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立浜高校探偵部  作者: 中上炎
探偵部の事件簿
46/93

4.踊る冷徹人形④

 不覚にも胸に暖かいものが流れ込むほどの頼もしい言葉だった。夕暮れの新聞部。教室には僕とモモちゃんの他には静かに佇むクロヨシだけ。彼は部室の扉付近に陣取ると、瞑想するように壁により掛かったまま目を閉じている。


 「リョウっち……勝てそうなの?」

 「もちろん。だって、ひとつだけ逆転の可能性があるから」

 「……会長も三白も瀕死なのに?」


 時間だ。


 そして室内は、いつの間にか陽光が黄昏を告げる赤色によって染めあげられていた。壁も、床も、天井も、パソコンも机も椅子もロッカーも全てが夕日によって真っ赤になった時。


 久瀬さん達が阿笠副部長を連れて出て行ったのと入れ違いになるように、軽やかな足取りが聞こえてきた。


 「ご機嫌よう、春茅君。見事なご活躍ね」

 「……秋風ほどじゃないよ」


 夕日を身に纏って全身を血まみれのように赤くしたのはご存じ秋風葉月。去年から続く僕の因縁の相手で……いつか決着を付けるべき女だ。


 その後ろには、追い込まれているにもかかわらず涼しい顔の愛梨先輩と顔面蒼白の三白、そして逃げ道を塞ぐように笑う大町だった。


 僕が一歩前に出る。


 秋風も一歩前に出た。


 そのまま二歩三歩と前に出る。するとやっぱり秋風も同じように前に出た。その手には一枚の写真。


 どうやら先行を取ったのは向こうの方のようだ。


 「これを見て? 私、ついに愛梨会長とペットの三白の癒着を見抜いたの。ふふっ酷い話だと思わない? ペット君ったら自分が生徒会長になりたいが故に、愛梨会長を買収したのよ? これはその証拠」


 可愛らしくも精一杯威嚇するモモちゃんを庇うように、更に前に出る。


秋風の細い指に挟まれた写真には、確かに愛梨先輩にお金を渡す三白の姿が移されていた。場所は……よく分からない。ただ、何処かの高級そうな喫茶店と思しき店で休暇を愉しむ2人を写した物のようだ。


 ……席に座った三白が対面の愛梨先輩に1万円を渡している。それは確かだ。驚くほど鮮明な写真は、一万円札に描かれた福沢諭吉の服の皺まで認識できるほどの画質である。


 あぁ、これは致命的だ。完全に言い逃れが出来ない。


 と、いうことは、だ。


 「……随分とアップにされた写真だね? まるで他の物が映り込んだら具合が悪いと言わんばかりに」

 「当たり前だッッッ! それは単に僕が会長に喫茶店の代金を渡してるに過ぎないッ! それをこいつらはッッッ!?」

 「おっと、お前動くなよ? また葉月に手をだそうってんなら……容赦しねーぞ?」


 怒り狂った三白が秋風の胸倉に掴みかかりそうになり、すんでのところでクロヨシの太い腕に制止されていた。憤然致し方ない三白は尚も暴れようとしたところで、愛梨先輩の無感情な瞳に囚われ大人しくなっていく。


 「あぁ、それで三白君は……」

 「焦って探偵部に駆け込んだってわけ! ”生徒会の醜聞”に賄賂疑惑。愛梨会長の対面を傷つけるには充分でしょう?」


 秋風はご機嫌だった。ニタニタと笑い、付き従う男2人をしもべのように傅かせている。


 「なるほど。さっき君が直接脅さなかったのは――」

 「そうよ。号外の2つ目を刷ってたの。既に賄賂写真と合わせて立浜高校にばらまいたわ。他にもそこのペット君の私への暴力写真とかもあるけど……春茅君も見る?」

 「いや、結構」


 ぎゅっとモモちゃんが腕を掴んできた。その指は不安そうに震えている。


 「……つまり、号外によって愛梨先輩は立浜高校の歴史上最も不名誉な生徒会長に――」

 「というわけなのです、春茅君。残念ですか、三白の会長就任は不可能でしょう……」


 身体も表情も微動だにしない愛梨先輩が言う。至極どうでも良さそうに指から金色に光る指輪抜いて、手慰みと言わんばかりに指先で弄んでいた。三白の方は……駄目だ。頭を抱えていて何も出来そうにない。


 「そういうことよ、春茅君! 既にペット君は生徒会選挙の当選すら怪しい。仮に当選したとしても生徒会で過半数を握る私が会長就任を認めないし……仮に貴方が仲良しの理事の力を使っても無駄よ?」

 「あぁ、形式上とはいえ会長就任は理事会の議決が必要なんだっけ……」

 「そうよ。疑惑だらけの会長なんて認められないわ! それにね? 理事と仲良しなのが貴男だけだと思わない事よ」


 秋風はずいと前に出た。僕は退かない。だから、結果として僕とあいつが夕日の照らす部室の中央で激突したわけだ。


 秋風は勝利を確信しているようで、笑っていた。対する僕は――


 「つまり、僕達の勝ちって事だね……!」


 彼女同様に笑っていたのだ――ッ!


 あぁ、本当に! 強敵を出し抜くのがこんなにも快感だなんて……! これだから探偵部は止められないッッッ!


 「…………ッ!? 貴男……まさか――」

 「そのまさかだよ! 秋風!」


 あぁ、こんなに気持ち良いのは本当に久しぶりだ! 


 踊ったのだ!


 あの秋風が、僕の手のひらの上で踊ったのだ!


 愛梨会長が追い込まれている? 三白が失態を犯した!? それが何だって言うんだッ!


 あぁ! にもかかわらず、顔がにやけるのが抑えきれない! 


 確かに秋風の言うとおり会長は追い込まれている。既に逆転の芽はないだろう。


 ――それらが全部、僕の筋書き通りだという所を除けば、だけどね!


 「……リョウっち? 何が何だかさっぱり……」

 「難しいことは何もないんだよモモちゃん。秋風の目的を思い出してごらん?」


 秋風の目的は生徒会長に就任することだ。同時にその地位を盤石にするために、美男子の大町を広告塔として生徒会に迎え入れようとしてもいる。


 秋風は気付いたのか、視線を逸らして必死に思考を手繰っているようだ。だけれど、多分それは上手くいかないだろう。


 「でもでも! 三白には賄賂疑惑が……」

 「うん。どう見ても現生徒会執行部が腐敗しているようにしか見えないよね」


 見れば秋風は鬼のような形相を作っていた。怒りではない。恐れでもない。見たことのない表情だ。


 「……あっは、あははははッ! そう来たのね春茅君! 確かにこれは一本取られたわ!」

 「ど、どういうことなんだ春茅君!? 僕には何のことだかさっぱりだ!?」


 大人しく”待て”に従っている秋風のペットとは違い、三白は必死になって叫んでいた。


 「ねぇモモちゃん。”生徒会の醜聞”が明らかにされて、最も後押しを受けたのは誰だと思う?」

 「え? それは……秋風じゃないの?」

 「いーや、違うよ。確かに彼女は腐敗した現生徒会執行部を糾弾しているけれど……秋風自身だって生徒会員なんだよ?」

 「あ、そっか。……でも、他には誰も………………あれ?」


 そう。一人だけいるのだ。秋風以上に追い風を受けられる人物が。


 「だ、誰なんだ春茅君!? クソッ! 僕はそいつに会わないと――」

 「意味がないよ。だって、もう会ってるし……」

 「何ッ!? それはどういう――ッ!?」


 ようやく三白も気付いたらしく愕然となっていた。愛梨先輩がさっきから誰を見ているのか、誰に次代の生徒会長の期待を向けているのか。


 「まさか……春茅……ッ!? お前は……!?」

 「そう、()だよ。”生徒会の醜聞”で不正を見抜いた僕こそが、最も追い風を受けられる立場にいる生徒なんだ」


 一瞬だけ、三白は裏切られたような顔をした。慌てて主人の顔を見るや、今度はその顔が怒りと屈辱で真っ赤に染まっていく。


 愛梨先輩はとても穏やかで、天使のように微笑んでいたのだ。……僕に向かって。三白など眼中にないと言わんばかりに。


 「馬鹿なッ!? お前は去年生徒会に入ってない――」

 「うん。でも秋風がわざわざ生徒会の不正を糾弾し、外から新風を吹き込む土壌を作ってくれたんだ。些細な問題だよ」

 「ありえないッ! 大体2年生の生徒会の席は既に埋まって――」

 「うん。でも秋風が一人追い出したから、空きが出来たんだよ」


 本来秋風が大町のために用意した席だ。好都合だから利用させて貰うことにした。


 「あははッ! 春茅君! 貴男恐喝の才能があるわね! どう、私と手を組まない?」

 「ははッ! ご冗談を! 僕は君と手を組むために入るんじゃない。愛梨先輩の後を継ぐために入るんだ!」

 「は、春茅……!? まさか!? だって会長は僕のことを認めてくれて……」


 無情にも愛梨先輩は三白には一瞥もしなかった。それどころか、決別を示すように指輪だけでなく純金製のハートのイヤリングまで外している。……あれは三白から贈られた物だったのか。


 その僅かに熱を持って潤んだ瞳は、間違いなく僕を見ているのだ。


 「流石春茅君です。4月に練った計画ですが、見事に完遂してくれました。貴方には確かな実力が備わっているようです」

 「ま、待ってください会長! 4月って事は……僕は最初から当て馬だったのですかッ!?」


 愛梨先輩は無味無臭無表情無感動で三白に応じていた。


 ――いや、一応最初は三白君を生徒会長にする計画だったんだよ? 僕も愛梨先輩も三白が秋風を正面から打ち破れば、そのまま推すつもりだったのだ。


 「リョウっちが……探偵部が……生徒会に……?」

 「あははっ! でも、それも良いかもしれないわねッ! 春茅君……おいで! 貴男を生徒会に入れてあげる! でも、それだけよ? 貴男はそこで永遠に私の下僕として使ってあげるわ!」


 ――ペット以上の人間扱いはしてあげる。だから、私の物になりなさい?


 秋風は尚も笑っていた。僕がゲームそのものをひっくり返すような真似をしたことなど、気にも留めていない。


 ……いや、違うか。秋風の顔は笑ってるんじゃない。あれは――


 「あぁぁ、貴男って本当に……美味しそうねっ!」


 ――食欲だ。


 その異質としか言いようがない不思議な欲求を向けてくる秋風だけど、物分かりは良いらしい。彼女は正々堂々別れを告げると、ペット2人を引き連れ堂々と撤退していく。残されたのは僕とモモちゃんに愛梨先輩、そして三白だけだった。


 三白は……絶望したかのような顔で愛梨先輩に縋っていた。


 「会長……!? 僕は……僕は……。どうして……どうしてあいつなんですかッ!?」

 「三白……あんた会長に……」


 惚れてるんだろう。


 そして、それが愛梨先輩の、冷徹人形の動機なのだ。


 彼女は三白を無視して静かに言った。


 「春茅君は頼りになりますね……私、貴男を選んで良かった」

 「……愛梨先輩、僕はまだ勝ったわけではありませんから」


 それで充分だったのだ。愛梨先輩は柔らかく微笑むと、モモちゃんが割って入るまもなく歩み寄り、ぎゅっと握手を交した。あ、思ったより柔らかい手してるなぁ。先輩自体が柔らかそうだからかなぁ……。


 「……私、初めてです。兄以外の殿方に……こんなに心を許すのは。春茅君、良かったら私と――」

 「って!? 何良い雰囲気作ってるし!? リョウっち……まさか」

 「ご、誤解だよ!? 待ってモモちゃんその手は下げて! 僕には愛するちと先輩がいてしかもキスまでしてチョコレートを食べたり――!?」

 「うわーん! 言い訳するなし! 百花ビンタを食らえー!!」


 ――愛梨先輩、アドリブが過ぎます!?


 だけれど僕の無言の抗議は虚しく届くこともなく、嫉妬の炎に焼かれたらしいモモちゃんが躊躇なく僕を引っぱたいていた。


 うぅ、痛い。モモちゃん、本気で叩かなくても良かったのに。


 だって、これも愛梨先輩の作戦の一つなんだよ?


 そう。冷徹人形が僕と踊ってくれたには訳があるのだ。


 「――ッッッッ!!!」


 三白だ。彼はそれ以上見たくもないと言わんばかりに顔を背けると、愛梨先輩が返そうとする贈り物など見もせずに、一目散に逃げ去っていく。これで彼も愛梨先輩に失恋したと認識するだろう。


 愛梨先輩は三白に付きまとわれていたのだ。もちろんストーカーとかではないけど……あいつの好意は本物だったらしい。決して不快にはさせず、されど気を引こうと積極的に高価なプレゼントを贈る。あるいは喫茶店でお金を払い、お釣りを受け取らない。


 お金持ちのあいつからしたら、それくらい当然の行為なんだろう。


 ――それが、庶民の愛梨先輩にとって、どれだけ重荷なのかは考えもせず。


 「ありがとうございました、春茅君」

 「ぶー!!! 何がありがとうだしッ!!! お姉や姫っちならまだしも……おっぱい会長だなんて私が認めないしッ!!」

 「おおお落ち着いてよモモちゃん!? とにかく、これで愛梨先輩も三白と距離を取れたって事ですよね!?」


 愛梨先輩はしたりげに頷いて、贈り物で着飾っていく。その顔は……冷徹とはほど遠いほど楽しそうに笑っていて……


 「はい。でも、フラれてちょっと傷つきました。春茅君、責任取って下さい」

 「話を聞いて下さいよぉぉぉぉ!? このままじゃ僕、ちと先輩に告げ口されちゃいますって!?」

 「……? その時は私が貰いますので安心して下さい。むしろ私の方が葉巻女以上に色々できますけど?」


 そう言うと、愛梨先輩はにっこり笑って豊かな胸を強調する。もちろん不意打ちだった僕はしっかりとそこに視線を送ってしまい……気がつけばモモちゃんに首根っこを掴まれていた。


 「やっぱりだしッ!!! っていうか、これって要するに4月からずっと逢い引きして口説いてたって事じゃん!? リョウっちの浮気者ォォォォォォッ!?」


 「違うんだ――!?」


 モモちゃんの咆哮が立浜高校の校舎に木霊する。幸い既に人の数は少なかったみたいだけど……それでもそれはそれ、これはこれ。


 かくして僕はモモちゃんにとてつもない弱みを握られてしまい、その後暫く彼女のご機嫌取りに奔走する羽目になってしまう。


 それこそ、今度は使用人をまいて2人でペンギーシーに行ったり、高価なプレゼントを贈ったり、姫乃ちゃんの目を盗んでプールに行ったり……。


 そうして、どうにか7月も終わりいよいよ夏休み本番という所でどうにかモモちゃんに許して貰えたのである!


next→立浜の大地主

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