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立浜高校探偵部  作者: 中上炎
探偵部の事件簿
49/93

5.立浜の大地主③

 気がつけば僕の胸は湧き上がる愛情でいっぱいだった。


 それこそ普段は電話で声のやりとりしか出来ない愛する未来の妻が、こっちへ向かって微笑みながらゆっくりと歩いてくるのである。


 そう! こんなにも美しい彼女は、僕以外の男達など目もくれていないのだ!


 「千歳か……どうした? まだあれは捕まってない。大人しく部屋の中にいなさい」

 「父さん。そうは言われても……叔父さんやそのご友人には挨拶をしなくてはなりませんので」


 圧倒的な迫力がちと先輩を襲うも、先輩はそんなものは何処吹く風。一切気にせずに真っ直ぐに向かってきたのだ。


 だけれど、お父さんは素早く僕を含めて才賀先輩のテーブルに視線をやって――


 「才賀のところか……確かにそうだな。よろしい。行ってきなさい」

 「はい」


 僕の後ろ姿に気付くことはなかった。だけれど、その鋭いタカのような視線は刺すようにテーブルに送られている。


 あぁ!? 愛するちと先輩が直ぐ近くにいるのに……僕は声をかけることすら出来ないのだ!?


 幾ら僕でもお義父さんの目の前で逢引きは出来ない……。そしてちと先輩もそんなことは分かっているだろう。だから当然……


 「……ご機嫌よう皆様。長女の千歳でございます」


 優雅に一礼し、一通りの口上を述べた。そして……それだけだった。僕に対しては一瞥すらもしない。


 「千歳ちゃん、綺麗になったね」

 「本当です! まるで恋人でも出来たみたい……はっ!? しまったっ!?」

 「もういい紫、お前は少し静かにしていろ」


 そしてちと先輩は目的だった挨拶を終えると、堂々と立ち去っていく。いや、一つだけ。彼女は少しだけ大きめの声で、お父さんに告げたのだ。


 「父さん。気分が優れませんので、先に室内で休んでいます」

 「む? そうか、分かった。医者を呼ぶか?」

 「いえ、結構です。ただ1階のキッチンで梅谷に薬膳を作って貰おうと思います」


 ――そうだ、冷静になって考えてみよう。


 今の使用人達は僕が室外に居ると思っているはずだ。だから捜索の手は屋敷を取り囲む庭に集中している。言い換えれば、室内は手薄なはずなのだ。そしてちと先輩は一人で休むという……。


 後は……分かるよね? 


 ――期待に応えよう。どうにかして、ちと先輩のもとに行くのだ。そしてそこで、ちと先輩と……


 「難題だな春茅。今、使用人達は血眼になって屋敷の外を見張ってるぞ? 特に出入口は……窓を含めて念入りにだ。文字通り鼠一匹通るほどの隙も無い。どうあがいても侵入は不可能だ」


 寺島理事はなんだか愉快そうだった。口ではそう言いつつも……僕がそれを乗り越えることを確信しているようでもある。


 「不可能……ですか」

 「あぁそうだ。……ちなみに、壁や配管を伝って直接2階に行くのは止めておけ。窓の警備システムが作動してセキュリティサービスがすっ飛んでくるぞ」


 それはまずい。間違いなく泥棒として警察に引き渡されてしまうだろう。


 「となると――僕はどうにかして監視の目を潜り抜けて、1階から侵入しないといけないわけですね?」


 付け加えるのであれば、時間制限もある。なにしろ2階には番犬と思しき変な鳴き声の生き物や、二見さんが守っている。ここを突破するのは不可能だ。


 ……つまり、ちと先輩が薬膳を食べるために1階にいる間に会いに行かないといけないのである。精々が30分程度だろう。


 さて、どうするか……。


 「あぁ。……諦めるのなら俺に言え。千歳ちゃんにもフォローはしてやる」


 僕は寺島理事から謎解きのご褒美として支持を得ているのだ。彼は味方だ。もっと言うなら……紫先輩も乙母さんもテルさんも、敵にはならなさそうだと思っても良い。


 「まさか! だって、こんな簡単に入れるのに諦めるわけ無いじゃないですか……!」

 「ほう? 言ったな? 良かろう、やってみろ」


 言われなくても! ここで引いたら男が廃る!


 「よし」


 気がつけば僕は景気づけに赤ワインをグイッと飲み干していた。ワイン特有のほのかなブドウの果実の甘みと、ブドウの皮の渋みが口いっぱいに広がる。


 美味しいかどうかはよく分からない。ただ、アルコールを感じることはなかったし、それに飲みやすい。


 ……よし、確かめるためにもう一杯。


 テーブルにあったワインボトルを手酌で注いで飲み干せば、今度は舌が慣れたのか甘みと渋みだけでなく酸味を感じ取れる余裕があった。


 なるほどぉ。確かにこれは甘―いブドウジュースと違って趣深い大人の味だ。


 ……もう一杯。うん、味は分からないけど……美味しいと言っても良いか……も?


 ……もう一杯……ってあれ? 赤ワイン……今ので全部だったみたいだ。残念。でも隣に似たようなボトルがあるなー。これでも良いかもなー……。ワインじゃないかもだけどー……。


 「……? あなた……大丈夫? 何だか顔が赤いけれど……」

 「だ、大丈夫れすよぅ乙母さん! 美しいあなたに心配して頂けるのは探偵として光栄れすけど……心配は無用れす! ……ところで一杯どうれすか? この水みたいなの……美味しい…………」

 「……それは水じゃなくて日本酒よ? ちょっと、大丈夫なの!?」


 んー日本酒ぅ? 道理で……甘い訳です! 何だろうこの感じ。そう、本当に甘いのです! もちろんジュースのような砂糖の甘さではないけれど……代わりにお米の旨みと甘みが凝縮された上に、不思議な酸味がそれを引き立てているー。


 日本酒……こんなに美味しい物だったんだ。知らなかったなぁ……あはは……。


 「おい春茅……お前、もしかして酒は苦手なのか?」

 「理事―! そんなわけ無いじゃないれすかー!」

 「ひぃ!? 春茅君が誰も居ない虚空に向かって話しかけてます!?」


 失敬なー。そんな分けないじゃないれすか! 


 ってあれ? 何だか……世界が……回って……


 「だ、大丈夫かい春茅君!? 足がふらついてるよ!?」

 「テルさん! 心配は無用れす! 僕は! これから! ちと先輩と! 大人の階段を上るんですよ!?」


 僕がそう言いつつも、おもむろに口を押さえてえずくと、懸命なる大人の皆さんは一斉に距離を取った。


 「う゛っ……」

 「ふわぁぁ!? 春茅君! しっかり~! 誰か!? 彼をお手洗いに!?」




 ――かくして、僕はあっさりと室内に侵入することに成功していた。僕の隣ではげんなりした顔の才賀先輩が、泥酔した振り(・・)をしている僕に肩を貸している。


 もちろん酔っ払った風なのは演技だ。いや、白状すると、少しだけ酔ってるのは確かだけど、酔っ払って足下がふらつくほどではない。ただし顔は適度に赤くなっているだろう。


 そんな酔っ払いがお手洗いに行くのに何の不自然さも無いわけで……。


 誰かの肩を借りていて……それゆえ俯いていても当然なわけで……。


 「あぁ、なるほど。警備が厳重で家には近づけないのなら、入れて貰えば良い(・・・・・・・・)。そういうことか」

 「しかも肩を貸しているのが他ならぬ寺島理事であれば、誰も疑いません……完璧でしょう?」


 既に僕は正々堂々正面から屋敷に入ると、殺気立って巡回する使用人の人達を尻目にゆっくりとトイレに侵入し……そこで一息ついていた。


 「それで……これからどうするんだ?」

 「もちろん、ちと先輩に会いに行きますよ?」


 問題はちと先輩がどこに居るのかだ。さっきちと先輩は1階のキッチンで作って貰うと言っていた……。だから1階の何処かに居るとは思うんだけど――


 そんな時だ。運良く僕の耳はその音を聞き届けていたのである。


 重苦しい足音は持ち主が相応の体重を持っているのと同時に、靴がヒールの類いでは無く通常の革靴だということを暗示している。そして何より当人の困惑を表すように速くなったり遅くなったりしていて……


 「才賀! 兄として、男として気持ちは非常によく分かるっ! あれほどの美女だからなっ! だが堂々と浮気はいかんぞ!?」

 「に、兄さん!? どうしてここに!? それと違うんだ!?」


 才賀先輩の顔が真っ青になった。


 僕が驚く間もなくトイレに入ってきたのは、よりにもよってちと先輩のお父さんだったのである!


 そう、才賀先輩は、自分が実家を追放されてなお力を貸してくれている年の離れたお兄さんに頭が上がらないわけで――


 「言い訳は良い! 半分とはいえ血を分けた兄弟だっ! むしろ私にも紹介して欲し――おっと」


 そうして、僕は不本意な形でお義父さんと再びの再開を果たしていた。その力強い視線が僕の顔を射貫く。


 ど、どうしよう……。


 お、落ち着け僕! そうだ! 今の僕はスーツの似合う小粋な紳士! 疚しいことなど何も無いと、堂々としていれば良い!


 ほら! お義父さんだって僕のことを見ても何も言わない! きっと客の一人だと思ってるんだ!


 「……失礼? どこかでお会いしましたかな?」

 「あの…………いえ」


 気がつけばそう言っていた。


 変化は劇的だった。お義父さんの顔が一瞬で思案気になったのだ。ついで僕も気付いた。


 僕の馬鹿。どうして、どうしてこんな大事な時に……よりにもよって、前と同じ言葉を言ってしまったのだ。


 見ればお義父さんは今の一言で小憎たらしい記憶が蘇ったらしく、見る間に営業スマイルが大将首を討ち取ろうとする足軽みたいになっていて――


 「貴様ァ春茅ァァァァ!!! どうやって屋敷の中に入った! いや、そうか、才賀……」


 同時に年齢を感じさせない動きで、僕の胸倉を掴みかからんとばかりに突進してきた。辛うじてそれを躱すも、何故か僕の進路を妨害するように才賀先輩が立ち塞がっていて……


 「そうだ兄さん!? こいつはカメレオンみたいに学ランの下にスーツを着ていたんだ! 榊達はスーツ姿のこいつを客だと勘違いしてしまったんだ!?」


 そう。無情にも才賀先輩は僕を捕まえようと、情け容赦なく挟み撃ちにしてきたのである。その表情は突然の展開にも必死で着いていこうと慌ただしく変化していて……


 ――先輩ヒドイです!? どうして僕を裏切るんですかっ!?


 ――馬鹿! 落ち着け春茅! ここで俺とお前が手を組んでることがバレたら、お前の結婚も後押しできないんだぞ!?


 ……ぐぬぬ、ぐぬぬぬぬ!?


 その一瞬、表情だけでやりとりを交した僕は焦っていた。


 前には才賀先輩。後ろにはお義父さん。もちろん狭いトイレには他へ逃げ延びるスペースも無いわけで。


 「流石だ才賀! 犯人を見破ってここで捕まえていたのか! よし、このまま害虫を捕まえて……教育する!」

 「分かった! 任せてくれ……!」


 僕に残された手段は一つしか無いだろう。まともに取っ組み合うのは無理だ。なにしろ、僕は下手に相手を傷つけられないのだ。


 となれば、だ。


 「理事! 後ろで奥様が浮気を問い詰めようとしています……!」

 「なに!? 待て、誤解――」


 才賀先輩は想定外の僕の言葉に一瞬だけ注意が後ろを向いていた。


 無理も無いだろう。彼は僕が善良な人間だって知っているし、信頼もしている。そして、たった今兄弟で妻には聞かせられないボーイズトークをしていたわけで……。どっちにしろ、隙有りだ。


 「容赦しません!」


 躊躇無く、才賀先輩の股間を蹴り上げていた。


 見れば才賀先輩は奇妙な呻き声を上げると、両手で股間を押さえながらのたうち回っている。ここトイレだし、正直申し訳ない。でもだよ?


 ……僕は絶対にお義父さんに傷を付けるわけにはいかないのだ。


 だって、嫌われてしまったら、間違いなく結婚は認めて貰えないだろうから。


 同時に僕は真っ直ぐに走り出していた。


 「才賀!? しっかりしろ才賀!? おのれ春茅ァァァァ!!!」


 後ろからは地獄の底から地を這うようなお義父さんの怨嗟の声が響き渡る。


 それを尻目に僕はトイレを飛び出しつつも必死で知恵を絞っていた。


 ……状況は非常にマズイ。確かに使用人達は屋外にいるけど、室内にいないわけでも無い。そして、今は当主の激怒の雄叫びが屋敷中に鳴り響いたのだ。遠からず屋敷内に集結するだろう。


 もちろんこれ以上の種は無い。シャーロックホームズばりの変装は、一度しか使えない非常手段なのだ……。


 「全使用人に告ぐ! 害虫は1階に居る。手の空いている者は追跡に参加せよ……!」


 懸命に息を切らして走る僕だって分かる! お義父さんはさっき以上に怒り狂っているにもかかわらず、その声は落ち着きを取り戻していた。当然音量も普通。


 ……つまり、スマートフォンかトランシーバーで指示を出した可能性が高い。


 ど、どうしよう!? このままじゃ僕……捕まっちゃう!?


 あわわ!? 僕は男として、夫としてちと先輩の隣に立ちたいんだ! どうにかしないと……


 そんなことを考えながら必死で廊下を走っていると、視界の先、曲がり角で何かが見えた。ほんの一瞬だ。一瞬だけニュッと白い手が伸び、直ぐにまた引っ込んだ。


 その手には見間違えもしない……! 愛用の葉巻が握られていたのである!


 そう。お義父さんの怒りの声は屋敷の隅々にまで轟いたのである。当然、1階でそわそわしながら僕を待ちかねていた最愛の人の耳にも届いたはずで……


 ――ちと先輩が助けに来てくれた!?


 このまま逃げ回っても地理に疎い僕はいずれ追い詰められる。


 それに縋るしかないだろう。


 覚悟を決めた僕は、必死でちと先輩の後を追った。幸いなことに、お義父さんの足はそれほど速くない。


 だけどもどうにか葉巻を追いかけて行くと、正面からも追っ手の気配が聞こえてきた。


 「おのれ小童がァッ! 榊! 榊は何処だ!? 獲物はそこに居るぞッ!!!」

 「はい旦那様!」


 ちと先輩もそれを察したらしく、躊躇無く廊下の途中の扉を開けて入っていた。もちろん僕もそこに続く。転がり込むように僕が入ると同時に、ちと先輩は素早く扉を閉めて僕を見た。こんな再会にもかかわらず、優しく微笑んでいた。


 「会いたかったぞ、大丈夫か? こっちだ」

 「……ちと先輩ッ!」


 久しぶりに会った先輩は、流石にインバネスコートこそ着ていないものの、既に動きやすい室内着に着替えていた。そして、緊張と期待と興奮でごちゃ混ぜになって思考停止に陥っている僕の手を取ると、優しく部屋の奥に導いてくれる。


 だけれど、その部屋は決して大きくない。まるで温泉宿のお風呂のように棚には荷物を入れるかごが並んでいて、洗面台もあって……


 「あわわわわわ!? ち、ちと先輩!? こ、ここはぁぁぁぁ!?」

 「我が家の女湯用脱衣所だ。ここなら男の父も榊も追いかけられないだろう」

 「確かに……って、万が一にも見つかったらどうするんですか!?」


 間違いなく警察沙汰である。


 ビビりまくった僕に対し、ちと先輩はというと、何故だかハムスターでも可愛がるような慈愛の表情を浮かべていた。それどころかくるりと背を向けると、平然と服を脱ぎ始めていて――


 「どうした? 服のまま風呂に入ってみろ。目立ってしょうがない。ほら、脱ぐんだ。脱いだのは洗濯機に入れておけ。上から私のを入れて隠す」

 「あわわ!? ちと先輩……僕は……僕は!?」


 夢にまで見たちと先輩の柔肌が!? もちろん下着を脱いだときは背中を向けていたし、今はバスタオルで覆われているとはいえ、む、無防備なちと先輩が僕の目の前に……。


 ――あぁ、今日は色々あったけど、来て良かった……。


 などと僕が先輩の白い肌に夢中になっていると、後ろからは追っ手達の声が聞こえてきた。もはや一刻の猶予も無い。覚悟を決めよう。




 「馬鹿め春茅! この先は風呂で行き止まり――」

 「旦那様!? しかし、ここは拙いですよ!?」


 という声も遠くに響く中、ふかふかのバスタオル一枚だけを持ち込んだ僕とちと先輩は、女湯の湯船に身を隠していた。


 ……そう湯船である。当然、マナーとして湯船の中にタオルはいれない。それがバスタオルであってもだ。うん、つまりなんだけど。


 「……後輩、その、気持ちは分かるが……」

 「あぅ、ちと先輩……ぼ、僕は……」


 タオルすら身につけず、湯船の隅で肌と肌を密着して重ね合わせていた。い、イヤラシい意味じゃ無いよ。でも隠れるには他に方法はないし……。


 ただ、純粋にちと先輩を、温泉並みに広い湯船の片隅で、膝に抱っこするようにして抱きかかえていたのである。


 ……お互いの羞恥心と相談した結果がこれなのだ。これなら遠目では分からないし、僕もちと先輩の大事なところを見ずに済む。いざとなったら、息を止めて浴槽に頭を沈められるしね。


 「んっ! こら、あまり動くんじゃない」

 「ご、ごめんなさい!」


 ただ、あまりにも密着度が高いから、色々支障があるだけで……。傷一つ無い艶やかな白い肌がピンク色に赤らみ始めたうなじとか……とっても柔らかい肉の付いたお尻とか……


 「そ、それで、どうするんですか!? このままじゃ……」


 ピンク色な思考を乗っ取られそうになる寸前、僕は必死で理性を再構築していた。うん。ちと先輩の柔肌は……涙を飲んで諦めるしかないだろう。そんなことよりも、問題は閉鎖空間のお風呂からどうやって逃げ出すか、だ。


 しかも、今の僕は一糸まとわぬ姿なのである。


 「……? 大丈夫だ。脱衣所には梅谷が居ただろう? 既に頼んである」

 「え?」


 ――貴女に夢中で全然気付きませんでした。


 という僕の本音を察したのか、ちと先輩は苦笑いをしたようにくすくすと笑った。同時に柔らかな身体も僕の身体に擦りつけられる。


 「ほら、耳を澄ませてごらん」


 こちらを振り向いたちと先輩の美しい顔に、僕はひな鳥のように従っていた。


 「――非常事態だ。やむを得ん」

 「旦那様ぁぁぁ!? それは流石に」

 「気にするな。恩田には黙っておいてやる」


 どうやら、男2人は平然と中に入ることを決めたようだ。いや、僕も人のこと言えないけどさ。そして脱衣所の扉が開けられ――


 「旦那様、榊さん、ご機嫌よう」

 「う、梅谷!? 何故ここに!?」


 びっくりするほど冷たい声の、下着姿だった梅谷さんに肝を冷やしたようだ。扉越しでも分かる。絶対零度って、こういう時に使うんだろう。僕ですら背筋が凍ったもの。


 「……汗を流すためですが。おかしいですか?」

 「いや、別にそうではないが……しかし、さっき害虫が……」

 「それなら窓から出て行きました」

 「なに!? それを先に言え!」


 そう言うと、梅谷さんは有無を言わさずに扉を閉めたらしい。そして、直ぐさま服を羽織るとそのまま追跡に加わるらしく、お義父さん達を誘導するようで……


 「……本当に窓から? しかし、あそこの窓はトイレ同様高い位置……」

 「ところで、何故旦那様と榊さんは女湯に入ろうとしていたのですか? 返答によっては、恩田を呼びますが」


 榊さんに対し絶対零度の梅谷さんが脅すと、何も言えなくなってしまったらしい。誰だって鋏は怖い。


 そして、後には当然、他に誰も居ない風呂場でピッタリと抱き合った僕たちだけが残されたのだ。


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