表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
立浜高校探偵部  作者: 中上炎
探偵部の事件簿
51/93

6.暗黒の天使①

 あぁ……今年の残暑はとりわけ厳しい。思わず天を仰いだ僕は、自然と制服のボタンを開けていた。


 9月に入って暑さは少し収まったものの、花壇や街路樹の植物たちは未だに夏の延長を楽しみ、せっせと成長を続けている。当然、強烈な日光の供給も続いているのだ。とはいえ、今日はあいにくと曇り空。


 では、何故僕がこんなにも暑がりつつも、冷めた視線を隠せないかというと……


 「はいタカ君。……あーん」

 「あーーーん……うまい!」

 「えへへ……やだ、春茅君が見てるのに……」


 僕の目の前では、久瀬さんが自慢のお弁当を手ずから佐伯に食べさせていたのである……!


 そう。心持ち普段以上に人の少ないお昼のバルコニーでは、佐伯と久瀬さんが誰に憚ることも無く、激しくイチャついていたのだ。


 ぼ、僕だってちと先輩にそんなことして貰ってないのに!


 しかも、だ。僕は今日ほど自分の身につけたホームズ流観察術を恨んだことは無い。


 頬を染めた久瀬さんは、ここに来る時何とも歩きづらそうに、そう、まるで生まれたての子鹿のように内股になりながら歩いていたのである。


 普段以上のイチャイチャ、歩きにくそうな女性。うん。分かって貰えるだろう。


 そこで佐伯は実に爽やかな良い笑顔を浮かべながら、僕にデザートを差し出してきた。


 「ほら! リョウ! お前にはこのさくらんぼをやろう! 俺にはもう、必要ないからな!」

 「いらないよ!?」


 ――間違いない、こいつ童貞を卒業しやがった!?


 僕は生まれて初めての圧倒的な敗北感に苛まれていた。間違いないだろう。久瀬さんは歩くときに異物感を隠せてないし、なにより佐伯がやけに悟った風になって僕に女性の取り扱いを教授してくるのだ。


 「馬っ鹿! 仮にもそこは女性が選んだ品だぞ! どんなに趣味に合わなくとも笑って受け取り、美味しく頂くのが紳士のマナーだろうが!?」

 「ぐぬぬ……」


 まさか、まさか佐伯に女性の取り扱いを指南される日が来るなんて! しかも微妙に正論なのがしゃくに障る。


 「それで、まさか僕に熱愛ぶりを見せつけるためだけに昼を誘ったの?」


 居たたまれなくなった僕は思わず本題に入っていた。


 同時にそれを聞いた佐伯と久瀬さんも心持ち真顔になる。それはそうだろう。もし2人で愛し合いたいのなら、(お邪魔虫)はいない方が良いのだから。


 ということは、だ。何か探偵を呼ぶような事態が発生したのだろう。


 案の定久瀬さんが心持ち怯えたような表情になり、佐伯が安心させるように彼女を抱く。


 「なぁリョウ。お前、立高に伝わる曜日七不思議って知ってるか?」

 「……? もちろん。所謂”学校の七不思議”の立浜高校バージョンでしょ?」


 厳密に言うと、僕も佐伯ももう少しだけ詳しく知っている。曜日七不思議。それは生徒間を漂うありふれた学校の七不思議であると同時に、オカルト研究会残党が部員獲得を目指して意図的に広める神秘でもあるのだ。


 そして教師陣、少なくとも生徒指導を担当するクマちゃん先生もその事実を知っていて、火消しに躍起になっているのである。


 だから、僕的にはそれほど興味の湧かない噂だったりする。曜日になぞらえた7つの怪談なんだけど……そのいずれの事実も木刀片手に徹夜したクマちゃん先生の張り込みの結果、何も起こらなかったという結論に達してるしね。


 ……先生、相変わらずイケメンです。


 「詳しい内容は知ってるか?」

 「いいや? でも、3階のトイレがどうとかって話は聞いたような……」

 「…………令佳」


 佐伯がそう言うと、久瀬さんは取材用の手帳を取り出しながら説明してくれた。


 「……うん。春茅君、えっと、月曜日から順にいくね」


 真顔になった2人に対して、僕もそれに答えるようにメモを取っていく。学校の七不思議、それはまとめると、どうやらこんな感じになるみたいだ。


 立浜高校曜日七不思議。


 ――この立浜高校には邪悪な怨霊が巣喰っている……。


 月曜日の飛び降り自殺:授業中に暇つぶしで窓の外を眺めてはいけない。不意に飛び降りてくる自殺者を見てしまうことがある。彼と目が合ったが最後、次はあなたが飛び降りる羽目になる。


 火曜日の不自然な煙:黄昏時を過ぎた頃、理科室が煙で真っ白に染まっていることがある。中で誰かが燃えているのだ。直ぐに逃げ出さないとたちまち煙が湧きだし、息が出来なくなってしまう。


 水曜日の惨殺魔:3階トイレの個室から出るときは、気をつけなければならない。時折誰も居ないはずのトイレから不自然な音が聞こえる時がある。カッターを持った彼が出たのだ。もし見つかると、あなたもズタズタに切り裂かれてしまう。


 木曜日の怪異:図書室で一人の時に本を探してはいけない。人喰本が紛れている。誤って触れたが最後、血は啜られ肉は喰いちぎられ、骨すら砕かれ飲み込まれ、残った皮で本にされてしまう。


 金曜日の女:部室棟に入るときは、必ずノックしなければならない。でないと窓から外を、地獄を見続ける彼女と目が合ってしまう。


 土曜日の悪霊:立浜高校の校庭には、強大な怨霊が封じられている。だから、校庭を不用意に荒らしてはならない。巫女の力の及ばぬ日には、集まった亡霊たちが復讐しようと現れる。


 日曜日の音に溢れる部屋:誰も居ないはずの音楽室には近づいてはいけない。寂しがり屋の霊が誰かに気付いて貰おうとピアノを引いているのだ。もしその音色を最後まで聞いてしまうと、”友達”になってしまう。

                                        


 「……まさか」

 「あぁ、そのまさかなんだ……」


 久瀬さんには見えないように真面目な顔を作った佐伯が言う。


 「この間の文化祭の時だ。俺達は部室棟に行ったんだが……ほら、皆で演劇部のお芝居を見ただろう?」


 それなら覚えてる。僕は遊びに来たちと先輩と一緒に回ろうとして……運悪く同様に遊びに来ていた元バレー部のマイ先輩と出くわしてしまったのだ。マイ先輩はちと先輩と同じ大学なので、これは完全に偶然らしい。やけくそになった僕はそのまま3人で観光を続け、最終的には佐伯達を巻き込んで演劇部の公演を見に行ったのである。


 「確か…………佐伯が主演女優のミニスカートのヒラヒラに夢中になってた――」

 「馬鹿野郎!? 何でお前はそういう所から思い出すんだよ!?」


 同時に久瀬さんも一瞬で真顔になると、動揺の隠せない馬鹿な佐伯にどういうこと? と詰め寄っていた。……ちょっと怖い。


 ……あの女優さん、綺麗だったなぁ。もちろんちと先輩には及ばないにしろ、色白の肌に栗色のショートカットが似合う大人しめの少女かと思えば、熱い愛を歌う情熱的な美女に様変わりしたりと驚いたのを良く覚えている。


 探偵の僕もビックリの名演技だった。脚も白くてすらっと長くて、しかも壇上をミニスカートで所狭しと動き回るものだから、ヒラヒラがふわふわと――


 「って言うか、それに気付いてるって事はリョウも同罪じゃねえか!?」

 「それで、僕たちと別れた後に小説の参考にするべく、部室棟に行ったって訳だね?」

 「スルーかよ!?」


 急速な話題転換に久瀬さんは少しだけ冷ややかな表情を送ってきたものの、どうやら見逃してくれるらしい。佐伯が悪態をつく中、僕はそれを綺麗にスルーして話を進めることにした。


 「はい。喫茶店をやってるクラスで休憩してから部室棟へ。でも当時のオカルト研究会の部室は生徒会の倉庫になっていましたので、似たような作りの使われていない部室に行ったんです。


 部室棟は特に出し物が無いので薄暗く、ささやかな電気がついていて他に人はおりませんでした。


 人っ子一人居ない中をぺたんぺたんと足音を立てながら歩いていたんです。私達以外には物音一つしませんでした。だから特に何も考えずに使われていない部室の扉を開けて……!」

 「確かに彼女を見たんだ」


 思わず自分の身体を抱きかかえた久瀬さんの続きを佐伯が継いだ。彼女を宥めるように頭を撫でながらも、自身は恐れを払うように腕を振った。


 「扉を開けたその部屋、山積みにされた荷物の向こうで、長い黒髪の女が首を吊っていたんだ……! 令佳が思わず悲鳴を上げて硬直すると、ゆっくりとこっちを向いて首から縄を外し、悪鬼のような形相で睨みつけて……」

 「その瞬間一斉に電気が切れたんですッ!? 暗闇の中死ぬほどビックリした私の手を引いてタカ君が走ってくれたお陰でどうにか逃げ出せましたが……あれは一体何だったのでしょう?」

 「……なるほどね」


 そこでおもむろに僕のスマートフォンが着信を告げた。佐伯達の話が面白そうだったのでスルーしようかとも思ったのだけど、この響き渡るカルメンはモモちゃんからの電話の筈だ。


 「はい、モモちゃんどうかした?」

 『あ、リョウっち?』


 やっぱり連絡を寄越したのはモモちゃんだった。あの2人は気まぐれに部室でお昼を取ったかと思えば、僕たちと一緒に5人で食べたりと昼休みを思う存分満喫している。


 そんな彼女から電話が来るって事は……


 『あのね? 今部室に依頼人が来てるの。何でも、七不思議についての調査をお願いしたいんだって』


 どうやら、今日は千客万来だった。しかもまた七不思議。……偶然では無いだろう。オカルト研究会の仕業だと思う。小室の奴、何か企んでいるのかもしれない。


 「分かった。直ぐ行くから……お客さんを文藝部に案内しておいて!」

 『分かったし!』




 かくして、僕は佐伯達に別れを告げると、慌てて文藝部の部室へと走っていた。文藝部は小さな部活ではあるものの、熱心な部活でもある。だから平日は授業中を除いて、大体誰かしらがいるのだ。


 そして僕と秋風の戦いを知っている彼らも、喜んで探偵部に部室を貸してくれる。……しかも盗聴対策で頻繁に部室の大掃除までしてくれるのだから、頭が上がらないよ。


 とはいえ、お昼休みの時間は貴重だ。しかも僕は既に佐伯達と時間を費やしてしまっている。


 それなりに混雑した廊下を駆け抜けた僕はどうにか文藝部へと辿り着き……


 「リョウっち! はいお水」

 「ありがとうモモちゃん」


 モモちゃんがコップに入れてくれた水で喉を潤していた。僕が暑い中走ってくるのを予見してたみたいだ。


 「あなたが探偵部の春茅部長ですか?」

 「はい、貴方……達は――」


 そこで僕は思わず頭を振っていた。モモちゃんに促されて依頼人用の椅子に座っていたのは、珍しいことに2人組だったのだ。


 男子と女子が一人ずつ。女の子の制服のリボンが青いから、一個上の3年生だろう。もちろん2人ともそうとは限らないけれど……距離感は近い。女子の方が心持ち男子より前に出ようとしては、やっぱり下がるを繰り返している。


 先輩後輩というよりは、同級生っていう方がしっくり来るかも。


 僕がモモちゃんの隣に腰掛けながらさりげなく観察していると、男子の方が口を開いた。


 「どうも、俺は平日照太(ひらびしょうた)っていいます。こっちは伊野空子(いのくうこ)っていいまして、2人とも吹奏楽部の3年です」


 語り出したのと同時に姫乃ちゃんが戸棚にしまっていた来客用の茶碗を取り出し、お茶を注いでいく。


 もちろん僕は話を聞いて頷きつつ、毎度おなじみホームズ流観察術を怠らない。


 平日先輩は暑さに対応するように制服のワイシャツを袖まくりしていて、胸ポケットにはスマートフォンが覗いている。どうやら柄物のカバーがついているようだ。しかもあれは間違いなく……ペンギーグッズ。


 だけれど、肝心のペンギーの姿が映っていない。何やら高笑いした猫が中央に陣取りつつ、その手は右に伸びていて、どうやらその先にいるらしいペンギーと手を繋いでいるみたい。コウテイペンギンの手先だけが見えるのだ。


 他には……胸元に小さな赤い宝石のついた雨滴型のペンダントがぶら下がっている。どうやら結構良い物みたい。もしかしたらルビーかもしれない。アクセサリーの類いはそれだけだ。


 肌は腕まくりしているからか、少しだけ焼けてしまっている。だけれど体育会系かと言われるとそうでもなく、それなりに整った顔立ちといい高めの身長といい、優等生風でハンサムだ。


 「その、言いにくいんですが……」


 同時に僕はもう1人の依頼人、伊野先輩を見た。


 何処か憂鬱な表情の伊野先輩も平日先輩と同じく背の高い生徒で、今は緊張からか固くなっているものの笑えばそれなりに絵になるだろう顔立ちだ。鼻梁の通った表情といい、横に並ぶとお似合いの2人と言っても良いかもしれない。


 そんな彼女も平日先輩同様胸ポケットに収まったスマートフォンをペンギーのカバーで覆っている。ただし柄が違うみたいだ。デフォルメされた天使の女の子が慌てた表情で、必死に左にいるであろうペンギーに縋り付いている。


 また夏服の胸元の膨らみの上には同じく雨滴型のペンダント。緑色の宝石は……意外なことにエメラルドじゃなさそう。僕はこの間の文化祭でちと先輩にプレゼントを贈るべく、必死にアクセサリーや宝石について学んだのだ。あの緑色はエメラルドでも翡翠でもない。


 そして鞄からは簡単な装丁の文庫本が顔を覗いている。あの薄さ……多分文化祭で文芸部が販売した小説かな。


 僕がそんなことを考えている中、平日先輩は答えに窮していた。


 「何というか……つまり――」

 「つまり、仲の良い友人3人で七不思議にまつわるよからぬものを目撃してしまったんですね? そしてそれから逃れるべくオカルトにどっぷりと填まってしまった友達を救おうと、幽霊退治に定評のある探偵部に……」

 「な、なんでそれをッ!? まだ助手の子にも言ってないのにっ!?」


 依頼人2人……と隣にいたモモちゃんは飛び上がりそうなほど驚いていた。それを隠すように姫乃ちゃんが机にお茶を運んでくる。


 「リョウっち!? わ、私七不思議としか言ってないのに、どうしてそんなことまで分かったの!?」

 「簡単な推理だよ。まず2人が同じ吹奏楽部の3年生なんだから仲が良いって事は分かるよね? それを証明するように2人のスマホカバーは同じデザインなんだけど……中央のデザインが抜けているんだ」


 そう。テーマパークペンギーランドの一番人気、ペンギーが2人のスマホカバーではそれぞれ右手と左手しか描かれていない。ということは、当然ペンギー自身が描かれた3つ目があると考えるのが妥当だろう。


 「で、でも、スマホカバーは偶然の可能性もあるよ? それこそ姉妹でお揃いなのかもしれないし……」

 「確かにね。でもそれがアクセサリーならどう?」


 そこまで言うとモモちゃんも気付いたのか、伊野先輩のペンダントに視線を巡らせた。


 「そうか! あれはグリーンサファイアだし! ……ってことは…………えっと」

 「ルビーとサファイアが実は同じ宝石だって知ってるよね? だからペア物として人気があるんだ。そう、ルビーとサファイアには、ね?」

 「なるほど! 赤いルビー、緑のグリーンサファイアと来たら、当然青いサファイアがあるって考えるべきってことか!」


 言うまでもなく、お揃いの宝石を贈るような相手なら兄弟じゃないだろう。


 そして伊野先輩の荷物の薄い小説は、新聞部の一番人気”立浜高校探偵部”の可能性が高い。それは丁度”幽霊の足”にさしかかっているのだ。


 以上を合算すれば、この推理になるのである! えっへん! ……どうにか、ちと先輩の真似事は出来たかな?


 僕がそう言うと平日先輩は合点がいったのか、年上にも関わらず少年のように瞳を輝かせ、伊野先輩も驚いたらしく口を片手で隠していた。


 「凄い! 凄いよ探偵部! なぁ空子! これは噂に偽り無しだって!」

 「……えぇ! 彼らなら風花を怪しげなオカルト研究会から助け出せるかもしれないわ……」


 どうやらテンションが上がったのはモモちゃんだけじゃないみたい。すっかり緊張のほぐれた2人は普段の空気を取り戻したようで、饒舌に語り出したのだ。


 それは、実際に起きた立浜高校七不思議だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ