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立浜高校探偵部  作者: 中上炎
探偵部の事件簿
53/93

6.暗黒の天使③

 植木鉢の丁度物陰を向いた側面にその数式は隠されていた。まるで誰にも見つからぬように、かつ擦れて読めなくならないように。


 思わず空を見上げれば、太陽はもう暫くは天にとどまりそうな具合だった。


 「つまり……これを解読すればオカルト研究会の悪事が暴けるって事だよね!?」


 拳を突き上げたモモちゃんが言った。僕は思わずニコリと笑って鷹揚と頷き、


 「そう! これこそ数式暗号……と見せかけて僕たちを騙すために作られたデタラメだよ!」

 「やたっ! さっすが私……ってデタラメ!?」


 そうデタラメなのだ。


 モモちゃんはさっきまでの元気が嘘のようにシュンとなって萎んでしまっていた。


 「間違いないよ? だって前に見た数式暗号はもっと擦れていたんだ。にもかかわらず、この暗号はくっきりと書かれている。……まるで見つけてくれて言わんばかりにね!」


 そうだ。いくら物陰を向いてるからといっても、清掃とかで生徒は通る。見つかってしまうし、そもそもこんなに濃く書かれていたら消すのも一手間だ。


 バルコニーは生徒にとって憩いの場だし、消すのに手間取っていて周囲に不審がられたら元も子もない。


 「でも……たまたま最近書かれた暗号ってだけかもしれませんよ?」

 「オカルト研究会は少し前から綿密な準備の元、七不思議を実行に移しているのに?」

 「うっ……それもそうですね……」

 「でもね? だから意味があるんだよ?」


 そうして、後輩2人が揃って不思議そうな顔をしたところで、僕は満を持して植木鉢を持ち上げた。


 「そう。このバルコニーをオカルト研究会が暗号を残す場所の一つにしているのは事実。そしてそれ故謎を解き明かそうとする者へのトラップを残したのも事実。だからこそ、ここに本物の暗号もあるんじゃないかと思ってね!」

 「おおーっ! さっすがリョウっち!」

 「な、なるほど……!」


 そう! デタラメを見つけた人間は、それが本物だと思ってしまうのだ! それ以上の捜査は思いとどまり、暗号の解読に注力するだろう。だからこそ隠すに値するはずなのだ……!


 そうして、僕は意気揚々と持ち上げた植木鉢を日の光の下で、じっくりと検分してみる。デタラメは堂々と見える所に書いてあった。


 ――ならば、暗号は見えないところに記されているのではないか?


 「木を隠すのならば森の中。なら暗号を隠すのも……あった!」


 軽いプラスチックの植木鉢を持ち上げてみれば、その下側、地面と接するそこには確かに別の数式が書かれていたのである!


 かなり擦れてしまっているものの、読むのに申し分はない。僕はスマートフォンにそれを写すと、安全なリムジンの中へと退散していた。




 「ぐぬぬ……」

 「ぐぬぬ……」

 「えっと……その……数式が……だから……」


 すこぶる快適なリムジンの中で、僕はモモちゃん達と一緒に必死になって頭を捻っていた。


 (16a+2)×(7x-1)=(15b+5)×(y-3)

 (2x-4)×4x=(2b-1)×(3b+15)

 (17a+2)×(4b-1)×(16a+8)=(11y+5)×(y-3)×(9b+4)

  x×(3a-5)=(y+2)×(7x-2)


 これが植木鉢の裏に隠されていた数式の全てである。大層なところに書かれていたのだから、本物だと思う。思うんだけど……


 「わ、分からないし! リョウっちー! 何とかしてー!?」

 「……ちょ、ちょっと待ってね! 確かあの時ちと先輩は……」


 ……僕は一転して窮地に陥っていた。


 ――全然分からない……。


 「えへへ……リョウっちは凄いなぁ……。あのマントマンとの知恵比べ、何時も瞬殺だし……」

 「はい! ……正直な所、我が家の警備網を出し抜くとは思っても見ませんでした……!」


 ……しかも、しかもだよ? 後輩2人はどうやら僕が謎を解くのを疑ってないみたいなのだ。


 ど、どうしよう? 解けないなんて格好悪すぎるぅ……。しかもモモちゃんがちと先輩に話すだろうから……無様な失敗は出来ないよ。どうしよう、どうしよう。


 待て、慌てるな僕! ちと先輩を思い出すんだ! そう、先輩はあの時まず式を解けるかどうか確認していたはずだ!


 そこから考えれば……分かった!


 「リョウっち? どうかしたの? なんかムズカシイ顔してるけど……? もしかして暗号が……」

 「……いや、大丈夫。大体解くことが出来た、と思う」


 ……確証はない。だって、多分これは前と同じく解読表が別に存在するタイプだと思うから。


 「モモちゃん、姫乃ちゃん。この数式には不自然な箇所が2つあるんだ。……2行目と4行目だよ」

 「え? ふ、不自然? え、えっと……その……」


 モモちゃんはそう言って僕にくっつくと、スマートフォンを覗き込んできた。そうして眉根を寄せて必死に考え込んでいて……


 「わ、分から――」

 「流石ですお嬢様! その通りでございます! ”輪から”、つまり括弧から飛び出している部分があるということですね!?」


 降参しかけたモモちゃんを庇うように姫乃ちゃんが指摘していた。当の本人はキョトンとしているけれど。


 「え?」

 「そう、その通りなんだ。例えば4行目の” x×(3a-5)=(y+2)×(7x-2)”は、本来” x(3a-5)=(y+2)×(7x-2)”と書くのが正しい。もちろん書き間違いではないはず。ということは……×を省略できない理由があったんだよ。例えば……解読表の座標が変わってしまうとかね!」

 「流石先輩……つまり、括弧の中が一つの文字を表している、と言うことなんですね?」

 「うん。そしてだからこそ、2行目と4行目には括弧が存在しない部分があるのはおかしい。と言うことはだよ? これらは意味のないダミーの数式だと思う」


 ……どうやら小室の奴は大分僕たちを警戒しているみたいだ。前に一回解読されたからだろう。隠し場所に加えて暗号自体にも解読を妨げる要素が増えている。


 「次に注目するのは1行目だよ。”(16a+2)×(7x-1)=(15b+5)×(y-3)”。実はこれも方程式としては破綻している。だって解きようがないからね」


 だけれど、実はとても面白い事実を見せてくれる式だったりする。この4つの方程式には、全部で4つのアルファベットが登場した。1行目にはそれらの全てが含まれていることを考えると、これは大雑把な座標を示していると考えるべきだ。


 「つまり、この解読表は4つで一つのセットの物なんだ。そして残りの数字の部分が文字の座標を示している」

 「……なるほど。以前に千歳お嬢様から伺ったとおりに、小さい数字は文頭の方にあることを示しているようですね」


 そう。姫乃ちゃんが言ったことも重要なヒントだ。数字は括弧の中に2つしかない。そして、その内の片方は何文字目かを示していると考えるべきだ。ちなみに、前回同様の校則ではなかった。ここに来る前に試したからね。


 「えっと……つまりリョウっちは4つで1つの物の何番目の何文字目かを指定してるって解釈したって事だよね?」

 「うん。前と違って数式の左側の部分が多くても17だから、ページ数では無いと思う」


 そう。僕には予測ができはじめていた。立浜高校生なら誰でも見られる物であって、かつ4つで1セット。各セットには精々20から30程度の分類しかない。……多分あれだろう。


 「図書室かな」

 「ふえ?」


 思い出して欲しい。他の七不思議には全て霊……言い換えれば人間が関わっている。でも、図書室の人喰本だけは違うのだ。あれに出てくるのは霊ではなく怪異、純粋に人間を襲う化け物だ。しかも何故か残酷な描写が強い。他のがホラーだとしたら、あれだけはスプラッター。


 逆に言うと、いくらオカルト研究会でも人喰本だけは(・・・・・・)再現(・・)できない(・・・・)はずだ。では、何故彼らの作り上げた七不思議にそんな物があるのか?


 「オカルト研究会は曜日七不思議を再現してる……」

 「うん! ……でも、図書室のだけはどうしようもないよね……」

 「……だけれど他の七不思議が再現されれば、怪異の存在も生徒達に印象づけられる……そうなれば化物を恐れて図書室に人が居なくなる……! 人払いの効果があるんだ」

 「……!? つまり、学校から警戒されている彼らが集まるには持って来いってこと!?」

 「それだけじゃないよ。……怪異のはびこる図書室。それでもあえて来る生徒だっていると思う。そんな彼ら彼女らは、オカルトに興味を持っている可能性が高い。新入部員としては格好のターゲットだと思わない?」


 思わずモモちゃんも姫乃ちゃんもハッとなっていた。2年に一度、不自然に流行する学校の七不思議。その絡繰りはこういうことだったのだ……!




 そうして、僕達3人は意気揚々と図書室へとやって来ていた。広々とした図書室は金曜日だからなのか、思った以上に人が少なかった。壁際や通路には低い本棚と高い本棚が立ち並んでいる。机の上には”置引注意”の立て札があった。


 そんな図書室で暇そうにしていた図書委員に事情を話すと、彼は快く許可を出してくれた。


 「探偵部ですか!? 立高新聞で噂は聞いてますよ!?」


 眼鏡をかけたいかにも本の虫といった感じの彼は僕たちのことを知ってるようで、むしろ協力には積極的だった。そして改めて探すまでもなく図書室の隅、3つの仕切板にこれでもかと本を積み込んだ隅っこの本棚へと案内してくれる。


 「最近曜日七不思議とかいう奴が流行ってるそうで……図書室にも生徒がよくやってくるんです。でも、そう言う奴に限って本は借りないくせに賑やかにおしゃべりだけは一人前、しかも本を勝手に本棚から取り出したては、適当なところに戻していく……お陰で僕たち図書委員の仕事が飛躍的に増加してまして……」

 「……それは大変ですね」

 「全く! そうなんですよ! 背表紙には整理番号が書かれているから、戻すのも難しくない筈なんですがね……」


 図書委員の彼は色々と苦労しているらしい。


 「図書委員さん。それでここが噂の……?」

 「えぇ……オカルト関係の本は全部このあたりにありますね……おや?」


 そう言うと彼は何故か大儀そうに大きくため息を吐いた。僕達は彼の邪魔にならなように少しだけ距離を取り――


 「それで……リョウっち、これからどうするの? 本を一つずつ当てはめていく?」


 如何にも面倒くさそうな顔をしたモモちゃんに対し、僕は笑ってそれを否定した。だって答えは目の前にあるんだから。


 「いーや。必要ないよ。だって答えは目の前にあるからね!」

 「……っ!? それってどういう……って4つでセット!? こういうことだったんだ!?」


 不思議そうだ他モモちゃんの顔は、一瞬にして驚愕へと変わっていた。やっぱり、この子は頭の回転が速い。


 そう。解読表は僕たちの目の前にあったのだ。


 「本棚だよ。本棚は3つの仕切板で4段に区分けされている。A、B、X、Y。4つのアルファベットは各段を示していると考えるべきだ」


 しかしながら、そこで図書委員さんに対して人見知りを発動させてしまい小さくなっていた姫乃ちゃんが恐る恐るといった風に声をかけた。


 「……待って下さい先輩。でも、それだと座標が分かりません。暗号の括弧の中の数字は2つだけ。右側が何文字目かを表しているとすると……もう片方だけではどの本のどこなのかが――」

 「いや、それで良いんだ」


 思わず自分の身体を抱きしめた姫乃ちゃんの瞳を覗き込んでみる。珍しいことにモモちゃんは既にそれを解き明かしてるみたいだしね。


 「姫っち! 本に書かれている文字はページだけじゃない! 背表紙のタイトル(・・・・)だよ!」

 「……!? そうか……それで左側の数字が最大でも17しなかない理由、つまり本のタイトルを参照していたからなんですね!?」


 思わず僕たちが3人でハイタッチを交していた。後は解読するだけだ!


 そうして姫乃ちゃんに数字を読み上げて貰って僕とモモちゃんで該当する本のタイトルの文字を拾っていく。そして、その結果は即座に世に晒され……


 「恐オ霊大ハの“ ”暮ヨ不?」

 「……ねぇリョウっち。数式の括弧は全部で10個だった。ってことは、文字も10個だと思うんだけど……7個目の本はタイトルが短くて該当する文字がないし……」


 呆然となった僕は思わず本棚の前で立ち尽くしていた。あぁ、この世界の何処かで小室がお腹を抱えて笑っているのが思い浮かぶ。


 「……あの、どうやら解読方法が間違ってるようですね」

 「……その……ね? リョウっち……誰にだって失敗はあるし……」


 敗北感にうちひしがれた僕は、思わず慰めてくれたモモちゃんに縋っていた。べ、別に泣いてないよ。悔しくもないし! 


 ぐぬぬ、おのれ小室め! 覚えてろよ……


 「でも、その、そうなると解読は一からやり直しって事でしょうか?」

 「……残念だけどそうっぽいし……。合ってるっぽかったんだけどなぁ」


 可愛い可愛い後輩2人が再び頭を悩ませる中、必死の思いで本棚に視線を送る。そのまま舐めるように1冊ずつ眺めて見るも……結論は変わらず。もしかして1冊ズレているかもしれないと思って整理番号も辿ってみたけど……流石は図書委員。見事なまでに揃っていた。


 どうやら彼は几帳面かつ仕事熱心で真面目な生徒らしい――


 「うん?」


 その時だ。僕の背筋をしびれるような閃きの稲妻が駆け巡ったのは――


 「図書委員さん。1つ良いですか?」


 それを確かめるべく、一緒になって頭を傾げてくれていた彼に振り返る。どうやら僕は変な迫力が出ていたらしく、彼は思わず一歩下がっていた。


 でも、無理はない。例の新聞部騒動。僕の頭の中で線が一本に繋がったのだ。


 「な、何ですか?」

 「図書委員の司書業務は持ち回りですよね?」

 「え、えぇ。それぞれ担当の曜日が決まってますが……それが何か?」


 ――間違いない。


 謎が解けた興奮を必死で押し隠しながら、僕は少しずつ言葉を紡いでいく。


 「お仕事お疲れ様です。もしかして、他の図書委員は本棚の整理にあまり熱心ではないのでは?」

 「……? まぁ、そうですね。僕からも本棚の整理はするようには言ってるのですが、結局金曜日にはバラバラになってしまってます……」

 「木曜日の担当は、2年の宇田(・・)ではありませんか?」

 「うぇッ!? リョウっち!? どうしてそこであいつの名前が――」


 驚いたモモちゃんは、しかしながらそこで口を噤んでいた。


 それ以上に驚いた図書委員の彼は、しかしながら確かに頷いたのだから。


 「はい! 確かに双子の兄の方、宇田透君の担当です! でも、どうしてそんなことが分かったんですか?」

 「簡単です。逆なんです。つまり本棚が乱れている方が、暗号解読の正解(・・)なんです。図書室の怪異は木曜七不思議。――オカルト研究会が集まる木曜日にだけ解読可能なように本棚を並べ替えているんです! そして、そんな真似が出来るのは木曜担当の図書委員だけでしょう?」


 感心したように息を飲んだモモちゃんの前で、僕は記憶を呼び覚ましてみる。


 例の新聞部騒動の時だ。あの事件で残っている謎がまだ一つ。どうやって秋風は久瀬さんのノートに記された”立浜高校探偵部”を読んだのか?


 「ねぇモモちゃん。覚えてる? 久瀬さんは確かあの時、1年生の倉木さんと一緒に曜日七不思議を調べに行ったって言ってたよね?」

 「……!? うん! でもでもラッキーは入学したての1年生で、学校の七不思議なんて知らないはずだし! つまりそれを教えた人物が居るわけで! 彼女は宇田について回って色々教えて貰っていたわけで!」


 そう。倉木さんは宇田から曜日七不思議を聞いていたのだろう。そして木曜日の怪異を久瀬さんと一緒に調べに行ったのだ! 人気のない図書室にいるのは宇田だけ。そこで久瀬さんが常に持ち歩いているノートを盗み見られたんだ。だって、久瀬さんは取材の時はノートではなく手帳を使うのだから……!


 号外の文字が一言一句同じなんだから、デジカメか何かで原文を撮影したんだろう。多分荷物を預かるとか言ってノートを手にしたんだ。何せ机の上にはわざわざ”置引注意”と書いてある。


 「先輩……つまり、宇田さんは……!?」

 「ちと先輩の言う裏切者(・・・)はあいつだ……!」


 新聞部内部に秋風への内通者が居ると考えれば、あいつの速やかな恐喝にも納得がいく。


 言い換えると、宇田は春からずっと探偵部とオカルト研究会を共倒れさせるべく動いていたわけで……


 「くそっ! 秋風に一本取られたな……!?」


 ――間の悪いことに、僕は小室と絶賛喧嘩中である。宇田が裏切ったと言っても、奴は耳を貸さないだろう。


 「……先輩、つまりオカルト研究会は……」

 「敵に回っている、と考えるべきだ……」


 小室もまさか、側近が裏切っているとは思わないだろうから。


 「そうか……思い起こせば……神代先輩の謎を追ってた時、小室は秋風を足止めさせていると言ってた……秋風の向かう先は暗号解読のための図書室のはず……その時に懐柔されたのか……」


 冗談じゃない。僕も小室も、春からずっと秋風にはめられてたって事だ


 「どうするのリョウっち!? こうなったら安物マントマンに事情を話して手を組む!?」

 「……うん。でもあの野郎はスマートフォンのアドレスを変えてるから、連絡は取れない……」


 つまり、僕たちはどうにかしてこの暗号を解くしかないだろう。それも来週の木曜までお預けだった。僕に出来ることは、この時間が無駄にならないことを祈ることだけだ。


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