽんと校長の肩を叩いた。


 「も、申し訳ありません専務!」


 責任感の強い校長先生は慌てて現場で指揮を執ろうと役員室を抜け出していき――


 ――しまった!? 秋風の狙いはこれか!? 捨て身の放火で、僕寄りの理事を強引に欠席させたのか!?


 そこで僕は秋風を睨んだ。涼しい顔の彼女は、僕を綺麗に無視して塩屋専務に目配せをしている。


 違う。たかだか理事を欠席させるだけなら、放火なんて大それた真似をする必要は無い! 何が狙いだ? いくら秋風でも放火を命じられる手駒は少ない。クロヨシか大町の筈だ。でも秋風は忠実なペットを失うリスクを冒してまで得られるリターンはあるのか!?


 僕がそこまで考えたところで、塩屋専務が寺島理事を馬鹿にするように言った。


 「皆、聞きましたな? 今回の理事会、出席者は3()人。加えて玉坂理事長と田丸理事が委任出席――」

 「異議ありです! 塩屋専務理事、私は理事会の延期を提案します! そして田丸理事が戻り次第――」

 「ありえんよ寺島君。君の耳は飾りかね? 田丸君はね、『私』に議決を任せると同意したではないか?」


 背筋を悪寒が走った。


 委任出席。つまり、自分の票を別の誰かに託すってことだ。


 つまり、田丸理事の票は塩屋専務理事の票になってしまったのである! 僕の票が、秋風に奪われてしまったのだ!


 すかさず寺島理事が窮地を察して援護してくれるものの、塩屋専務は首を縦に振らない。それどころか才賀先輩を馬鹿にするように見下しているではないか。


 「っ!? しかし――」

 「でももしかしもない! 深井君! この愚か者に説明してやりたまえ!」

 「へっ?」


 唐突に話を振られたテルさんは困惑していた。彼は当然才賀先輩につこうとしていたんだろう。


 「え? い、いやぁ……僕も延期した方が――」

 「定款を読みたまえ? 理事会の延期には出席者の過半数の同意が必要と書いてあるだろう?」

 「はっ! ならば問題ありませんね! 私と深井理事の2票で過半数です!」


 ……深井理事は震えていた。いや、ちょっと違う。あれは異様なほど萎縮しているのだ。確かに塩屋専務理事は高圧的な人だけど、それにしたってテルさんの怯え方は尋常じゃない。


 そして、その視線は明らかに宙を彷徨いながらも僕たちのソファを向いていて――


 「ねぇ春茅君」

 「……ッ!?」

 「どうして貴男は、深井理事の弱みが1つだけだと思ったの?」

 「まさか君は僕と差し違える気で――」


 秋風は、いっそ優雅さすら感じさせるほどお淑やかに手を振って否定した。そして隣り合った僕に小声で甘く囁く。


 「違うわ。コピーなんて取ってない。そうではなくて、どうして深井理事の不祥事(・・・・・・・・)が1つだけだと思った(・・・・・・・・・・)の?」


 戦慄が走った。反射的に唇を噛みしめてしまう。


 ――やはり秋風は最初から恐喝ネタを複数持っていたのだ!?


 「あは、深井理事はね? 安心したのよ。だって、セクハラの不祥事が複数あったとしても、実際に脅迫されたのはそのうちの一つだけだった……。だから当然それ以外の不祥事はバレてないと思ってしまった。そして、尊敬する寺島理事や可愛がっている探偵部の助力を仰ぐ必要は無いと思ってしまった。全て、私の思うとおりだったわ」


 そういうことか!? おそらく秋風が残りのネタを使って脅迫したのは、才賀先輩にも僕にも対処不能なついさっきだろう! そして、秋風は同時にそのネタを塩屋専務理事にも売っていたのだ!


 「ほら春茅君。楽しい楽しい出し物の始まりよ?」


 まるで獲物を目前にした吸血鬼のように、秋風は艶然と笑う。そんな僕たちの目の前で深井理事は――


 「深井君。私は延期に反対だよ。時間の浪費に過ぎないからね」

 「テル! 延期に賛成だな?」


 ――駄目です才賀先輩!?


 僕が必死に寺島理事に伝えようとするも虚しく、深井理事は言った。


 決して寺島理事と目を合わせないように、まるで絞首台に乗った囚人のように。


 「僕は……延期に反対です」

 「……ッ!? どうして……!?」


 鼻で笑う塩屋専務を尻目に才賀先輩は僕を見た。僕は無言で入口を指し示す。流石は才賀先輩、即座に理解してくれたようだ。


 「熊田先生ッ! 貴女は誰に校長を(・・・)呼ぶように言われたのですか!?」


 そう。この質問が正解の筈なのだ。


 だって、冷静に考えてみて? そりゃあ校長先生だって言われたら慌てて消火するだろう。校長権限でないと出来ない事もあるかもしれない。でも、火事の鎮火に必要なのは消防なのだ。


 つまり、火事で混乱したクマちゃん先生を誘導した奴が居る。


 僕も視線を向けると、クマちゃん先生は混乱が残る頭でおずおずと答えてくれた。


 「わ、私は……どうして? そう。生徒会ボランティアの黒田に言われて……」


 ……それが答えだろう。難しいトリックなんて必要ない。クロヨシが出来るだけ証拠を残さないように火をつけて、それからその場に慌てて駆けつけたクマちゃん先生に校長に報告するように言ったのだ。


 「やってくれたね……秋風!」

 「あはは、春茅君。お楽しみはこれからよ?」


 ゾッとするほど冷たい、それこそ奴隷を値踏みするような視線で秋風は僕を見た。そう。彼女の攻撃はこれで終わりではないのだ……!


 慌てて理事会の方に視線を向ければ、塩屋専務理事が動揺を隠せなかった寺島理事を見下している。


 「さて、それでは理事会を続行する。次に議長を選びたい」


 僕は真っ青になっていた。


 塩屋専務はゴミでも見るかのような視線で顔面蒼白の深井理事を見ていたのだ。


 「さて議長選任だが――誰が良いか……どうだい寺島君? たまには君もやってみるかね?」

 「……ッ! …………いえ、私はそのような役に相応しくありませんので……」


 才賀先輩は屈辱と怒りで顔を赤くしながら、必死で自分を卑下していた。


 ……僕のためだ。そう。理事会の議長には議決権がない。そして公平な議事運営が求められる。つまり、ここで才賀先輩が議長になってしまえば、僕の勝ち目は薄くなってしまうのだ……。


 思わず呆然となってしまった僕を、才賀先輩は見た。そして笑った。


 「んん? そんな事は分かっている。だが、何事も経験だ! どんな無能だって経験を積めば少しはマシになる」

 「…………いえ、非才の身であれば……」

 「さ、才賀の兄貴……」


 塩屋専務理事はサディスティックな笑みで才賀先輩を罵倒していく。あぁ……! 駄目なのだ! 議長にならないためには、罵声を受け入れるしかないのだ!?


 「何、出来ない? いくら君が金持ちのボンボンで学生時代に不祥事を起こして実家を追い出され、今はお情けの大学講師職とはいえ、そんな事も出来ないというのかね? 寺島家も落ちたものだ! それとも、悪いのは寺島家ではなく本家の――」

 「あ、あの塩屋専務、その辺にしておいた方が……」

 「黙りたまえ深井君。人の話を遮るなと教わらなかったのか? 最低限の我慢も出来ないとは、どうしようもない豚だな君は」


 寺島理事は……怒りに震えている。これがかつての才賀先輩なら即座に応戦していただろう。だけれど、今の彼は寺島理事だ。既にテルさんが敵に取り込まれてしまった以上……才賀先輩に出来るのは相手の気が済むまで罵倒に耐えて慈悲を乞う事だけなのだ……


 「玉坂! 深井! そして……当代は寺島か! 全く、名家とはロクでもないやつばかりではないか! 死にかけてなお現役世代に迷惑をかける老人! 下半身の制御も出来ない豚! 無能の極みの不良生ゴミ! やはりこの学校には改革が必要だ! んん、そうは思わんかね?」

 「なっ、なッ……お前ェェェェェッッッ!! 僕の事を馬鹿にするのは構わないッ! でも、才賀の兄貴と玉坂家を馬鹿にするのはッ――」

 「止せテルッッッ! ……塩屋専務の言うとおりです。確かに私達名家の人間は長い事立浜高校の役員を占有してきました。その見直しは必要でしょう」


 ……テルさんは、深い後悔に泣きそうな顔をしていた。自分のせいで実家や才賀先輩に迷惑をかけてしまっている事が骨身に染みて分かっているのだ。


 そして、そんな彼だからこそ才賀先輩は彼を可愛がっているのだろう。


 「ふん。役立たずにしては上出来だ。ならば当然、次期理事長には私を支持してくれるのだろうな?」


 ――これがッ! これがこの男の目的か!?


 気がつけば僕はリングの上で一方的に殴られていく才賀先輩を前に、歯軋りしながら拳をきつく握りしめていた。


 隣で秋風が愉快そうに笑っているのも気にならない。僕の頭にあるのはただ一つ。


 ――ちと先輩、ごめんなさい。僕はこれから……少しだけ貴女の婿には相応しくない事をします。


 だから……だから――少しだけ力を貸して下さい。


 「………………分かり……ました」

 「ふん。豚もそれで良いな?」

 「あ、兄貴ぃぃ…………」


 テルさんは泣きそうだった。涙すら浮かべて、それでも必死に才賀先輩が耐えているのを見て我慢している。いや、駄目かもしれない。その涙が悔しさのあまり零れて筋を作り……


 「豚に無能! 探偵部って言うのはどうしようもない連中の集いらしいな! こんな連中が長い間存在した事自体が我が校の誤りだよ! しかも今代に至ってはそんな蛆虫が生徒会にまで! これだから一般大衆というのは救いようがない愚かさだ――」

 「――クソジジイ、その口閉じろゲロ臭い。帰って寝てろ要介護」


 ――だから僕はおもむろに立ち上がって、一言一句はっきりと言ったのである。


 途端唖然となって静まりかえる室内。


 だってそうだろう? 何時だって名探偵(ホームズ)を救うのは、助手役(ワトソン)の仕事だからね!


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