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立浜高校探偵部  作者: 中上炎
探偵部の事件簿
54/93

6.暗黒の天使④

 週の変わった土曜日。そう、木曜日ではなく土曜日だ。


 一週間色々考えて迎えた運命の木曜日、僕は宇田が居なくなった頃を見計らって図書室に忍び込み、密かに暗号を解読したのである。結果は……拍子抜けするほど簡単だった。


 ――”土曜日” ”養護施設”


 そして色々調べたところ、立浜市内の人里離れた山林の近くに児童養護施設が一つあること、そしてそこで先週立浜高校演劇部や吹奏楽部といった部活がボランティアで部活内容を披露しに行っていることを知った。ご丁寧に小室の園芸部も賛美歌を歌ったらしい。


 ……吹奏楽部は例のオカルトに染まってしまった余瀬先輩が企画したもののようだ。


 どうやら僕は完全に1週間ほど出遅れてしまったらしい。それでも、何か手がかりがあるかもしれない。そう思ったからこそ、僕たち探偵部3人は桜田さんの運転で養護施設へと向かったのだ。


 そして、そこで案の定というか、侵入者に気付いてしかめっ面を極めたあいつに盛大に出迎えられていた。


 ……笑顔笑顔っと。


 「ご機嫌よう!」

 「ほう? 春茅、テメエは俺が機嫌良く見えるのか?」

 「……? 不機嫌よう!」

 「そういう意味じゃねえよ!?」


 僕たち探偵部は、ばったりと小室の奴に出くわしていたのである。奴の顔はあっさりと謎を解かれた屈辱がありありと浮かんでいる。その背には洗濯の力の込められたマント。僕の大事な鹿撃帽とは比べるまでもない哀れな品だ。


 「出たな一寸法師。童話の世界に帰りなさい」

 「ぐぬぬ……! 妖怪蛇女こそ、悪霊退散!」

 「うぐぐ……」


 睨み合う僕達の隣では、同様に助手気取りの女の子達があらん限りの怨念を込めて宣戦布告し合っていた。お互い異性の目があるからそれだけで済んでるけど、もし僕と小室が居なくなれば即座に頬を引っぱたき合うに違いない。


 そんな不穏な空気が渦巻いていた。


 だけれど、暫く睨み合っていた僕たちは、あっさりと矛を収めることになる。そこに思いもよらない顔ぶれが現れたのだ。


 「あ……! 探偵部じゃないか! どうしてここにいるんだ?」


 そう。今回の依頼人平日先輩に何処か不機嫌そうな顔の伊野先輩、そしてその2人の背後でニコリと笑っている――おそらくオカルト研究会に填まってしまった、余瀬先輩だろう。僕の推理通りお揃いのスマホカバーと胸元にはサファイアがぶら下がっている。伊野先輩とは対照的に短めの髪と、陰のある表情が印象的だ。


 「平日先輩……先輩こそ、どうしてここに?」


 僕は何か言おうとした小室に先手を打っていた。


 「あぁ。実は先週、俺達吹奏楽部も園芸部の小室や演劇部の桐国と一緒で、ボランティアをやったんだ。で、今日はその反省会で来たつもりだったんだが……」


 そこで平日先輩は小室の奴に対して胡散臭そうな視線を向けた。


 多分、余瀬先輩を心配しているのだろう。もっとも、当の余瀬先輩は小室ではなく平日先輩の後ろをキープしているけれど。


 ……正直なところ、僕は困惑していた。


 ここには……登場人物が多すぎる。多すぎて脳の処理が間に合わない。どうする? 何故彼らがここに勢揃いしている? 偶然ではない、何か意味があるはず……


 「まぁ、玄関で立ち話もなんだ。中に入りな探偵。お茶くらいは出してやる」


 僕は小室の鶴の一声に従うしかなかった。






 やってきたのは養護施設の2階のホールだった。ホールと言ってもそこまで巨大な部屋ではない。長いテーブルがあることから、普段は児童達の食事に使っているようだ。この施設はキリスト教系なのか、壁際にはミサに使う天使のような彫刻があり、簡易ながら教会を模してるみたい。


 長テーブルの対面には小室に宇田兄妹の妹の方、光が座る。一方のこちらには僕たち3人の他、依頼人3人も来たものだから大混雑だった。椅子は5つしかないので、姫乃ちゃんが立ったまま控えている。


 小室が自分の隣の椅子を勧めようとして……人見知りで涙目になった姫乃ちゃんに拒絶されていた。……あ、地味に凹んでるっぽい。


 「それで……」

 「そう焦るなよ春茅。今演劇部の紺が来る」


 問題の宇田透は……姿が見えない。


 やや睨む僕に対し、小室は少しだけ平静を取り戻したようだ。傍らに寄り添う宇田の妹の方を優しく撫でていた。妹、光の方は気持ち良さそうにそれを受け入れ……何故か勝ち誇ったような表情を浮かべていた。


 「……………………リョウっち…………はっ」

 「どうしたのモモちゃん?」

 「な、何でもないし! そんなことより、何で蛇女がここに居るの!?」


 ごく自然に、そう、ごく自然な流れで相手に先制パンチを食らわせたモモちゃんに対し……宇田妹は意外なことに自制心を保ったらしい。応えたのは小室の方だった。


 「宇田兄妹は元々ここの養護施設出身なんだよ。だから時々ボランティアを企画しては、施設に貢献してるって訳だ」

 「……貴方たち口だけのお金持ちとは違うってことよ」

 「それはどういう?」


 思わず反論しそうになったモモちゃんを制して、僕は確認していた。そうだ。前の家電騒動の時も、宇田兄妹はお金持ちを揶揄するようなことを言っていたような気がする……。


 「そのままの意味よ。例えばこの施設は学校の深井理事の寄付で運営されているけど、それだけよ。金だけ出して実務は一切行わず。それでいて私達孤児に感謝だけは強要し、偉そうな顔で社会貢献などとのたまう。……金持ちってのは楽な仕事ね?」

 「深井理事がここに?」

 「えぇ! 時々来るわよ? 孤児達に醜く太った身体を無理矢理歓迎させて、自己満足に浸っては帰っていくだけ――」


 そこで光は喋るのをやめていた。小室が愛撫するのを止めたのもあるだろう。でも、それだけじゃない。ホールの扉が開かれ、女が入ってきたのだ。……僕は不覚にもその姿に目を奪われていた。


 艶のあるショートカットは色素の薄い栗色で、高い身長や白い肌も相まって妖精を彷彿とさせる。いや、スラリと伸びた白い足は妖精と言うよりエルフと言うべきだろうか。ポケットのスマートフォンには簪のようなストラップがぶら下がっている。そんな色白な彼女はキビキビとした所作を披露しながら、僕たちのテーブルに来たのである。


 その手には……湯飲みの乗せられたお盆が乗っていた。同時に光の顔が嫉妬に歪む。


 「……お茶、持ってきた……あれ? ……人数……増えた?」

 「悪いな紺。探偵部が来やがった。追加で3つ頼む」


 そう。エルフのように白く美しい彼女は、無表情のまま物静かに小首を傾けたのだ。僕はその姿に見覚えがあった。


 「……貴方は?」

 「…………桐国(きりくに)……(こん)。演劇部……反省会に……やって来た」


 ――そう、以前に佐伯やちと先輩と見た文化祭の演劇。それの主演女優が彼女だったのだ。


 だけれど、お芝居の時は生き生きとした表情で熱演していた彼女だけど、プライベートの今は真逆で、顔に表情がなかった。愛梨先輩のように意図して浮かべていないのではなく、面倒だから浮かべていない。そんな印象を受けた。制服の着こなしもなんだかだらしない。ひたすらの怠惰と無関心で、内心が読めない――


 「そんなことはどうでも良いわ。お茶が欲しいのなら吹奏楽部の分を差し上げるだけよ。そんなことより、あんたがオカルト研究会だって言うなら話は早い」


 そこで依頼人たる伊野先輩がいきなり立ち上がると、苛立ちを隠せずに言った。同時にすっかり空気に飲まれていた平日先輩も正気を取り戻したらしい。


 「そうだ! 風花は俺達に言ったんだよ。『今日ここで除霊が行われます。私達3人、これで救われます』ってな!」


 ……それで吹奏楽部の人達はここに来たのか。


 けれども、平日先輩は僕が思っていた以上に怒っていた。それこそ、姫乃ちゃんが小さく悲鳴を上げるほどの勢いで吠えたのである。


 「参加料は1人15万円だと!? ふざけるのも大概にしろ!」

 「それは誤解ですよ! ……儀式自体は無料で提供しております」


 小室は……それこそ営業スマイルを彷彿とさせるような表情で慇懃に応対した。


 「ただ……どうしても儀式で使用する聖水等にお金がかかるんです。だから実費を頂いているわけで――」

 「だからって3人で45万円? 人の弱みにつけ込むのも――」

 「だ、大丈夫だよ照君! 私が全額出すから……」

 「そう言う問題じゃねえ! 第一そんな金額、風花には払え……」

 「本当に大丈夫なの! ほら、この前偶々宝くじが当たったんだよ! 本当は3人で旅行にでも行こうと思ってたんだけど……」


 食って掛かる平日先輩。無理もない。僕だって先輩の立場ならそうするだろう。でも、肝心の余瀬先輩が小室を擁護しているため、責めきれないでいる。


 そうして、事態は当然の帰結を迎えたわけだ。


 平日先輩は小室への追及を諦めると、代わりに信頼を賭けた瞳で僕たちに視線を寄せた。そして直ぐさま小室への攻撃を再開する。


 「良いだろう……。だがなお前、言ったことは守れよ?」

 「……どういう意味でしょうか?」

 「そのまんまの意味だ! 儀式は無料! なら、そこに探偵部(・・・)が参加しても問題ないよな!?」

 「なっ!? ……で、でも……確かに照太の言うとおり、彼らが居てくれた方が好都合かしら……?」


 その言葉に余瀬先輩は露骨な怯えを示し、伊野先輩は呆気にとられたような顔をしていた。


 そして肝心の小室は……


 「……良いだろう。こいつとはいつか決着を付けようと思っていたところだ……!」


 本性を剥き出しにして笑っていた。不覚にも、それは戦意を高めつつあった僕とよく似ている。


 「春茅君! 構わないよな!?」

 「望むところです……!」

 「大変結構! ルールは簡単。除霊が成功すれば俺の勝ち、失敗すれば探偵の勝ちだ! では早速除霊を始めよう、関係ない奴は直ぐに立ち去るんだ! 七不思議の悪霊ともなれば、どんな災いがあるともしれない!」




 儀式の準備は大したことはなかった。ホールの窓を全てカーテンで覆い、テーブルの上には一本の蝋燭が灯される。窓の外は明るいとはいえ、室内の照明は全て切られているので薄暗い。


 しかもただの蝋燭ではないのか、何とも言えない香りが室内を充満していく。柑橘系だろうか。すると不自然なまでに甘く味付けされた空気から逃れるように、モモちゃんが僕の耳元で囁いた。


 「リョウっち……姫っち、大丈夫かな?」

 「……いざって時は桐国さんも居るから、大丈夫」


 そう。今この場に姫乃ちゃんは居ない。意外なことに宇田が退出してしまったので、誰かが彼女を見張る必要が出てきたのだ。もちろん初対面の桐国さんに頼むわけにもいかないだろう。


 「儀式の前に、今回の日曜七不思議に関して俺の見解を伝えさせて貰う」


 椅子を寄せ合いピッタリとくっつき合った僕たちとは対照的に、対面の小室の奴はどうやら猫を被るのを止めたらしい。面の皮は相当厚いらしく、平日先輩の胡散臭そうな視線を見事にはじき返している。


 「音楽室の男子生徒! その正体は不明ながら……その目的は単純! つまり”友達を作ること”だ! ならば除霊は簡単、取り憑かれてしまった3人以外に”友達”を作ってやれば良い……! 例えば――」


 ――皆まで言わなくとも分かる。


 僕は内心で少しだけ怯えているモモちゃんを庇うように前に出た。


 「僕だ。僕に取り憑かせて見ろ」

 「そうだ……! そう来なくっちゃなぁ、春茅?」


 思わず平日先輩が息を飲む中、僕は正面から小室に向き合っていた。不思議なことに、こんな状態になって尚、僕は恐怖を全く感じていなかったのだ。高まる戦意の導きに従い、あいつと決闘をしよう。そう思ったのだ。


 ――罠です。気をつけて。


 ……頭の片隅で、誰かが僕にそっと囁いた気がした。


 「ま、待つし! 万が一があったら……」

 「大丈夫。居もしない幽霊に取り憑かれるなんて……」


 薄闇の中で盛大に顔を引き攣らせたモモちゃんを尻目に、僕は首を振っていた。振りつつも思考がクリアになっていくのが分かる。


 ……何かがおかしい気がする。僕は……幽霊が苦手だったはずだ。なのに……どうして恐怖を感じていないんだ? 成長した? だったら嬉しいけど……そんな都合の良い展開は期待できない。


 そこで蝋燭の炎が揺らめいた。僕を誘うように、ゆらりと僕に向けて――


 「しまったッ!? これは……風かッ!?」

 「おいおいどうしたんだ春茅? 悪いがもう儀式(勝負)は始まってるんだぜ?」


 ニタリ、と小室が笑った。


 ――チクショウ! 自分の未熟さが嫌になる! 


 罠だったのだ! 蝋燭の炎が頻繁に揺れている――僕を誘うように、僕へと向かって揺れているのだ! つまり、窓が開いていて風が入ってきているのである……!


 もちろん偶然なんかじゃない! 僕にアロマキャンドルの香りを嗅がせるのが目的なんだ……!


 昔、ちと先輩に教えて貰った気がする。香りというのは、人間の心理を無意識のうちに影響を与える事がある。柑橘類の効果は確か……やる気を高める。この暗い部屋では視界は狭く、音もない。必然的に嗅覚が鋭敏になる。


 つまり、僕はこの決闘に無意識的に誘導されていたってわけで――


 「よろしい。……吹奏楽部はこっちの聖水を飲みな。春茅、お前はこっちの分かりやすい奴だ」


 気付いた時には手遅れだった。僕が顔を強ばらせたのを小室は見逃さなかったのだ。即座に勝負を進めていく。


 奴はそこでおもむろに鞄から2本の瓶を取り出した。どちらもラベルは貼られていない。しかしながら、蝋燭の儚い明かりでもはっきりと分かる。


 小室が平日先輩達に向けた瓶には無色の液体が入っており、逆に僕に向けた瓶には……得体の知れない赤い、血液のような液体が入っていた。……毒ではないと思う。


 「それぞれグラスに1杯だ」

 「……良いよ」


 その明らかに怪しすぎる液体を前に、平日先輩は無言になってしまっていた。小室はそんな先輩達など目もくれず、それぞれの飲み物をグラスに注いでいく。


 そこで平日先輩が思わず申し訳なさそうに僕を見た。


 「……おい園芸部。その赤いのは何だ? こう言っちゃ何だが、毒を混ぜて春茅君が倒れたのを霊の仕業と言い張るのは――」

 「ご心配なく。そんな卑怯な真似はしない。それはただの……”惚れ薬”だ」


 同時に隣で大きな物音がし、僕は思わず驚きのあまり椅子から転げ落ちそうになっていた。……ふ、不意打ちだったんだよ、今の。


 そんな音の発生源はというと、何でもなさを装うように伸ばした黒髪の先端を弄りながら口を挟んだ。


 「惚れ薬? そんなものあるわけないし! 大体、なんでリョウっちがそんなのを飲まなきゃいけないのよホモマント。蛇の助手役って……まさかそういう――」

 「――何勘違いしてんだ。これは霊に対しての物だ。だってそうだろう? 幽霊だって自分を化物と罵るような友達よりは、好意を持ってくれる相手の方が喜ぶからな!」


 ――それに、春茅もいっそその方が気が楽だろう?


 小室が平然と言い張るのに対し、悔しそうにモモちゃんは拳を固めていた。だけれど、その表情は即座に好転する。それが揺らめく蝋燭の炎に照り返されて色濃い陰影を生んでいた。


 「なんだったら、お前も一緒に視界内に収まっても良いんだぞ?」

 「……!?」

 「効果は簡単だ。惚れ薬を飲んで最初に見た相手に好意を持つ。今、霊は蝋燭の所にいる。だからな春茅、目を瞑ってそれを――」


 同時に皆が一斉に息を飲んだ。僕は躊躇なく赤い水を飲み干すと、口いっぱいに広がる刺激と香味をそのままに、一瞬だけ目を閉じてからえいやっとばかりに蝋燭を睨んだのだ。


 視界いっぱいに広がる甘い香りの赤い炎。身体は薬の効果か熱を持ち始めている。暗闇の中で誰かの身じろぎに反応するように僅かに揺らめき、同時に誰かが慌てたように物音を立て、舌は度数の高い酒を飲んだかのようにピリリと痺れ、次の瞬間僕は――


 「ほ、本日はお日柄も良くえっとその先輩におきましては日頃から大変お世話に――!」

 「モモちゃん?」


 腕を引っ張られ、振り向くとそこでは互いの呼吸が感じ取れるほどの距離にモモちゃんの顔があった。……近い。


 モモちゃんは僕の腕に抱きついていたのだ。染み一つない表情は期待に上気し、濡れたような黒い瞳は忙しなくあっちこっちを指し示しながらも、決して長時間僕から離れようとしない。


 それどころかピンク色の唇はこのまま行くべきか一旦退くべきか悩ましげに震え、胸に抱き留められた僕の腕には柔らかな膨らみを通じて彼女の速い鼓動が伝わってくるようで――


 「だ、大丈夫か春茅君……?」

 「あわっ!? そ、そうだしっ! リョウっち、気分はどう!?」


 同時に慌ててモモちゃんが僕から離れた。僕はそれを少しだけフラフラする頭でぼんやりと見る。不思議と暖まるようなこの気分。何処か懐かしく甘酸っぱいこの気持ち――


 「……これは」

 「どうだ春茅? ヒヒヒ、薬は効いただろ?」


 ニヤリと笑った小室が嫌な笑みを浮かべて僕を見た。


 ……間違いないだろう。モモちゃんには申し訳ないけど、僕の心は彼女よりも前に見た相手に奪われてしまったのだ。


 「ほら、霊も喜んでるぞ? 友達が増えたのはどんな気分――」

 「ちと先輩ッッッ! 今までも、そしてこれからもお慕いしてますッ!!!」


 鼻で笑って言ってやった。僕が愛を囁く相手は一人しか居ない。


 ……もちろん、ちと先輩である。


 僕がそれ以外の相手に惚れるなんて、ありえないしね! ……いや、その、確かに時々モモちゃんにときめく事もあるけど……一番はいつだって僕、じゃなくて俺の心の嫁にして未来の妻、愛する千歳だけなのだ!


 そんな可憐な僕の愛の言葉を、何故か他の皆は白けたような表情で見ていた。


 ……いや、気持ちは分かるよ。だって、惚れ薬(・・・)の謎(・・)が解けた(・・・・)んだから。でもだからこそ……舌に残る鋭い味は敗北に近いのかもしれない。


 「なるほど……これは確かに“惚れ薬”だ……」

 「……リョウっち、どういう意味?」


 種を明かせばなんて事はない。確かに僕が飲んだのは”惚れ薬”だった。同時に小室の狡猾さに舌を巻かざるを得ない。


 なんて事だ。これは……僕たち高校生には解けない、解いちゃいけない謎なのだ。


 「ふむ……流石は探偵部。せっかくの惚れ薬も、既に心の底から慕う相手が居る場合は効きが悪いようだ」


 ぼそっと小室が誰かに言い訳するかのように呟いた。対する僕は何も言わない。


 ニヤニヤ笑う奴と僕の視線が交差する。どうやら僕は……かなり危うい立場に追いやられてしまったようだ。


 「しかし効果覿面だろう? 霊も喜んでお前に取り憑いているぞ?」

 「……失敗したな。…………1週間後だね。その時まで平日先輩達が近寄ってくる音楽を感じなければ除霊が成功と」

 「ははっ! その通り! 今度はお前達探偵部が(・・・・)除霊失敗(・・・・)、つまり霊の存在を(・・・・・)実証しなけ(・・・・・)ればならない(・・・・・・)わけだ! 精々頑張ってくれよ春茅!」


 にこやかに笑った小室は静かに散開を告げた。




 「……せ、先輩大丈夫ですか!? 申し訳ありませんお嬢様……! もし私がその場にいれば、代わりに飲んだのですが……」


 暗黒のミサからの帰り、リムジンの乗った僕たちを待っていたのは、事情を聞くや真っ青になった姫乃ちゃんだった。どうやら得体の知れない飲み物と聞いて、健康マニアの彼女は気が気でないようだ。


 「そうだよリョウっち!? それで……病院とか行く?」

 「必要ないよ。“惚れ薬”の謎は解けたしね」


 思わず2人は息を飲んでいた。僕が平日先輩達依頼人の前で明かせなかったのには、理由があるのだ。


 「あれはただの玉葱ワインだよ。でもそれ以外にハーブも入ってる……多分錨草に……サフランだ」

 「ワイン……? ってことは……ただのお酒?」


 その通り。だからこそ、僕はそれをあの場で指摘する事が出来なかったのだ。それが出来るって事は、自分が未成年なのに飲酒してるって事を自白するのと同義なのだから。


 「うん。でも”惚れ薬”なのは確かだよ。アルコールも玉葱もサフランも、全て昔から惚れ薬として知られた材料なんだ。もちろん、普段僕たちが食べても何の影響もないように、誰かを好きになるなんて効果は無いけどね」

 「……あ、そうか。普通の高校生はワインなんて飲まないから……お酒の、アルコールの興奮を恋のドキドキだと勘違いしちゃうってこと?」

 「うん。……はぁぁぁ、だから小室の奴はあんなに自信満々だったんだ……」


 まさしく、本来高校生には絶対に解けない”惚れ薬”だったのだ。


 ……僕はたまたま夏休みにしこたま赤ワインを飲んだから気づけたけど。


 僕が大きくため息を吐いて同時にモジモジと足を擦り合わせるのを、目敏い姫乃ちゃんは見逃さなかったらしい。慌てて不思議そうな顔のモモちゃんを引っ張り、強引に僕との間に割って入る。


 「あ……あの! 先輩! 今日は早く帰って1人で休んだ方が良いと思います!」


 ……是非もない。僕もちと先輩のお陰で少しはハーブに詳しい。ここは大人しく彼女のアドバイスに従うべきだろう。


 しかし、問題は除霊の方だ。僕たちの勝利条件は小室の除霊の失敗、つまり平日先輩達に霊が取り憑いている事を証明しなくてはならない。


 ……でも、それは不可能に等しいのだ。そもそも仮に成功したとしても、今度は七不思議が実在したと証明してしまうしね。結局の所、どっちに転んでもオカルト研究会に損はないのだろう。


 さて、どうしたものか――


 「あ、そうだ」

 「……? どうしたの? リョウっち? あ、もしかして次の対抗策を思いついたとか?」


 何故か身を守るように腕をクロスしながら通せんぼしてくる姫乃ちゃんの向こうで、モモちゃんは不思議そうに首を傾げていた。


 ――姫乃ちゃんはスマートフォン持ってて、その画面のアドレス帳に”恩田さん”って不穏な相手が表示されてるんだけど……。


 「平日先輩の住所なんだけど、電話帳で調べて貰っても良い? 訊きたい事があるんだ」

 「分かったし! ……でも住所? 連絡先じゃなくて?」


 僕はそこで頭を縦に振った。


 「うん。件の日曜日に、誰が平日先輩を練習に誘ったのかを知りたいんだ」


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