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立浜高校探偵部  作者: 中上炎
探偵部の事件簿
52/93

6.暗黒の天使②

 平日先輩は少し長い話になると前置きしてから、姫乃ちゃんが入れたお茶を口に運んだ。


 「俺と空子、それにもう1人余瀬風花(よぜふうか)の3人は幼馴染みなんだ。ずっと吹奏楽をやって来たこともあって、立浜高校でも3人で吹奏楽部に在籍している」

 「……そう。私達3人はずっと仲良くやっていたの……つい先日までは」


 伊野先輩が同時に心配そうに口を開くと、依頼人達は一度だけ顔を見合わせた。平日先輩はどこから話そうかか迷っていたようだけれど、伊野先輩は時計に目をやると直ぐに話を進めていく。


 「……文化祭の事は知ってるわよね? 私達吹奏楽部も他の部活の例に漏れず、文化祭で演奏をすることになっていたの。それで、この前の日曜日に最後の練習をしようと、3人で音楽室に行ったのよ」

 「あぁ、そして……そこであれを聴いてしまったんだ」


 ごくり、と唾を飲んだ平日先輩は覚悟を決めたようで、その怪談を語り始めたのだった。


 「とても静かな時間だったよ。文化祭が近いとは言え、大半の部活は日曜日で活動してなかったし、運動部はグラウンドだ。まして俺達が居たのは防音設備の整った音楽室。となれば、自分たちの奏でる音楽以外に聞こえる物は無かった。


 そんな静かな環境だったからか、昼過ぎから始めた練習はとても順調に進んでいったよ。気がつけば日も落ち、少しずつ周りが暗くなり始めていた。運動部も練習を止めたのか、ただでさえ静かだった学校は、それこそ無音のようになっていた。


 だから、俺達もそろそろ練習を終わらせようと思ったんだ」


 僕はそこまで聞きながら、七不思議の一節を思い出していた。


 ――日曜日の音に溢れる部屋。誰も居ないはずの音楽室には近づいてはいけない。寂しがり屋の霊が誰かに気付いて貰おうとピアノを引いているのだ。もしその音色を最後まで聞いてしまうと、”友達”になってしまう。


 ……彼らがいたのも日曜日の音楽室。なるほど、そういうことか。


 「とはいえ、一日中楽器……あぁ、俺がティンパニで空子がフルート、そしてここには居ない風花がトランペットなんだが、まぁ女子2人ずっと暑い中喉を酷使していたから、飲み物でも奢ってやろうと思ってな。


 あいにく風花がトランペットの手入れに手間取ってたから、俺と空子の2人で自動販売機にジュースを買いに行ったんだ。


 その間にも日は落ちていって、ついに真っ暗になっちまった。心持ち急いで音楽室に戻っていたときなんだ……風花の悲鳴が聞こえたのは」

 「そこをもう少し詳しく伺っても良いですか?」

 「もちろんだ。俺と空子は1階の中庭にある自動販売機まで歩いて行った。音楽室は本棟の2階だから、片道5分くらいだろう。その時おもむろに音楽室を見ると、風花は窓際でこっちに小さく手を振ってるのが見えたな。


 そこで特に何も考えずにジュースを買って……また戻った。だから、音楽室を留守にしていたのは精々10分くらいだろう」


 頭の中で立浜高校の地図を思い描いてみる。


 立浜高校は上から見るとカタカナの”ユ”の様な形をしている。この上の部分が別棟体育館で、下の部分が本棟校舎。その間の縦棒が渡り廊下で、体育館と校舎の2階部分を繋いでいる。


 中庭は本棟校舎と別棟体育館の間だ。校舎の間挟まれているから、2階の音楽室が見えたのだろう。


 そこでチラリと周りを伺えば、姫乃ちゃんは仕事を終えたのかモモちゃんの後ろに静かに控えていた。そして僕の助手であるモモちゃんだけど……何故か好奇心に目を輝かせていた。


 どうも僕とは逆に、怪談の類いが好きなタイプみたい。


 「分かりました。ありがとうございます」

 「それで……2階に戻った時だ。突然絹を引き裂くような風花の悲鳴が聞こえたんだ……。俺と空子は慌てて音楽室に走り、そこであれを見た……あぁ、いや違う。あれを聞いてしまったんだ……」


 そう言う平日先輩の顔は悲痛な色が隠しきれず、くしゃくしゃになっていた。どうやら彼の幼馴染みを思う気持ちは本物みたいだ。見れば伊野先輩も平静を装ってはいるけど、どこかオドオドとしている。


 「逃げるように音楽室を出た風花は俺達を見ると、涙を零しながら必死で縋り付いてきたんだ。その間にもあれは鳴り止まない……! ベートーヴェンピアノソナタ第14番、”月光”。それが、誰も居ないはずの音楽室から鳴り響いていたんだ……!?」

 「そう。風花はまるで化け物でも見たかのような恐怖の表情を浮かべたまま……照太に抱きついて離れようとしなかった……。そうしている間にも”月光”進んでいき……止まった。……だから、私達は音楽室の中を確かめようとしたの」


 モモちゃんが小さく喉を鳴らして、話に聞き入っていた。そんな彼女に話しやすいと感じたのか、伊野先輩も口を開く。


 「……風花が照太に縋り付いて離れなかったから、私が行ったわ。――後になって思えば、風花自身は必死になって止めようとしていたんだけれど……その時の私は支離滅裂な彼女の言葉がさっぱり理解できず、音楽室の扉を開けたの……!


 そして……そこであれを見た。見てしまった……ッ!


 男だった! 学ランを着た男子生徒が……死人のように白い肌をした男子生徒が口が耳まで裂けそうなほどの狂ったような顔で笑いながらッ!!! 黒板に書いていた! そう! 思い出したくもないッ! でもあれは確かに書いてあったッ! 『これで友達』ッ! 一個じゃない! 黒板の隅から隅までを埋め尽くすようにそれがッッッ! やめろやめろ来るな来るな来るな――」

 「落ち着け空子ッ! 大丈夫だからッ!!!」


 僕は不覚にも平日先輩の声にハッとなっていた。伊野先輩が長い髪を振り乱しながら両手で顔を覆う醜態に飲まれていたのだ。


 相当な恐怖体験だったらしい。伊野先輩は平日先輩に宥められてどうにか落ち着いていた。だけれど、そのまま沈黙してしまう。


 「……そこで空子が悲鳴を上げたんだ。必死の形相でこっちに走ってきてな……その時俺も見た……。まるで追いかけるように音楽室から突き出された両腕を……! 小柄ながらも確かに実在したその存在を……!


 …………同時に風花が泣き叫んで、1階に向けて走り出した。その時の風花は尋常じゃなく怯えていて、普段からは想像も出来ないほど足が速かったよ。俺も空子も必死で後を追った。そうしてどうにか誰も居ない玄関まで逃げてきて…………」

 「そこでクマちゃん先生に会ったわ。どうも風花の悲鳴を聞いてただならぬ事態を察してくれたらしいの……」

 「だけれど、問題はそれからなんだ! クマちゃん先生は風花を俺に任せると、即座に音楽室に走って行った。でも、戻ってくるのも速かったよ。そして言ったんだ。『音楽室には何もないぞ』って……」

 「おかしいのよ!? だって黒板にはビッシリと文字が書かれていたのよッ!? しかも怪しい人影まで!? にもかかわらず、音楽室に異常はなかった!? しかも、風花は!? 風花は……幽霊が突然現れたと言っていたの!?」

 「それからなんだ!? 聞こえるんだよ!? ”月光”がッッッ!!! それはふとした時なんだ! 3人で一緒に帰る時とか、必ず俺達3人が揃っている時ッ! 何処からか”月光”が……しかも音が少しずつ大きくなってるッ! ……だから追い詰められた風花は……藁にも縋る思いでオカルト研究会の門を叩いてしまった……」


 思わず僕はモモちゃんと顔を見合わせていた。


 ……もちろん僕にも思うところもある。気付いたのだ。僕はこの事件に対して、全く恐怖を感じていない(・・・・・・・・・)


 ……つまり、そういうことなんだろう。


 そこで時計を見れば昼休みも終わろうとしていた。最後に僕が依頼を受ける旨を伝えると、先輩方はほっとして戻っていった。




 「リョウっちリョウっち! 友達に聞いたんだけど、音楽室の隣には音楽準備室があるんだって! でもね? 普段は鍵が掛かっているから開かないんだって……つまり、幽霊はそこに潜んでいたわけじゃないみたい」


 放課後。僕が散々探した挙句ようやくバルコニーで見つけたそれの前で立ち尽くしていると、ノリノリらしいモモちゃんがやってきた。既に下調べを開始していたらしい。


 言うまでもなく、僕はこの事件に霊が関わっているとは微塵も思っていない。言い換えるなら、そこでは確かに誰かが居たのだろう。……おそらくはオカルト研究会の誰かが。


 「あの……先輩。一応他の部活の方にも聞いてみたんですけれど……あの日特に怪しい男を見たという証言はありませんでした……」


 次に姫乃ちゃんが言った。どうやらモモちゃんと2人で調べてくれたみたい。本当に助かるよ。だって、


 「ありがとうモモちゃん、姫乃ちゃん。お陰で大体の事情は理解できた」

 「せ……先輩?」

 「……っ!? さっすがリョウっち! で、でも一体どうなっているの!? 私には何が何だかさっぱりだし!?」

 「大丈夫。難しい事は何もないんだよ。……ただ神秘のベールを身に纏っているから摩訶不思議、たったそれだけなんだ」


 そう言う僕を胡散臭そうな顔でモモちゃんが見る。まぁ気持ちは分かる。……多分去年の僕もこんな顔をしていたんだろうな。


 「あの……先輩? それはどういう……?」

 「純粋に起こった現象だけを考えて。今回の日曜七不思議だけど、事実だけを抽出するならたった3つなんだ。①先輩達が目撃した音楽室に現れた男子生徒、②伊野先輩が見た黒板の文字、③追いかけてくる月光――」


 そこまで言ったところで、僕はモモちゃんを見た。モモちゃんは……大きな瞳を期待で爛々と輝かせながら両手を固く握っていた。


 そう、少なくとも音楽に関しては去年のモモちゃんと同じ手だろう。


 「リョウっち! つまり、鳴り響く月光はスマートフォンとかから流してるって事だよね!?」

 「その通り! 先輩達の話では”一緒に帰る時”、つまり通学路でも聞こえるって言ってたんだよ? 幽霊だろうと人間だろうと、常に巨大なピアノを持ち歩くなんて出来ないからね」

 「しかも”少しずつ音が大きくなってくる”! これも音量を弄るだけだから簡単にできるしっ!」


 つまり、3つめの現象は簡単。誰かが近くで鳴らしているだけなのだ。


 ……もっと言うと僕の推理が正しければ、②の謎も推測が出来る。そう。例えば、さっきの先輩方の話の中には重大な事実誤認、あるいは嘘が含まれていると考えれば、全てあっさり解決するのだ。もちろん証拠はないから空想の域を出ないけど。


 でも、一つだけ厄介な点が一つ。


 思わずテンションが上がって僕と踊り出したモモちゃんを尻目に、姫乃ちゃんは心配そうに制服の胸元を握っていた。


 「……それでは……全員に目撃された男子生徒はどういうことなのでしょうか?」


 そう。その物理的な問題だけが残っているのだ。隠れるところのない音楽室。そこにいつの間にか現れ、そして消えた男子生徒の謎。


 「そこが問題なんだよ。既に授業で使われた音楽室には証拠なんて残ってないだろうし……どんな推理も空想の域を出ないはずなんだ」


 ――佐伯達も別の七不思議に遭遇している。偶然ではないだろう。小室の奴は一から計画した上で事件を起こしている筈だ。そうなると……都合の良いように証拠が残されているとは限らない。


 「リョウっち……私達はどうすれば良いの?」


 僕が考えあぐねていると、不安そうな顔を作ったモモちゃんが尋ねてきた。所在なげに片手が首元のリボンを弄っている。


 「……モモちゃん、勘違いしちゃいけないよ。僕たちの目的は証拠を見つけることではなく、謎を解くことなんだ」

 「……え? それって一緒なんじゃ……」

 「いーや、違う」


 そう。謎を解くだけなら裏技があるのだ。


 「直接聞けば良いさ」

 「は? でも、あの安物マントマン、素直に教えてくれないんじゃ……?」

 「ううん。モモちゃん、姫乃ちゃん、発想を変えるんだよ。つまり、どうしたら(・・・・・)犯人が自白するか(・・・・・・・・)? 」


 僕がそう言うと、何故だかモモちゃんは眩しそうに僕を見た後、静かに姫乃ちゃんと相談した。けれども上手くいかなかったようで、諦めたように首を振る。


 「……時々、リョウっちが何を言ってるのか分からない時があるよ…………お姉みたいに」


 少しだけ悔しそうに俯きながら言われた言葉に、僕は苦笑いを隠せなかった。


 「うん、ごめん。分かりにくかったよね? つまり……こう言う事だよっ」


 そうして、僕は鹿撃帽を撫でながらももう片方の手でバルコニーの隅っこにあった植木鉢を指さした。プラスチック製の小さな植木鉢だ。不思議そうな2人の視線がそこに吸い寄せられて……


 「お嬢様! これは……!?」

 「164+5-2+4-85+6-95+31-15+1-57-99+11=x2-y? これって噂の……」


 数式暗号! 白い植木鉢の側面に、黒々としたシャープペンで刻むようにそれが書かれていたのである!


※数式暗号が解読不能なのは仕様です。

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